Sleeping Moray 陸では、朝になっていく様子を「白々と明けていく」とか表現するらしい。
でも、海ではちょっと違う。
登る太陽に照らされて、世界に青みが戻ってくるんだ。揺れて割れる水面から射し込んだ光がカーテンみたいにゆったり揺れてて……朝の海ン中、けっこうキレーだよ。
「もういやですうみにかえりますうみおくりしてくださいぼくもうずっとうみにいます」
大きな窓から入る柔らかなセレストブルーに包まれて、今朝のきょうだいは稚魚ちゃんに戻っちゃったみたい。ベッドの中にオレを引きずり込んだジェイドが、オレの腹に顔を埋めたままもだもだと身体をぐねらせる。
なんか……そのうち両目から赤い水とか垂れ流しそぉ……。
別に海に送ってやってもいいけどさぁ、絶対帰ってこねーパターンのヤツじゃん。海送りと海還りは、オレとジェイドみたいに二つで一つ。ニコイチ、ワンセットでしょ? ちゃんと帰ってきて!
「しんじんきょういくけいかくとかりょうちょうかいぎのほさとかぼくがやらないとだれかしぬんですかそれならみんなみんなしねばいい」
「今日のジェイドめっちゃグズるじゃんちょーウケる」
いつもはきっちりと整えられてる髪は寝癖だらけだし、もう制服に着替えてなきゃいけない時間なのにまぁだパジャマのまんまだし。
「うんうん。最近ジェイド頑張ってたもんねぇ」
「どうしてたにんがぼくのじかんをうばうんですかぼくだってしたいことがたくさんあるんですよぼくのじゃまをするものなんてすべてほろんでしまえばいいのに」
「はいはい。いーこいーこ♡ いーこだから、もう起きなぁ? アズール怒るよぉ?」
むずがる稚魚ちゃんの癇癪は、オレが頭をヨシヨシしてやっても一向に治まんない。
それどころか、時間がたつにつれて酷くなってく一方なんだけど。
そのうち、オレの腕ン中からこの世の全てを呪い殺しそうな声と歯ぎしりが聞こえてきて、片割れの限界具合がよ~~~く分かった。覗き込んだ毛布の中で、ギラギラ光った目が完全に据わっちゃってるしさぁ。
あ~……いつもならこのくらいで治まってくんのに、今回はかなり重症じゃん。珍しく煮詰まっちゃってんねぇ。
まぁ、日々の勉強に加えて、ラウンジの新人教育とか、寮長の補佐役としていろいろ調整したりとか、恒例の飛行術の補習とか……。諸々と重なって立て込んで、山行ったりキノコ観察したりする時間がなくなったのが堪えたんだろうなぁ、って。
「そんなさじにかかわるじかんがあるならふろいどともっといっしょにいたいのに……っっ」
「え、そっち!?」
ぎゅうっと抱きつく腕の力が強まって、ちょっと苦しって思ったけど、それ以上に胸がキュンてした。
…………や、別に? ジェイドの一番がオレだなんて、そんなトーゼンのこと、ずっと前から知ってるけどぉ?
こうして改めて言葉にされると、また別格ってゆーか、なんてゆーか……。
「んふふ……♡ そっかぁ。オレと一緒にいらんないのが、そんなにヤだったんだねぇ」
「なんでぼくがふろいどといっしょにいられないんですかあなたのとなりにいていいのはぼくだけでしょうなんであなたのとなりにぼくがいないんですか」
「うわぁ、熱烈ぅ……!」
「ふろいど……ふろいど……」
オレの名前を呼んでぐずるジェイドのおでことか、頬っぺたとか、口が届く範囲でチューしてやった。オレにちゅーされたって気が付いて、たった今までキレ散らかしてたジェイドがへにゃって笑う。
もーすっかり気が抜けてて無防備な、ジェイドの〝トクベツ〟じゃなきゃ見らんない完全な素の顔。
「ぼくとずっといっしょにいてくださいふろいど……どこにもいかないで……ぼくだけをみて……ねぇふろいど……ふろいど……」
「……そーだねぇ。オレだって、オレの隣にいていいのはお前だけだと思ってるし……お前の隣に並んでいいのはオレだけだろ、って思ってるよぉ」
駄々をこねながらオレに巻き付いてくるジェイドの背中を、ぽんぽん叩いてあやしてやった。
理性の箍が外れたジェイドの言葉が嬉しくないわけじゃねーけど……なんかめっちゃ複雑な気分! それをさぁ、シラフの時に言え、って話なんだよなぁ……。
だって、こんな感じでグズってるジェイド、完全に起きたらなぁんにも覚えてねーんだもん!
こうしてオレに抱きついて駄々こねてることも、いつもは絶対に言おうとしねー本音のコクハクしてくれたこととかも……。オレとしては、ぜんっぜん覚えててくれて構わねーんだけど?
どーせジェイドのことだから、「自由にしてるあなたが好きです」とか、「縛り付けたくないんです」とか……。よけーな気ぃ回したり、よけーなこと考えてたりするんでしょぉ?
「オレは、お前なら……お前になら、縛られてやってもいいって思ってるのにね」
「……、う゛…………ふろいど……」
オレの首筋に顔を埋めたジェイドが、寝言でオレの名前を呼ぶ。今この時にそーゆーことする?!
実は起きてるんじゃ………………って思ったけど、完全に寝てるんだよなぁ、コレが……! 寝てるくせにタイミング完璧すぎね!?
いつもキリッっとしてるのがウソみたいに締まりのないゆるゆるの目元とか、涎まで垂れちゃってる油断しまくりの口元とかさぁ。それがなんだかものすごく可愛くて、二度寝しちゃった駄々っ子ちゃんの頬っぺたに、もっかいそっとちゅーしてやった。
オレだけが見られる、ダメになっちゃったジェイドの顔と、オレだけが知ってるぐっずぐずのジェイドの声。
可愛い可愛い、オレの稚魚ちゃん。
「……いつかはさぁ……ちゃんと告ってくれんのかな……?」
お前の意志で、お前の言葉で……オレのこと好きって言ってくれる? オレのこと離したくないって。オレとずっとそばにいたいって……。ちゃんとオレの目ぇ見て伝えてくれる?
「オレさぁ、お前の言葉、けっこう待ってんだけど……ちょっと待ちくたびれたって感じもすんだよねぇ……」
ふと見上げた窓の向こうから差し込む天上の青は、随分と明るさを増してる。もうこれ、完全に遅刻コースだわ。
あーあ。後でアズールにしこたま怒られそぉ……。でもまあ、ジェイドが放してくんねーんだから、フカコーリョクってやつだと思う。
「……………………オレのこと、泡にすんなよなぁ……?」
喉の奥から思わず言葉が溢れた途端、オレにぎゅうっと巻き付いてるジェイドの腕に力が籠る。オレの声が聞こえたわけじゃねーんだろうけど……それがジェイドの返事みたいに思っちゃえるオレって、どうしようもなく末期じゃんねぇ……。
ゆったりした呼吸に合わせて揺れる揺り籠はすげー気持ちがよくて、自然と瞼が重たくなってくる。
なんかもう、どーにでもなれ~~~~、って感じ……!
絶対の安全地帯。片割れの腕の中。オレもそのまま目を閉じた。