#williams_60min 「コーヒー」 久しぶりの休日。買ったっきり手付かずだった本でも読もうかな、なんて考えながらコーヒーを入れる。今日はゆっくりできるからドリップコーヒーで。ミルクと砂糖もたっぷり入れて、カフェオレにしちゃおうかな。
コーヒーは好きだ。本当は道具を揃えて豆から入れてみたいけど、今は色々調べる時間がないし教えてくれる人も――父さんはもっぱらインスタントコーヒーを飲んでいた――いない。だから僕は、行きつけのコーヒーショップで売られているドリップバッグを愛飲している。ドーナツに合う、おいしいコーヒーなのだ。
ゆっくりとお湯を注ぐ。いい香りがして、思わず笑顔になる。年季の入ったマグカップは父さんがコーヒーを飲む時に使っていたものだ。父さんが僕に買ってくれたマグカップより大きいから、大人になった今はこっちを普段使いにしてしまった。もちろん小さい方も使っている、例えばめいっぱい思い出に浸りながらココアを飲みたい時なんかに……。
父さんはあまりミルクや砂糖を入れてなかった。ブラックで飲むのはカッコイイだろう?なんて言って笑ってたっけ。父さんの――大人のマネをしたくて父さんと同じものを飲んだ日、あまりの苦さで泣きそうになったのを覚えている。というか、ちょっと泣いた。お前にはまだ早かったみたいだな、と笑いながら父さんは僕の頭を撫でて、マシュマロを浮かべたココアを作ってくれた。甘くて、あたたかくて、ほっとする味だった。
マシュマロは特別な時だけだったけど、父さんはよくココアを入れてくれていた。自分のインスタントコーヒーはさっさとお湯を入れておしまい、その後僕のココアを丁寧に作っていた。当時の僕は、父さんも本当はココアが好きなんじゃないかと思っていたけど、あれはきっと僕のためだったんだろうと今は分かる。
「父さんは僕の事、すごく甘やかしてくれてたな」
僕はコーヒーを一口飲んで、誰に聞かせるわけでもなく呟く。広いキッチンにはコーヒーのいい香りがしていた。