Heartfelt Memories(旧題:記憶は心の底に)①―コナンSide 10月―
コナンが工藤邸を訪れると、赤井と降谷の二人の声が玄関まで漏れ聞こえてきた。
毒薬を飲んで身体が縮み、記憶まで失くして中学生となってしまった二人の声は、自分が知るそれと比べると随分と幼い。しかし、話し方も話す内容も、小学生である自分よりはるかに大人びている。大人の赤井と降谷の姿が頭の中に散らつくせいで、最初は違和感が凄まじかったが、最近は不思議と慣れつつあった。
二人はコナンが部屋に入ってきたことを気にも留めず、壁に視線を向けたまま、あーでもないこーでもないと言い合っている。
「二人ともいったいどうしたの?」
コナンが話しかけると、ようやく二人がこちらを意識する。降谷が壁にかかった日めくりカレンダーから視線を外して言った。
「コナン君、今日が何の日かわかる?」
「今日って確か十月十日だよね……」
以前は体育の日と呼ばれていた日だが、二人にはあまり関係なさそうだ。今日は平日だし、他に思い当たるものもない。コナンがスマホを取り出し調べようとすると、今度は赤井が口を開く。
「俺達が知りたいのは、ネットでは得られない情報なんだ」
「ほら……誰かの誕生日とか、誰かの記念日とか、そういうものだよ」
降谷が補足する。コナンはしばらく思案したが、すぐに思い浮かんでくるものはない。
「僕は特に心当たりがないけど……二人ともどうして急にそんなことを?」
「それが僕達にもよくわからないんだ。今朝からずっと、今日の日付が気になって気になって……思い出そうとしても全然思い出せないんだよ」
思い出そうとしても思い出せない。そんな発言を聞いたのは、二人が記憶を失くしてからはじめてのことだった。
「秀一兄ちゃんも気になるの?」
コナンが問いかけると、赤井は頷いて言った。
「ああ。おそらく、零君と俺に共通する何かだとは思うんだが……」
赤井と降谷に共通する何か――赤井の言葉を聞いてすぐ、コナンの脳裏に甦る記憶があった。
あれはまだ、二人の身体が縮む前。恋人同士になったばかりの二人を、自分を含め、みんなで温かく見守っていた頃のことだ。
『今日の赤井さん、なんだかご機嫌だね』
『ホー、ボウヤには何でもお見通しなんだな』
『今日の赤井さん、いつもと全然違うからね。僕じゃなくてもわかるよ。何か良いことでもあったの?』
『ああ。今日は特別な日だから、降谷君と食事に行く約束をしていてね』
『特別な日? 今日は十月十日……誕生日じゃないよね?』
『誕生日ではないが、俺達に関する記念日といったところかな』
『へぇ〜』
この会話の後。赤井はすぐに降谷のもとへ行ってしまい、結局、二人にとってその日が何の日なのか、コナンにはわからないままだった。
いつか聞いてみようと思っていたが、その機会も訪れぬまま。赤井と降谷は自身の過去のことも相手のことも忘れてしまったのだ。
二人が因縁の仲だったことも、恋人同士だったことも、すべて――。
「コナン君、どうかしたの?」
降谷の声を遠くに聞きながら、コナンは必死に考えた。
十月十日が特別な日であることに間違いはない。二人して今日の日付が気になると言っていたのは、二人の記憶が完全に消えてはいない証拠ともいえる。
見つけた証拠は、決して消してはいけない。二人にとっての特別な日を、記憶とともに失わせるわけにはいかないのだ。
今日が何の日か。それを知るのは、赤井と降谷の二人だけ。ならば、二人が記憶を取り戻すまで、代わりの記念日を作り上げるしかない。
「十月十日……数字になおすと、イチゼロイチゼロ……イチとゼロ……秀一兄ちゃんと零兄ちゃんの名前……」
「僕達の名前がどうかしたのかい?」
独り言を降谷に聞かれてしまい、コナンは頭の中で考えていたことをそのまま素直に口に出した。
「あ、秀一兄ちゃんの“一”と、零兄ちゃんの“零”で、イチとゼロだなぁ~って」
そう言ってしまったあと、まるで阿笠博士が言いそうな、駄洒落じみたことを言ってしまったとコナンは後悔する。
しかし、赤井と降谷は目から鱗でも落ちたといわんばかりの表情で、コナンの発言を真摯に受け止めた。日頃の行いの賜物だろうか。
「語呂合わせか」
「確かに言われてみれば、赤井と僕はイチとゼロだね。思いつきもしなかったよ。さすがコナン君!」
「ハハハ……」
苦笑するコナンの傍らで、赤井と降谷が、「イチゼロが二回繰り返されるのには何か意味があるのだろうか」「もうひとつのイチゼロは、まったく別の意味なのかもしれませんよ」などと盛り上がっている。
コナンが想像していたよりも、二人は強かだ。こんな風に会話を交わし合いながら、失くした記憶を手繰り寄せながら、いずれ二人は真実に辿り着くのだろう。
目の前にいる二人は中学生だが、コナンの目には、大人の姿をした二人が重なって見えていた。