Heartfelt Memories(旧題:記憶は心の底に)④―コナンSide 1月―
一月十日。コナンは阿笠邸を訪れていた。目的は、赤井と降谷の解毒薬の進捗を聞くためだ。
「……三十パーセントってところかしらね」
「……そうか。やっぱり、俺が飲まされた薬とは違うのか?」
「ええ。成分は似ているけれど、同じものではなさそうよ。ああ、それから、薬によって記憶が失われたどうかはまだわからないわ」
赤井と降谷は毒薬によって身体が縮み、今は中学生として学生生活を送っている。
二人の身体は健康そのものだ。姿形さえ気にしなければ、FBIとして、公安として、職務に復帰することもできるだろう。しかし、それぞれの機関の回答はNOだ。理由は様々だが、二人が記憶を失くしていることも大きな理由のひとつに違いない。
コナンの脳裏には、“あの日”の光景がよみがえっていた。
今すぐにでも倒壊しそうなビルの中。炎と煙で視界を遮られながらも、赤井と降谷とコナンは、組織が残したとされる機密データを探していた。このデータさえ手に入れることができれば、組織壊滅のための重要な手がかりになる。なんとしてでも、この場で手に入れておきたいデータだった。
しかし、ビル内の至るところで天井が崩落しているこの状況。ビルごとデータを消し飛ばすつもりだったのか、ビルの中には複数の爆弾が仕掛けられており、いつ倒壊してもおかしくはない状況だった。
そこでコナンは、赤井と降谷が静かに目を合わせる瞬間を見た。今振り返ると、二人が自分を逃すために嘘をつくことを決めた瞬間だったのだと思う。
『コナン君は今すぐここから逃げるんだ!』
『で、でも!』
『ボウヤには言っていなかったが、この先には隠し通路がある。データを見つけたら、降谷君と俺はそこから脱出するから心配はいらない』
『本当に大丈夫なの』
『ああ! あとは赤井と僕に任せてくれ!』
大人の二人の声を聞いたのは、これが最後だ。この後ビルは倒壊し、瓦礫の隙間から、身体の縮んだ赤井と降谷が見つかった。意識を失っていた二人は、互いの手を強く握り合っていた。このときにはもう、二人は記憶を失くしていた可能性が高いといわれている。
「……君、……工藤君!」
灰原に名を呼ばれて、コナンは我に返った。
「……あーわりぃ」
「ところで、最近の二人の様子はどうなんじゃ?」
博士に問いかけられて、コナンは思案する。
「実は最近、気になることがあって……」
そこでコナンは、これまで起きた出来事を、博士と灰原に伝えることにした。
二人が無意識に記憶を思い出しかけている可能性がある。
コナンが自身の考えもあわせて告げると、博士も灰原もコナンの意見に賛同した。
「ふとしたことがきっかけで、全部思い出すかもしれんのぉ……」
「俺も博士と同じ意見だ。ただ――」
「もし一度に全部思い出すようなことがあれば、混乱する可能性がある――でしょ? あの二人に“大人の頃の記憶”を失くしている自覚があるのかどうかも、まだわからないのよね?」
「……ああ。だが俺が見る限り、二人はまだ、自分たちのことを“ただの中学生”だと思っていると思う」
「ただの中学生にしては、色々桁外れのようだけれど……」
「ハハハ」
明らかに中学生ではない知識量。運動能力。赤井と降谷は、帝丹中学でも神童と噂されているらしい。
記憶を失くしている自覚がないため、自分のように“子どもらしく振る舞う”演技ができないせいだろう。噂が広まるのは早い。このままでは、組織の人間に二人の存在がバレてしまう危険性もある。
記憶を取り戻すのなら、なるべく早い方がいい。赤井と降谷に、自然と“大人だった頃”の記憶を思い出させる良い方法はないものだろうか。
コナンが頭を悩ませていると、隣で博士がポンと手を打った。
「そうじゃ! ワシの作ったアレをそろそろ二人に渡さんと!」
「アレ?」
博士が取り出してきた“ある物”に、コナンは目を見開いた。
「どうじゃ? 二人が乗っていた車にそっくりじゃろう? これを見れば何か思い出すかもしれん」
博士の両手には、赤井の愛車であるマスタングと、降谷の愛車であるRX-7のプラモデルが乗っている。二人の愛車を模して造られたモノのようだ。確かにこれを見れば、何か思い出すこともあるかもしれない。
とはいえ、これは博士が造ったものである。何かが仕込まれているのではないだろうか。
「確かにそっくりだけど、これはただのプラモデルなのか?」
「ただのプラモデル……と言いたいところじゃが、なんと、声の録音・再生ができるボイス機能付きじゃ!」
「……へ?」
コナンは目が点になる。
「きっと二人とも驚くに違いないわい! 二人はいつ来れそうかのぉ……」
自分が想像するものとは違ったが、伝言を残しておくときなどには便利かもしれない。
時計を見れば、もう夕刻である。赤井と降谷は、授業が終わっている頃だろう。コナンが降谷にメッセージを送ると、すぐに返事が返ってきた。
「二人とも今から来れるらしいぜ」
コナンがそう告げると、博士は実に楽しそうにプラモデルにリボンを巻きはじめた。
一時間も経たないうちに、玄関のベルが鳴り、赤井と降谷が家の中へと入って来る。
二人の手には、大きな買い物袋が握られていた。今日は十日なので、二人で一緒に料理をするらしい。量が多いので、またあとでお裾分けに来ると降谷が微笑んで言った。
その一方で、赤井の視線はずっとプラモデルの置かれたテーブルへと注がれている。
「あ、これは博士から二人にプレゼントなんだって!」
コナンは、赤井にマスタングを、降谷にRX-7を渡した。
そうしてすぐ、二人に選ばせるべきだったかとコナンは焦る。どうやら同じことを考えていたらしい博士と目が合い、コナンは苦笑した。
降谷はまじまじとRX-7を回し見て、真っ先に礼を言った。
「博士、ありがとうございます!」
赤井は目を輝かせながらマスタングを見ていたが、降谷の声に我に返ったのか、どこか照れくさそうに礼を言った。
「ありがとうございます。博士」
「二人に気に入ってもらえたのなら何よりじゃ! ああ、そうじゃ、ボイス機能の説明をせんと。実はこれはただのプラモデルじゃないんじゃ。ここのボタンを押すと、声の録音が――」
赤井と降谷は、真剣な表情で博士の説明を聞いている。二人の手は、それぞれの車をぎゅっと握りしめていた。二人とも本気でプレゼントされた車が気に入ったのだろう。
そんな二人の様子をそばで見守りながら、コナンはひとり小さく呟いた。
「こういうところは“本物の中学生”みたいなんだよな……」