クリスマスに寂しいなんて思わせない『サンタのこと、いつまで信じてた?』
12月に入るとよく話題に上がってくる、答えに困るその質問。無難に小学生くらいですかねと答えるけれど、サンタがいるいないにしろ、あの頃12月の24日の夜にクリスマスプレゼントを枕元に置いていってくれる存在が確かにいたのだから、信じていた信じなくなった、いるいないなんて白黒つけず、もうそれでいいんじゃないかと、雪の降る夜景を映す窓を見て1人微笑んだ。
◆司
事務所の卓上カレンダーには、メンバーのスケジュールがびっしり書かれている。この時期は音楽番組に特番やらそれぞれ忙しく、クリスマスも他の日と変わらず仕事が入っていた。
(…帰ってくるのが25日の早朝…、)
海外で活動しているレオと泉は、25日の夜にある音楽番組にKnightsが出演するため帰国してくるのだが、凛月と嵐、そしてその2人を含め司は彼らにサプライズを考えているのだ。去年は、学院を卒業したレオと泉にサプライズを仕掛けられたのもあって、今年こそは自分が"サンタ側"になって、いつも王である自分を支えてくれている4人の先輩に日々の感謝を込めてこのサプライズ作戦を決行することにしたのである。今までこういうことをしたことがなかったのもあって、当日までそわそわしてしまうのもしょうがないだろう。びっしり埋まっているカレンダーの『25』に司は赤マルをつけ、嬉しそうに微笑んだのだった。
◇泉
向かう時も、帰る時も、飛行機の中で眠ることはあまりなかった。隣に座るれおくんが『寝た方がいいんじゃないか?』と心配して聞いてくるけれど『台本確認しときたいから』と言って、いつも仕事のことで機内での時間を費やしていた。
「日本だとそろそろ25日になっちゃうなぁ」
「なに、イブに未練でもあるの」
「いや?ないけどさぁ、やっぱりクリスマスプレゼントは24日の夜だろ〜?」
「この業界だとカレンダー通りにならないのはしょうがないでしょ」
先程まで隣で黙々と作曲していた彼がしんと静まり返った機内でぽつんとボヤく。俺たち以外に起きている人はいないようで、お互い声を潜める。
「去年みたいにスオ〜に『サプラァーイズ☆』みたいなことしたかったのになぁ〜」
「明日会えるんだから文句言わないの」
なにやら隣で不貞腐れているペットのことは放っておき、膝の上に置かれたままの台本やら雑誌やらを手に取り、目を通していく。
(これは…特番の台本で、こっちは……、)
なんだろうと雑誌を広げてれば、隣から身体を乗り出して覗き込んでくる。
「あ、セナみーっけ」
見つけたことを誇らしげに指さし微笑んでくる彼と裏腹に俺はパタンと雑誌を閉じれば案の定れおくんの指が挟んで「うぎゃあ!?」と、真夜中の機内で発してはいけない奇声が上がり2人して咄嗟に隠れるように身体を小さくした。
「ばっっっっか!!!!(小声)」
「だって!!セナが急に閉じるからだろっ!?(小声)」
「うるさいっっ(小声)」
誰も起こさなかったことを確認し、ふぅ、と安堵のため息を零し窓に目を向ければ夜空が広がっていて、少し眺めていると窓に映る冴えない顔の俺に気づき、それでまたため息が零れる。すると膝の上に戻された先程の雑誌の重さがなくなったかと思えば、隣でぱらぱらとページをめくる音が聞こえ、まさかと思い振り向けばなにやら熱心にそれを見ている彼の横顔があった。
「……、」
「…な、なに」
なんか文句あんの?と言おうとした瞬間、俺より先にれおくんの口が開いた。
「……やっぱり、セナが1番だな」
「っ……は?」
「表紙飾ってるこの金髪のやつも、特集されてる他のやつらも、こんなの全部セナを輝かせる脇役で裏方に過ぎないだろ」
冗談でも、綺麗事でもない、そんな真面目な声色でそんなの当たり前だと言うみたいに…
(…なんてこと言ってるの…、)
俺が写ってるのは、たった1ページの小さな端の1枚の写真だけなのに。
(なんで…、そんな嬉しそうなの…)
この雑誌の話がきたときは正直馬鹿にしてるのかと思った。プライドを踏みにじられてるようだった。この話を受ける気なんて湧くはずもなく、けれどどこかでこの小さな積み重ねがいつか実になるんじゃないかと期待してる自分もいて。それでも無駄に立派なプライドが邪魔をして。何度も何度もぐるぐる頭の中で考え、結果的に自分のプライドよりKnightsの為をとった。小さな仕事でも、世界の誰かが俺を見つけてくれるかもしれない。それでKnightsを知ってくれるかもしれない。そうであってほしいと撮影に挑んだのだ。撮影自体は自分で納得いくものが撮れたから自信があったのに、やっぱり選ばれたのはたった1枚だけで。なのに、それなのに、なんでそのたった1枚の写真だけでそんな嬉しそうなの。
「この写真ほしいな〜」
「……ど」
「え?」
「……データ、あるけど」
「っ!!ほしい!!!!!」
歯を見せ、こちらだけに笑いかけてくるその表情はきっと月よりも太陽よりも、俺を何度だって照らしてくれるのだろう。いつか世界に認めさせる。けれどやっぱりそんな簡単にはできない。今すぐ、ってわけにもいかない。だからせめて今は、俺を見てくれる、愛してくれている存在に背中を押してもらいたい。『おまえが1番だ』ってこの押しつぶされそうな俺を叩き起して欲しい。くだらない話をして、なんの繕いもせず笑っていたい。
(…あぁ、早く着かないかなぁ)
思いを馳せて窓を見れば、先程映っていた冴えない顔の俺はいなくて、不覚にも笑みがこぼれてしまっていたのはここだけの話。
◆凛月
「ナッちゃ〜〜ん……っこっち、持っ、て……」
「まぁ!大丈夫!?凛月ちゃん、こんなに持ってきて大変だったでしょう?」
学院を卒業して、なにか俺は変われたのだろうか。あの大嫌いで大好きでたまらないあの檻から飛び立った駒鳥たちの行く末は、いったい何処なんだろう。綺麗に畳まれた衣装達に問いかけてみるけれど、返ってくるのは思い浮かぶ想い出と誇るように煌めく彼らの輝きだけだった。学院に保管していた衣装たちをナッちゃんと2人で事務所へ移動している。先程まで俺が歯を食いしばって持っていたダンボール達を軽々と持ってしまうナッちゃんはやっぱり綺麗でかっこいい。本当はス〜ちゃんが『私がやりますので!』と先日言っていたのだが、年末というのもあって忙しくしている彼に仕事をなんでもかんでも任せてしまうのはどうかと思い、ナッちゃんと2人でやると手を挙げたのだった。ス〜ちゃんは王さまになってから頼もしくなったのはもちろんだが、1人で抱え込む癖が先代に似てきつつあって、それはだめだと騎士である俺たちは半ば無理やり彼から仕事を奪うことが多くなった。『だ、だめです!先輩方の手を煩わせるわけには…っ!』とこちらへ伸ばしてくる彼の手を握って微笑み返せば申し訳なさそうに、けれど少し嬉しそうに『ありがとうございます、』と笑う彼の顔を思い出しては、目の前にある部屋の中に積み上がったダンボールを見てよしっと腕を捲ったのだった。
「あ、これ裾だししないとねェ…」
「ん?どれ?」
「あの3人のよォ。前健康診断したら身長伸びてたって皆して自慢げに報告してきたんだから」
ふふっとおかしそうに口を押えて笑うナッちゃんの手にはまだ5人全員が制服を着て学院にいた頃の衣装があった。懐かしむように、傷つけないように優しく畳まれていくのをずっと見つめていると、ある衣装を持ったナッちゃんの手が止まった。
「…年月が経てば、変わってくものよね、」
「え……?」
寂しそうにぽつりと呟いたそれを、俺は聞き流すことができなかった。
「……ナッちゃんも、俺も…、月ぴ〜もセッちゃんも、ス〜ちゃんも、変わってるし変わってないと思うよ」
「っ、」
「年齢も重ねて、経験も積んで、身長も伸びたり伸びなかったり、見た目が変わることもあるけれど、どんな長い月日を重ねてたとしても、芯の部分は変わらないと思うよ」
変化が怖い、と言うその桔梗の瞳を真っ直ぐに見つめて言えば優しくそれは細められた。
「大丈夫。『Knights』はずっとこの5人だよ」
俺は新しく作ったス〜ちゃんの衣装を持って、ナッちゃんの元へ寄った。そうすれば4つしかなかった衣装が5つになった。
「……アンコールであの曲歌うとき、あの眼鏡引っ張りだしてかけようかしら」
「いいじゃん♪何気に好きだったんだぁ俺、ナッちゃんのメガネ姿」
「あら、嬉しいこと言ってくれるじゃない…!」
鳥籠から旅立っても、どこにいようがどんな立場になろうが、例え何かが変わっても俺たちは変わらない。きっと"ここ"へ帰ってくる。俺たちの"居場所"に、大好きな"Knights"に。
◇司
(えぇ、っと…今先輩方は楽屋にいるはずで……、そのまま車で学院に……)
「っよし、…私ならできる、…司ならできる…っ!」
来る12月25日。番組を終え、4人は先に楽屋へ移動してもらい、準備をしてから頭の中でこれからの流れをおさらいしつつ楽屋へ向かっている。緊張とわくわくが綯い交ぜになりながらも両手をぎゅっと握りしめ早歩きで歩いていく。
ーーKnights様ーー
ドアに貼られている紙を確認し、思わず笑みがこぼれる。クリスマスの特番に出れるようになった、その事実が誇らしくとてつもなく嬉しくてたまらない。その嬉しさを胸にドアノブを回し開けると、
「……っ…え?」
暗かった。部屋が暗いのだ。
「せ、先輩方…?」
先程まで高揚していた心が一気に冷めていく。確かここに、と暗闇の中壁に手を添えカチッと電気をつけても部屋の中には誰もいなくて、焦りがふつふつと湧いて手で握りしめていた荷物をぱたんと床へ落として、先輩方を探しに行こうと後ろを振り返ろうとした瞬間、
「っひやぁっ!???」
電気をつけたはずなのに、また視界が真っ暗になったのだ。でも先程とは違う、背後に誰かいる気配と瞼に感じる誰かの手の温もり。
(……あぁ、…また、)
――先を越されてしまった、みたいですね。
その"誰か"なんてそんなのわかっている。この自分の目を隠すその手が誰かのものだなんて、そんなの。
両目を手で塞がれた暗闇の中で、1粒溢れた。
「「「「メリークリスマス」」」」
声と共に、視界が明るくなり瞼を開ければ、サンタの帽子を被った4人の姿があった。
「っえ、スオ〜泣いてるのか!!?」
「あぁ〜誰ぇ?かわいいス〜ちゃん泣かせたの〜」
「ちなみに電気消そうって提案したのは泉ちゃんよォ?」
「はぁ!?それはれおくんがサプライズ感だしたいって言うから俺はただ案を出して、そうしようと言ったのはあんた達だよねぇ!?」
涙を拭ってくれるサンタに、後ろで怒ってるサンタに怒られてるサンタ、よしよしと頭を撫でてくれるサンタ。私、ただ1人のために4人もサンタがいるなんて、私はどんなに幸せ者なんだろう。
「ち、違うのです…っこれは、…嬉し涙です…」
私の震えた声に、4人の視線が集まる。嫌な涙ではないと、誤解してほしくないと言う私に先輩方は『知ってるよ』と言うように優しく綻んだ。
「ん?これなんか落ちてるけど、スオ〜のか?」
「っえ……あぁ、そうです……、…その、…私も、先輩方にsurpriseでchristmas presentを渡そうと思ってたのです…っは!!!!!」
「え、どうしたのかさくん」
「っ少し失礼します!!!」
先程焦っていたのもあって、床へ袋を落としまいプレゼントもその中に入っているわけで、咄嗟に中身が無事か確認しようとするが、
「……あの、…皆さん、開けてもらってもいいですか…?」
仮にも先輩方へのプレゼント。私が開けるのは気が引けて、心配そうに見つめる4人に聞けば、
「むしろいいのかっ!?ありがとうな、スオ〜!」
「…まぁ、末っ子が言うんなら受け取ってあげる」
「嬉しいなぁ、ス〜ちゃんからのプレゼント」
「ラッピングかわいいわァ、ありがとね司ちゃん」
それぞれのユニットカラーのリボンがついた袋をとっていき、丁寧にそれを解いていく。
「うわぁーん、これ綺麗に取れないぞ〜っ!?」
「ほら貸しなよ、ったく…」
包装紙も破りたくないと丁寧に取っていく姿が泣きそうになるくらい嬉しくてまた視界がぼやけくるのを唇を噛んで堪えていると、1番早く開けられたらしい凛月先輩が、プレゼントの中身を取り出す。
「……っ、オルゴール?」
「っはい、」
紺とゴールドの木の箱を開ければ、音楽が流れて壊れていないことにほっとする。
「『Article of Faith』?」
「…好きなんです、この曲が」
「そっか、…なんだか嬉しいな」
レオさんが優しく綻べば、凛月先輩が「これ4つしかないの?」と聞いてくる。
「…あ、いえ…私の分はもうすでに部屋においてあります」
「ならよかった。これは5人でお揃いがいいなって思ったから」
「――っ」
「あら司ちゃん、今日は泣き虫ちゃんねェ?」
「これはくまくんのせいでしょ」
「うん、珍しくセナに同感」
「…はぁ?」
「まぁまぁ泣く子は育つってね」
「言わないから……、まぁでも、嬉し泣きなら悪い気はしないかな」
「そうだな〜、泣きたいときに泣けるのはいいことだし、泣いてくれたらおれたちはそれをこうやって拭ってやれるしな!」
レオさんに涙を拭われる。やっぱり、先輩方はずるい人達だ。けどやっぱり、そんな先輩方のことが大好きで憧れで、かけがえのない仲間なのだと心にぽっと明かりが灯ったように温かくなったのを感じ、涙を1粒零しながらも子供っぽく歯を見せ笑い返した。それからせっかく綺麗に開けたオルゴールを再び元通りに包囲紙で包んでいく4人の姿を見守りながら、さぁそろそろ帰ろうかという雰囲気になったとき、口を開く。
「あの、皆さんと行きたい場所があるのですが…宜しいでしょうか?」
「ん?いいけど…どこに行くんだ?」
「それは、内緒です♪」
先輩方を外へ連れ出せば、雪が降り始めていた。誰かが寒いと呟き白く息を吐いたのが夜空に消えていくのを見つめながら、今年もそろそろ終わるのかと思い馳せた。
今年も、沢山悩んで迷って、何度も転んで立ち上がった。背中を無我夢中で追いかけ続けた。王さまとして居続けることに苦労し挫けそうにもなったけれど、いつだって4人がいたから。どこか遠い地にいようと、例え一緒にいなくとも、『あいつ上手くやってるだろうか』『ちゃんと食べれてるのか』『無理すぎてないか』だなんて、気にかけてくれる存在が確かにいて。そんな時、ふと空を見て想う。『どうか、笑っていて』と。それでまた、"ここ"へ戻って再会したら、同じ衣装を身にまとい、ステージに一緒に立とうと約束を交わして。
「……1人では、ここは広すぎて…」
着いたのは、私たちの大切な居場所で、帰る場所。
「去年のように、christmas partyをいたしませんか?」
汗を流してレッスンした。喧嘩だってしたかもしれない。何度もぶつかって、それと同じくらい仲直りをした。初めてここで衣装に袖を通した。誰かの優しさに触れた。そう、ここには想い出がつまりすぎてるのだ。
「やっぱり、5人でこたつはキツイわね…」
「ちょっと、この足誰ぇ?邪魔なんだけど!」
「ごめ〜ん、足が長くて〜」
「わははっ☆なんだかデジャブだな」
「…ふふ、…温かいですね…」
皆それぞれが準備したプレゼントを交換し合い、ケーキを食べて、なんでもない話をする。そんな特別なことをしないこの時間が、幸せでたまらないのだ。
「よぉし、2024年もラストスパート、頑張るぞ〜っ!」
「あれぇ?月ぴ〜がやる気に満ち溢れてる…じゃあその勢いのまま俺をベットに運んで〜?」
「もう、凛月ちゃんは甘え上手なんだから」
「……瀬名先輩?どうかなさいましたか?」
「…ん?…あぁいや、………なんか楽しいなって、」
「……っ、…はい、とても楽しいですね…♪」
誰かの言動で一喜一憂したり、励まされたと思ったらまた転んで挫折してしまう、まだまだ未熟な私だけれど。いつか、先輩方を支えられるくらいの人間になれるように。弱いところもかっこ悪いところも見せれて、受け止められるくらい頼りがいのある王になれるように。今はまだ、支えてもらおう、背中を押してもらおう。決して、一方通行ではなく、支えて支えられ、励まし励まされ、叱り叱られて、これからもお互いの手を取り合って歩んでいきたいから。
「スオ〜、来年はさ…この5人と、お姫さまとでクリスマス過ごしたいな!」
「…っ!!っはい、そうですね。きっと私たちなら叶えられます」
次の日には、それぞれの部屋に5つのオルゴールが置かれているのが度々目撃されたそうだ。それを見つけた同室の仲間がこれはなんだと聞くと、その持ち主が嬉しそうにオルゴールの蓋を開ければ、そこにはこう書かれていた。
We are fighting for the Faith,
That's unshakable will
We must go to top,
―Cause we are Knights.―