しあわせなひ【しあわせなひ】
氷帝学園中等部二年、アディシア・スクアーロは浮かれていた。
青春学園中等部三年、手塚国光が洋書フェアがあるので良かったら一緒に行かないかと言ってくれたのだ。速攻で了承した。
手塚の方は部活があるしアディシアも部活があるのでお昼からにしたのだが、
その日の彼女はすぐさま氷帝学園男子テニス部のマネージャーの仕事を終わらせて、待ち合わせ場所へと向かった。
(手塚さんとお出かけなんだよ)
服もいいのを選んでみた。あの手塚と出かけるのだ。しっかりした服を選ぶし着る。
洋書はどんなのがあるだろうとなりつつも彼女は電車に乗って、街中を歩いて、待ち合わせ場所へたどり着いた。
「スクアーロ。待たせたな」
「待ってません」
待ち合わせの五分前についてみて待つだけになっていたら手塚が来てくれた。学ランから着替えていた。
手塚は青春学園中等部、男子テニス部部長だ。テニスが非常に強い。
「昼食はとったのか」
「軽くなら、手塚さんは」
「まだだ」
「それならまずはお昼ご飯にしましょう。好きなのは鰻でしたよね」
「うな茶が好きだ。この辺りに美味しい店がある」
「そこにしましょう」
食べるならば何でもいい、というと何だが日本は美味しいお店ばかりだ。上機嫌にアディシアは手塚とまずは昼食をとることにした。
「<大災害の少女>(カタストロフィ・ガール)」
「――どうしたの? <門番>(コンシェルジュ)」
うな茶を美味しく食べて、洋書フェアにいき、ドイツ語の洋書やドイツの画家の話をしたり、英語の本の話をしたり、
本を買い込んでアディシアは休憩をしていた。手塚は母親に頼まれたものを買いに行っていた。アイドルの写真集らしい。
この本屋はアディシアや手塚がよく使っているビルディングの本屋よりも大きいビルの本屋だ。
休んでいたら知り合いに話しかけられた。金色の髪をした外見は二十代ぐらいの女性。
異名はいくつか持っている。自分で名乗ったのは一つもないけれども、大災害の少女はアメリカで仕事をした時につけられたものだ。
「彼と出かけられて浮かれているのは分かりますが、何をしたか分かっていますか?」
純粋な疑問だった。
「何が」
純粋な答えだった。
<門番>とアディシアがよんだ女性は無表情でアディシアと視線を合わせる。
「貴方にぶつかってこようとしていた相手は、貴方が避けたことによって転倒し顔面強打」
「おお」
「貴方が青信号の横断歩道をわたっていたところに突っ込んできた半グレ五人組が乗っていた車は貴方が飛び出した子供を庇いつつすぐに
隣に渡ったことで事故って逮捕」
「うわ」
「さらには追手に追われていた殺し屋の追っ手を邪魔だからという理由で何人も昏倒させ私の仕事がなくなりました」
「ごめん。気づかなかった」
「謝られても」
そうだっけ? という、浮かれすぎていたようだ。反省しておくが、素晴らしい日だったのだ。うな茶は美味しかったし、手塚と本を選んだり、
話せた。部活のこととか学校のこととか、彼女にとって手塚国光は尊敬し、敬愛している者だ。
「それが事実としても、ホテルの邪魔はしていないんだよ」
「今回は援助してもらったみたいなものです。こちらも人手不足なので助かりました」
「大変だね。いつか泊まりに行きたいとは思ってるけどさーそっち。あたしは”会社勤め”だし」
会社勤めと言っているが比喩表現だ。アディシアは微妙すぎる立ち位置であるため、ホテルのことは覚えておいている。
ホテル・イン・ヒューマンズ、それが<門番>と彼女が呼んだ女性が勤めているホテルだ。
殺し屋専用ホテル。彼女はそのホテル最強の<門番>で手練れだ。
「”会社”に何かあればどうぞ」
「就職先の一つとして考えておきたいんだよ」
何せアディシアはイタリア出身で、両親を生まれてすぐにテロで亡くし、暗殺者養成組織で育ち、そこが壊滅して逃がされた後で、
義兄に拾われたはいいものの義兄達が昔にやらかしたことで”会社”と呼んでいる場所でひたすら殺していた。自分が生きるためにだ。
そうしたら、本社の面々に怯えられて死んでくれと言わないばかりに仕事に叩き込まれて、全部こなしたらさらに危うくなった。
本社の社長が日本で本社の跡継ぎ候補たちの護衛の仕事をくれたので沈静化はしたものの、やったことがやったことであるため、
イタリアにすら帰られない。現在は護衛の仕事ではなく厄介ごとを解決するために氷帝学園中等部に通っている。
「お連れ様が来そうですので失礼します」
「またねー」
裏社会というのはややこしい。それを言ったら表社会もそうだけれども、アディシアも<門番>も裏社会にいるけれども表社会にもいる。
そもそも、裏社会が存在するためには表社会が必要なのだ。気楽に<門番>を見送る。
「待たせたな。誰かと話していたのか」
「知り合いと偶然会いまして」
「今日は良い買い物が出来た。スクアーロのお陰だ」
「こちらこそ」
良い日だ。夢のようだ。最高だ。アディシアは機嫌よく手塚と話す。手塚は紙袋を持っていた。買い物は終わったらしい。
「ゲルハルト・リヒターといったか。今度、展示をやるそうだな」
「やるみたいですね。ゲルハルト・リヒターはあの意味の不明さが面白いです」
「時間が合えば見に行かないか」
「! 是非!」
洋書フェアの本に合ったゲルハルト・リヒター、ドイツの画家の話になった。絵は好きだ。気分が晴れる。考え込むときもあるがいい。
手塚さんが誘ってくれた最高。となっている。
合わせますよもちろんとアディシアは機嫌よく満面の笑みを見せる。手塚も、ほんの少しだけ表情をかえた。
【Fin】