ミラーリング #3(カルデア編) 強くなりたい、と彼女は泣いた。
誰よりも強く。男たちにも負けないように強く。
声を震わせて泣く彼女を膝に抱き、その髪をなでながら、私は誓った。
──おまえに私のすべてを授けよう。おまえをアイルランド最強の戦士にしてやる、と。
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「おまえが相手をしろ、バーサーカーのセタンタよ」
スカサハの言葉に、オルタは面倒くさそうに振り向いた。
「……なんで俺が」
「年齢的に、おまえが一番槍のセタンタと近い。加えて、おまえのクラスはバーサーカー。他のクラスを圧倒する力を持つおまえに、槍のセタンタがどれほど挑めるか見てみたい」
ランサーは、あごを引いてオルタを睨みつけた。師匠に「他を圧倒する力を持つ」と言わしめたこの男が気に入らなかった。
そもそも、初見でいきなり不躾な態度を取られたのだ。好印象を持てというほうが難しい。
「そうかい。次の相手はおまえか、バーサーカーのオレ」
ゆらりとオルタがランサーを見る。ランサーはくるくると片手で槍の柄を回した。
「オレ……でいいんだよな。フン、まったく、”クー・フーリン”が何騎もいるとあっちゃあ、やりづれえな。加えて、こっちのクー・フーリンは男だっていうのもよ」
ダン、と槍を床に落ち下ろす。
「でも、めったにねえ幸運だ。自分自身と戦えるっていうのはな!」
ランサーの目が好戦的に光る。オルタは黙ったままだったが、右手に己の槍を現出させた。その禍々しい形状を見て、ランサーが眉をひそめる。
「マスター、構わんかな?」
スカサハが尋ねた。マスターはワクワクとうなずく。
「もちろん!」
「よし。それでは、始めるぞ。二人とも、位置につけ!」
ランサーとオルタが向かい合った。ランサーが腰を落として身構える。オルタも、槍を右手に構えた。
「はじめ!」
ざあっと冷気が辺りを包む。それぞれの赤い槍が魔力をまとい、煌々と燃え上がる。
「そら!」
ランサーがオルタに飛びかかった。オルタは片腕で一撃を抑える。そのまま手首を返し、ランサーに突きを繰り出した。ガキン、と音がして槍同士がぶつかる。
重い──!
その打撃の重さに、ランサーは後方へ吹き飛んだ。すぐさま空中で身を翻し、着地と同時にオルタの元へ飛ぶ。
「オラァ!」
槍を振りかぶる。フードに隠れていたオルタの赤い目がギラリと光った。
その瞬間、ランサーは脇から何かに弾き飛ばされた。
「!?」
そのまま壁に激突する。強かに背中を打って咳き込む。
「ランサー!」
「ランサーさん!」
マスターとマシュが叫んだ。ランサーは油断した自分を呪い、怒りと共に立ち上がった。
「てめえのその可愛いしっぽは躾がなってないらしいなぁ?」
ぺっと床に血の混じったつばを吐く。オルタはゆっくりとした動作で振り向いた。ランサーを張り飛ばした尾を床に下ろす。
ランサーは槍を握り直し、一直線にオルタに向かった。キィンと金属音が跳ねる。
先手必勝とばかりに、ランサーは鋭い突きを繰り返した。激しい連打を抑えながら、オルタはじりじりと後退する。
「そのデカいナリでどれだけ動けるか──」
ランサーがぎゅんと槍を振った。オルタの被っていたフードが吹き飛ばされ、群青の髪が宙に舞った。
勢いに乗ってランサーはオルタの横面を蹴る。「ぐっ」とうめき声が聞こえた。
もらった!
そのまま打ち込もうとした槍を、しかしオルタが太刀打ちで受けた。オルタの槍を弾こうとするが、逆に槍を押し返される。
相手の力の強さに、ランサーは舌打ちをした。すばやく指でルーン文字を刻む。魔力の光が腕と槍を包み込む。
「ハァッ!」
「!?」
再度突っ込んできたランサーの攻撃を受け、オルタは目を見開いた。重い。
すぐに魔術で肉体強化をしたのだと察する。女の身では軽い攻撃も、ルーンの強化で並みの男以上の重さとなっていた。
ランサーは激しく打ち込んだ。もともとの身軽さとルーンで強化した攻撃とで、オルタが受け身になる。
さあ、その鈍重な図体で、どれほど自分を追ってこれるか。
勢いよくオルタの体を蹴り、ランサーは高く飛び上がった。槍が激しく朱色に光る。とどめと槍を振りかぶる。そのとき。
「!?」
瞬間移動したように、オルタの顔が目の前にあった。
「なっ!?」
そのまま太い槍の柄が打ち下ろされる。ランサーは激しく床に叩き落された。
「相手の速さを見誤ったか」
スカサハが呟く。
「敏捷性において、バーサーカーのセタンタは頭ひとつ飛び抜けているぞ」
シュウシュウと魔力が漏れる音がする。オルタは着地し、相手の様子を見ようとランサーが墜落した場所に歩み寄った。
「!」
すばやく腕が伸び、オルタが地面に引き倒された。そのまま槍の柄が回り、オルタの首を絞める。
呼吸を荒げながら、ランサーがニヤリと笑った。逃れようとオルタは身をよじるが、逃がすまいとランサーは両足でオルタの胴体を締めにかかった。
「そこまで!」
スカサハの声に、ランサーが体の力を緩める。オルタは咳き込みながら立ち上がった。
「見事だったぞ、おまえたち」
スカサハが満足そうにうなずいた。プロトは目をキラキラと輝かせ、キャスターもうらやましそうに見つめている。
「師匠! どうだった? オレの戦い!」
スキップでも始めそうなランサーの声色に、スカサハは微笑んだ。
「うむ、悪くなかったぞ。ただし、相手の見た目で力量を判断するのは早計だな」
ランサーはぐう、とうなった。褒めてもらえると思っていた肩がしょんぼりと落ちる。
しかし、スカサハに乱れた髪を整えられると、すぐにまた嬉しそうな表情になった。
「師匠! 女のオレー!」
すっかりテンションが上がったプロトが、二騎に向かって駆け出していく。入れ違いに、オルタがのっそりと戻ってきた。
「お疲れさん」
キャスターがねぎらいの言葉をかける。オルタは手に握っていたフードを雑にかぶり直した。
「あー、やっぱり槍はいいよなー。どうだったよ、女のオレの槍は?」
「…………」
「おーい、なんか言えよー」
「……あれは、俺の槍とは違う」
「は?」
オルタはそれきり黙ってしまった。そのままキャスターたちの横を通り過ぎ、シュミレーター室から出ていこうとする。
「あっ、オルタニキ!?」
マスターの慌てたような声に、オルタは尾をゆらりと動かした。
「俺は部屋に戻って寝る。何かあったら呼べ」
「えっえっ」
「あっ、クーちゃ〜〜〜ん! 私が添い寝してあげる!」
「いらねえ」
マスターがあわあわとしている間に、オルタはさっさと出て行ってしまった。メイヴも一緒にドアの向こうへ消える。
「それで、と。マスター。あのクー・フーリンをこれからどうする?」
フェルグスが尋ねる。
「え? あ、えっと。とりあえず種火あげて、レイシフトにも出てもらおうかな。スカサハたちの様子見ても、すごく強いってわかったし」
「それはいいな! そのときはぜひ俺も一緒に頼むぞ。できれば、部屋も同じに」
「それはないから!」
「でも、本当によかったですね、先輩! 今度こそ麻婆豆腐じゃなくて、サーヴァントを召喚することができて!」
「うん、やったよ〜! 本当はエレシュキガルに来てほしかったんだけど、これはこれでよかった!」
新しいランサー、それも新たなクー・フーリンで、しかも強いとわかったマスターの声は弾んでいた。マシュと嬉しそうにハイタッチし、自分たちもスカサハやランサーたちの話の輪に入れてもらおうと飛び出していく。
楽しそうなマスターたちの姿を見ながら、キャスターはボリボリと頭をかいた。
「む? どうした、キャスターのクー・フーリン。おまえはあちらに混ざらんのか?」
「いや……」
フェルグスの声に、煮え切らない声を出す。キャスターはちらりとシュミレーター室のドアを見た。
──あれは、俺の槍とは違う。
出ていく間際に言い残されたオルタの言葉。
「……なんのこっちゃ」
キャスターはぼそりとつぶやいた。
「おーい! キャスニキー! フェルグスー! こっち来てー!」
マスターがぶんぶんと腕を振っている。
「そら、いくぞ」
「ああ」
あの不可解な言葉は、あとでオルタに問い正そう。
先ほどのことは心のうちに秘め、笑顔を作ると、キャスターはマスターたちの元へ歩いていった。
「それじゃ、改めて紹介するね!」
マスターが弾んだ声で手を叩く。
「こちらはプロトタイプのクー・フーリン! キャスニキたちのもっと若い頃なんだって! 通称プニキです!」
「おう! よろしくな!」
プロトはハキハキと手を上げた。ランサーは怪訝な顔をした。
「プニキ?」
「あっ、プロトタイプと兄貴の略なの! クー・フーリンがいっぱいいるから、あだ名つけることにしたんだよ。クラス名だと、他にもここにはサーヴァントがいっぱいいて、紛らわしいしね」
「へえ」
「まだ修行中の頃らしいから、プロトタイプってことで。んで、クー・フーリンは兄貴キャラ! って感じだから、プニキ。で、こっちはキャスニキ。キャスタークラスのクー・フーリン」
ランサーがゲッという顔をした。言わずもがな、セクハラのせいである。
思わず槍を握り締める女の自分を見て、自業自得ながら、キャスターは苦笑いをした。
「さっきは悪かったな。オレはキャスタークラスで召喚されてる。驚くだろうが、今のオレはドルイドだ。よろしくな」
「えっ、じゃあ、じい様と同じ?」
「ん、まあそういうことになるな。この格好も見覚えあるだろ」
キャスターは杖を取り出し、霊装が見えやすいように腕を広げてみせた。
ランサーが「わあ」と声をあげた。子どものような反応が愛らしい。キャスターは右手に小さな炎を出してみせ、片目をつぶる。
「ルーン魔術なら負けねえぜ?」
「キャスニキは、このカルデアで最古参のサーヴァントなんだよ! あたしもときどきルーン魔術を教わってるの」
「へえ、そいつは驚いたな」
「あとは、部屋に帰っちゃったんだけど、さっき戦ったのがバーサーカークラスのクー・フーリンね。オルタナティブの姿だから、あたしはオルタニキって呼んでる」
「あいつかぁ」
ランサーは露骨に嫌な顔をした。
「まあ、そういう顔をするな、槍のセタンタ。あやつは確かに愛想はないが、根は悪いやつではない」
スカサハがころころと笑う。ランサーは、「師匠がそう言うなら」と渋い表情で口を尖らせる。
「えっと、スカサハ、フェルグス、メイヴちゃんのことはわかる?」
「ああ。師匠たちはオレが知ってる姿そのままだし。っていうか、メイヴがいるのも信じらんねえな。あいつ敵国の女王だったのに」
「今は、メイヴさんも人理修復のために協力してくださっているんです」
マシュがにっこり笑った。「ふーん」とランサーは頰をぽりぽりとかく。
「ま、味方だってんならいいか」
さっぱりと言いきり、ランサーはきょろきょろと周りを見回した。
「オレと同じケルトのサーヴァントはこれで全員か?」
「んー、フィンとディルムッドはいるけど。でも、それで全員だね」
マスターの言葉に「そうか」とランサーはうなずいた。
「さて、じゃあ、あだ名はどうしよっか」
「あだ名?」
「そう。クー・フーリンがたくさんいるから、あだ名で呼んでるって言ったでしょ? ランサーにもつけたいねって。えーと、兄貴……じゃなくて、女の人だから、姉貴でいい?」
「ま、オレは別になんでもいいぜ。好きに呼んでくれや」
「じゃ、ランサーと姉貴で、槍ネキね!それじゃあ、これからよろしく、槍ネキ!」
「おう!」
マスターが差し出した手を握り、ランサーはにっこりと笑った。
「クーちゃん、どうしたの?」
ずんずんと歩いていくオルタに並び、メイヴが尋ねる。顔を覗き込むが、戦闘時以外は常に無愛想な表情はいつもどおりだ。強いて言えば、いつもより眉間に皺が寄っている気がする。
「あの子との戦いで何かあったの?」
「……気に入らねえ」
ぼそっとオルタはつぶやいた。
「えっ?」
メイヴが目をぱちくりとさせたところで、部屋についた。
通称「クー・フーリン部屋」。
オルタ、キャスター、プロトの寝泊まり用として割り当てられた三人部屋だ。
オルタはそれ以上何も言わず、のそのそと中に入っていった。当然のようにメイヴも付いていこうとして、目の前でピシャンとドアが閉められる。
「あっ、ちょっとクーちゃん! 開けてよー!」
廊下にメイヴの叫びが響いた。