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    COMOYAMA

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    COMOYAMA

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    月にでもなく 2章くらいのべそと見守るバルバル

    ##小説

    暖かな食事と寝床が約束された夜ほどほっとするものはない。

    メギド達を連れて王都へ向かう途中、幻獣の群れを目撃したソロモンは迷わず討伐。襲われかけていた街を救った恩人として歓迎を受けることになった。

    「やれやれ。王都への到着が遅れてしまうね」

    酒場で用意された食事をもくもくと口に運ぶソロモンの横で、リュートを爪弾きながらバルバトスが笑う。数日ぶりの酒に仲間たちは酔いしれ、浮かれ、せっかくの演奏は喧騒にかき消されがちだ。

    「仕方ないよ。放っておけないだろう」
    「たしかに。そのおかげでこの街は明日を迎えることが出来る」

    目に見えるものすべてをこの少年は救おうとしている。理由はバルバトスもよく知っていた。だから心配だった。

    あまり無理はさせたくないのだけど。

    陽気なメロディとは裏腹に、あまりに神妙な面持ちで自分を見るのでソロモンは首を傾げた。

    「どうしてそんなに見るんだ」
    「なに。たくさん食べて大きくなってほしいだけさ」

    ポロロン。

    「なんだよそれ」

    思わず吹き出しそうになり、口元を拭う。拭った後、おもむろにフォークを置いて席を立つ。

    「ちょっと出てくる」
    「ああ。行っておいで」

    貴重な観客は、先に外へ出た赤いコートの男を追って行ってしまった。仲良しだなあ。今夜は満月だから、二人で散歩でもするのだろう。詩の題材にしたら怒るかな。などと考えながら、バルバトスは背景音楽の役目を続けた。


    ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


    わいわい騒ぐ仲間たちの向こうで、ベリトがぼんやり頬杖をついて座っている。

    「あ」

    ソロモンと目が合ったのは一瞬で、何かを思う前にすぐに酒場の外へ出ていってしまった。もしかして、今のはついて来いという合図だったのだろうか。そう思うと気のせいにはしていられなかった。

    「うわあ」

    外へ出ると、夜空に大きく明るい満月が浮かんでいた。目を凝らさずとも周りの町並みや木々の葉、行き交う人々の顔もよく見える。しかし、肝心のベリトが見当たらない。

    ついて来いなんて言われてないのかも。少しがっかりしながらふと振り返ってみると、

    「ベリト!」

    男は酒場の屋根の上に我が物顔で座っていた。

    「いや勝手に登ったらダメだろ…」

    周りが月見を楽しんでいる中大声で呼ぶわけにも行かず、裏手にかけられたはしごを足早に登る。屋根の上へひょこ、と顔を出すと、向こうを向いたままのベリトから声が飛んできた。

    「遅い」

    やっぱり呼ばれてたんだ。少し嬉しかったが、今はそんな場合ではない。

    「勝手に登ったらまずいだろ。降りよう、ベリト」
    「屋根ぐらい構うことねえだろ」
    「だけど…」
    「来るならさっさと来い」

    どうもペースに乗せられてしまうなあ…。

    仕方無しに屋根を渡り、ベリトの傍に腰掛けた。まんまるの月が目の前に輝く。酒場の賑わいや往来を行く人々の声は少し遠い。

    「よかったじゃねえか」
    「何が?」
    「テメエの道草のおかげでここの連中も月見が出来る」
    「あ、それ、バルバトスにも言われた」
    「そうかよ」

    少しつまらなさげにベリトは足を組み替える。

    「ここに来なきゃ見られなかったかもな。きれいだよな、月」

    顔をかきながらソロモンが笑う。

    「のんきな野郎だぜ」
    「ベリトだって月が見たかったんじゃないのか」
    「下の連中がうるさかっただけだ」
    「はは。たしかに」

    ベリトは今日は酒を飲んでいないようだった。たぶん、一日気を張っていてその気も失せてしまったのだろう。

    時々、ソロモンの「道草」のために多数決を取ることがある。バルバトスなどはよく賛成して付き合ってくれるのだが、そのために苦労をかけることもよく知っていた。ベリトも文句を言わないわけではないが、「テメェが決めろ」と言ったことに関しては任せてくれる。自分が前に進めているのは仲間のおかげで、こうして一日の終わりに思い出しては嬉しくなるのだ。

    「寒くねえか」
    「平気だよ。ベリトは」
    「どっちかっつうと眠い」
    「それは俺もかも」


    下の酒場も落ち着いてきたのか、リュートの音色がかすかに届く。今の二人にとっては心地の良い子守唄だ。白く柔らかい月光を浴びていると体の力が抜けてしまいそうだが、せっかくの特等席。寝るにはまだ勿体ない。

    もったいない、のに…。

    「テメェ、こんなとこでほんとに寝てんじゃねえ」

    頭をはたかれている気がする。一日気を張っていたのはソロモンも同じだった。ただ、「寒くねえか」の自分を気遣う一言で、ベリトの傍は安全だと体が思い、ふつんと糸が解けてしまった。

    「めえあいよ」
    「言えてねえし」

    寝ていない証拠にガシッとベリトの腕を掴んでやったが、実際には腕に手を乗せただけで、こくこくと舟をこぐソロモンの意識はとっくに夢の中だった。

    「クソ、誰が連れて降りると思ってんだ」

    舌打ちしながら腰を掴まえる。そうされないとこの王様とやらは転げ落ちてしまうというのに、ゆりかごの赤ん坊のような寝顔をさらしている。他人の世話などしたことがないベリトにとってはたまったものではなかったが、今まで出会ったヴィータとは違う懐かれ方をしていることには気がついていた。呼べば返事をするし、目が合えば寄ってくる。子犬か子猫か。ベリトには無碍にできない種類のそれである。


    今日も、明日も、次の日も。こんなふうに子守唄に揺られて。


    「そんな顔して寝てられたらいいよな」


    ふにゃふにゃと揺れる体を抱き直して、月にでもなく呟いた。
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