恋人 謎時空、とりあえずみんな生きてる
武道の恋人は他に好きな人がいる。何がきっかけで仲良くなった分からない族の総長マイキーと付き合っていた。
そんなマイキーにはほかに本命がいる。
最初に何がきっかけで仲良くなったか分からないと言ったが、嘘。本当は知っている。東京卍會の皆が憧れ尊敬している真一郎。マイキーの兄に、武道は似ていたからだ。
だから受け入れられた。
そんな皆から愛され、頼られ、慕われる真一郎をマイキーは兄弟の枠を超えて好きだった。愛していた。もちろん、叶わない想いとして諦めててもいた。
そんな中、出会ったどこか真一郎と似ている武道。身代わりとして、恋人になった。
それを武道はちゃんと理解している。皆が真一郎を求め、その代替として受け入れられ、役目を求められた。特別、苦痛にも思ってなかった。皆の憧れで、尊敬されている真一郎と似ていると言われ、嬉しかったくらいだ。
唯一の苦痛と言えば、武道はマイキーを本当の意味で好きだった。だから、代替としての恋人は、辛いと思うこともある。
初めて体を重ねた時も、無意識にマイキーは真一郎と口走っていた。流石に武道もこれにはショックを受けたし、悲しかった。それでも、マイキーがその後笑っていて、照れた顔やキスするその瞬間こちらに向いているのだから、幸せだと感じる。
「ねぇ、マイキーくん。俺と別れてくれませんか?」
「えっ……何……?どういうこと……?」
「だから、別れようって、お願いしてるんだよ?」
一緒に遊んだ帰り道。暗くなった空を見て、きっとこの後ホテルか武道の家でエッチする流れだな、そう考えた時、何故か口が動いていた。
この驚いた顔のマイキーは初めて見る。
「なんで?突然どうしたのタケミっち……?なんか、俺した……?もしかして、この間ドタキャンしたの怒ってる?埋め合わせ今日したじゃん」
「違うよ。怒ってない」
この間、日帰り旅行に行こうと計画していたが、真一郎やイザナやエマとのお出かけが重なり、武道との計画は消えた。
これは初めてでは無い。マイキーは家族が大切で、チームの皆が大切で、武道はその次だ。別に苦痛では無い。少し寂しいが、そういう時は溝中の皆と遊ぶだけ。
「じゃぁ、なんでだよ……!不満があるなら言えよ!!」
こういう怒っているが、冷静であろうとする顔のマイキーも初めてだ。
確かに、理由も無いのは納得出来ない。武道だって、突然なんの前触れもなく言われたら怒ってしまう。でも、口が勝手に動いたのだから、いい口実が思いつかない。
なので、今の気持ちを思い浮かぶことを正直に話す。
「大好きな人がいるんです。やっぱり、その人の事、大好きだって思っちゃって……。だから、マイキーくんとはもう付き合えないよ」
「はぁ?!巫山戯んなよ!何、タケミっち浮気してたってこと?有り得ねぇ!!そいつ誰だよ……!!」
武道はマイキーの事が大好きで、1番大切で、愛する人だ。ズルズル付き合えば、きっと添い遂げる事だってできる。
でも、この関係だとこの気持ちの行先は大好きが大嫌いになって、きっと皆の、マイキーの大好きで愛する真一郎も傷付けてしまう。
この恋は綺麗に、マイキーに嫌われる前に、皆のことを大好きのまま終わらせたい。
「……言えません。でも、マイキーくんも他に大好きな人、いますよね?お互い様だったんです」
「っ、そ、れ……なんで……」
動揺した顔も初めて見る。マイキーもこんな顔するんだ、と武道は新しい表情を目に焼き付けておく。
「マイキーくん俺たち、もうこういうの止めましょう。お互いきっと、どんどん辛くなるよ。だから、別れてください」
「……っ、タケミっち……、タケ、みっち……」
それが別れて欲しい、の答えと受けとり。俯くマイキーを抱きしめる。これが最後の触れ合い、しっかりマイキーを感じておこうと武道は強く抱く。マイキーの手が同じようにしてくれないのは寂しいが、仕方ないと思った。
「マイキーくん、今までありがとう。マイキーくんのこと応援してる。だから、俺のことも応援して」
最後までマイキーは顔を上げず、その顔を正面から見られることが出来ないのは残念だと感じつつ、背を向け歩き出す。
もし、追ってきてかれるなら、なんて少し期待していが、やっぱりなにも無くてこの関係は、間違いだったと突き付けられた気がした。
それから2か月経った時、マイキーの繋がりでしか交流の無かった東卍の何人かに囲まれた。
「……なっ、なんですか……?!」
総長と付き合っていながら二股したそのお礼を代わりに、というやつかと身構える。
「頼むっ!マイキーと別れたのは知ってるが、もう一度会ってやってくんねーか?!」
ドラケンが頭を下げ、場地や三ツ谷までも口々に頼んで来るのだから、武道は度肝を抜かれる。
「えっ……?!な、なんでっすか?!」
「お前と別れてから塞ぎ込んじまって……。最近なんて外にも出てこねぇんだ……!!」
子供の好きから大人の好きに変わり、手に入らない真一郎に、マイキーはいつか誰かに取られる焦燥感を募らせいた。
武道も出会った当初の不安定で、張り詰めた空気を纏う姿を心配していた。それが最近は安定し、明るい雰囲気。少し前まで、重い空気があったことが嘘のようになっていたので、別れるにはいいタイミングだったと武道は納得していた。
それなのに引きこもりになるなんて、どうしてしまったのか武道には検討もつかない。
「えぇー、俺どうにかできないっすよ?!お兄さんは……?お兄さんが相談に乗ってあげたら大丈夫なんじゃ……!」
全然が首を横に振った。
「真一郎くんが最初励まして持ちこたえてたけど、今じゃもうそれも効かねぇ」
「集会してもずっとピリピリしてよ……」
三ツ谷が話、何かを思い出したのか場地がはぁ、と疲れたようにため息をつく。
「頼む……!タケミっち……!!」
「うぅーん……とりあえず、お兄さんにも話聞いてみます……」
何とかこの場を収めようと案を出す。ほとんど面識が無い相手に、いつ行くかは未定のつもりだった。
「ホントか?!なら行くぞ!!」
パァッ!と明るくなった顔達がニコニコし、バイクに無理やり乗せられそうになり、武道は驚愕する。
「えっ今からっすか?!」
「当たり前だろ!」
「お、俺用事が……!」
「あぁ?なんかあんのか?なら、終わるまで待っててる」
「あ、やっぱ……大丈夫です。行きます」
バイクショップに連れていかれ、真一郎が武道の顔を見ると助かった、という表情をする。
「タケミっちだよな……!?マンジローと会ったか?!」
「こ、こんにちは……!その、まだ会ってなくて。マイキーくん、どうしたんですか……?元気だったと思うんですけど……」
はぁーと1番深くため息をつき、疲れた、という顔をする真一郎だ。
「いや、あいつわがままだし、散々振り回して、きっとあいつが100%悪いとは思うんだが……、もう一度だけ話聞いてやってくれねぇか……?流石に見てて可哀想で……」
あの日、帰ってきたマイキーは魂が抜けたようで、早く帰ってきた事を聞いても何も言わず、暫くはそんな様子だった。
おかしな空気の日々が続き、食卓で突然マイキーは泣いた。真一郎は勿論、普段衝突ばかりのイザナすら心配したほどだ。
初めてのフラれてショックなのだろうと、エマも次がある、そのうち忘れられる、なんてありきたりだが励まし、気晴らしに真一郎がツーリングに連れて行ったりとした。そうして1週間前、ついに外に出なくなり、好物のたい焼きすら喉を通らなくなったと聞かされる。
「えぇ……どうしちゃったんだろうマイキーくん……」
「どうしちゃったって、タケミっちと別れたからだろ?!お願いだ!他に好きなやつがいるのもわかってる、でももう一回だけ、もう一回だけでいいから、マンジローの話も聞いてやってくれ……!!」
肩を掴まれ、前後に揺すぶられ、必死な姿に武道は了承するしかなかった。
「分かりました……。今度会って話してみます……」
その今度がいつになるかは分からない。とりあえず、会えると分かれば外に出るようになるだろうと、また安易に返事をした。
「良かった!なら、今からマンジローに会いにいくぞ。お前ら悪いけど店番頼んだ。誰か来たら明日連絡するって伝えて、名前と番号だけ聞いててくれ」
「うっす」
「ええ?!今からっすか?!流石にマイキーくんも心の準備とか……!!」
「善は急げだろ?」
にこりと笑った真一郎の顔は、逃がさねぇけど?と書いていた。適当な返事をしていることを見抜かれ、武道は冷や汗を流す。
武道が1度も呼ばれたことの無いマイキーの家。先導する真一郎の後を追い、あるドアの前で止まると真一郎はノックには強すぎる勢いで叩くり。
「マンジロー!いるか?」
「うっさい!ほっとけって言ってんだろ!!」
ドア越しにマイキーの声がする。くぐもり声でどこか暗い。
「タケミっち連れてきた!ちゃんと話し合え!!」
「えっ、たタケミっち……!?」
「お久しぶりでーす……。えっと、入っていいっすか……?」
ドタドタ、バタバタ音がして、ドアが衝撃で揺れる。
「だめだ!!入んな!!!」
横目で真一郎を見る武道。真一郎は口パクで後は頼んだ。と残し、その場を離れて行ってしまう。
「入れてくれないんすか……?」
「くるって、知らなかったから……!部屋きたねぇし、ボサボサだし……!!」
少し面白くて笑いが零れる。
「マイキーくん、トーマンのみんなも、お兄さんも心配してるっすよ?どうしたんですか?」
「わかってる……、だって……タケミっちが……」
「先週から外にも出てないし、ご飯も食べてないって……。お兄さん凄く、すっごく心配してたよ?」
「タケミっちは……心配してくれねぇの……?」
「してるよ!みんなにマイキーくんこと教えられて、凄く心配してる!俺、もう一回話し合えって連れてこられたけど……。どうしていいか分からないっす」
「……タケミっち……大好きな奴と付き合えた……?」
「付き合ってないよ」
「そっか……。俺の事……、嫌いになった?」
「嫌いじゃない。マイキーくんのことが嫌いになって別れたんじゃない」
「俺、タケミっちのこと、応援出来ねぇよ……。だから俺の事も……応援……すんな……」
「うーん。それ無理かな。俺、マイキーくんには幸せになって欲しいから」
「俺の嫌なとこ、直して欲しいところ……全部言ってよ……」
「嫌なところ……?えぇ……どこだろう?……たい焼きばっかり食べるところ?突然学校乗り込んで授業受けてるのに無理やり連れてくところ。あ、たまに喧嘩でケガしてるところ!これは本当に心配だよ。今、みんなに凄い心配かけて、マイキーくんが元気じゃないところ、かな」
「ねぇ、マイキーくん。俺に大好きな人がいてもいいなら、もう一回付き合いますか?」
「そいつと、上手くいきそうになったら別れるんだろ……?そんなの嫌だ……」
「そんなこと、絶対しないよ」
「絶対……?」
「絶対!!」
「……っ、なら……なら、つ、きあう……、タケミっちと……もう一回、やり直したい……!!」
「うん、ならもう一回付き合おう?うわっ!!」
いきなりドアが開き、マイキーが飛び出してくる。それを受け止めきれず、廊下の壁とマイキーの体に武道は挟まれた。
マイキーが言った通り、髪はボサボサで、顔もクマが酷く、開いたドアから見える部屋は泥棒にはいられた後のような荒れようだ。