クリームシチューで昼食を【クリームシチューで昼食を】
「すまないが、今日の昼食はカレーだ。他の物が食べたければ外で食べてほしい」
『また志賀直哉か』
「……私は太宰治の代理でカレーを出すことになった」
『何故』
食堂が止まる日、本日は食堂スタッフが皆休みであるため食事をとるならば自炊をするか帝国図書館のストックされたものを食べるか外で食べてほしいという日だ。
ヨハン・ヴォルフガング・フォン・ゲーテとシャルル・ボードレールが昼食を食べに食堂前に来れば申し訳なさそうに中里介山が話し、ぷち『くま』が不審そうにしていた。
志賀直哉、小説の神様と呼ばれている男だが彼はカレーを作ることが大好きという面を持っていて、
彼に食堂の食事を作らせればほぼカレーになる。一時期は彼が作り続けたカレーによりカレーを嫌がる者たちとの間で戦いが置きかけたのだ。
「ん? 君かい? カレー?」
「何故か私が太宰の代理で志賀とカレー対決をすることになった」
「中里さんのカレーもおいしいですからね」
『どんなのだ』
「野菜を数日間煮込んで作ったカレーだ。たまにブックカフェで出しているが好評でな」
介山も困惑しているが、太宰と志賀はとても仲が悪いとゲーテは知っていた。太宰の方が一方的に突っかかってきているのだ。
ゲーテは介山のカレーを食べたことがある。日本のカレーはルーとご飯で出来ているが、介山のカレーは深みがあって美味しく胃に優しい。
『檀一雄はどうした』
「ヘミングウェイと吉川と中島とで狩猟見学に行った」
『それは仕方がない。嗜好品として食べようとはしたがカレーはいらん』
檀一雄は文豪達の中でもトップクラスに料理のできる文豪だがアーネスト・ヘミングウェイ、吉川英治、中島敦と狩猟の見学に行ったらしい。
「アンタしかいねえんだ。と頼まれてしまい……」
「僕はカレーの気分じゃないな。話からすると二人分食べないといけないのだろう」
「来た文豪やスタッフに審査員を頼みたいとはいえ、志賀と太宰が乗り気であり、私は断ろうとしたのだがすがられてしまい」
「ムシュー。お疲れ様。僕たちは外で食べてくるし、何か土産を持って来よう。君によってくだらない戦いは収まっている」
介山は断るに断れないといった状態らしい。ぷち『くま』とボードレールは去る。ゲーテも引っ張っていった。
「私は食べてもよかったのですが」
『おじじ。お前はすがられるぞ。太宰治はうるさいし』
「カレーは食べたくないんだ。いつもの店で食べよう。君もどうだい」
『行くか』
離れると遠くから放哉! カレーの審査員だよという声がする。なんだそれはとも聞こえる。種田山頭火と尾崎放哉のようだ。
ボードレールは外で食べることにした。ぷち『くま』も誘っている。この状態の彼女はゲーテのことをおじじと呼ぶ。
カレー対決が行われる食堂から離れ、三人は帝国図書館の敷地外へと出かけることにした。
いつもの店は帝国図書館の外にある商店街にある。
フレンチをベースとした料理店だ。かつてあった別の料理店が閉店した際、そこを借り受けて営業している。
ランチの時間には間に合った。
「クリームシチューがありますね」
「ああ……これか」
店内はやや混んでいる。この店は人気だ。テーブル席が空いていたので座る。日替わりランチはクリームシチューとあった。
前菜や飲み物がついていてパンかご飯か選べる。
『日本の洋食だからな……クリームシチューは』
シチューは仏蘭西発祥の料理だが、クリームシチューは日本発祥の料理だ。日本でアレンジされた料理である。
ゲーテもボードレールも日本に来て初めてクリームシチューを食べた。料理長が作ってくれたのだ。
「これにしよう。僕はパンで」
『同じでいい。我はご飯』
「私もシチューで、パンにしましょうか。グラスワインも頼みましょう」
「いいね」
『酒飲み野郎ども』
給仕をしている女性に話しかけてクリームシチューを注文する。ゲーテとボードレールは酒も頼んでいた。
ぷち『くま』は砂糖を盛ったかのようなひらひらとした服を着ている。見た目は愛らしいが口は悪い。
四人掛けのテーブルにゲーテが座り、正面にはボードレールとぷち『くま』が座っている。
「この店は人気だね。ランチもディナーも」
「よく利用していますが賑やかです。クリームシチューは人気のようですね」
ゲーテとボードレールはこの店の常連だ。料理が手ごろな値段で美味しいし酒もおいしい。
この商店街には飲食店もいくつかあるがどこもレベルが高い。主婦通しの集まりや男女のカップルがご飯を食べている。
『日本でシチューと言えばこれだ』
「カレーとそんなに変わらないとはいえ、日本人はご飯に合わせるのが好きだ」
「私たちで言うパンと共に食べると一緒でしょう」
「ひたすらご飯に合わせるものだぞ。あらゆるものはおかずじゃないか。美味しいが」
日本人。ご飯が大好きすぎる。
「食堂ではご飯がいい。パンがいいと喧嘩になっていましたね」
「くだらない争いだ。としつつも重要だったのだろう」
人ごとのようにボードレールが言う。実際。他人事だが。
待っていると給仕の女性が白い皿にのせたクリームシチューやパン、白い皿にのせたご飯を持ってきてくれた。
「おまたせしました。クリームシチューはルウを使ってません。食べやすいですよ」
「使わなくても出来るのは聞いているが」
『ルウは小麦粉をいためたものだが、必要なのはとろみをだすためだからな』
ワインも置かれる。今回はゲーテもボードレールもグラスワインにしておいた。二人とも赤ワインを頼んでいる。
ぷち『くま』は飲み物付きだったのでウーロン茶を頼んでいた。
ルウなしでもシチューやカレーは作ることができる。ゲーテはさっそくシチューをスプーンですくって食べる。
具材はジャガイモやにんじん、玉ねぎやブロッコリーや鶏肉、今回は鶏肉が入っていたが家によっては豚や牛らしい。
口に入れれば柔らかな味わいが舌に広がる。
「うん。美味しい。前菜のキッシュもいいね」
前菜のキッシュを食べつつボードレールは赤ワインを飲んでいた。オススメを頼んだら入れてもらえたのだ。
芳醇な味わいをボードレールは舌で転がしつつもシチューを口に入れている。
「ごはんがいい」
「パン!」
食べていると入ってきた大学生二人がシチューの付け合わせについて喧嘩をしていた。
「元気なものです」
『おじじ、パンをくれ』
「自分で追加を頼め」
「奢りましょう。今日も私が出しますよ」
ぷち『くま』がパンを一つ請求してきた。切ったバケットが二つ置かれている。いつのまにかぷち『くま』のシチューは三分の二が消えていた。
ごはんも消えている。
「自分の分は自分で出しているぞ。たまに」
『たまにだしな。お前も』
「君もだろう」
「いいですよ。出します」
クリームシチューを食べ始める。ワインも飲む。ランチタイムを彼等は彼らなりに優雅に過ごした。
【Fin】