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    塚原でした

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    塚原でした

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    トンネル揺れる列車の外は暗い。先刻入ったトンネルは、未だ日の光を見せることなく暗黒の只中をひた走っている。彼は手元の文庫本に視線を落とし、指先で弄んでいたしおりを差し込んで表紙を閉じた。
    子守唄のように心地好い走行音に、ボックス席の向かいに座る男は腕を組んで眠っている。一度(ひとたび)ガタンと列車が揺れると、男の体はガクンと揺れて窓枠に倒れ掛かった。眼鏡のフレームが車内灯を反射して、僅かの閃光が視界に飛び込んでくる。
    彼は本を傍らに置くと、身を乗り出して向かいの席の男に顔を近付けた。すうすうと寝息を立てる男は目を覚ます様子もなく、閉じられた瞼はぴくりとも動かない。
    よくもこれだけ眠れるものだ。彼はふっと笑いを溢し、男の眼鏡をそろりと抜き取った。前髪がさらりと流れ、白い肌は車内灯の明かりでより白く見える。そこに彩りを添えるように、彼は無防備な額にそっと唇を寄せた。
    「ん……」
    途端、男の眉がぴくりと動いた。気が付いたか。彼は目玉を動かして男の様子を確かめた。しかしながら、男の瞼が持ち上がることはなく、呼吸が乱れることもない。またすうすうと寝息を立て始めた男に、彼は吐息で笑いを漏らし、己の席へと腰を落とした。
    「隙だらけぜよ」
    手のひらには男の眼鏡が、折り畳んで握られている。咎められるのはどれほど後か。彼は車窓に目を向けて、ガラスに写る己の顔を見た。
    長い長いトンネルは、未だ出口に辿り着けずにいる。
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