煙社降臨節暦 第二十夜/わんぱく長谷部くんのクリスマス 藤の上に雪が降る。この軽やかに、だが惹かれるように地を目指して落ちる雪の重量を何という言葉で表現すればいいのか大倶利伽羅には分からなかった。ただ黙って、小さな背中を見張っていた。縁側にはわんぱくのへし切長谷部国重が座っていた。じっと雪の庭を見張っている。一日、ずっとだ。
師走半ば、さんたくろぉすの正体がわんぱく長谷部にばれた。何も準備を進めていた燭台切が衣装を隠し損ねたとかそういう話ではない。主からさんたくろぉすの話しを聞いたわんぱく長谷部は、贈り物をくれるこの親切な老人が煙突や竈で怪我をすることがないようにと本丸中を探索したのだ。
屋根裏、床下、なんのその。埃まみれになっては歌仙兼定に怒られていた頃は可愛かったもので、やがて押し入れ、天袋と刀たちのプライヴァシーはあってなきがごとくとなった。さんたくろぉすの衣装は布団の間に挟んで隠していたのだが、見つかった。
これは一晩で世界中を駆け回るさんたくろぉすの替えの刀装なのだ。
この誤魔化しが効いたのは最初の一度きりで、小豆長光、石切丸の元へと隠し場所を変えたそれが発見された三度目には、仏の顔も、という言葉もある。わんぱくの顔にも疑いの色が見え始めた。もっと言えば失望の色だった。
主は文を書いた。
弓兵をつれた太鼓鐘貞宗を伴い、鶴丸が野を駆けた。遠く見える松林の浜の本丸へ矢文を射かけた。
ヒョウッ、とよい音がした。松林の震えるようなどよもしが遠い本丸から響いた。
「大当たりだ」
鶴丸は楽しげに笑う。
「だな」
と応える太鼓鐘の笑顔も屈託がない。
満足して帰った。
くりすますだか、いぶだか、知らん。
大倶利伽羅はわんぱくにそうとしか答えていない。実際よく知らない。苦理済ますという寒行の日だと鶴丸が騙したことがあった。主が申し訳なさげに教えるまで騙されていた。いっそわんぱく長谷部も騙したままの方がよかったのではないか。
夜も更けた。わんぱく長谷部、常ならばとっくに寝ている。それを、さんたくろぉすを信じたいがために起きている。起きていられては尚現れづらいのだが、信念と現実は時に不幸なすれ違いをするものだ。
俺の長谷部であれば抱き潰して眠らせて仕舞いなんだがな、そう思った。
その時、馬のいななきが空に響いた。
蹄の音が近づく。
塀を越え、屋敷の屋根を越えて、馬が空を駆ける。手綱を握るのは深紅の衣装の……。
一瞬目が合った。
その姿は流星のように消えた。声ならぬ声が上がった。わんぱく長谷部だった。大倶利伽羅の手を引き、もう片手を雪の降る空へ振り回す。
本丸中の刀が起こされた。主が受け取り箱の蓋を開いた。
何が入っているかを大倶利伽羅は知っている。長くわんぱく長谷部とともにいて、何を欲しがっているかを聞いたのは自分だった。隠すこともできないから店じまい間際の万屋に駆け込んで、つい数刻前に調達したのだった。
わんぱく長谷部の周囲に花が舞う。燭台切も小豆長光も石切丸も、そして主も、ホッと胸をなで下ろしている。大倶利伽羅だけ、まだ空を見上げている。
あのさんたくろぉす、へし切長谷部だったな。
後ろを振り向くと、己の本丸の長谷部が何故か顔を真っ赤にして照れている。