万年筆を置き、自室にてヘミングウェイは伸びをした。
小説を書きたいところまで書けたのだ。
ゆっくりと息を吐いていると足にどすどすと痛みを感じる。
「餌を準備しよう。グーパオ」
ヘミングウェイに一番懐いている元野良猫は先ほどまで彼のベッドの上に丸まっていたのだが、餌を所望していた。ヘミングウェイは餌皿に餌を盛る。
自分も食事をとろうと、食堂へと向かう。
「パンケーキで頼むぜ。食べられればいい」
「それだけだと……サンドウィッチも追加しますか? キューバサンドを作れますよ」
「それで。料理長が作る飯は旨いからな」
ロスジェネとひとくくりにされる感情が複雑と言えば複雑なある意味では会い方であるフィッツジェラルドが食堂で料理長に食事を注文していた。
キューバサンドはキューバンブレッドと呼ばれる細長いバケットのようなパンに具材を挟んでホットプレス機で熱を通したものだ。
「俺もそれで頼む」
「解りました」
「アーネスト。お前も執筆中だったか」
フィッツジェラルドが気づく。彼等はとりあえずテーブルを一緒にした。
「書きたいところまではかけた」
「後で見せてくれよ」
「お前は?」
「劇の脚本を書いてる」
「……書いているのか」
晴れやかにフィッツジェラルドは言う。フィッツジェラルドは劇の脚本も書けたのだが生前は劇が失敗したこともあり、食べていくために短編小説を執筆するにしていたことがあったからだ。
ヘミングウェイとしては面白い話が書けるのになぜあんなにつまらない小説を書くのかとなってしまっていたのだが、
「文士劇。ショーヨーたちが劇をするんだよ。なんかそれで書きたくなったんだ」
「六月あたりに大きなイベントがあったな」
確か、とヘミングウェイが思い浮かべた。
帝国図書館は定期的にイベントをやっている。地域住民に親しまれやすい図書館をモットーとしているからだ。
「オリジナルの脚本とかしてほしいんだが、演劇が素人だからとかであるのやるんだってよ」
「? オリジナル?」
「クメが書いた劇みたいな。シェイクスピアの話を劇でやるんだと」
ヘミングウェイもフィッツジェラルドも図書館の生活がやや長くなってきた。ショーヨーやクメは分かる。
彼等は劇に関わっていたり、脚本を書いたりしていた。
「シェイクスピアの……どれだ」
シェイクスピア、この図書館に所属している文豪なら、そうでなくても文学に関わるものならば誰でも知っている作家だ。
「確か、シェイクスピアの人が死ぬ話だぜ!!」
「どれだ!?」
範囲が広すぎる。
相方が気楽に言ってきたのでヘミングウェイは叫んだ。
「ハムレットと聞いていますよ」
「四大悲劇だな」
料理長が大きなキューバサンドを二つ持ってきてくれた。ヘミングウェイは納得した。ハムレットも人が死ぬ。
「アレはロミオとジュリエットは入らねえんだよな」
「リア王。オセロ。ハムレット。マクベスだな」
置かれたキューバサンドを彼等は手に取る。
「オリジナルの脚本。書けたらどっかの劇団でやってほしいが金は欲しい」
「司書さんたちに相談しては」
「そうするか」
「お前の場合はギャツビーだな。劇になっている」
「俺の代表作だしな!」
彼等の著作は映画になったり劇になったりしている。他の文豪もそうだ。
「面白い脚本ならばいいんだが」
「あのな、面白いっての。酒はないか?」
「クラフトビールはいかがです?」
「飲む」
「昼間から」
なんていいながら執筆からは解放されたのだ。
これから作業が残ってはいるものの。
「ヘミングウェイさんは」
「淹れてくれ」
彼等はまずは解放感に浸ることにした。