渡り廊下は誰かの舞台渡り廊下ではいろんなストーリーが生まれている。
この教室の窓際の席から、食堂へと続く渡り廊下がちょうどよく見える。
そこはただ通りすぎるだけの場所ではないということを、この席に座るようになって初めて知った。
そこは誰かの待ち合わせの場所、誰かの思い出の写真の場所、そして時には誰かの告白の舞台だった。
その場所で何度も女の子から特別な告白を受けている男の子がいた。
同じクラスの時透無一郎君だ。
私はこの一年間、放課後の渡り廊下で時透君が女の子から何か貰ったり言われたりしてる姿を数えきれないほど見てきた。
なんだって渡り廊下なんかを告白の舞台にするのか。なんとなく、「エモいから」という感情だけは私にも理解できる。でも時透君に当たって砕けてみようと思える気持ちだけは全然理解できない。
その渡り廊下で、どの女の子も時透君相手に玉砕した。その子達の涙が沁み込んだ渡り廊下だと思うと、うん。たしかにエモい。
それにしても時透君は意味がわからない。この3年間、学年で1番可愛い子も、入学してきた瞬間から他学年にまで美貌が轟くような後輩の女の子も、どんな子だって時透君の瞳には映らない。一体どんな子ならいいというのだろう。
たった一人になった教室で、私は窓際の席から渡り廊下を眺める。今日は卒業式だったので、つい数時間前まで賑やかだったそこも、今はもう誰もいなくなってひどく静かだ。
そう思っていたら、誰かが向こうからこちらに渡ってくる。
時透君だ。
制服のボタンが全部無くなっている。
私は珍妙な姿になった彼を見てくっくっと笑った。式が終わって結構経つのに、こんなところで何をしているんだろう。女の子達から逃げてきたのだろうか。
時透君が渡り廊下を渡り切ったので、私の座る席からは彼の姿が見えなくなった。
多分、彼はこの教室に入ってくる、と思った。忘れ物か何かあるんだろう。
だけど、待てども待てども誰も教室には入ってこない。
私は再び渡り廊下の方を見た。
渡り廊下には再び時透くんが立っていて、窓越しに私の方を見ていた。
時透君と目が合うのは初めてだった。
「ねぇ、君はこの舞台に立たないの?」
「どうして?」
「だって、君はいつもそこから見てたでしょ。僕が誰の告白にも応じないのを見て、ホッとしてたんでしょ。」
「なんだ、バレてたの?」
私達は窓ガラス越しに目だけを合わせて、そんな会話をした気がする。不思議なことだけど、たしかにそう感じた。
渡り廊下は静かなままだ。明日からはもう二度と見ることのないその景色の中に、時透君だけがポツンと一人立っている。
私は急に、時透君に振られるなら今が絶好のチャンスなのではないかと思えてきた。
だって今の渡り廊下、すごくいい雰囲気だもの。
私は震える足で立ち上がる。
渡り廊下では、時透くんが待っていた。
今、ここは私の舞台。
怖くて切なくて、でもほんの少しだけ誇らしい。
fin.