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    jp_tea_111

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    jp_tea_111

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    ウルトラスーパーポジティブシンキングモブ♀視点の勝デク

    わたしじゃないの!?わたしは藻部川喪麩美。みんなにはモブって呼ばれているの。
    わたしはどこにでもいる会社員なんだけど、一個だけどこにでもいる人と違う点がある。それは、平均よりすこーしだけ太っているってところだ。お医者さんにも「ダイエットをお勧めします」と注意される程度で、ほんのすこーしだけ太っている。
    そんなわたしにある知らせが届いた。それは【プロヒーローがマンツーマンでサポート! アツい気持ちでシェイプアップ!】というキャッチコピーがついたダイエット企画のモニターに見事当選したという知らせだった。キャッチコピーこそパチモンみたいな響きがあるけど、これは歴とした公式の企画で、ニュースに出てくるようなプロヒーローがやらせなしでサポートしてくれるって企画である。なんでそんな企画やってんの? っていう部分については公式ホームページをご覧ください。確か最近メタボが多いとか何とかって書いてあったような気がするけど、わたしは関係ないのでよく読んでない。

    「なになに? インストラクターとしてあなたをサポートするヒーローを二名まで選んでください?」

    封筒の中にはインストラクターとしてわたしをサポートしてくれるヒーローのリストも入っていた。ニュースで出てるなあ程度しかヒーローを認知していないわたしとしては、ちゃんと顔写真付きでリストになっているのは有難い。

    「えーっと、どこにいるんだろ? てかこれ何順なのよ。わっかりづらいな、あ! いたいた!」

    意味不明な並び順のリストをペラペラめくっていったら、ようやくお目当ての人物を見つけられた。このモニターに応募した理由はこの人に会うためだと言っても過言ではない。

    「ふっふふ〜ん。……よし! あと一人はー……、いいやこの人で」

    お目当ての人物は一人だけなので、もう一人は誰だっていい。なので適当に目についた人物に決めた。

    「よーし、これでオッケー!」

    返送用の封筒に指名するヒーローを書いた紙を入れて封をしたので、あとはこれを投函するだけだ。もう少しであの人に会えると思うとぐふぐふ笑いが溢れてきてしまう。

    「あー楽しみだなあ。早く会って、個性かけたいなあ」

    そんな独り言にしては大きめの呟きを溢して目を閉じた。



    ***



    あれから一ヶ月後、わたしはメールで届いた通り指定のジムまでやってきた。生まれて初めてジムに入るのでドキドキしつつ扉を開けて、その狭さにお腹が引っ掛けつつ中に入った。

    「あのー……」

    すぐにメールを出せるようにスマホを手に持ちつつ恐る恐る進んでいくと、「はーい!」という男の人にしては高めの声がスタッフルームから聞こえてきた。

    「こんにちは! お待ちしてました!」

    にこーっと笑いながら出てきたのは可愛らしい印象の男性だった。反射的に「うわっ可愛い」と言いかけるくらいには可愛い笑顔で出迎えられた。

    「初めまして、藻部川さん! 今回はモニターのご協力ありがとうございます。僕は二人目のインストラクターのデクっていいます!」

    にこにこしながら自己紹介をしてくれたデクに「あっ」を連発しながら自己紹介をする。あわあわしつつ自己紹介を終えても二人だけの状態で内心首を傾げる。デクも言っていた通り二人目のインストラクターなので、もう一人いるはずなんだけどな。

    「あのー、もう一人は……?」
    「ああ、一人目の担当ですね。今呼んできます!」

    デクが笑顔で奥のトレーニングルームへ入っていった。何やら話している声が聞こえるけど内容までは聞こえてこない。その話し声がどんどん近づいてくるのでわたしの心臓がバックバクになってきた。

    「お待たせしました!」

    笑顔のデクがそう言って、そしてもう一人出てきた。思わず悲鳴を上げそうになったので二の腕をつねって堪えた。
    ほ、ほほほほ、ほんもの。本物だ……! わたしが一目惚れした人、大・爆・殺・神ダイナマイトの登場に目が潤む。
    彼との出会いはかれこれ半年くらい前になる。仕事帰りにたまたま通った道路で敵が暴れていて、逃げ遅れたわたしは敵に捕まってしまった。死んじゃうんじゃないかってすごく怖かったわたしを助けてくれたのが、そう! 大・爆・殺・神ダイナマイト! いやぁあの時のダイナマかっこよかったなあ。身を挺して庇ってくれたし、その時アイマスクが取れて見えた素顔はひっくり返りそうなくらいイケメンだったし。

    「ドーモ、オマチシテマシタ。大・爆・殺・神ダイナマイトデス」

    すっごい声が良い。しかしなんでそんなにカタコトで棒読みなんだろ? はっ、もしかして運命の相手であるわたしに会って緊張してる やだぁ個性使うまでもなく結ばれてるじゃん!

    「かっ、大・爆・殺・神ダイナマイト、さすがに棒読みすぎだよ。もうちょっと抑揚つけなよ」
    「?」
    「そうやってすごまない!」

    ぷりぷり怒るデクにダイナマがキレのいい舌打ちをした。そうよね、緊張してそんな風になっただけだもんね。わたしはわかってるからね。

    「そういえば大・爆・殺・神ダイナマイトって毎回呼ぶの大変だよね。なんか別の呼び方作ったら?」
    「アァ? てめェ俺のヒーロー名にケチつけようってか?」
    「そうじゃなくて、単純に長いよねって話。うーん、何にしよう。何かありますか?」
    「ぶぇ」

    突然話をふられたわたしは慌てる。気の抜けた声を出したからかダイナマもわたしを見た。それどういう感情? って顔なんだけど。スーンとしてるんだけど。

    「あ、え、ええっと、じゃあ」
    「お前はなんて呼ばれんの?」

    おおっと、ダイナマがわたしに被せてきた。あれか、わたしが喋っているところを見るともっとドキドキしちゃうってことか。やだぁダイナマって思ったよりピュア。ギャップにキュンキュンする。

    「僕は普通にデクだよ」
    「ほーん、じゃあバクで」
    「バク! いいね! 新鮮だし呼びやすい」
    「おー。それに、バクとデクでお揃いだ。いいだろ?」

    デクにそう言いながら片方の口角だけ持ち上げて笑う顔にギュンってなった。イメージ通りすぎる笑顔はかっこよすぎて心臓がもたない。

    「おいモブ」
    「へっ」
    「このクソみてェな企画の間だけバク呼びを許可する」

    腕を組んで見下ろしてくるダイナマにかくかく頷く。あだ名で呼ばれるとは思っていなかったのでものすごくびっくりした。心臓がドコドコ大暴れしている。

    「改めまして、よろしくお願いします」

    笑顔のデクと腕を組むダイナマことバクに胸を高ならせる。今日イチ大きな声で挨拶を返したわたしは思い切って手をさしだした。それをポカンとした顔で見たデクは笑顔で握り返してくれたので、バクのほうにも手を出した。

    「かっ、だいば、でもなくて、バク!」

    デクに促されてようやく手を握ってくれたバクににたりと笑う。よし、小指にちゃんと触れられた。これで個性がかけられた。
    生バクに胸をときめかせられたし、小指に触れられたので個性もばっちりかけられた。某漫画の主人公でいう【計画通り】ってやつだ。



    ***



    竹刀を肩に担ぎトントンやっていたバクがスパンと床を叩く。一昔前の体育教師みたいな出立も似合っててかっこいいんだけど、素敵〜なんて喜んでいる場合じゃない。

    「なにジャンクフード食っとんだクソデブ! 物理的に肉削がれてェのか」
    「ひぃぃぃぃぃ」

    トレーニングが始まって二週間くらいが経過した。わたしは魔がさして大好きなケーキとジャンクフードを食べたんだけど、それは装着を義務づけられているバンドから情報が筒抜けだ。ならバンドを外せばいいって思うじゃない? そうしたらバクが「計測されてねえから0と見做す」って言って一週間分の運動をさせられたんだよ。あの時はマジで死ぬかと思った。

    「そんなに威圧しない!」

    スパンスパン床を叩く竹刀でいつ殴られるかとビビっていたら救世主が現れた。そう、救世主デク様である。いつもわたしのことを庇ってくれる神様で、ついつい食べちゃっても「次は頑張って我慢しましょうねと優しく注意してくれる。その結果10:0でバクに全振りだった気持ちが6:4くらいになっている。

    「どう考えてもそのデブが悪ィだろーが」
    「今まで食べていたのをいきなりゼロにするのは難しいよ。少しずつ減らしていかないと」
    「ケッ、軟弱すぎ」
    「そんなこと言わない!」

    優しい。すっごい優しい。もう五分五分くらいにまでいきそうだ。
    まったく、バクはなんでそんなにわたしに厳しいんだか。このままだとわたし完全にデクに乗り換えるからね! その後好きなんだって泣きついてきたって知らないんだから!
    全然優しくないバクに内心怒っていたら、デクが気遣わしげに声をかけてくれた。本当に優しい。

    「デクは優しいですね。デクは」
    「あはは、そうですよね……。すみません」

    デクが申し訳なさそうに謝ったってバクの態度はあのままだ。気分は全く晴れないのでむっとしたままでいた。

    「ちゃんと個性はかかってるのになんでああも塩なのよ」

    文句を言いつつコンビニで買ったささみスティックをかじる。本当は唐揚げ棒がよかったけど、デクがオススメしてくれたので今回はこっちにしておいた。
    わたしの個性は【縁結び】だ。わたしとの縁を結びたい人の指に触れると個性がかけられる。指によって意味が違っていて、小指は恋愛の縁を結ぶ効果がある。ただしこの縁結びには一個問題があって、そうなりたいと思って触れた時既にその存在がいたら効かないし、その想い人との縁を繋ぐ。つまりバクに恋人ないし好きな人がいればわたしの個性は失敗する。まあ失敗してるかどうかは後からわかるから現時点では判別つかないんだけど。といっても初対面の時の様子からして脈アリなのはわかってるから、あとはちゃんと成就後も末長く続くように魅力的な女性にならなきゃ。

    「よーし! 頑張るぞ!」

    そう叫んだタイミングで食べていたささみがテーブルに飛んだ。



    ***



    トレーニング開始から五ヶ月が経過した。ジムの入口に詰まるどころかターンでも決められそうなくらいスリムになった。それもこれもバクがわたしに優しくなったおかげだ!
    デクに愚痴を零して以降、バクの怒鳴る回数が減った。このままだとデクの株が上がってわたしが離れちゃうってきっと伝わったんだわ。時折カタコト棒読みになりながらも怒鳴らず注意してくれるバクに胸はいつもときめく。わたしも頑張らなきゃって思えて、おかげさまでどんどん痩せている。
    五ヶ月も続ければある程度は見守ってなくても問題ないと思ったのか、バクとデクは同じように筋トレを始める時がある。今日はその日で、ベンチプレスを上げるバクの男らしい筋肉と汗が伝って色っぽい姿にドキドキが止まらない。

    「す、すごい筋肉ですね!」
    「……ア?」
    「やっぱりかっこいいなっていうか、汗も滴る良い男? みたいな。セクシーでかっこいいです!」

    思い切って話しかけたら、バクは器具から手を離して起きあがってくれた。首筋を伝う汗がやっぱりセクシーだ。

    「わたしだったら一番軽いのでも持ちあげられないもん」

    ちょっとあざとすぎたかな。少しくらいわざとらしいのが男の人にはウケるはずだけど、どうだろう。ドキドキしながらチラッとバクを見ると視線を逸らされた。

    「プロヒーローと比べること自体おかしいンだよ。つーか暇ならもっと動け、その脂肪を少しでも燃やせ」

    ぴしゃりと言い放たれたけどずっと目が合わない。これってもしかして、照れてる顔を見られたくないからでは なにそれ可愛い。

    「でも僕から見てもすごい筋肉だよ。トレーニングを欠かしてないってよくわかる」

    わたしがバクにときめいているうちにデクはタオルを差し出していた。何やら思いついた顔をしたバクがニヤッと笑ってデクの腕を掴んだ。

    「うわっ」

    デクもデクでムキムキなのは知っているので、そんなデクがよろけるくらい力強く引っ張ったバクにまたときめく。ゴリゴリのマッチョには見えないけどすっごい力持ちなんだね、かっこいい。
    わたしが見惚れているうちにバクはデクの腰に手を回した。片手で手首を掴み、片手で腰を抱き寄せている。

    「こいつが俺ンこと汗も滴る良い男っつっとったんだけどよ、どうだ?」
    「ど、どうって」
    「お前はどう思ってんのか」
    「ぅえ」
    「気になるなー? なあ? デェク?」

    ひゃー! 出た! 最近多発するようになったバクの嫉妬攻撃だ! バクは事ある毎にわたしの前でデクにひっついてかっこいいとか言わせようとする。そんなことしなくたってわたしはバクのことが大好きなのに、もう。心配性なところも可愛いなあ。

    「〜ぁっこ、いいんじゃない?」
    「なんだって? 聞こえねーな?」
    「わっ、ちょっと!」
    「ほーら、もっかい。なんて言った?」
    「うう……」

    バクが更にデクを抱き寄せるから二人はぴったりくっついている。抱きしめあいながらイチャイチャしているみたいに見えるほど近いから、デクも顔を真っ赤にしている。ダシに使われているとも知らずに可哀想。
    耳まで真っ赤になったデクがバクの肩に手を置いて背伸びをしている。耳に顔を近づけようとしているんだ。それをわかっていてわざと爪先立ちになったり上体を逸らすバクは実に楽しそうな顔をしている。わたしがずっと見ているから思惑通り嫉妬してるって喜んでいるんだ。

    「もう! 意地悪するなら言わない!」

    あーあ、先にデクが音を上げちゃった。腰に回っていた腕を剥がして背中を向けている。それを見たバクはバックハグをしはじめた。わたしからだとデクは足くらいしか見えない。

    「ごめん。俺が悪かった。……なあ、機嫌直して?」

    あっまーい! あっまあまな甘え声で許しを乞いている! わたしにするための予行練習だからって、いくらなんでもやりすぎじゃない いくら寛大なわたしでもちょっとどうかと思うわよ!

    「ん? ……ふはっ、そりゃドーモ」

    わたしに背を向けたままくっついているバクの声は聞こえるのにデクは聞こえない。聞き取れないくらいの声量で喋っても問題ないくらい近いってことだ。これはさすがに一言物申さねば。
    と、思ったのだけど、わたしが物申す前にデクがバクのことをぐいーっと押して離れた。その顔は相変わらず真っ赤だ。恥ずかしがり屋さんなのね。可愛くてキュンとする。でもわたしよりは可愛くないけど。ねー、バーク♡
    わたしの心の声に同意を求めるようバクを見るけど全く視線が合わなかった。そんなバクはデクのほうを見て目を細めているので、もしかしてデクの可愛さにちょっと気づいちゃったか? と冷や汗をかいた。



    ***



    ジムの扉を手を広げて入ってこれるくらいスリムになったわたしは絶好調だ。なんだったら会社の男どもにちょっと声をかけられるくらいには良い女度もアップしたみたい。今更わたしの魅力に気づくようなバカな男たちを袖に振る快感ったらない。だってわたしの心はダイナマことバクのものだもの。ねー、バク♡
    ……と、脳内では言っているんだけど。

    「お前クソ敵に突っ込まれてふらついとったな。ちゃんと体幹鍛えとんのか?」
    「うひゃあっ! ちょっ、くすぐったいってば」
    「なーに言ってんだ。こんくれェで弱音吐いてんじゃねえ」

    これだ。バクが恒例のバックハグ状態でデクの腰辺りを触っている。なんか毎回どころか毎時間、いや、下手したら毎分べったりくっついてない? わたしに嫉妬させれる作戦だとしてもやりすぎだとしか思えない。おまけに最近のバクはわたしのトレーニングのサポートを全部デクに任せて全く話してくれないし。

    「……あっ、も、藻部川さん! 着替えてきたんですね!」

    ドンとバクを突き飛ばしたデクが引き攣った作り笑いを浮かべて「ストレッチしましょうか!」と言ってくる。その後ろでは電線でも切れてショートした? みたいな舌打ちをしたバクがわたしを見……てるじゃないなあれはもう睨んでいる。

    「あのぉ」
    「はい! なんですか?」
    「わたしってバクに何かしましたかね?」
    「え? あーいや、何もしてませんよ何も。かっ、ではなく、だいば、じゃなくて、バクがあんな感じなのは通常運転なので」
    「へぇー……」

    バクにべったりされた後のデクはきまって何度も言い間違える。それもお決まりとなりつつあるので、気づかないデクをいいことに白い目で見る。
    なぁーんか、怪しいのよねえ。女の勘が怪しいって言ってる。多分この勘は間違いない。ならばやることは一つ。

    「デーク♡」
    「は、うわぁっ」

    声をかけたわたしに笑顔で振り返ったデクの腕を引っ張る。わたしを潰さないように慌てて手をついたことで床ドン状態だ。この体勢をバクに見られる必要があるからわざとデクの手を掴んだまま「きゃあ!」と大袈裟に悲鳴をあげた。

    「……何やっとンだてめェ」

    ひょいとこちらを覗いたバクが瞬く間に不機嫌オーラをバンバン出しはじめた。やっぱりー! 嫉妬深いバクならわたしが押し倒されている姿を見て不機嫌になると思った! 「あわわわわ」と赤くなりながら慌てるデクとものすんごい不機嫌オーラを放つバクを見て、計画通りに事が進んで笑いそうになるのを必死に堪えた。

    「オラ」
    「あっ、ありがと」

    バクに腕を掴まれて起きあがったデクはへにょんと眉を下げている。それに対してフンと鼻を鳴らしただけのバクが次はわたしも起こしてくれると待ち構えていたのに、「なに寝てんだはよ起きろや」と言い捨てられた。え、なにそれ冷たくない? と思ったけど、触れるのを躊躇ったのかと気づき微笑む。バクっては肉食系に見えて草食系なんだからぁ。
    この調子でデクにちょっかいをかけてバクに嫉妬させよう! バクは嫉妬させられるし、デクにもアピールできる! 正に一石二鳥だわ!

    「じゃあ今日は」
    「俺がやる」
    「うぇ?」
    「俺がこいつのこと見とくから、お前はテキトーに鍛えとけ」
    「え? いいの?」
    「やるっつっとんだろ。いいからさっさと行け」
    「あ、うん。わかった」

    えー まさかの展開すぎる! 一回だけでそこまでする位嫉妬するの 思わず出そうになった声を飲みこむため口を手で覆ったわたしグッジョブすぎる。こういう時きゃーとか騒ぐ女は嫌いだって言ってたもんね。

    「じゃあ、よろしくね?」
    「おう」

    ちらちら何度も見ながら奥のトレーニング機器のほうに行ったデクが見えなくなると、「さて」とバクが呟いた。一体どんなイチャイチャが、と胸をときめかせるわたしの前で竹刀が出てきた。え? 竹刀?

    「こんのクソモブがァ……、少し痩せたくらいで調子乗ってんじゃねえ! てめェの体はいまだ脂肪だらけだということを忘れンなクソアマ!」
    「く、くそ」
    「いいか! 今日はこのメニューをこなさない限り帰れねえと思えや!」

    ビッと見せられたメニューらしきものは一日でこなす量ではなかった。いや無理ですってと首を横に振ってもバクは頑として譲らない。

    「つべこべ言ってねえでとっとと動けやクソデブが! くっちゃべってる時間が無駄なんだよ!」

    スパァンとこれまた聴き慣れた音が聞こえてくると体が反射的に動きだす。ひぃぃぃと悲鳴をあげてもバクは一切手を緩めなかった。



    ***



    道行く人が振り返る。男からは羨望。女からは嫉妬。みんなわたしを見るから気分がいいったらありゃしない。
    凱旋パレードでもしているくらい大きな身振り手振りをしても余裕で通れる扉を通って中にいけば、この一年間いつも笑顔でサポートしてくれたデクがいた。

    「あっ、こんにちは!」

    今日も眩しいくらいの笑顔だ。その可愛らしい笑顔につられてわたしも自然と笑顔になる。

    「今日で最後ですね……。なんだか寂しいですね」

    言葉通り寂しそうに笑うデクにキュンとする。一番はわたしだとしても、女から見てもずっと変わらず可愛い男の人っていうのもなかなか居ない。それも今日で見納めと思うとつられて寂しくなりかけたけど、今日はバクとの付き合った記念日になるからまた会えるわと思い出した。

    「そんな顔しないでください。別に今日が今生の別れってわけじゃないですよ?」
    「た、確かに! そうですね、なにも悲観的になることはありませんね!」

    パッと表情を明るくしたデクにほわほわする。なんというか、庇護欲を掻き立てる人なんだよなあ。
    ニコニコするデクにニコニコしていると奥の扉が開いた。顔を出したのはバクで、汗をタオルで拭きつつ現れた姿にドキドキする。バクもバクで変わらずかっこいい。

    「ンなトコでなにしとんだ」
    「ああ、今日で最終日だから寂しいねって話してたところ」
    「あ? ああ、そうだな」

    実に興味なさそうな顔のバクにデクが苦笑する。確かに、字面だけ見るとどうでもよさそうに聞こえるもんね。でも安心して! わたしたちはこれから恋人として続くし、その流れでデクとも交流できるかもしれないってわかってるから!
    自信に満ち溢れたわたしは最後にアンケートに答えてもらうからという理由で一時間早く終わるトレーニングを始めた。今日はデクの指導のもとだったので、バクのスパルタレッスンに泣くことなく平和だった。

    「……はい! これでトレーニング終了です! お疲れ様でした!」

    パチパチと拍手するデクに深々と頭を下げる。これからも会えるとはいえ、こうやってダイエットに付き合ってもらった今までのことを思うとちょっと泣きそうだ。
    いつもより気合を入れた私服に着替えて出ていくと、二人が揃ってわたしのことを待っていた。笑顔のデクからバインダーを受けとってアンケートを記入する。この時間が終わるのは勿体無い気がして無駄に時間をかけたけど、いつまでも書かないのもそれはそれでおかしいからのろのろ埋めた。

    「はい、確かに受け取りました!」

    全項目が埋まっていることを確認したデクにこくりと頷くと、バクが袋をずいっと差し出してきた。反射的に受け取って中を覗くわたしに「景品」とだけ言ってきた。

    「さすがに説明が足りないよ……。それは最後まで参加してくださったモニターの方全員にお渡ししています。中身は」
    「タオルとボールペンっつー粗品と生活習慣病予防のパンフ、あとは俺たちのグッズ」
    「結局説明するのかよ」

    苦笑するデクの隣でバクはふんぞり返っている。その様子も長い時間見ていたので、これからはもうそうお目にかかれないと思うと感慨深い。思わず涙ぐんでいると、「あー……」というバクの歯切れの悪い声が聞こえてきた。

    「まあ根性はあったんじゃねえの。今後はてめェでちゃんと管理して、またあのクソデブ状態になンじゃねえぞ」

    これは褒められている……のか? 多分褒め言葉なんだよね? え? これ褒められてるの? 最後貶されてなかった?
    そんな感じでクエスチョンマークが飛びまくるわたしに対してデクは「かっちゃん……!」
    といたく感激していた。なんだったらわたしの前だと言いかけてもなんとか出してなかったかっちゃん呼びを出していた。
    チッと舌打ちをしたバクがデクの頭に手を置いてわしゃわしゃかき混ぜだした。その勢いに負けてぐらぐら揺れているデクを微笑ましく見ていたら、次の瞬間衝撃的な光景を目の当たりにすることになった。
    デクに肩を回したバクがそのまま距離を縮めて頬にキスをした。といっても限りなく唇に近い場所で。それも二回。

    「ちゃあんと言いつけ守ったんだから、ご褒美もらっていいよな」
    「い、いや、それは二人きりになってからで」
    「いいだろ別に。こいつに散々見せつけてきたんだし、今更だろ? なあ?」

    肩に回した手でデクの耳たぶを弄るバクがそう投げかけてくる。え? という意味で「はい?」と言ったのに「ホラはいだってよ」と都合よく解釈された。
    そこからはバクがもう片方の手でデクの頬を撫でだしたり耳元で名前を呼んだりしはじめ、デクはデクで顔を真っ赤にしながら「やめてよぉ」とバクの胸を弱々しく押していた。なんだこれは。一体何を見せられているんだ?

    「あのぉ……」
    「ああ、そういやまだ礼を言ってなかったな」

    デクの耳たぶを弄っていた手で唇を触りだしたバクがニタリと笑いながらこちらを見た。その目は到底正義側の顔ではなく、そういえば敵っぽいって有名なんだっけという情報が脳裏を過った。

    「ありがとよ、てめェがクソみてえな個性をかけてくれたお陰で、こんな簡単にオトすことができたわ」

    すりすり撫でられてトロンとした顔になっていたデクがムッとして「かんたんって」と呟き唇を尖らせると、バクがその唇をちゅっと吸って目を細めた。

    「想定より早くオトせたから、予定を前倒しでイロイロできて嬉しいってこと」
    「……ほんと?」
    「ホント」

    恥ずかしそう、だけど嬉しそうな顔で笑うデクはそりゃあもう可愛かったし、そんなデクを愛おしそうに見つめるバクもイケメンだった。

    「てめェのクソ個性には一応感謝してっから、俺のデクに色目を使いやがったことは大目に見てやる。ただし、次はねェぞ」

    ギロっと睨んできたバクにがくがく頷き荷物を掴み外に飛びだした。来るときはあれほど楽しみだった帰り道をわたしは一人で爆走した。


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