さよならのあと(赤井Side) きっと彼は、潜るのだろう。
本人も、他の人間も、誰も気づいていない。だが、自分にはわかる。降谷の表情も、行動も、ある日を境に変わってしまったと。
降谷の自分を見る目が変わった。思い出を目に焼きつけるように。降谷が自分を見る。まるで、もう二度と逢えなくなる人間を見るように。
降谷と一緒に住んでいるアパート。変化にはすぐ気づいた。違和感を覚えさせないように、彼が少しずつ自身の持ち物を消していく。
そして、彼がこの世界を発つ日。彼は自身の痕跡をすべて消し去った。
今すぐにでも起き上がって、彼を引き留めたい。その想いを堪えて、眠ったフリをし続けた。
小さく聞こえるのは、ノートパソコンのキーを叩く音。この音が止めば、きっと彼はいなくなってしまう。
タッチ音が奏でる、不器用な別れの曲。それでも、彼がまだここにいるという証が胸にしみた。
玄関の扉が開く。息が止まる想いがする。しばらくの間のあと、静かに閉まった。
彼のいない寝室は、暗くて冷たい。起き上がり、寝室を出て、彼が最後に触れていたノートパソコンの前に座る。電源を入れて、彼の残した最後の痕跡を探る。さすが、降谷だ。うまく隠してある。だが、このまま逃すつもりはない。
朝陽が部屋を照らす頃。赤井は降谷の残したメッセージに辿り着いた。
一年後の零時。メッセージが現れるのは、たった三分。たった三分だ。
自分が見ることを見越して、このメッセージを残したとは思えない。すべて、天に運を投げたのだろう。
それならば自分は――天を味方につけるまで。
天は、すべてを見ていた。
泣きだした降谷を、そっと抱きしめる。一年越しのアイラブユー。
彼の美しい金色が滲んで見える。彼に隠れて、一滴、赤井は想いを零した。