Cause we are "Knights"『ありがとう。夢ノ咲学院に星の数ほどある「ユニット」のなかから、「Knights」を選んでくれて』
ステージへ向かう一歩を踏み出したところで、何故か返礼祭で瀬名先輩に言われた言葉を思い出した。そういえば、あの時初めてちゃんと名前を呼ばれて、急に褒められて感謝されて、どこか気恥ずかしくて言いたいことがあったのに言えなかった気がする。
「あの、瀬名先輩」
「ん、なぁに」
モニターで観客席の様子を見ていた先輩の背中に声をかければ、すぐに顔がこちらへ向いた。
「……何故今更、と聞かれましても正直私もわかっていないので聞かないでいただけますと幸いです」
「え、…なに」
「私は、……夢ノ咲学院にアイドルになりたくて入ったわけではありません。私は、Knightsになりたくて夢ノ咲学院に入ったのです」
「っ、……ふふ、そうだったね。ほんっとバカなやつだって思ったよ」
どうしたの急に、という口から出かけた言葉を飲み込むような間の後に、先輩は呆れたように、少し困ったように笑った。
「リーダー不在の没落した、歴史ある名門ユニット。なるくんとくまくんがいたおかげでなんとか這いつくばってこれてたけど、崩壊しかけたこのユニットに新しく誰かが入ってくるなんて思ってもみなかった。だから、加入申請書を渡されたときは正直、冷やかしに来てるんかと思ったんだよねぇ」
後ろでは私たちを呼ぶ声とサイリウムの海が映像として映し出されていて、廊下の方からスタッフが慌ただしく動き始めていた。
「……結果、ガチのほうだったけど」
今度は目を細め、口を押えながら笑った。その表情にぽっと心に火を灯したように温かくてどこか嬉しくなった。懐かしむように、少しホコリ被った宝石を撫でるように、過去を語る彼から目が離せなくなった。後悔というレッテルを剥がして、思い出として大事にしまわれる瞬間を見れたようで嬉しくなったんだと思う。
「…なので、感謝されるほどのことはしていないのです。私は自分の欲のままKnightsを選んで、好きなように思うがままに先輩方の背中を追って、勝手にレオさんをこちらへ無理やり引き留めたのですから」
「…そうだね」
「誰に指示されることなく、私は私の意思で"ここ"を選んだのです。でも、その自己中が結果として皆さんに感謝されるような行いとなったのならば、それはきっと皆さんの日々の行いの賜物であり、皆さんの努力の証です。私のわがままを希望の光にしてくださったのは、皆さんです。――きっと」
最後、言葉がつまったのはきっと視界がぼやけたから。違う。違います。決して泣いてしまったからではない。もう私は子供ではないのですから、泣くなんてこと……絶対ありません。
「違うよ」
――そうです。違います。
「俺らじゃない。あんたは、かさくんこそが俺たちKnightsの希望そのものだったんだよ」
「っえ……?」
さっきまで私の話を全肯定していた先輩が、今日初めて首を横に振った。その一瞬、驚いて少し気が抜けてしまったせいで、頬をなにかが濡らした。そして溢れて流れるように顎へ伝っていって、そのまま下へ零れた。
「あいつが消えて、入れ替わるようにあんたが来て。タイミングとかもあったからさ…『あぁもしかしたら、ずっとこのまま4人なのかもしれない』って。あんたがれおくんの代わりだとしたら、そういうことじゃんとか思ったりもしたけど。でも、そういうの関係なしに嬉しかったんだ。瀬名先輩、って健気に俺を呼んでくれるあんたの存在が、何度も背中を押してくれた。そのうえ、れおくんまで連れ戻してくれた。かさくんは、れおくんの代わりじゃない。朱桜司として、Knightsになってくれたんだって」
泣くな、弱虫。止まれ。止まってくれ。そう思ってるのに、そう堪えようとすればするほど比例するように何度も溢れていく。こういうときの先輩は、容赦ないのだ。
「バラバラだった俺たちを、駒を、また盤上に取りまとめてくれた、これはかさくんが何言おうと事実で変わらない。あんたがいなかったら、Knightsは終わってたんだよ」
「…ッ、」
「はい、これで辛気臭い話は終わり。かさくんも泣いちゃってるしねぇ?」
「っな、泣いてなどいません!!!」
「嘘つかないのぉ。目真っ赤にしてるくせに。わかりやすい嘘つくのまであいつに似なくていいから」
似ていると言われ、嬉しいような嬉しくないような。色んな感情が混ざりあって自分でもなにがなんだか、わからない。でもきっと、それは温かくて優しくて、受け止めきれないほどのたくさんの愛なのだ。
ティッシュの箱を差し出され、何枚か手に取り目と鼻からでるものを出し切れば、先輩が扉を開け私を待っててくれていた。
「瀬名先輩、」
「今度はなに」
「Knightsを守ってくださって、ありがとうございました。私を、Knightsとして受け入れてくださって、ありがとうございました」
「――っ、なんで今「聞かないという約束でしょう?」」
「……やっぱり、今日のかさくん変だよ。いつも俺のことばっか責めるくせに…」
泣くように笑った。ちょっと仕返しのつもりだったのに。先輩はやはり涙は流さなかった。
「おい、スオ〜!!遅いぞ!!早くしろ〜っ!」
「俺たちはもう準備満タンだよ〜♪」
「もう、さっきまでこの子たち作曲にうたた寝してたとは思えないわよねェ?」
開いたその扉の奥からは騒がしい声が聞こえてくる。もう先輩方は準備ができているようだ。
「かさくん、」
「はい?」
――いいえ。瀬名先輩は、瀬名先輩こそが正しかったのです。瀬名先輩だけが。あなたが折れずにいてくれたおかげで、こうして道は繋がりました。
「……過去を、過去の俺を全否定しないでくれてありがとね」
「っ、…今日の瀬名先輩も、私と同様に変ですよ」
「はぁ?俺が感謝してやってるのになにその反応。つべこべ言わずこちらこそって受け止めればいいの。あと、忘れもの」
「え…?」
「れおくん、ちょっとこっち来て」
「ん〜なんだ?」
「あんたが渡さなくちゃ意味ないでしょお」
気になって瀬名先輩の手元を見れば、そこにはいつの間にか王冠があって。それは大事に受け継がれるように瀬名先輩からレオさんへ、そしてレオさんから……
「あ、そっか。……スオ〜!ちょっとしゃがんでくれ!」
――私のもとへ。
決して軽いものではない。けれど、思っていたより想像していたよりも、ずっといいものでした。
「スオ〜」
「はい、なんですかレオさん」
「いつか、これからさ、この冠の重さに耐えられなくなる日がくるかもしれない。どんなに芯が強くたって、才能に溢れた天才だって、……壊れるときはあっけなく壊れちゃうからな。だけどさ、おまえにはおれらがいる。先導を切らなくていい、1人で背負い込まなくたっていいんだ。5人並んで、一緒に歩いていけばいい。もし、スオ〜が助けを求めたのなら、おれもセナもリッツもナルも、どこにいようが立場が変わろうが、全力で駆けつけるから。――一緒に闘って守ってみせるから」
「……ッ、ありがとう、ございます…」
そっと頭にその重みが乗って、私がゆっくりと立ち上がれば4人の先輩方が優しく笑った音がした。
「似合ってるわ、とっても」
「そうだねぇ、俺たちには眩しいくらい」
アイドルとしてではなく、仲間として。素のままに微笑む4人のその表情とそれぞれが纏う音を、これからきっと忘れることはないんだろうと、微笑み返しながら思ったのだった。
◇◆◇◆
「…ほんとその通りだ」
「え?」
「いやスオ〜の言った通りだし、セナの言った通りだなって」
「は?何の話」
「ん〜?"セナだったから"って話」
「……意味わかんないんだけどぉ」
「そのまんまの意味。セナだから、ナルもリッツもKnightsになってくれた。セナがいたから、スオ〜に王冠を後継できた。そのまんまの意味だろ!」
「………っそれは、れおくん"も"でしょ」
「…えっ?」
「"れおくんだったから"、俺たちはアイドルになれたんだよ。あんたの曲が、あんた自身が、俺たちを"ここ"に導いてくれたの。……まぁ、1回離れ離れになっちゃったけど、かさくんが連れ戻してくれた…、Knightsの始まりは間違いなくれおくんなんだよ」
「………っ、」
どんなに辛い過去だって『いろいろあったね』の一言で片付けてしまえる。もし当時の自分がいたら『ふざけんな』ってキレ散らかすだろうけど。でもさ、実際そうなんだよ。寂しいけど、気に食わないだろうけど。時間が経てば、時間が傷を癒し解決してくれる。『あの時は辛かったね』『うん、そうだね』って笑い話にできちゃうんだよ。忘れるっていつからか悪いことだと思ってたけど、いい方向に繋がることもあるんだ。そんなこの世の中を、あまりにも残酷だなと思うけど、潔くて、おれは好き。大好き。セナがいる、Knightsがいる、この世界が大好き。
「…どんな過去も、少しでも欠けてたら今のおれたちじゃなかったんだなって思うとさ、……あぁあれでよかったんだって思えるから、不思議」
大事に拾い集めてたものに裏切られても、後ろ指を指されても、捨てなくてよかった。
「……セナ」
「な、なに」
「セナならさ、……"どっち"選んだ?」
「………それ、俺には聞かないっていう約束だったんじゃないの」
「約束してないもん。おれそんなこと言ってない」
「生意気」
「セナも人のこと言えないだろ」
「「……………」」
「どっちも」
「は…?」
「あんたも、あんたの曲も全部俺のもんでしょ?」
「………っ、わははっ!!!セナ、それはずるいだろ」
「どっちしか選んじゃいけないなんていう法律ないんだから、ずるかろうか関係ないしぃ?―――、」
(……本当はさ、)
"れおくん"って言えたらよかったんだけど。でも、そんな綺麗事じゃああんたは満足しないんでしょ?あんたが俺に嘘をつけないように、俺もあんたには嘘つけないんだよ。だって、あんたの曲がなかったらアイドルもKnightsも、きっとやってなかっただろうから。だったらさ、もういっその事、欲張ってどっちも両手いっぱいに大事に抱えてやる。それで世界に自慢してやるんだ。
「ん?なんか言ったか?」
「いや?……案外、単純なことだったんだなって」
「……そうだな〜。難しく考えちゃうのが人間だからな〜。もっと早くに気づけてれば、って思っちゃうけど…それじゃあつまんないだろ。そうやって知ってく過程で『あぁばかだったな〜』って思えたら過去の自分も報われた気がするから。でもまた、負けちゃうけど。これからも、きっと躓くし立ち止まっちゃうけど、そういう時は歌おう!!!大声で、気持ち全部のせて、一緒に歌って踊ろう!!」
「…ふふ。壮大だねぇ」
「わははっ☆夢も希望も、でっかいほうがいいからな!」
「先程から後ろ、おふたりで何を話されているのでしょうか」
「まぁまぁ、夫婦そろって感慨深くなっちゃってるんだよ〜」
「ふふ、いいじゃない。いつかの2人でいるよりかは今の方が楽しそうで」
「……そうですね。おふたりが笑い合ってるのは、なんだか"キセキ"のように見えます」
「"キセキ"がなんだってぇ?」
「きゃ!もう泉ちゃん急に背後に来ないでちょうだい!びっくりしたじゃないのォ。……なんでもないわよ。それよりほら、声が聴こえてきたわァ」
「あぁ、我々を待ち望んでくれているこの歓声…何度聴いても胸が高鳴ります」
「そうよ。アタシたちをちゃんと待っていて、望んでくれているのよ」
「このKnightsでいることを誇りに思って舞台に立つんだから、しっかりしてよねぇ」
「ええ、もちろんです」
「わははっ!今更緊張することもないだろ〜?1人で舞台に立つわけじゃないんだし」
今日も、この5人でステージに立つ。それぞれの過去という宝石を背負いながら。大好きなあなたの、お姫さまの笑顔のために、自分から笑って、剣を振って舞ってみせよう。
「……我らが王さまを、俺たちが一緒に支えてる。だから、胸を張って進んでみせてよ」
「………っ、
さぁ行きますよ皆さん!」
「おう!」「あぁ」「うん」「えぇ」
(((((あぁ、やっぱり)))))
『おれは』
『アタシ、』
『私は』
『俺が』
『…俺も』
――『Knights』でよかった。
紺色のサイリウムの海の中、
お互いの宝石のように煌めくその瞳に、
君と、自分の、みんなの
楽しそうに笑う顔が映ってみえた。