嘘の嘘は真 四月一日の午前中、好きだと告白された。俺も想っていた奴に。相手は同姓で、昔から知っている奴で、鬼神の如くと評されているような奴だった。一生涯の片想いだと信じて疑わなかったというのに。
俺は柄にもなく、唇が少し震えていた。体温が上がっていくのがわかる。少しの間があって漸く口を開き、言葉を発しようとした、その時。
"嘘に決まってンだろ!"
エイプリルフールだと、お前を好きになるわけがないと言われた時、俺は出しかけていた言葉を飲み込んだ。多分ここ数年で、最も気力を振り絞っただろう。
一つ悪態をつき、朝日に輝く山へと足を向けた。いまだ赤い顔を隠すために。感情に任せていらぬことまで口走ってしまわないように。
立ち尽くしている銀時に背を向け、逃げるように足を速めた。
暫く進んで人の気配が全くしなくなった頃、気を落ち着かせようと足を止め、深く息を吸って吐いた。だがやはり、怒りと恥ずかしさがどうしても吐き出せなかった。アイツはほんの冗談のつもりだったのかもしれないが、弄ばれたような気がしてならなかった。あれ以上あの場にいたら、一瞬の怒りで今の関係性さえも失っていたかもしれない。そう思うと、自分の英断を褒めてやりたかった。
「……だが、ありゃぁ…」
落ち着いて先ほどのことを思い出す。すると、あの一瞬では理解できなかった銀時のことが、少しづつ見えてきた。
俯いていてもわかるほど赤く染まった顔。わずかに震えていた声。去り際に見た表情。どれをとっても、冗談で嘘を言った奴の表情ではなかった。
「…まだ、希望を捨てるにゃぁ早ぇってことなのか…?」
銀時のことは、理解しているつもりだ。なにせ子供の頃からずっと見てきたのだから。そこで少し考えてみた。
アイツは戦場とは似ても似つかぬほど初心で、恐ろしいほどに鈍感で、慣れないことには異様に照れる。それこそ顔を真っ赤にして……
そこまで考えて、一つの可能性、もとい願望が見えてきた。
アイツはもしかして、照れくさくて居た堪れなくなり、俺への告白を嘘にしてしまったのではないか、と。
「……チッ、考えても埒が明かねぇ」
もしも本当に冗談だったとしたら。本当は俺のことを好いてなんかいなかったら。以前はそう思っていたが、今回は状況が違う。
先に仕掛けてきたのは銀時だ。それで本当に好かれていなかったら、今から落としてやる。
好いているからこそ逆に怒りがどんどん膨らんでいって、そんなことを思うようになった。
だが俺の意思を知ってか知らずか、アイツはあからさまに俺を避けるようになった。見かけようものなら即逃げていくし、いつも以上に気配を消している。戦が終わったばかりで皆が安寧を望んでいるというのに、俺の機嫌は悪くなる一方だった。
そして、あれから四日が過ぎた頃、俺は漸く銀時を捕まえることに成功した。
「…た、かすぎ…あの、こ、この前はその…悪かったって、マジで…!」
「…銀時。話聞け」
「いや、お前、顔怖ぇし、ぜってぇ怒ってるだろ!ホントに悪かったって!あんな気持ち悪ぃこと言って…」
「……あ"!?」
普段のよく回る口はどこへやったのか。言葉を詰まらせながら言い訳をしている。ここまで来てしまえば、嘘が嘘だということもよくわかる。
が、それにしても、よりによって気持ち悪いとはどういうことだ。俺も同じ事を言おうというのに。
怒りに任せて、できればもっと違うシチュエーションで言いたかった言葉を放った。
「チッ、……好きだ」
「………え?な、なに…そんな怒ってんの?べ、別にやり返さなくてもいいだろ、謝ってんだから…」
頭の中で何かが切れたような気がした。気に食わないことはしょっちゅうだが、ここまでコイツに苛立たされることは初めてだ。
「……なに、だから、悪かったってい、…ん"!?」
胸ぐらを掴んで、唇をぶつけた。キスなんて生やさしいもんじゃない。文字通りぶつけた。
「…だから、好きだって言ってんだろ!」
「……………は…?」
何が起こったかをようやく理解したらしく、銀時の顔がどんどん赤く染まっていく。小刻みに震えながら、眼を慌ただしく泳がせていた。
「……なん、で、こんな…もっと、言い方とか…」
「テメエにだけは言われたくねえ。そもそもテメェの所為だろうが。どうせ居た堪れなくなって嘘にしたんだろ」
「う"………いやぁ、その……」
「図星か」
「えと…まぁ……そう、です…」
ため息をつきながら手を離す。やはり俺の読みは当たっていた。
「…とりあえず、この借りは返して貰うぜ」
「へ?ど、どうやって…」
「身体に決まってんだろ」
ますます赤くなった銀時の顔を見て、俺は久方ぶりに笑顔を浮かべた。