煙社降臨節暦 第六夜/ふどふゆ 指輪を渡す為にもう一度フェリーで海を渡った。地獄の扉という名前の港から、冬の、明るい海を越えて。
浜は相変わらずのんびりしていて、観光客の姿もない。日が照っている間にすかさず日光浴をしようとするのは北にすむ人間らしい。年若い学生が数人、両手を広げて寝転がっている。
「こんなに風が強いのに」
風は砂を巻き上げて、それがパチパチ頬に当たる。喋っている間に砂を噛みそうだ。冬花は両手で口元を押さえて笑った。
「でも、こんな日がいいの」
指輪を差し出した明王の指を両手で包み込み、どんな口づけの瞬間よりも真摯に、そして強いまなざしで見つめ、囁く。
「明王くん、素敵な日だと思わない?」
ウィスパーボイスは風の中でもはっきり聞こえた。一番いい日、私たちのプロポーズにぴったりの日、と囁いた。
日光浴の仲間に加わる。手をつないだまま横たわる。ラッコの真似なのだと冬花がネイチャー番組を見せてくれたことがあった。そんなことも時々忘れるくらい、今では手をつないで寝ることが当たり前になっている。