啄木のソーセージ丼【啄木のソーセージ丼】
石川啄木が文字の海から引っ張り出されて、連れてこられたのは帝国図書館という施設であった。
国が運営している国定図書館、啄木は外見は十代後半の特務司書の少女の力で転生して、謎の敵である侵蝕者と戦うこととなった。図書館には
旧知の若山牧水がいた。先に転生をしていたらしい。図書館には啄木の他にも文豪が何人もいて、四人一組で、会派を組んで侵蝕者によって浸食された文学書、
有碍書に潜書をして、中にいる侵蝕者を倒していく。
文豪を転生させるのは特務司書の少女の力が必要だが、探してくるのは文豪の力がいる。有魂書と呼ばれている本に潜書をして探すのだ。
「ぼっさんはさきにいたし、高村に最近だと白秋も転生してきたか」
確認されている文豪は三十五人で半分以上は転生した。のだが、人数が増えてきたことにより、弊害も出ていた。
啄木は初期から少し過ぎたころに転生した。現在は第二会派、堀辰雄、横光利一、吉川英治と共に第一会派が突破した有碍書を後追いで浄化している。
第一会派は初期文豪である織田作之助、最古参文豪である徳田秋声、正岡子規、菊池寛だ。彼等なのは一番最初に転生したその種類の武器の使い手という理由だ。
織田は純文学なので刃、秋声は自然主義文学なので弓、正岡は詩歌なので銃、菊池は大衆文学なので鞭だ。
現在は夜だ。朝になればまた浄化作業が始まる。……のだが、啄木は目が覚めてしまった。
この生活は恵まれている方である。三食、満足するまで食べられるし、寝床もあるし、給料も当たる。性分なのか啄木は借金をしやすいところがあるが、
前に特務司書の少女に借金をしようとしたら、怖い顔で微笑された。借りるのは辞めた。
自室から出て、食堂へ向かう。夕飯はしっかりと食べたはずなのに、空腹になっていた。
食堂でには料理長がいて美味しいご飯を作っているが今は夜だ。料理長は帰ってしまっている。そのため、場合によっては自炊をしなければならないが、
何とかなるだろうと啄木は食堂に入った。
「……お前、確か……小林多喜二、だったか?」
電気がついているので何事だろうと覗き込めば食堂には先客がいた。啄木よりも背の高い、フードを被った青年だが、食堂にいた。
小林多喜二、最近転生してきた文豪である。
「啄木サン」
「お前も腹が減ってんのか」
「はい……空腹で」
多喜二は啄木が転生させた文豪だ。
新しい文豪を連れてきてほしいと潜書したら、彼がいた。啄木が名乗ったら多喜二の方は啄木の方を知っていた。
彼を連れて行ったら、新しい文豪が来たと特務司書の少女は非常に喜んだのだが、そのすぐ後で中野重治が来て騒ぎになっていた。
後で聞いた話だが、多喜二はかなり早くに亡くなった文豪らしい。とはいえ、分かっているだけの文豪の中で一番早くに亡くなったのは啄木なのだが。
啄木は食堂に置いてある大きな保温用の炊飯器を開けた。白米は大量に残っている。白米さえあればなんとかなるという方針の元、白米は豊富だ。
「そこに座って待ってろよ。飯、簡単やつだけど、作ってやるから」
「いいんですか?」
「俺様も食べたかったしな」
「ありがとうございます」
多喜二の目が大きく見開かれる。啄木は多喜二に犬耳としっぽが見えた気がした。気のせいだろうなと振り払う。
啄木は厨房へと入ると文豪用冷蔵庫の扉を開けた。文豪用冷蔵庫は文豪たちが使ってもいい食材が入っている冷蔵庫である。
その中からソーセージの袋と玉子を取り出した。ソーセージは大きな袋に入っているものだ。
多喜二は大食いであることは知っているので、材料を準備してからフライパンと調味料も準備する。
啄木はどんぶりをもっていった。
「これに食べたいだけご飯をよそえ」
かつ丼で使うどんぶりを啄木は多喜二の前にどんぶりを置く。多喜二はどんぶりを持っていき、ご飯をたくさんよそっていた。
「……これぐらいで」
(雪山見てえ……ご飯山だな)
ぎりぎりまでよそっていた。啄木はご飯の上を平たくして置いた。ご飯を持っていく。
啄木がこれから作ろうとしているのは料理長から教わったメニューだ。料理長はこの食堂を取り仕切っている三十代の男である。
当初、この帝国図書館は食堂を潰されていたのだが、文豪たちが来るからと動かすことにしたのだという。
どんぶりをうけとると啄木は手早く調理をしてしまうことにした。
大きめのフライパンに油を引くとガス台に置いて、火を入れる。
啄木はソーセージを放り込んでフライパンをゆすって転がしつつ、菜箸でもソーセージを転がした。
フライパンの上で転がっていくソーセージはガスの熱によって焼かれていき、パチパチと音がして皮も弾けていく。
包丁で切れ込みを入れてもいいようだが、包丁を出したくなかったので止めた。
ソーセージをボイルし終わるとどんぶりの上にのせていく。多喜二の方はたっぷりにした。
ボイルに使ったフライパンに油を敷いてそこで目玉焼きを作った。自分の分は一つにして多喜二のは二つ。安全に食べるために二回に分けた。
冷蔵庫をあさり他の準備をする。
「出来たぞ」
「ソーセージのどんぶり」
「味噌汁はみそ玉をお湯で溶いたやつだ」
啄木は多喜二の前にソーセージ丼を置いた。ソーセージをボイルしたものと目玉焼きを載せたものである。
みそ球はみそに出汁や具材を入れて丸め込んだものであり、お湯を入れれば味噌汁にできる。向き合っていただきますをして食べる。
多喜二は一気にかき込んでいた。
「美味しい」
「ちょっとは気が晴れたか?」
「はい。前よりは」
「なんかあったのか」
「どうも、潜書で耗弱? に入った後のことで司書サンたちに避けられてるのが」
文豪たちも人数が増えてきた。多喜二が告白してきたのは潜書のことだった。
文豪たちは侵蝕者と戦うが侵蝕者の攻撃を一定値食らうと耗弱状態に入り、ネガティブな気持ちが多くなっていく。
度合いは文豪たちによって違うが多喜二は酷い方だった。
「アイツは平等には振る舞おうとしているんだけど……無理だからな平等なんて」
「無理」
「考えてみろよ。白秋と堀とで俺様が同じ態度をとれると想うか? 堀は労わるが白秋はよっぽどじゃねえと白秋だしなで片付ける」
多喜二は食事の手を止める。やがて視線を逸らせた。
「なんとなく、分かります。よっぽどのときは心配するのはいいなとなりました」
「俺様も気は配っておくからな。複数ってことは初期文豪の織田もか。織田は司書を大事にしているし」
「はい……」
「よし。俺様も気にしておいてやるから気に病むな。過ごしやすくするようにしてやるから。ここはいいぞ。三食ついてる。寝床がいい。好きに過ごせる。
敵を倒すのがキッツいけどな。無理なく頑張ろうぜ」
「……啄木サン」
「飯食って、それからだ」
啄木は多喜二を励ましつつ、ソーセージ丼を食べていく。肉と卵、好みでソースやしょうゆもかければいい。
後輩のことを気にしながら、啄木と多喜二はソーセージ丼とみそ汁を食べる。二人して、完食した。
【Fin】