Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    まさよし

    https://lit.link/ma34p

    ☆quiet follow Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 18

    まさよし

    ☆quiet follow

    オーカイ

    ヘクセンハウス 気づいたら知らない街にいた。どうしてここにいるのかと思い返そうとしたが、それもできなかった。中央でケーキ屋を回っていたんだっけ。ああでも、西で流行ってるらしいお菓子を買っていた気もする。そういえばくだらない任務で南に行くように言われていたかも。そんなふうに、思考が定まらない。だから僕は、今がいつなのかも、ここがどこなのかもわからない中で、街をさ迷うことになった。転移魔法は得意じゃないし、知っている場所までどのくらいの距離なのかもわからないから、見覚えのあるところに出るまで歩き続けることしかできなかった。
     ある場所で、自然と足が止まった。こじんまりとした家の前だった。立ち並んでいるほかの家と似たようなもので、特に目を惹かれるようなものではない。でも、ここに入らなくちゃいけないと思った。手が勝手にドアベルを鳴らしていた。
     家の中からばたばたと人が動く音がして、その足音がこちらに近づいてきて、それからすぐ、ゆっくりと扉が開いた。扉を開けたのは、カインだった。カインは一瞬驚いたような顔をしたけど、大きく扉を開けて僕を家に招いた。
    「おかえり!」
     カインは明るい声でそう言った。僕の口からは当たり前のように、ただいま、と返事の言葉が出ていた。ちょうど晩飯が出来上がるところなんだ、かけててくれ、と言われて、これまた当たり前のようにダイニングチェアに腰かけた。
    「なにこれ。こんなのいらない」
    「しっかり食べろよ、甘いものばっかり食べてると健康に悪いぞ」
    「こんな肉と油ばっかりのもの食べてても同じでしょ」
     カインは、うーん、そう言われると確かに……と、痛いところを突かれた、と言わんばかりの顔をしていた。やっぱり野菜も摂らなきゃな、と結論が出て、じゃあこれからは野菜も出すからな! と、また明るい声で告げられる。甘いものがいい、と言ったがすぐに却下された。生意気。
    「玄関に箒あったけど、どこか行くの?」
    「ああ。アーサー……様から、じきじきに言われたんだ。会議に同席してほしいって」
    「ふーん。騎士様が役に立つとは思えないけど」
    「うん、だから断った」
    「……は?」
     騎士様はにこりと笑っている。苦渋の決断というわけでもないらしい。意味がわからなかった。まあ、おまえなりに頑張りなよ。泣いて帰ってきたらもっといじめて忘れられない日にしてあげるから。そんな、喉から出かかっていた言葉が行き場を失った。
    「おまえ、騎士なんだから、主君が……あの王子様が一番大事なんだろ? 王子様が言うなら、役に立たなくても行くべきなんじゃないの」
    「うーん、役に立たないから断ったって言うのはうそかな」
     主君の言葉に逆らった上に、僕にうそまでついた。騎士様はどうしちゃったんだろう。怒りと、少しの不安を覚えていたとき、騎士様は笑顔のまま言った。
    「おまえの誕生日だから」
    「……なに言ってるの?」
    「今日はおまえと一日一緒に過ごしたくてさ!」
     聞いた瞬間、固まってしまった。からかっているようには見えない。カインは僕のことを、恋人を見るみたいに、愛おしそうに見つめている。
     カインは、騎士だ。主君に忠実、民を守るのが仕事、自分のことなんて二の次、魔法でずるなんて絶対しない。誠実で、平等で、誰にでも優しくて、誰にでも真剣に向き合って、誰にでも分け与える。カインは、実直でよごれのない騎士様で……。
    「でも、こうしてほしかったんだろ?」
     カインは笑顔のまま言う。こうしてほしかった? 主君の命令に背いて、僕のそばにいてほしかった、って、そういうこと? そう思ったから、そのとおりにしたって?
     信じられなかった。からかうことさえできない。怒鳴りつけてやりたいと思った。なに考えてるの、騎士のくせに、そう叫んでやりたかった。でも、本当に、心からそう思っているはずなのに、喉からその言葉は出てこない。
    「ちがう、僕はそんなこと……」
     望んでるはずないだろ、って、言い切れるはずなのに。子どもが言い訳するみたいな、情けない言葉しか出てこない。声だって震えてる。
    「本当は、誰よりも優先してほしかったんだろ?」
     カインは、テーブルの上に置いていた僕の手を引き寄せて、壊れ物を扱うように、両手で大事に包み込んだ。優しいぬくもりだった。知らない温度だった。
    「ちがう、ちがう! 僕が、好きだったのは……」
     手を振り払って、勢いのまま立ち上がって叫んだ。けれど、その勢いが続いたのは最初だけで、それ以上なにを言えばいいかわからなかった。
     僕の言葉を聞いたカインは、きょとんとした目をしてから、声を上げて笑った。
    「はは! いつもあんな態度だけど、本当は好きでいてくれたんだな?」
    「……は? 変な勘違いするなよ!」
    「うれしいよ」
     カインは、さっきまで僕をからかって笑っていたくせに、打って変わって凛とした静かな声で言う。友達や仲間に冗談で言うような声じゃなかった。愛する人と、愛が通じあったよろこびを噛みしめるような、そんな声だった。
     ちがう。言ってよ。気持ち悪いこと言うなよ、って。あんな態度取っておいて、好きだなんて今さら信じられない、って。おまえの性根は悪いやつだ、俺は今でもおまえのことをずっと憎んでる! って、僕をにらみつけて、剣のひとつでも振ってみせてよ。
    「おまえが俺のことを好きでいてくれてうれしいって、本気で思ってる」
     僕がどんなに思っても、カインは幸せそうな顔のまま、あたたかい声で言い続ける。聞きたくない。おまえが言わないなら僕が言ってやる。気持ち悪いこと言うなよ。聞いてるだけで吐きそうになる!
     僕は、おまえの目を奪ったんだよ。これだって、いつか取り返すんでしょ? 今すぐには叶わなくても、もっともっと強くなって、それから、目を奪った悪い魔法使いをやっつけるんだ。騎士様ならそうするはずでしょ?
    「その目も、おまえにやる」
     僕の考えていることを見透かしているようにそう言って、カインは左目を隠す前髪を横に流した。
    「好きな人の一部になれたんだ、幸せだよ。それに、このおまえの目、気に入ってるんだ。血の色みたいに怖いのに、目を離せないくらい綺麗だ」
     それからすぐ髪を戻して、立ったままでいる僕を上目遣いに見上げて笑った。
    「だから、これからはずっと俺の目だ」

     もうなにも言えなくなって、寝室に入ってベッドに寝転がった。寝室は二階を右に曲がってすぐのところにある。ベッドは二つ。僕のベッドのほうが少し大きい。カインはこの季節にまだタオルケットみたいなぺらぺらの布団で寝ている。信じられない。……ここはどこなんだっけ。
     しばらく天井を見つめていると、階段をのぼる足音が聞こえてきた。起き上がり、ベッドのふちに腰かける。そこでちょうど扉が開いて、カインが飲み物を持って部屋に入ってきた。
     ほら、とジュースの入ったグラスを渡される。晩飯に甘いものは出せないけど、これくらいならな、と笑っている。僕がいつなにを食べようが飲もうが、おまえの許可なんか必要ないんだけど。そう言ってやりたいはずなのに、僕には黙ってグラスを受け取ることしかできなかった。
    「……本当に?」
     突然、自分の口から声が出てきた。
    「本当に、僕が一番?」
     理解が追いつかない。ちがう。こんなこと聞きたくない。
    「僕が、今日はそばにいて、って言ったら、そうしてくれるの?」
     気持ち悪い。こんなこと、こんなこと聞きたくない! なんでこんな言葉が出てくるの。なにも答えないで。お願いだからなにも言わないで!
    「ああ、なにが起きても、ずっとおまえのそばにいる」
     願っていたこととは真逆の、真剣な声が返ってくる。それからカインは横に座って、また僕の手を取って握りしめた。振り払わなきゃ。気持ち悪いって言わなきゃ。おまえ、おかしいんじゃないの、って。そんなこと僕が望むはずないだろ、ばかなこと言うなよ、おまえは騎士なんだろ、って。
    「王子様に呼ばれても? 盗賊が街を襲っても? 魔物に人間が食べられていても?」
    「おまえが、そっちに行けって言うなら行くけど。そばにいてって言うなら、そばにいる」
     思っていることがなにも言えなかった。自分で自分が信じられなかった。そしてそれ以上に、騎士様の言っていることが信じられなかった。
     だって、そんなの騎士じゃない。私情にとらわれて、守るべきものも守れないで、そんなのただの人間だ。人間以下だ。困っている人に手を差し伸べる、その程度のことすらできないなら、人間ですらない。悪い魔法使いだ。堕落した、悪い魔法使い……。
    「俺は騎士だよ。おまえだけを守る騎士だ。おまえの好きな、誠実で優しい、主君を守る騎士」
     騎士様は、大丈夫、と落ち着かせるように、握っていた手を離して、今度は僕の肩を引き寄せた。触れている部分があつい。熱に浮かされているみたいで、なにも考えられなくなる。
    「おまえだけ迎えに行くよ。白馬の王子様だって、迎えに行くお姫様は一人だけだろ?」
     いやだった。吐き気がした。騎士様の言葉もそうだけど、それよりも、一瞬喜びそうになった自分がいやだった。
     ちがう。おまえは、みんなが大事なんだ。優しくて、幸せで、あたたかいみんなが大事で、それを命にかえても守るんだろ。
     でもおまえは、そのみんなの中に、僕を入れてくれた。悪い魔法使いの僕を入れてくれた。それだけでよかった。それ以上のことはいらなかった。僕だけを特別に思ってほしいなんて、そんなこと、願うはずがない。
    「俺も」
     カインは優しく、子どもにおとぎ話を読み聞かせるような声で話し始めた。
    「はじめは、木の棒を振ってたんだ。おもちゃの剣が欲しかったけど、言っても買ってくれなかったから。だけどその次の誕生日に、それをプレゼントしてもらったんだ! あの頃はまだ子どもで、剣の握り方も知らなかったけど、それがうれしくてたまらなかった。……でも、それじゃ満足できなくなるんだ。おもちゃの剣だってうれしかった。ずっと欲しかったんだ、手に入れたときはすごく喜んだ。これだけでいいって思ったはずだった。でも、やっぱりだめなんだ。今度は、おもちゃの剣を振って遊ぶんじゃなく、ちゃんとした剣術が習いたくなる。そうしたら次は、本物の剣が欲しくなる」
     言い終えたカインは、僕のほうを向いた。目が合って、カインの横顔をずっと見つめていた自分に気がついてばつが悪くなったけれど、カインはそんなこと気にせずに微笑んだ。
    「それってそんなにいけないことか?」
     カインは僕の返事を待っていたようだった。でも僕は、なにを言っていいかわからなくて、ずっと黙っていた。カインはそれを怒るでも返事を急かすでもなく、また話し始めた。
    「置いていかれないだけでうれしかった。みんなと同じだって言われてうれしかった。でもいつしか、誰よりも自分を優先してほしくなった」
     そう言ってから一呼吸して、少し間を空けてから言う。
    「それのどこが悪いことだと思う?」
     カインは微笑むのをやめて、真剣な目で僕を見つめた。逃げ出したいくらい苦しいのに、すがりつきたくなっている自分がいた。許されたい、今なら許してくれる、そう思ってしまった。そもそも、そんなこと望んでないのに。
    「……おまえのたとえは間違ってる」
     悪い考えを振り払って、なんとか今度こそ、思っている言葉を口にできた。
    「騎士様は、みんなを守る騎士様なんだ。主君の命令は絶対だけど、それ以外は誰も贔屓しない。善人でも悪人でも、大人でも子どもでも、みんなに優しくて、みんなを助けるんだ。それを独り占めしたいなんて、そんなの悪いことで」
    「悪くなんかない」
     必死に言葉を並べていたのに、最後まで言えないまま言い切られた。そんなふうに言われると、それが正しい言葉なんだと勘違いしてしまいそうになる。本当に? 僕は悪くないの? 僕だけを助けてほしい、僕だけに手を差し伸べて、僕だけにすべて与えてほしい。そう思うのは悪くないことなの?
     ちがう。こんなこと、今まで一度だって願ってない。こんな気持ち悪いこと、冗談でも考えたことなかった。そのはずなのに、このままカインを抱きしめてベッドに倒れ込んで、それから、なんてことが頭によぎってしまった。
    「おまえは、騎士が好きなのか? それとも、俺が好き?」
     さっきまであんなに自信にあふれていたカインが、少し弱い声で聞いてくる。
    「誰にも心を揺さぶられない強い騎士が好きなら、ここを出て、そいつを見つけたらいい」
     寂しそうな声でそう言ったあと、今度はカインのほうが、すがりつくような目で僕を見つめながら言った。
    「でも、みんなの騎士でいなきゃいけないのに、大切な人を……おまえを特別に思ってしまう、弱い俺を好きでいてくれるなら。ずっとここにいてほしい」

     黙り込んでいる僕を、カインはじっと見つめ続けている。でも、どれだけ視線を浴びようと、答えが出なかった。べつに、どっちも好きじゃない。僕はただ、清廉潔白な騎士様が堕落するところが見たくてからかってるだけ。この世界はみにくくて汚くて、なにも期待しちゃいけないところだって答え合わせがしたいだけ。だから、そう言えばいいのに。どっちも好きじゃない、こんなところもう出ていく、って言えば、それで済む話なのに。
    「……入ってきたあの扉」
     なにも言わない僕を黙って見つめ続けていたカインが、ゆっくりと口を開いた。
    「明日になったら、開かなくなる」
     え? と、思わず声が出た。カインはそれを無視して話し続ける。
    「そうしたらずっと一緒だ」
     感情の読み取れない声だった。どちらかといえば、優しい声なのかもしれない。でも、今にも泣き出しそうな顔をしていた。こんなこと思うはずないのに、抱きしめて、大丈夫って言ってやりたくなった。おまえと一緒になんかいられない、ってあざ笑ってやるほうがずっと楽しいはずなのに。
     結局そんなことはどっちもできなくて、僕はやっぱり黙ったまま座り続けていた。ああでも、行かなくちゃ。ずっとここにいちゃいけない。こんなところにいちゃいけないって、本能、みたいなものがそう告げてくる。
    「帰るなら止めない」
     ついに立ち上がった僕を見て、カインは座ったまま言った。でもそれから、僕の手をすがるように握った。
    「でも、俺は帰ってほしくない」
     目が合ってしまった。帰りたくない、そう思ってしまった。行かなくちゃ、ここから出なくちゃ、そうわかっているのに、この手を振り払うことができると思えなかった。
    「おまえだけが好きだ。おまえだけが特別。だから、離したくない」
     カインは必死にそう言って、熱のこもった目でじっと僕を見つめている。ここで、僕もだよ、って言って、抱きしめて、たとえば……キスができたら。どんなにいいだろう。ずっとずっと、ふたりだけのこの家で幸せに暮らす。それができたらどんなにいいだろう。この世界はみにくくて汚いけれど、この家だけは、愛と幸せだけに満ちている。そこにずっといられれば。
     でも、それは迷いではなかった。全部、そうであればいい、という叶わない願いだった。追いかけてはいけないものだとわかっていた。だから僕はカインを抱きしめなかったし、キスもしなかった。それから、手も振り払った。
     カインは一瞬目を見開いて、悲しくてたまらないという顔をして、それから立ち上がった。
    「……わかった。じゃあ、最後に抱きしめさせてくれないか。そうしたら俺は、それだけで残りの人生、ずっと生きていけるから」
     カインはじっと待っていた。僕に抱きしめられるのを、なにも言わずにずっと待っていた。ここで抱きしめて愛をささやけば、こいつにも僕にも、一生残るような甘い思い出ができるのかもしれなかった。
     でも僕はカインを抱きしめないまま、部屋を出て、階段をおりていった。カインは文句も言わずについてきた。玄関の扉の前で、カインは悲しそうに、けれど静かに微笑んで言った。
    「……いってらっしゃい」


     玄関の扉を開けて一歩進むと、見慣れた魔法舎の近くに出た。振り返るとそこにはなにもなかった。扉も家も、あのとき見たまわりの景色も、なにもかも。
    「ああ、おかえり。どこ行ってたんだ?」
     なんだか動けなくてぼんやりと突っ立っていたら、後ろから声をかけられた。カインだった。ついさっきまで一緒にいたはずなのに、数十年ぶりに会った気がした。
    「……おまえには関係ない」
    「関係ないって……そんな顔してたら心配するだろ」
    「なんの話?」
    「なんていうか、疲れ切った顔してるから。おまえがそんな顔するなんて珍しいな」
     疲れ切った顔、と言われ、なんとなく自分の頬に手を当てた。触ってわかるわけでもないのに。
    「あ、そろそろ行かないと……。じゃあ、あんまり無理するなよ」
    「どこに行くの」
    「中央の城だよ。アーサーから会議に同席してほしいって頼まれてて……まあ、俺が役に立つとは思えないけどな」
     カインは苦笑しながら言った。それから箒を出して、今にも行ってしまいそうだった。べつにただ見送ればいいのに、いや、見送ることもなく無視して自分の部屋に戻ればいいのに、声をかけてしまった。
    「じゃあ行かないでよ」
     カインは、え、と不思議そうな顔をして僕を見た。
    「僕、疲れてるの。そばにいて看病してよ」
    「ええ……そりゃ心配だけどさ、断るわけにはいかないんだ。悪いな」
     カインは自分の目を奪った悪い魔法使いを心配して、謝って、それから騎士の務めをまっとうするために空に飛び立とうとしていた。
    「いってらっしゃい」
     黙って見ているだけのつもりだったのに、気づけばそう言っていた。カインは驚いた様子で振り向いて、今度は笑い出した。騒がしいやつ。
    「……はは、珍しいこと聞いた! 甘いもの買ってきてやるから、部屋で大人しくしてろよ」
     まるで子どもをあやすような声で言う。カインは僕と話すとき、同い年の友達みたいに接してくるならいいほうで、こうやって世話の焼ける子どもみたいに扱ってくるときがある。まだ百年も生きてない赤ちゃんのくせに。
    「じゃあ、いってきます」
     カインは、うるさくて見ていられないような笑顔でそう言って、ついに箒にまたがって、主君の待つ国へ向かっていった。ああそうか。僕も、いってきます、くらい言ってやればよかったかな。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💖💖💖💖💖💖💖💖💖💖👏👏👏👏❤❤❤💘💘💘☺🙏🙏🙏👏👏👏💖💖💖💖
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    まさよし

    DOODLEオーカイ 現パロ 社会人してる
     日付が変わってもう小一時間経っている。予定通り進んでいれば今頃はとっくに家に帰ってベッドの中に入っているはずだったのに、現実の僕はほとんど通ったこともないような路上で寒さに震えそうになりながらゆっくり歩いている。原因は隣にいる酔っ払いで、ゆっくり歩いているのもこいつの歩幅に合わせているせいだ。
     カインのことはずっと前から気に入らなかった。第一印象から最悪だった。就活で神経をすり減らしたのだろう陰気な雰囲気の両隣のやつらと違って、まぶしいほどの笑顔で自己紹介を始めたときからずっと。実際に働き始めてからも、例の陰気そうな同期の連中に明るく声をかけて、初対面らしいのにあっという間に仲良くなっていた。先輩や上司からの印象も、ノリのいい元気な、仕事の飲み込みも早い将来有望な後輩、といったもので固まっているようだった。が、もちろん僕はそんな感情は抱いていなかった。僕はあいつに対して、弱みを見つけて壊してやりたい、その評価をなんとかしてどん底まで落としてやりたい、そんな気持ちしか持っていなかった。そのために面倒な仕事をめちゃくちゃな納期で押し付けても、あいつは、勉強になります、の一言で受け入れた。しかも僕の大嫌いなあの太陽みたいな笑顔すら浮かべているのだから最悪だった。
    5190

    recommended works