ハワードの夏休み9日目と10日目【】
八月九日はハンバーグの日です。
食堂を取り仕切っている料理長が前々からこの日はハンバーグの日なのでハンバーグをメインにすると言っていました。
「ハンバーグ。特製」
ラヴクラフトはご機嫌です。
料理長の特製ハンバーグは美味しいのです。ハンバーグは通常と特製の二種類があるのですが特製の方は柔らかめで肉汁が
じゅわっとしていて、ラヴクラフトの好物でした。
壺を抱えて食堂前に来ています。
「ラヴクラフト。ハンバーグ目当てか」
「……今日はハンバーグにすると料理長が言っていたな」
「中里か。お前は野菜メインだが豆腐のハンバーグとか大豆ミートハンバーグとかもあるからよ」
ハンバーグはお昼か夜に出すとなっていました。今はそろそろお昼時です。食堂前に来たのは吉井勇と中里介山でした。
中里はお野菜の方が好きです。ラヴクラフトはそんなに野菜が好きではないので中里もそうですが宮沢賢治や徳冨蘆花のように
野菜メインの彼等がよくそれで満足が出来るなとなりました。
「ハンバーグ。肉。お肉。美味しい」
「この辺は好みとか、主義とかだしな。中島の裏も言っていたぜ」
「彼は野菜料理や肉料理、いくつもの料理のレパートリーを増やしているな」
「だな。俺としては酒のつまみになる料理があればいいんだけどよ」
中島敦は戦闘になると人格が変わります。大抵の人は裏と呼んでいました。彼は料理の腕前を上げています。
料理について言えば、一番うまいのは檀一雄で、次が志賀直哉でしたが志賀は他の料理も出来るのにカレーばかりを作るので
カレーは作るなと止められていました。
「野菜。苦手。ピーマン、肉詰め、ピーマン、いりません」
「それだと単なる肉だねだけじゃねえか」
「ヨッシー君。介山さん! 食堂の前でお話し中? ラヴクラフトさん、こんにちは」
「佐千夫。こんにちは」
ピーマンの肉詰めはたまに食堂で出てきますが、アレは肉だけでいいとなりました。吉井が苦笑しています。
三人に向かって手を振ってきたのは伊藤佐千夫でした。さっちーとも呼ばれています。
「料理長に伝言を持ってきたんだよ。みんな、食堂前で話していないで食堂に入らなきゃ」
「伝言?」
「ファウストさんが近いうちに来るから、来たら、特製ハンバーグをお願いしたいって。あの人も料理長のごはんが大好きだから」
「いつごろだ。司書は知っているのか」
「先に言っておいたよ。お盆明けだって。盆に来るなよとはさきに司書さんが言っておいたみたい」
「日本の行事を守っているな……あと司書とファウストそんなに仲が良くないし」
「前よりは改善されたのだが」
吉井が聞いて佐千夫が答えます。佐千夫と吉井の会話に介山が入っています。ラヴクラフトは話を聞いていました。
ファウストは結社と呼ばれている場所の出身で司書が昔話してくれましたがラヴクラフトの主であるポーが図書館に来たのも、
結社がポーの著作『アッシャー家の崩壊』を持ち込んだからだと言います。『アッシャー家の崩壊』文豪たちが潜書をして、彼等が
屋敷にやってきたのでした。ファウストと文豪たちを転生させた特務司書の少女はそう仲が良くありません。
司書の方がファウストがそんなに好きではないのです。
「よっしー。おびえ?」
「……お前によっしー呼ばれるとはな」
「よっしー、さっちー、よびます」
「ラヴクラフトさんは可愛いね。心配しないでヨッシー君! ヨッシー君のことは僕が守るからね!!」
「守る?」
佐千夫が手を伸ばしてラヴクラフトの頭を撫でます。よっしーはよっしーです。吉井です。呼びやすいのでよっしーです。
「司書が完全に怒りそうだった時に吉井のお陰で止まったからな。そのことは秘密だ」
「秘密。内緒」
「万が一のこともあるから。ラヴクラフトさんも秘密にしてね。新鮮な牛乳を使ったアイスをあげるから」
「守ります。秘密」
「みなさん、入ってこないんですか?」
料理長の声がします。
何やら秘密があるようです。ラヴクラフトは深く聞きませんでしたが、秘密が明かされればファウストやよっしーが
大変なことになりそうでした。ラヴクラフトはアイスを差し出されたので、
「守ります。秘密」
秘密を守ることにしました。
真夜中にラヴクラフトは目を覚ましました。
時計を眺めれば次の日になったころ、十日になっていました。眼が冴えてしまったのでラヴクラフトは壺を抱えると
散歩に出かけることにしました。恐らくは、歩いていれば眠くなるだろうし、眠くなれば自室にどうにかもどればいいとはなったのです。
あちこちをさまよって階段を上り、屋上へと出ます。
「おっ、ラヴクラフトじゃねえか」
「ぼっさん。おっさん」
「おっさん。おっさんって呼ばれちまってるぞ。ラヴクラフトに」
「ちゅうや」
屋上でのんびりと酒を飲んでいたのは若山牧水と中原中也でした。ラヴクラフトを転生させた特務司書の少女は牧水のことをぼっさんと呼びます。
石川啄木もそうだったでしょうか。おっさんは中原が呼んでいました。
「お前も酒を飲みに来たのか?」
聞かれたのでラヴクラフトは首を何度か振ります。
「起きた。散歩。来ない。眠気。来る。眠気。寝る。戻ります」
「そっか……もう十日なんだよな。早い。明日は吉川の誕生日だったな」
「誕生日。ケーキ。食べます。アイス。食べます」
八月はいつの間にか十日になっていました。時間が過ぎるのは早いという風に中也が言っていますがその通りだなとなります。
牧水はおちょこの日本酒をのんびりと飲んでいました。何本かの日本酒の瓶が鎮座しています。
二人はとてもお酒が好きでした。
バーで飲むこともあれば食堂で飲むこともあり、ラヴクラフトがアイスやジャンクフードが好きなようにあるならあるだけ飲んでいます。
明日、八月十一日は吉川英治の誕生日でした。吉川はとっても元気な文豪です。
「おっさんも、誕生日が近いんだろ」
「ラヴクラフトよりは後だな。八月二十四日だ」
「? 私、誕生日?」
「ああ。覚えていろよ自分の誕生日。八月二十日だったか……? 八月は誕生日ラッシュだからな」
「八月。知っています。誕生日。後半、聞きました。いつか、覚えて、ません。謎。祝う。産まれる」
「祝っておくかみたいなもんだ。騒ぐのは好きな奴は好きだからな。転生日じゃなくて前の誕生日だが」
「二つ、ある。あります。しゅうせい、おざき」
「旧暦だな」
八月は誕生日ラッシュということは覚えていました。ラヴクラフトも誕生日と言いますが、何日かはあやふやでした。
産まれる日を祝う理由がわからないとラヴクラフトは言えば牧水は教えてくれます。文豪によっては旧暦と言うので二つある
者も居ました。
「中也。と若山さん。にそれにラヴクラフト。誰か探していたら三人がいるとはな。良かったら丁度、吉川さんの誕生日の野菜ピザの試食を頼めるか?」
「檀」
「ピザ。野菜。夜中?」
「メニューを考えて食堂を借りて作っていたらこんな時間になったんだ」
檀一雄が焼きたてのピザをワンホールもって文豪宿舎の屋上に来ました。檀は文豪の中で一番料理が上手です。
ピザの試食を頼まれましたが今は夜中です。ピザはこんがりと焼けていてズッキーニとトマトと茄子が載っていました。
「食べられます。ピザ。具材」
「食べられねえもんはあるのか」
「ピーマン。パプリカ。パクチー」
「……味覚が子供かよ……パクチーは仕方がねえが」
「美味しくない。食べられ、ます?」
「この辺は無理強いは出来ねえがなおせるならなおしておくと食べられるもんが増えて得なときは得だぞ
ラヴクラフトはピーマンやパプリカ、パクチーが嫌いでした。中也もパクチーが嫌いなようです。檀は無理強いは出来ないと言っていました。
前に聞いたことがありますがこれは美味しいから食べろと言ってもアレルギーで食べられないとかもあるようです。
ちなみにラヴクラフトは単に美味しくないから嫌いなだけです。苦いのです。パクチーは爽やかすぎます。
「俺の誕生日の時にも出してくれ。ピザ。肉のピザとかおいておくと啄木とか喜びそうだ」
「ピザ、種類。具材。沢山」
「後半は誕生日が詰まってるから大変そうだな」
「賑やかに行けるときはいったほうがいいしな」
夜中ですがピザを食べます。出されたのだから食べます。六等分に切り分けられたピザを一つとるとラヴクラフトはピザを食べました。
野菜ばっかりですが美味しかったです。そして十一日にはアイスクリームとケーキが食べ放題だと想っているラヴクラフトは明日を楽しみにしていました。