アイドルパロ「タクタケ匂わせ」「武道!」
背後から名前を呼ばれて振り返る。
名前を呼び捨てにされることは、ほとんどない。
最近では、武道は「花垣」か「タケミっち」なのだ。
どこに行っても誰からでも「タケミっち」「タケミっちくん」「タケミっちさん」と呼びかけられる。
振り返った先にいたのは、見覚えのない男だった。
物凄いイケメンだ。
業界的に顔が良い男を見慣れるようになった武道でも、おおっ!と思うくらいハンサムだった。
明るい色の髪を肩より長く伸ばしていて、長い睫毛に縁取られたタレ目に色気がある。
一度見たら忘れられないタイプのイケメンだったが、相手が親しげな態度なのに関わらず、すぐに心当たりを思い出せなかった。
最近会ったわけではない。
そう思った瞬間に、武道の脳裏にパッと懐かしい少年の顔が思い浮かぶ。
「タクヤか?!マジで?!」
面影はある。昔も、一目見たら忘れられないような透明感のある美少年だった。
しかし、もう10年以上会っていない。
すぐに顔が一致したのは、武道の十数年の密度がスカスカで覚える顔が極端に少なかったのと、子供の頃に人の顔と名前を覚える必要がある仕事をしていたせいで、相手の容姿が変わっても顔と名前を一致させるという認知能力が高くなっているせいだ。
「…覚えててくれたんだ?」
タクヤは微笑んで歩み寄ってきた。
「覚えてるよー!お前メチャクチャ美少年だったじゃん。今もすげーイケメンだし!」
武道の言葉に、タクヤは一瞬キョトンと不思議そうな顔をしてから、軽い笑い声を上げた。
「武道の方が可愛かっただろ。全然変わってない。一目でわかったよ」
タクヤの笑い声に合わせて武道も、ははは、と乾いた笑いを溢す。
童顔である自覚はあるが、子役時代と変わってないと言われるのは、さすがに複雑な気分だ。
山本タクヤは武道が子役時代に出演した連続ドラマの主人公だった。
小学校が舞台の怪談がテーマのドラマで、子役が多数出演していた。
舞台で活躍するようになってからは、映画には短いカットで数本出たが、ドラマの仕事は断っていたので、武道のドラマ出演作は結局そのドラマだけになってしまった。
細切れに順不同で撮影されるドラマは、武道には演技を矛盾なく継続させることが難しく苦手だったせいもある。
タクヤは当時からたくさんいた子役の中でも抜きん出て顔が可愛く、大人の言うことを素直に良く聞いて演技も器用だったので、大手事務所所属だということを差し引いても、主演に相応しい子役俳優だった。
二人は事務所も違って、演技へのアプローチも異なり、あまり共通点はなかったが、家が近かったせいもあって仲良くなった。
あまり学校に行かなかった武道にとっては、幼馴染みと言ってもいい存在かもしれない。
次の仕事の時間が迫っていると言うタクヤと、その場はすぐに別れることになり、また改めて連絡を取り合おうと連絡先を交換した。
「タケミっち…お前、mizo-chu(ミゾッチュ)のヤマタクと知り合いなのか?!」
楽屋に入ろうとすると、千冬が扉から顔を覗かせていた。
腕を引かれて引きずり込まれると、後ろ手に扉を閉めた千冬に問いかけられる。
「み、みぞっちゅ?…何それ?」
聞き慣れない単語に問い返すと、更に驚いた千冬の声が大きくなった。
「mizo-chu知らねーの?!そんなことある?!」
実際に武道は知らないので、そんなことはあるのである。
流行に敏感ではない自覚のある武道は、まだ自分を非常識とは思っていなかった。
「え?!日本人でヤマタクのこと知らないヤツいんの?!」
「ヤバくね?!ナニ人だよ?!」
「…本当に平成の日本を生きて来たのか?」
「帰国子女だったりする?」
しかし、他メンバーからも口々に重ねて問いかけられると、さすがに自分の非常識さを感じる。
「そ、そこまで有名なんだ?」
レンタルビデオ店に勤めていたし、映画なら少しは詳しい。しかし、ドラマはあまり観る習慣がなかった。
テレビはバラエティなら観ていたが、出演するアイドルを認知したことはない。
それに、山本タクヤは例の事務所のタレントだった。
デビューした後も、あの名前を呼んではいけない事務所に関しては、タレントの顔を覚える必要を感じていなかったのだ。
あの事務所は基本的に他事務所のボーイズグループとは共演NGとなっていて、同じ雑誌に掲載されることさえほぼないので、仕事の場で顔を会わせることがないのが確定している。
さまざまな冠番組を持っているのは知っていたが、自分が呼ばれることはないと思って勉強していなかった。
芸人や、他の事務所のアイドルに関しては共演する時に勉強したりもしたが、あの事務所のタレントだけは完全にスルーしていた。
現在の日本の芸能界で、ボーイズグループに所属していながら、例の事務所のグループもタレントもほぼ知らないという恐ろしく偏りのある知識を持つ人間が出来上がってしまっていたのである。
何も知らない武道に、千冬が懇切丁寧に説明してくれる。
山本タクヤは、例の事務所で一番売れているアイドルグループ「mizo-chu(ミゾッチュ)」のセンターである。
ヤマタクの名で親しまれ小学生から老人まで、ほぼ知らない者はいない知名度を誇っている。
雑誌の抱かれたい男ランキングでは常勝1位。
ベストジーニスト殿堂入り。
出演ドラマは毎回視聴率40%越え。
全女子の恋人、全男子の憧れ。
平成を抱いた男。
ちなみにグループ名は「未曽(みぞう)のグループ」という意味であるらしい。
「chu」の意味は永遠にわからない。あそこの事務所のグループ名は名物社長がフィーリングで考えた後に後付けで適当な理由付けをしていると真しやかに言われている。
「お前、なんでヤマタクと知り合いなんだよ?」
「幼馴染み…かなあ?」
グループ内で、また一つ、謎を増やす武道であった。
武道が事務所からやらされているインスタは、現在バズりにバズっていた。
フォロワー数も1万人から一気に50万人まで増えて、売れないグループの活動としてのんびりやっていた所をあわあわさせられている。
原因は連日投稿されたプライベートで友達と遊んだ時の写真だ。
良くあるコーヒーショップのコーヒーカップを片手に明らかに男とわかる手が写っていることを武道は問題視していなかったが、友達と遊んだとしかコメントしなかったのに、タクヤのしている某ブランドの日本では販売されていない指輪から、すぐにファンに気付かれてしまい、爪の形で特定された。
お揃いのブランドのニットキャップを被っていたり、同じ日に同じ店でランチを食べていたり、同じブレスレットをしていたり、「タクタケ匂わせ」がTwitterのトレンドになってしまい、タクヤは事務所からこっぴどく怒られた…らしい。
武道は、今後は気を付ける!と宣言はしたものの、スプーンに映るタクヤ、窓に映るタクヤ、武道の瞳に映るタクヤ、タクヤの好物の写真、タクヤの飼い犬の写り込み…と悪意はないが危機感もないヤラカシ写真がアップされ続け、武道の名前は世間に知られることとなってしまった。
まごうことなき売名行為である。
しかし、東卍のメンバーも事務所も、タクヤ本人も武道に悪気がないことは知っている。
武道ファンももちろん知っている。
ファンの間では既に、某ランドの隠れネズミ的に隠れタクヤを写真から探す遊びが定番化されつつあった。
武道が友達と言うと、それは10割タクヤのことなのだ。
売名行為止めてください!というヤマタクファンからのコメントは、タクヤが番組で嬉々として武道とお揃いのペンダントをしていたことにより消えた。
今はもう、タクヤの動向を知りたいファンも武道のインスタに張り付いていて、タクヤの情報が撒かれると感謝のツイートが咲き乱れるようになっている。
その際に使われるハッシュタグも「#さすみち」だったため、Twitterでも連日トレンド入りした。