さよならのあと(降谷Side) 潜ることになった。
新しい名前をもうひとつ。電話番号もメールアドレスも何もかも変えて。違う世界へ旅立たなくてはいけなくなった。
赤井には何も言わずに。たったひとりで。
素直になれず。一度も愛してると言えないまま。さよならが先に訪れた。
赤井と一緒に住んでいたアパート。自分が住んでいた痕跡をすべて消した。最後に残ったのは、赤井と一緒に使っていたプライベート用のノートパソコン。自分の使っていた跡をすべて消去したあと、ふと未練が溢れ出す。
降谷は静かにキーを叩き続け、朝陽が部屋を照らす前に、静かに家を出た。
あれから一年。
降谷は潜入先にいた。古びた倉庫。もうすぐ裏取引の相手が現れる。
あの日から季節は一巡りして、再び冬が訪れた。あの日のことを、降谷は一度も忘れたことがない。
ノートパソコンに残した最後の“愛している”。
今日の零時。赤井があのパソコンを開いていれば、自分の想いは届くだろう。メッセージが現れるのは、たった三分。時間が過ぎれば、跡形もなく消え去ってしまう。自分の想いも。赤井との思い出も。
零時五分。取引相手が訪れる時間。考えるのは、赤井のことばかり。
赤井は見ただろうか。いや、きっと見ていないだろう。知るすべのない答えを交互に思い浮かべては、降谷は胸を高鳴らせる。自分をこんな気持ちにさせるのは、これまでもこれからも赤井だけ。
ふとスマホが鳴った。予定が変わっただろうか。画面を覗き込むと、見知らぬアドレスから、“もうすぐ逢いに行く”とメッセージ。
倉庫の扉が開く。降谷は目を見開いた。
赤井に残した最後の“愛している”。
――あなたを愛しています。今すぐあなたに逢いたい。
「俺もだよ、降谷君」