煙社降臨節暦 第八夜/ふどふゆ 雪が落ちてくる。儚くはない。その重さに耐えかねたモミの枝が振り落とすのだ。ドサリと音がする。そのたびにふたりは立ち止まる。
オーロラを見に行く夢を叶えた翌朝は薄暗く、いつまでたっても太陽が昇らない。昇ったとしても見えないくらいの雲に覆われていた。また雪が降り出した。その中を、手を繋がず歩いている。
冬花は無口だった。明王以上に。口をつぐみ何も喋らない。昨夜のオーロラの感動を語り出すかと思ったのに。積極的におしゃべりなタイプではない気がするが、比較対象が鬼道の妹の春奈だからサンプルが偏りすぎているだろう。でもこれなら佐久間の方が喋る、と思う。
またドサリと音がする。
「現実の音」
突然、呟きが落ちた。ウィスパーボイスが低く囁いた。
「昨日の続きなのね。私、昨夜は本当に見たのね、オーロラ」
頬をつねってやろうかと提案しようとしてやめる。痛みによって蘇る現実ではないのだった。今、ここは、雪の音と、寒さと、指先の冷たさで構築されている。
隣に並ぶ。肘がぶつかり合う。手の甲どうしが触れあうと、存在を確かめるように冬花が強く握った。
「目を見せて」
明王は冬花の顔をのぞき込むようにかがむ。
「違うわ」
背から倒れる時、雪はほとんど音さえ立てなかった。野生の動物のように、冬花は明王の目を覗き込んだ。
「燃える星。太陽の風の色……」
瞳の中に切なげな、しかし目をいっぱいに見開いた冬花の顔が映る。まばたきをすると、そこから風を吸い込むように冬花が目を伏せ息を吸い、そして震えるような溜め息とともに眉間へキスを落とす。