「体調の方は」
「ああ。寝ていたら良くなったよ」
裏門の守衛は久しぶりにシャルル・ボードレールを見た。
この帝国図書館は表門と裏門があるが裏門にはめったに利用客は来ない。使うのは図書館スタッフや文豪たちだ。
文豪たちは裏門か表門かにしろ、出るときは守衛に挨拶をしておくというルールがある。把握のためだ。
「これから、酒を買いに」
「出かけるんだ。紅茶を飲まないかと言われたからね。待っているんだが」
誰だろうかとなる。守衛にとってボードレールとは面倒見のいい男だ。余り外には出ないが。
「涼しくなりましたね」
「秋がようやく来てくれた。残暑が厳しいかもとは聞いたが」
「時期に季節は安定します」
「だね。――水晶のように明るいきみの眼は、私に語る、「風変わりな恋人よ、あなたにとって、わたしの取柄はいったい何?」と」
待ち時間が暇なのかボードレールは詩を暗唱し始めた。ボードレールはボードレールだ、となるが、凄い詩人だ。
守衛はこの仕事につくときに契約書に判を押しているがその中に文豪たちのことは秘密と会った。秘密を守り仕事をすれば
この仕事、かなりの給料がもらえるので、守衛は黙っているしそもそも話す気はない。
詩の暗唱は続く。
「静かに愛し合おうではないか。<愛の神>(アムール)は望楼に、腹黒くも、待ち伏せて、宿命の弓を引きしぼる。
私は知っている、この神の昔ながらの武器庫の、武器の数々、」
「犯罪、恐怖、そして狂気!――おお、色淡い雛菊(マルグリット)よ! 私も同じように、きみもまた秋の太陽ではないか、
おおかくも色白く、かくも冷たい、我がマルグリットよ?」
守衛は詩を聞いていたが終盤。別の声が聞こえた。ゲーテだ。とても有名人である。守衛も名前ぐらいは聞いたことのある文豪だ。
「遅いぞ」
「すみません。報告書を書いていましたので」
「アンタの方から誘ったのに」
「風邪でティーハウスには行けませんでしたからね」
そう聞いて守衛は想い出す。ラヴクラフトが台風が着そうだというのにティーハウスに行って限定メニューのキャラメルアイスドルチェを
食べようとしていたのだがそれをラヴクラフトが止めて今度連れて行くといったのだ。台風は無事に通過したし被害は少なかったが、
ボードレールは体調を崩した。そしてラヴクラフトとポー、芥川龍之介と直木三十五でティーハウスに行っていたのだ。
「ラヴクラフトさんはボードレールさんと食べ収めします。キャラメルアイスドルチェと」
キャラメルアイスドルチェは九月限定メニューである。九月はもうそろそろ終わる。
「……残暑が来ることを祈ろう」
この時期、冷たすぎるアイスは天敵だ。行ってはくれるらしい。
「貴方の詩は素晴らしいですね。マルグリットを使ってくれるとは」
「褒めるなら好きなだけ付き合え」
「……ネタ?」
「ええ。私の著作。ファウストからですね。登場人物であるグレートヒェンの本名です」
では行ってきますとゲーテはボードレールと共にでかける。ファウストも守衛は知っていた。名前ぐらいは聞いたことがあるぐらいだが。
二人は出ていく。
「詩人だ……」
やり取りがうまいとなった。