激情振り上げた手が、目の前の顔に黒い影を落とす。
振り下ろされればただでは済まないと知りながら、相手は臆するどころか敵意を剥き出しにした眼差しでこちらを睨み付けてくる。
「……ハッ」
乾いた笑いと共に手を下ろせば、今にも刺し殺さんとしていた眼差しは瞼の奥に仕舞われ、代わりに重い溜め息が溢れ落ちる。
「また、逃げるんですね」
叩かれたかったのだろう。挑発の狙いは明らかで、踏み留まった自分の正しさを教えてくれる。
「素直に謝ったらどうぜよ」
「そんなこと……今更じゃありませんか」
「まあ、な」
ごめんなさい。その一言は、タイミングを逸すればなかなか口にできないものだ。そのせいで話は拗れ、プライドと意固地に絡まった末に終着点を失っていく。
この男はその終着点に、己の頬を打ち据えられることを選んだ。罰を以て罪を清算しようと。
潔いのか身勝手なのか。やれやれと頭を振って、叩き損ねた手で丸い頭を撫でた。
「……なんのつもりですか」
「別に」
「…………」
決着をつける必要はない。決着などつくはずもない。互いに譲れぬ平行線。ならば先を誤魔化して、いつまでも誤魔化して、寄り添い進んでいくより他にない。
「腹、減ったな」
「……そうですね」
そうやって騙し騙し、いつか騙しきれなくなるその日まで、この無為な争いを繰り返すのだ。