桜の時期の雨の日のつるんばよろず屋に向かう道すがら、ぽつぽつと降り出した雨が頬を濡らした。
出かける時、念のために持ってきていた傘を開きながら、空を見上げると黒い雲が空一面に広がっている。
「また雨だ」
ポツリとこぼせば、「雨は嫌いかい?」と、隣で俺同様、傘を開いた鶴丸が問いかけてきた。彼は俺のおつかいに勝手についてきたのだった。
「普段はなんとも思わないが、この時期は桜が早く散ってしまうんじゃないかと気が気じゃない。お花見もまだなんだぞ」
ついこの前まで固い蕾だった桜の花は、ここ数日で急に花開き始めた。ほとんど満開と言ってもいいぐらいの咲きっぷりなのに、雨が続けばすぐに散ってしまう。
「まぁまぁ、いいじゃないか。散りかけの花を見ながら団子を食べるのも風情がある」
「……団子があるなら、俺も文句はないが」
「はは、君らしいな」
「わらうな」
花より団子の気分を見透かされたようで、ただでさえ罰が悪いのに、鶴丸が笑うせいでよけいに気を悪くした俺は、プイッとそっぽを向いた。すると、俺の視線の方に慌てて移動してきた鶴丸がペコペコと頭を下げる。
「すまんすまん。じゃあお詫びに後で甘味処に甘いもんでも食いに寄ろう。奢るぜ」
「許す」
「そりゃ良かった」
ニコッと鶴丸が笑う。
我ながら自分勝手なことで腹を立てたという自覚があるのに、そんな俺の機嫌を取らされて何を喜ぶことがあるのか。
この鶴丸という男は基本的に機嫌が良い生き物だが、今日は特別機嫌がいいように感じる。雨が振りそうな空模様の下、おつかいに出されて最初から憂鬱な気分だった俺とは対象的だ。
「鶴丸は雨が好きなのか?」
「なぜそう思う?」
「おれは甘いものが食べられる。それもおごりだと思えば、この雨の中歩くのも苦ではないが、こうも雨が降ってきたら、ほとんどのやつがさっさと帰ろうと考えるだろう」
「そうだな。嫌いではない。特にこの時期の雨は」
「この時期の雨は?」
「いやな、君が桜で俺が雨なら、俺が雨としてふることで君という桜の栄養となり、結果、桜は花開くわけだ」
「変な例えだな」
「でもって、せっかく自分が咲かせた花を雨自身が散らすんだぜ。男の浪漫じゃないか」
「な!エッチだぞ」
思いの外大きな声が出てしまって慌てて周りを見回した。
街を歩く人々は降り出した雨に気をとられ、足早に家路を急いでいる。俺たちに気を払うものは誰もいない。他人に聞かれて、何の話をしてるんだと軽蔑されるというような事態は避けられたようだ。
「ほうほう、君にも理解ができるか」
理解出来ないほうが、よっぽど良かった気もする。こういった物言いをすることの多い鶴丸のせいですっかり慣らされてしまっただけだ。
「俺を同じくくりに入れるな」
「理解できるなら、君だって一緒さ。わかるだろ。男なんてみんなすけべだ」
ニコニコしたまま、鶴丸が距離を詰めてくる。
互いの傘がぶつからないようにしながら、間近に近づいて来た鶴丸の唇が俺の頬に触れた。それは、チュッと音を立てて、すぐに離れる。
突然の鶴丸の奇行に、おい!人前だぞ!なんて非難する余裕もなく、鶴丸のぬくもりが残る頬を手のひらで抑えながら、わなわなするしかない俺に。
「大丈夫さ。傘に隠れて誰も見れやしなかったさ」
鶴丸はウインクをよこした。