はじまりの雨 ふたりの出会いは、雨の日。
トントン、パシン。張っているが、どこか鈍い音。壮五はくるりと視線を巡らせ、音の出所を探した。
こんな土砂降りに外に出ようと思う人間はいないだろう。そう思ったが、どうやらそれはその雨の中から聞こえてくるようだ。
担任教師から頼まれたノートを数札抱えたまま、壮五は渡り廊下を向こうの校舎へと急いだ。今日は廊下も階段も濡れていて、気をつけないと上履きがすぐ滑りそうになる。
キュ、と足元で高い音を鳴らし、立ち止まる。二階の廊下の窓。もしかしたらと思い、外を覗いてみた。授業中、教室から見た校庭は水浸しだったが、裏にあるバスケットコートはゴム製だからか、水溜まりひとつない。
そこに、彼はいた。
「っ……」
カララ、窓を開けると、少し荒い息が聞こえてきた。ドリブル、シュート。ゴールがボールを弾いても、すぐにリバウンドをして、またシュート。
バスケットの知識は人並み程度しかなかったが、彼がそれに夢中になっていることは離れたところにいても伝わってくる。羽織っているパーカーは元の色が分からないほど雨を吸い込んでいるから、中に着ている制服も濡れてしまっているのだろう。それでも、彼は楽しそうにボールと共に跳ねている。
「風邪引いちゃう……」
呟いたのは無意識だった。壮五の視線は、高く高く跳ぶ、背中。
「あっ」
キュ、とコートの中で高い音が鳴った。シューズがゴム製の地面を滑り、ボールを取りに行った体が大きくバランスを崩す。しかし、彼は諦めなかった。限界まで手を伸ばし、ボールを掴み、そして、放った。ボールは回転しながらゆるやかに弧を描き、パシュッ、気持ちのいい音と共にゴールへと吸い込まれた。
「っ、すごい! 入った!」
「へっ?」
思わず出した大声を聞き、コートへ滑り込むように倒れた彼がパッと振り向く。知っている顔だった。水色の髪。着崩された制服、胸元で揺れるアクセサリー。生活指導の教師が注意しているところを何度か見かけていた。が、それだけではない。バスケットボール部の部長である同級生が、今年は見込みがあるのが入ってきた、と喜んでいたことを思い出す。
確か、名前は。
「四葉……環、くん」
今もまだ土砂降りの雨だ。距離で言えば50メートルほど。二階の廊下にいる壮五の小さな声が聞こえるはずもないのに、環はまっすぐに壮五を見上げ、へへ、と屈託のない笑顔を見せた。
「なあ! もう一本入れるから、見てて!」
「えっ」
長い腕を伸ばし、ぶんぶんと手を振ってくる。下校時間をとっくに過ぎている今、校内に生徒はほとんど残っていない。確認するまでもなく、それは壮五に向けてだった。
「え、と……」
何か返した方がいいのだろうかと思い、ひらり、遠慮がちに指先だけを振ると、環は満面の笑みを見せ、「ちゃんと見ててな!」と更に声を弾ませた。
濡れた髪からぽたぽたと滴が落ちている。しかし環はそんなことは気にも止めず、転がっていたボールを手にし、止まない雨の中、さっきよりも楽しそうにゴールへと向かっていった。
「……本当に、楽しそう……」
パシン、ボールが弾む音。キュ、スニーカーが擦れる音。どれも不思議と耳に心地いい。
いつしか壮五は夢中でその姿を見つめていた。