アベンチュリン・タクティックス ルート1 第16話:失いたくない 組長や姫子、丹恒、なのかは星にとって大切な人。みんなはいつも近くにいてくれた。彼らが“一生いなくなってしまう”と具体的に考えることはなかった。
だから、今まで人を失う恐怖を知らなかった。
時々、アベンチュリンはぼっーと遠くを見つめていることがある。どこかに行ってしまいそうな寂しい目だ。
彼の本心は分からない。疲れてぼっーとしていただけかもしれない。
だが、星はどうしてもそうには思えなくって、彼がふとした瞬間に消えてしまうのではないかとずっと怖かった。
酷い時には自分を庇って彼が逝ってしまう————そんな悪夢を見ることだってあった。
そんなのは嫌だ。
アベンチュリンは絶対に失いたくない。
だからかもしれない。
あの時は勝手に体が動いていた。彼の前に立っていた。
『星!!』
ナイフで切られた瞬間、遠くから聞こえてきた声。姿は見えない。しかし、あれは確かにアベンチュリンの声だった。
『星゛!!』
ほんの少しのかすり傷。狼狽えるほどのものでもない。しかし、アベンチュリンはまるで重症を負っているかのように、必死に星の名前を叫んでいた。
同居が解消され、実家に戻される。その不安もあったのだろうが、星のことが心配で心配で仕方なかった。
その思いは星も同じ。大切な人の傷ついた姿なんて、たとえかすり傷一つであっても見たくない。
でも、心配してくれたのに怒るのは間違っていた。冷静に話し合うべきだった。
「アベンチュリンと話さないと……」
星は素早くトーク画面を開いた。
★★★★★★★★
『ごめんなさい、私が悪かった』
『昨日は無茶をし過ぎた』
『でも、あの敵は放っておけなくって、あんたをまた襲うかもって心配になって……』
『いなくなってほしくないし、傷ついてほしくなかった』
『そう思うと勝手に身体が動いてた』
『心配かけてごめん』
連続で送られてきた彼女からのメッセージ。
「………」
アベンチュリンは1人葛藤していた。あの時怒らなかったら、今後も星が一生自分よりも他人を優先してしまうのではないかと。
『このまま死んでいたかもしれないんだ………それを大丈夫って、君は無茶をし過ぎだ!』
あんな言葉が出てしまったのだが、強く言い過ぎたのは間違いない。先に謝罪するべきなのは自分だった。
はぁとため息をついて、人気のない廊下の隅でしゃがみ込む。彼らしくない情けない姿だった。
彼女のことは分かっている。出会った頃から変わらない、無条件に誰かを助けるその優しい心を持っていることに。
今回はその心配が大きくなって星にぶつけてしまった。
『ごめん、星。僕の方こそ悪かった……君を責めるべきじゃかった』
すぐに返信すると、早くも既読がつく。
元は自分たちを襲ってきた敵たちが悪い。あいつらがいなければ、星が傷つくようなこともなかった。彼女は全く悪くない。
彼女の声が聞きたいとアベンチュリンは星に電話をかけた。
「ねぇ、星」
『なに?』
「今、会える? 会いたいんだ」
『うん。私も…会いたい。ご飯食べてないなら、一緒に食べたい』
「もちろん。星のお気に入りのレストランを予約しておこう」
『今日はお店でじゃなくって、テイクアウトしない? 星空を見ながら食べるのとかどうかな……できれば、静かな場所で食べたい』
「いいね。じゃあ、公園にしよう。僕が買って来るからどこかで待ち合わせしようか」
『私、公園に近いところにいるから、先に行って待ってる』
「了解。また後で」
電話を切ると、アベンチュリンはスタンプを押す。星のお気に入りマスコット“パム”がハートマークを作っているものを送ると、星からもパムスタンプが返ってきた。
そうして、アベンチュリンは星のお気に入りの1つバーガーを購入し、車に乗り込む。しかし、渋滞に捕まってしまい、車は一向に前に進まなくなった。
「爺や、走っていくよ。これ以上彼女を待たせるわけにはいかない」
「ぼ、坊ちゃま!?」
アベンチュリンはリムジンから下車し、公園に向かって夜の街を駆ける。渋滞のせいで他の車もほぼ停車状態に近かった。こっちの方が彼女に早く会える。
星に会いたい、会いたい、会いたい————。
それでも遅れてしまうと、アベンチュリンは星に電話を掛けた。
「?」
応答なし………これは気づいていないかもしれない。一応と思い、チャットも送ってみるが返事はない。スマホをマナーモードにでもしているのだろう。
でも、なんだろうか。この胸騒ぎは………。
約束場所の公園に到着し、アベンチュリンは見回すも星の姿は見つからない。オレンジの街灯で照らされたレンガの道を歩き星を探していると、ベンチの上で光っていたスマホを発見。
「これは………」
映し出されるいつか2人撮った写真のロック画面。着信履歴とアベンチュリンが送った大量のチャットの通知。せいのスマホだった。ベンチの隣には荒らされたようなバッグが落ちていた。
「星………?」
そこに星の姿はなかった————。