ガチャと開けたドアの向こうは大変面白いことになっていた。
ココはその日も残業という名の徹夜を続け、やっと纏まった書類をNo.2様にお渡ししようと疲れた脳みそには刺激が強すぎるピンクを探しいつも付き纏い、もとい付き添っているマイキーが在質している部屋をノックして開けた。
「ボス……いい加減金の使い方を覚えー……。何やってんだ?!」
何やってんだ、の何とはドアにセを向けかたまった三途とその配偶者タケミチといつも暗雲が覆う顔が晴れやかなマイキー。
何故晴れやかなのはご執心はタケミチがマイキーの膝に座りニコニコしているからだ。
まさか、あのバカ夫夫……いや、新婚8年目お花畑夫夫がついに寝盗られたのか。そんなシーンに出くわすなんてついてない。
「あ! ココくんこんちわっす! お弁当どうでした? おにぎりも沢山作ったから食べてください!」
膝の上でニコニコしているタケミチの腰をがっしり抱きしめ猫吸いならぬタケミチ吸いをしているマイキーだ。とりあえず書類をテーブルに置くため三途の横を通りその顔を伺うと表情が完全に消えてる。能面。正しく能面だ。
「……どういう状況だ? 弁当まだ食ってねぇけどいつも美味いよ」
もしかして、自殺する? マイキーの事殺してタケミチも殺して自殺しちゃうやつ? あー後処理どうしようか。マイキーの盾になるのは嫌だ。退出後にして欲しい。
能面三途と対面してニコニコしていられるタケミチの神経は図太いを通り越し、焼き切れていると思う。
「えっと……三途……大丈夫かよ……」
「……俺は。いつも。普通だ……」
むしろお薬を飲んで欲しい。ふだんならヤベー奴に変貌するキメた三途はウザイが今はそれが恋しい。
「三途くん、顔色悪いよ……? 大丈夫?! マンジローくん腕離してください」
「……やだ。ダメ……」
タケミチの片口に額を擦り付け、さらに腕に力を入れて離さなきマイキーにこまり顔のタケミチ。
隣の三途から、怒りの気配が膨らんでるのが分かる。俺は頭脳派、肉体派では無い。暴れ馬とサシは無理。
「タケミチ……何やってんだお前……。ボスのこと、なんで名前で呼んでんだ? ぶっ殺すぞ」
どっちを? 恐らく、マイキーを、だろう。
非常に落ち着いた声で空恐ろしい。
「えっとね、三途くんこれには事情があるんだ!」
ニコニコ笑うタケミチは今日の出来事を語り出す。
「ちわーっす! サンズ弁当でーす」
「たけみっち! 会いたかった」
いつも通りお弁当を千冬とオフィスまで運んでいるとマイキーくんに出くわした。これはマイキーくん。待ち伏せをしていたな……。
チラリと見た千冬はそそくさと退散してしまう。ダチだって言ったのに裏切り者!
「マイキーくん久しぶりです。ご飯食べてます? チヨくんはまだ帰れないっすか……?」
とっとと帰りたいが、春千夜くんが出張に行ってしまい早4日。そろそろテレセクだけでは寂しい……ではなくちゃんと顔をみたい。
早く帰って来れないかお伺いしておく。
「タケミっちが毎日毎食管理してくれたらご飯食べるよ。ね、タケミっち、万次郎って呼んでよ」
「えー、それはちょっと荷が重いっすね!」
ここ最近は名前で呼んで攻撃が凄い。
俺はマイキーくんが春千夜くんを狙ってる説を疑っている。変な誤解をさせて春千夜くんを奪う気じゃ……!?
春千夜くんはマイキーくんの信奉者と言っていい。マイキーくんを気安く本名で呼ぶとか、初めてマイキーくんと出会いうっかり上司という事を忘れて叱った時に凄く春千夜くんに怒られた。その時は怒られて終わったが、マイキーくんに対して舐めたような態度だって嫌われるかもしれない。
「今日はパエリア弁当でかビビンバおにぎり弁当っす!」
「ね、タケミっち名前で呼んで。そうでないと俺は何しちゃうかわかんないよ……」
「えっ、も、もしかして……チヨくんの出勤伸ばすんすか……? そんな……」
いつの間にか両手を握られ逃げられないし、春千夜くんを帰さないなんて意地悪に半泣きになりマイキーくんを睨んでしまう。
「その顔……ソソる……」
俺だって怒るんだからな! そんな気持ちを込めてるとボソリとマイキーくんは何か言うが小声すぎて聞こえなかった。
「なんて?」
「何でもない。タケミっちどうする? 俺のこと名前で呼んでくれるなら、三途はやく帰れるかもな?」
「うぅぅ……、そ、そんなこと言うマイキーくん、嫌いっす!」
「えっ」
「チヨくんに、意地悪するマイキーくんは嫌いっす!!」
意地悪しなくても、春千夜くんを狙ってる時点でそんなに好きではない。
ギリギリと掴まれた手が更に締まる。
「いたっ……! ま、まいきーくん……?」
「タケミっち、俺のこと嫌いなの?」
「え」
俯いたマイキーくんの雰囲気が一変する。
「俺の事嫌いなのかって聞いてるんだよ」
「き、きらいっす! 俺とチヨくんに意地悪するなら! ふ、ふだんは嫌いじゃないっすよ?!」
なんだか、嫌や汗が背をつたい、目の前のマイキーくんが怖くなった。
「……嫌いじゃない?」
「うっす! や、優しくしてくれるなら……」
「ごめんねタケミっち。意地悪した」
「お、俺も……ごめんなさい……。理由も無いのに名前で夫の上司さんを名前では呼べないんで……」
手が少し緩み、俯いた顔が上を向くといつものクマの酷いが穏やかな顔だったことに安堵する。
「なんで?」
「なんでって……変な誤解されちゃったら困るし……」
「理由があったら呼んでくれる?」
「うーん……まぁ……理由にもよるかと……」
妙に名前呼びに拘り続ける。他の誰かに呼んでもらえばいいのに。
またこの押し問答に戻たか、とうんざりした時だった。
「休暇」
「休暇?」
「三途に連休やる。だから万次郎って呼んで」
「連休……!!」
連休、なんて素敵な響だ。結婚してから年々連休は短く、なくなって久しい。
「そう。連休。タケミっち旅行行きたいんだよな? 連休で旅行行けるじゃん」
悪魔の囁きだ!
「なっ、なら……あっ、いや……。その旅行……チヨくんとの2人きり……っすよね」
すぐに了承しようとするが、チヨくんが“ヘドロはチョロいな。交渉とか絶対1人ですんな!”と過去に言った言葉を思い出し、不安要素を聞いておく。
「……」
「そうじゃないならなぁ~?! 呼べないかなぁー?!」
チヨくん! さすがチヨくん! 俺、チヨくんのために頑張るよ!!
「俺のお願い聞くなら2人きりを約束する」
「お願い……1つなら」
「1つだけ……? 厳しくね?」
マイキーくんはワガママだ。個数やルールを決めないと際限がない。
「変なのはダメっす!」
「変なの? 例えば?」
「えーっと……チヨくんに変に思われたり、社員さんに変なことしてるって思われるやつっす!!」
「ふーん……。なら膝に乗ってよ」
「変じゃないっすか?!」
「連休7日」
手の甲をマイキーくんの指が撫でる。これで決めておけ、そう言ってるみたいだ。交渉は引き際も肝心らしいが、今が引き際なのかどうなのかも分からない。
「うっ……!」
「この部屋だけでいい。膝に乗るだけ。死んだ妹と昔そういうのしてたから……なんか……思い出して…」
亡くなられた妹さんなんて知らなかった。
知っている妹さんのエマちゃんはドラケンくんと結婚してるし、もう1人いたなんて……。マイキーくんのワガママは家族と過ごせない寂しさなのかもしれない。
「うっ……! わ、分かりした! 時間は17時まで!」
「24時じゃないの……?」
「だめっす!」
「……。わかった、今日はそれでいいよ。ワガママなタケミっちも可愛くて大好き。早くこっちおいで」
「っていうことなんす! チヨくん! 連休っす!!」
夫の昇進のため上司と寝る妻……。なんてAV見せられてんだ?! そんな気持ち。
悪気なし、むしろ褒めて欲しいタケミチはニコニコ満面の笑み。
いやお前、騙されてる。マイキーの妹はエマ1人だ。
「……ボス……あんま、タケミチのこと揶揄うようなこと、やめてください」
能面三途ではあるが、怒りは収まったのか事情を知り落ち着いたのか少し雰囲気が和らいだ。
「からかってないよ。タケミっちって抱き心地いいね」
「マンジロー苦しいから腕、緩めてください!」
「だーめ、契約したよな? 破ったら休み減らすから」
「えー?! それは聞いてないっす!!」
「言ってないだけで決めてたから」
「後出し! ね! チヨくんも言ってよ!!」
時計を見てあと数時間もこの状態か、今日は地獄だな。
「弁当食ったら仮眠室いるんで……」
それじゃ、と部屋を後にする。
タケミチは嫌いじゃない。良い奴で、三途が惚れたのも分からなくはない。こんな荒んだ環境でもし先に出会ったら違う立場だったと想像させる何かを持っている。
「お、うまそー」
タケミチが弁当の配達を初めていつの間にか設置された冷蔵庫。
ココくんの分! 食べるな! その文字はタケミチので、いつも弁当は2個置いてくれている。
「あれ~? ココじゃん。巣穴からやっと出てきたんだ」
「おいココ! お前引きこもりすぎてカビ生えて髪真っ白じゃね?!」
「カビって竜胆お前、ココがかわいそーだろー」
ヘラヘラ笑って問題児兄弟がウザ絡みしてくる。
「灰谷、今マイキーのオフィス行ってみろよ。タケミチとのおもしれーもん見れるぞ」
「まじか! ついにマイキーにやられちゃってる?」
「泥沼じゃん。俺らも味見させてもらおーよ」
喜び勇んで部屋に向かう2人に中指を立てる。
あの息が詰まる空間を味わえクソ兄弟!