花が降る、君の真上に今日は良い1日だったと夜風に吹かれながら振り返る。
毎日恒例の周回終了後。人でごった返したロドスのエントランスでアーミヤに話があるからと呼び止められる。
突然だが、私の戦場指揮官としての評価は戦場での戦績や名声によって決まる。
そしてその評価が一定の水準に達すると、勲章が贈られるシステムをロドスで取り入れたらしい。
アーミヤいわく一人前の証だと言う勲章は、不思議な色をしているが、鉄特有の重厚感がある。
手にズシリと感じる重みに、ああ、一人前と認められたのかと感慨深い気持ちになる。
受け取った後はあれよあれよと言う間に食堂に連行され、入ったとたんにオペレーターや職員に拍手で出迎えられ、彼女から一人前記念のお祝いのパーティーだとこっそりと耳打ちされる。
「今日はお祝いですから、この後のお仕事はお休みでいいですよ。」
そうアーミヤに小さくささやかれ、お酒が入ったグラスを手渡される。
戸惑いが隠せないまま、ぐるりと周囲を見渡せば、私を祝うために来たのだと沢山の人達が私を取り囲む。
「みんな、忙しいのにありがとう。うれしいよ。」
心からの感謝を伝えると、周りから口々におめでとう、ありがとう、お疲れさまと声が上がる。
沢山の笑顔に囲まれ、優しさに触れて心が温かくなるのを感じる。
そしてアーミヤの乾杯の一言を合図に宴は始まった。
グムとマッターホルンにジェイ、それぞれの出身地の料理と、ラテラーノ組が腕によりをかけてデザートを作ってくれた。食堂のテーブルに所狭しと並ぶ料理にシェフ達の気合いを感じる。
宴が中盤に差し掛かると、盟友から勲章の祝いにとえらく立派な花束とチェス道具一式をプレゼントされた。それを皮切りにペンギン急便からは会社のロゴが入ったTシャツを、ホシグマとチェンからはオススメの美味しいお酒を、ライン生命からは1/8スケールのメカカワウソのプラモデル等々・・・両手では抱え切れない程のプレゼントをもらってしまった。
祝いの言葉を告げられ、みんなの笑顔を眺め、もみくちゃにされながらこんな日も悪くないなとそう思えた。
数時間後。
私は、冒頭のように一人会場を抜け出しバルコニーで夜風に吹かれ、ぼーっと星を眺めていた。
ふいに後ろから人の気配を感じ振り返る。
「・・・ああ、君か」
「ここに居たのか、ドクター」
ファントム、特殊オペレーターであり私の身辺を守る護衛でもある。会場から姿を消したから心配で追って来てくれたんだろう。静かにこちらに歩み寄り、私の横に並ぶ。
「主役がここに居て良いのか?」
「酔いを醒ましたくてね、それにもう私のお祝いって言うよりいつもの酒盛りにシフトしてるよ。」
宴は夜遅くまで続き、年若いオペレーターや、まだ業務が残っている職員は時間を追うごとにぱらぱらと会場を後にし、そのあとに残ったのはお酒が大好きなホシグマやマウンテンを筆頭とする酒飲みオペレーター達だった。今も思い思いの面々と一緒にお酒を酌み交わしている。
かくいう私もブレイズにもっと呑め呑めとお酒を注がれ、久々の飲酒に思考がふわふわと覚束なくなり、夜風に当たりたくて会場を後にしここまで来た。
「こんなに盛大なお祝いが用意されてるなんて思わなかったよ。」
「ミス・アーミヤが君にはサプライズだからと秘密にしていたからな。」
「なんだ、君も知ってたのか。」
サプライズ大成功って訳だ。そう言いながら笑っていると、それに釣られたのかファントムもうっすらと口角を上げる。
表情のあまり変わらない彼のふとした感情の現れに、うれしさを感じて思わずにやけてしまう。その顔を見られるのは流石に気まずいので、誤魔化すように私はまた夜空を仰ぐ。
「・・・本当に目覚めてからあっという間だったなぁ、こんな日が来るなんて思いもしなかったよ。」
「君の努力の成果だ。」
「私だけの努力じゃないよ。」
本当の事を言えば、これまでの道のりは艱難辛苦の日々だった。
長い眠りから覚めたと思えばあれよあれよと言う間に戦場に立たされ、自分の素性すら解らないのに戦場では全てのオペレーターの命を預からなくてはいけないと言われ、いつも押し潰されそうな程の重圧を感じ膝が震えていた。
自分の指揮ミスで負傷者を大勢出してしまった日は、自室で咽び泣きながら眠りに就き。命の灯火が腕の中で徐々に消えて行くのを、ただ何もできずに見ている事しか出来ない自分の無力さを呪いもした。
未だに鍵がかかった記憶、過去の私が犯した所行、私を取り巻く謎が全て解き明かされる日はいつになるかはまだ解らない。でもいつの日か今日のようにふとした瞬間に振り返り、あの頃は大変だったなんて笑いながら思い出す日がいつか来ればいいとぼんやりと願っている。
「私はいつだって、誰かに助けられて守られてここまで来た。与えられる優しさに生かされてここまで来れた。」
「それは君自身が身を粉にして働き続けた賜物だ。悪辣な者には誰も手を差し伸べはしない。」
「ファントム・・・。」
私一人に出来る事は限られている。絶大なカリスマ性もなければ戦況を覆すような圧倒的な能力もない、ただ戦場指揮官という役目が私には残されているだけだった。
その役目だけをひたすら頑張り続けたその継続力は自分自身で評価できる部分だと思う。
「そう自分を卑下するな・・・君が全ての者に、公平で誠実であり、向き合う努力を惜しまなかったからこそ、今日と言う日に繋がったのだと私はそう思っている。」
いつもは口数の少ないファントムの突然のほめ言葉にお酒の力だけではない熱が頬を熱くさせる。
「そんな風に思ってくれていたなんてうれしいよ・・・いつもありがとう。私は君やみんながいたからここまで走って来れたよ。」
面と向かって言うのはなんだか恥ずかしくて彼に背を向けて話続ける。
「私も君に感謝をしている。」
横に居たはずの彼の声が真後ろから聞こえ驚いて振り返る。
風に曝され、夜空と同じぐらい暗い色をした彼の外套が翻り天幕のように私を覆い、彼の優しい微笑みが瞳に映る。
「私を、君の側に置いてくれた事、信頼を寄せてくれた事、過去を明かしても変わらずにいてくれた事。その全てに感謝している。」
歌うような優しい声で告げられる言葉に、なんだか泣きたい気持ちになる。
「ありがとう、ドクター。尽きぬ感謝を君に。」
そう言いながら手を引き寄せられ、彼の腕の中に収まる。突然の抱擁に驚いたけれど、ジャケットに跡が付きそうな程強い力で抱き締められ、彼から贈られる真っ直ぐな感謝の言葉に胸がいっぱいになる。
「ファントム、く、苦しい。」
「ああ、すまない。」
離れるかと思ったが、抱き締める力が緩んだだけだった。
「私だって君に感謝してるよ。」
離す気配がないのでそのまま話続ける事にした。
「記憶喪失で、正体不明の私と一緒にここまで来てくれた。私のほうが、みんなに寄せられた信頼に助けられてるんだよ。」
信頼を寄せられる事は当たり前ではなくて、この残酷で美しい大地で私達は互いに助け合いながら生きていかなければいけない。感謝と思いやりを忘れれば途端に消えてしまうそれらを私は失くさないように、大切にしていきたいと思っている。
「もし私が間違えたり、悪い人になってしまったら止めてほしいな。」
「ならばずっと君の側にいなければな。」
「あはは、そうしてくれたら有り難いよ。」
彼の腕と外套に包まれながら、今の言葉ってなんだかプロポーズされたみたいだなぁ、と酔いでぼんやりした頭がとんでもない妄想を弾き出す。
「なんか・・・まだ酔いが醒めてないみたいだ、戻って水飲もうかな。」
「大丈夫か?覚束ないのなら私が抱えよう。」
「いやいや、流石に申し訳ないよ・・・。」
断りつつも半ば強引に手を取り歩きだすファントムの過保護さに私はなんだか面白くなってしまって笑いだす。そんな私を不思議そうに見つめるファントムと目が合って温かい気持ちになる。
一人前になりたての私は、まだまだ自分の人生を、テラという大地を歩き始めたばかりの人間だ。
先の事はまだ解らない、歩き続けた先に広がる未来が、天国か地獄かなんてまだ見通す事もできない。
それでも、そんな私の旅路に一緒に歩んでくれる大切な人達がいるのなら光に向かって前進し続けられるのかもしれない。
そう思いながら夜風に背中を押され、私はバルコニーを後にした。