ラプンツェルパロ
魔法使いのヌヴィレットは人間を飼っている。
いや、まあ、飼っている、というのは正確な言い方ではない。
彼はその人間を深く、深く、愛しているからだ。
誰も立ち入らない森の奥、高く高く聳え立つ塔の一番上にしまい込んでしまうくらいには愛している。
ある日、彼はラプンツェルが欲しい、と言った夫婦に対価として夫婦の子供を寄越す様に要求した。
彼からしたらラプンツェルに釣り合いがとれて、夫婦が対価として渡せる物がそれしかないと踏んだからだ。
子が生まれ、フリーナと名付けられた赤子がヌヴィレットの下へと送られてきた。
一人で行う育児はとても大変で返そうか本気で考えた時期もあった。
しかし 、成長したフリーナが自分のことを親のように慕い、可愛らしい初恋を示し始めたころ、ヌヴィレットの中で一つの欲が生まれた。
――誰にも取られたくない。
ヌヴィレットは住居を森の奥深くの塔に移すとフリーナと二人、暮らし始めた。
そして、フリーナにいくつかの約束をさせた。
・外は危険でいっぱいだから出てはいけないこと。
・ヌヴィレット以外は怖いニンゲンだから返事をしてはいけないこと。
・ヌヴィレットが呼んだら髪の毛を下ろすこと。
優しく素直なフリーナは、律儀に従い、ヌヴィレットの声が聞こえれば、いそいそと嬉しそうに髪の毛を下ろすようになった。
「フリーナ、髪を下ろしてくれないか。」
パタパタと元気な足音が聞こえ、ヌヴィレットは眦を下げる。
「…おかえり!ヌヴィレット!」
絹糸の様な髪が垂らされ、それをはしご代わりに登っていく。
窓から侵入すればそのままフリーナがヌヴィレットに抱き着いてきた。
「すまない、待たせてしまったか。」
拗ねたように口を尖らせ、無言のままヌヴィレットの腰に手を回し、目を合わせないようにフリーナがそっぽを向いている。
「……昼寝から起きたら、ヌヴィレットが居なくて寂しかった。」
ぷう、と風船のように頬を膨らませる姿がひどく愛おしかった。
「悪かった。…許してくれ。」
フリーナの頤に指をかけ、顔を上げさせる。
ゆっくりと唇を重ね合わせれば、少女の頬は紅く色付く。
固く結ばれた唇を舌でなぞれば、おずおずと小さく口が開けられる。
何度も教え込んだかいがあった、とヌヴィレットはほくそ笑んだ。
隙間から舌を差し込めば、不器用ながらもヌヴィレットの舌に己の舌を絡めるフリーナ。
ヌヴィレットは健気な少女をつぶさに観察する。
顔の紅が深まり、目に生理的な涙が浮かび始めたところで舌を解放し、口を離した。
初めて深いキスを教えた際、フリーナが酸欠で倒れてしまったことがあるからだ。
「んぅ…はぁ……もうおわり?」
名残惜しそうにヌヴィレットを見つめるフリーナの瞳にはその齢の少女には有り得ない程の色香がある。
「以前、酸欠で倒れてしまったことがあったのだから、少し我慢してくれ。」
ヌヴィレットは少女の頭を撫でてから、耳元に口を寄せる。
「名残惜しいが…続きは夜に取っておこう。」
フリーナは頬どころか、耳まで真っ赤に染めて恥ずかしそうに頷く。
その様子を満足気に眺めてからヌヴィレットは夕飯を作るべく、備え付けのキッチンに立つ。
「?」
ヌヴィレットの隣にフリーナが並び立つ。
彼女がキッチンに足を踏み入れるのは珍しい。
ヌヴィレットが驚きの余り固まっていると、フリーナがヌヴィレットの手の中にあった人参を抜き取った。
「その、僕も手伝うよ……だ、だから、い、いっぱいしよ?」
上目遣いでそう言ってから器用に人参の皮を剥き始めるフリーナ。
ヌヴィレットはふっ、と優しく微笑んだ。
「そんなに待ってもらえているなんて光栄だ。」
少女の長い髪を耳にかけて、甘やかに言えばフリーナが熱い息を吐いた。
「も、もう!指を切っちゃうところだったじゃないか!」
「すまない、あまりにも愛らしい反応を返すもので、つい。」
幸せそうに笑う魔法使いとお姫様。
ふたりぼっちの世界は今日も静かに満たされる。
王子様、なんて無粋な存在はこのお話には必要ない。
何故なら、王子様の声を聞いて髪を垂らすラプンツェルは存在しないのだから。