ロトの剣その剣は想像よりもずっと細身だった。
祖国の建国者たるご先祖様は竜を素手で倒すほど筋骨隆々だったと聞いていたから、その剣もまた大きく重く並みの者では扱えない、そんな代物だと思っていた。
事実、今までに入手したロトの兜も盾も重すぎてアレンしか装備できない。
(家宝の盾すら装備できないとは……)
サマルトリアの城で自分がロトの盾を装備できないと理解した時は思わず一人嗤ってしまった。その場に父も妹も居なかったことにホッとしている自分が少し意外だった。なんとなく自分には装備できないだろう、そう思っていた、分かっていたはずなのに。
「カイン、君が使わないか?」
不意に声をかけられ意識が現実に引き戻された。
「……へ?」
その言葉の意味がすぐには飲み込めなくて、いつも以上に間の抜けた顔をしていたに違いない。
「俺は先日おおかなづちを新調したから。カインがこの剣を使った方が全体として戦力アップするし。この大きさなら君も……」
アレンに気を遣わせてしまった、瞬間そう思い「いや、君の方が……」
そこまで言って言葉に詰まる。
(似合うから……)
今はそんな話はしていない。アレンは単純にパーティとしての最適解を提案してるだけだ。それが分からないほど馬鹿じゃない。
「いや、うん、そういうことなら。……でも、僕に扱えるかなぁ。」
自分には扱えないかもしれない。一抹の不安を隠し、平静を装い普段通りの口調で答えてから改めて古の剣、ロトの剣に向き直った。
想像よりもずっと繊細で美しい剣。しかしよく見れば全身から力強い気を放っていて。
(僕にこの剣を手にする資格はあるのだろうか……)
放っておくと漏れ出てしまう邪念を振り払い恐る恐る柄を握ると、古の剣は驚くほど手に馴染んだ。
ほっ、と安堵の息が漏れた。
(僕に力を貸してくれるかい……?)
そう剣に語りかけ、刀身を掲げて矯めつ眇めつ見てみれば、古の御業の見事さに心が震えた。
「よく似合っているわ。素敵よ。」
マリアの世辞に思わず頬が弛む。
「……僕でも、扱えそうだよ。」
そう言いながら振り向くと、いつになく眩しそうに目を細めたアレンが小さく、しかし力強く頷いていた。
ロトの剣を握っても、自分がロトの子孫だという実感は思ったほどは湧いてこない。だけど、この剣に恥じない自分でいたい。
ご先祖様、どうか僕に強さと勇気を……!
剣の柄をギュッと握りしめ、強く強く祈った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
その剣は想像通り細身で美しい剣だった。
祖国の建国者たるご先祖様は武術のみならず魔法の才にも長け、竜族の王たる竜王にも引けをとらなかったと聞いていたから、その剣は力任せの無骨な剣とは一線を画したものだろうと漠然とではあるが思い描いていた。
想像通りの繊細で美しい剣。しかしよく見れば全身から力強い気を放っていて。それはまるで……
「カイン、君が使わないか?」
古の剣を静かに見つめるカインに声をかける。カインは大きな目をさらに大きく見開いて首を傾げた。
(俺には相応しくないから……)
魔法が使えない勇者なんていない。勇者の剣は勇者のものだ。俺は勇者ではない。
「俺は先日おおかなづちを新調したから。カインがこの剣を使った方が全体として戦力アップするし。この大きさなら君も……」
「いや、君の方が……」
全て言い終わる前にカインが口を挟んだ。
(なぜ遠慮する?君こそが勇者なのに。)
兜の時も盾の時もカインは決して自ら手を出そうとはしなかった。結果として前線に立つ自分が兜も盾も装備しているが、本来は勇者のものなのだ。
カインは目を泳がせて一瞬何かを考えたようだった。
「いや、うん、そういうことなら。……でも、僕に扱えるかなぁ。」
そう言いながら古の剣、ロトの剣を手に取り構えたカインの姿は、幼き日より憧れ続けた勇者のそれで。
「よく似合っているわ。素敵よ。」
マリアの声で自分がほうけていたことに気づく。
「僕でも、扱えそうだよ。」
そう言いながら振り向くカインは、光り輝いていて眩しくて、目を細めながら頷き返すことしかできなかった。
ロトの兜と盾を身につけていても自分は勇者ではない。だけど、勇者にはなれずとも勇者の最強の盾でありたい。
ご先祖様、どうか俺に強さと勇気を……!
ギュッと握った拳を胸に押し当て、強く強く祈った。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
その剣は文献通りの美しい剣だった。
鍔にあしらわれたロトの紋章は黄金色の比翼を左右に伸ばし、中心で宝玉が紅く燃えている。刀身は今まさに生み出されたばかりと見紛う程の輝きを湛え、暗い洞窟内をほのかに照らしているようだ。
「ロトの剣……」
思わず声が漏れる。
「これが……!」
二人の王子が声を揃えて驚く。その同調が微笑ましい。
剣を見、お互いを見、また剣を見つめている。
(どちらがこの剣を使うか……を考えているのね。)
見たところロトの剣は比較的細身なので、アレンはもとよりカインも使いこなせそうである。
(でもカインは……自分から使うとは言わないでしょうね。)
既に手に入れたロトの兜も盾も、結果としてアレンしか装備できなかったのだけれども、カインは触れようともしなかったのだ。
(何かを恐れている……?)
あの時はそう感じたけれど、普段のカインは飄々としているので、あまり気に留めてはいなかった。
先に切り出したのはアレンだった。
自分は既に同程度の攻撃力の武器を持っているからと、カインにロトの剣を勧めている。
最初少し遠慮するような様子だったカインも断る理由がないためか、最終的には同意した様だった。
(まぁ、それが一番よね。)
アレンが防具をカインが武器を、それが最も有効なロトの装備の使い方だろう。
私たち一人一人の能力はご先祖様一人に匹敵しないかもしれない。でも……
三人で力を合わせれば、ご先祖様三人分以上の力が出せるのではないか、私はそう信じている。
「よく似合っているわ、素敵よ。」
本心からカインに声をかける。伝説の剣を手にしたカインはいつもより凛としていて心なしか輝いて見えた。
「ロトの兜と盾と剣。あとは鎧だけね。鎧が見つかったら今度は私の番かしら?」
伝説の武具をそれぞれ装備した二人の王子に目配せする。
「なんてね。私にはどれも重すぎるから、私はこちらをいただくわ。」
ポシェットからロトのしるしを取り出し掲げて、どこか少し決まりが悪そうな二人に微笑みかけた。
伝説の武具を装備できなくても私はロトの子孫。彼らと共にその使命を果たし、そしてムーンブルクを再建する。
ご先祖様!どうか私に強さと勇気を……!
ロトのしるしをギュッと握りしめ、強く強く祈った。