猫耳(膝さに?)朝食を終えて内番に向かおうとしたとき通りすがった審神者が手にしていたものが目に入って、膝丸は眉間にしわが寄るのを感じた。
審神者の手には獣の耳を模したカチューシャが握られていた。
どこで手に入れたのか。それをどうするつもりなのか。
柱時計に視線を向けると集合時間までにはすこし余裕があった。
膝丸は踵を返し、一抹の不安を覚えたまま審神者を追いかけた。
足音を立てず気配を消して主の尾行をする。
日頃の鍛錬で身についた偵察をまさかこのように使うとは思ってもいなかった。
しばらくすると審神者は膝丸と髭切が寝起きする源氏部屋の前で立ち止まった。
洋風の暮らしが長かったそうで、彼女はたまにふすまの縁をコツコツと叩いて入出の許可を得ようとする。いままさにゆるく握ったこぶしが引き戸のあたりを叩こうとした。
「待て主。兄者に用があるのなら俺を通してくれないだろうか」
「膝丸?内番じゃなかったっけ」
「君の姿が見えたから追いかけてきたのだ」
すかさず通せんぼをするようにふすまの前に立てば審神者は首をかしげながらも廊下にとどまる。
その手の中にあの猫の耳があることを膝丸はしっかりと確認した。
「ときに主、それは」
刀らしく単刀直入に訊ねる。
それ、と差す指につられて審神者の視線が手もとに移動した。
「ああこれ?」
膝丸にもよく見えるようにか胸の前でわざわざ抱え直して、破顔する。
「猫耳!髭切につけてもらおうと、」
「――そうは問屋がおろさないのだ主!」
「えっ、何」
膝丸の剣幕に気圧された審神者がきょろきょろとあたりを見渡した。問屋?と小声で復唱する。
「主がにこやかなときは兄者に危機が迫っているときだ!」
「なにそれ。カチューシャつけるだけなのに?」
「うむ」
しごく真面目にうなずいたものの審神者は引く気がないようだ。
「じゃあ膝丸が代わりにつけて」
はい、とこちらにお鉢が――猫耳が回って来た。
兄者を守るためとはいえさすがにそれは。
膝丸の眼前には全体的に薄茶色をしたカチューシャがつきつけられている。
どうやら現実の猫の耳を忠実に再現したようだ。内耳の柔らかなにこ毛まで一本一本植えられている。
「いくらしたのだ」
「そんなに高くはなかったよ」
「そんなに高くは?」
膝丸の詰問に審神者の目が泳いだ。
「審神者のお財布から出してるから。本丸の財政が傾くほどの額ではないから」
「……いくつ購入したのだ」
とうとう審神者は白旗を上げた。
話を聞けばこれらの猫耳カチューシャはキジのほかに黒、錆、三毛と全部で四種類出ているそうだ。
万屋ではそれこそ審神者たちによって飛ぶように売れて再販が間に合わないらしい。
このカチューシャはそんな状況の中で唯一手に入った一品であると話は続き、膝丸の眉間のしわは一層深く刻まれていくことになった。
「それで?いくつ購入したのだ」
膝丸の追及の手は加減されることなく、審神者の顔色はますます青ざめていった。
そのうち空気に耐えられなくなったのか、重石が後頭部に直撃したかのような反応のあとに絞り出すような声色で、
「……4つ……」
と吐いた。
つまり全種類購入したのだ。
キジと黒と錆と三毛を。
兄者への危機を察知したかと思えば本丸の財政難が迫っていた。
つまり彼女の部屋には色違いのかちゅーしゃが四つもありそのうちのいくつかは過去の事例を考えても死蔵されることが間違いなく決まっているのだ。
「主――」
膝丸がカチューシャに手を伸ばそうとしたとき、彼女らしからぬ機敏な動作でそれを避けた。さらなる追及を逃れようとやや後退る。
「お願い!膝丸、猫耳カチューシャだけは見逃して!」
「だけはとはなんだ、だけはとは。君の散財癖は一度も直った試しがないではないか」
「でも耳だけは!」
「聞く耳を持たぬ!」
「いったいなんの騒ぎかな」
表のやり取りを聞きつけたようだ。
するするとふすまが開き、膝丸の敬愛する兄者――髭切が室内から出てきた。
膝丸と審神者がカチューシャを賭けてこぶしを握りあっている姿を目撃して髭切が目を丸くする。
そしてその場の奮闘をさらりと撫で切りするような軽やかな力でふたりの間からカチューシャを抜き取るとぽすっと膝丸の頭に刺した。
「これで用事は済んだよね」
「う、うん」
「お前は内番に行くんじゃなかったのかい」
内番着をまとった膝丸の背中をぽんぽんと押して審神者に微笑むと、髭切は部屋に戻ってぴしゃりとふすまを閉めた。
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2025/03/05