アベンチュリン・タクティックス ルート1 第13話:第115回出生順位決定戦 大学生活が始まり、同時に一緒に暮らし始めた星とアベンチュリン。
起きる時も寝る時もどんな時も一緒。高校の時よりもずっと距離が近くなった。
先に起きて、すやすやと眠るアベンチュリンを愛でる……それが最近の星の幸せだった。
「ふふっ……本当にあんたの寝顔は可愛いね………」
毎日が楽しい。こんなに自分だけが幸せになっていいのだろうか……そんな不安を持ちながらも、星は今日もアベンチュリンの髪をいじっていた。
そうして、その日も2人で通学し、受講。午後の最後の授業が終わり、帰ろうと2人は教室を出た。
「星!久しぶり!」
そこで聞こえてきた自分の名前を呼ばれる声。
声がした方に顔を向けると、いたのは緩いウェーブを描く銀髪ロングの少女と、星と全く同じ髪色の灰色短髪少年。
花のように愛らしく笑う少女はこちらに向かって大きく手を振っていた。
あれって、もしかして………。
「ホタル! それに穹!」
ホタルは星の友人の1人で、穹は星の弟(仮)だ。2人が海外から戻り、同じ大学に通うと聞いていた。まさか本当にいるとは……穹が合格しているのが信じられない。
「星も同じ大学だって聞いてたから、いつか会えると思ってたけれど、全然会えなかったね」
「そうだね。ホタルたちは工学部だっけ。学部離れてるから仕方ないよ。というか、穹。なんで家に帰ってこなかったの? ヴェルトおじちゃんが心配してたよ」
「ごめん、ホタルと遊んでた。今日あたりに行くよ」
この弟は相変わらずだ。自由気まま、自分の本能のままに動く。ゴミ箱好きなところも含めて、彼は自分に似ていた。
聞いた話だと留学中に色々やらかしているらしく、帰っていないのは組長から逃げているのかもしれないが………。
「アベンチュリン、こっちはホタル。それでこれが私の弟、穹。ホタル、穹、彼は——」
「知ってるよ。アベンチュリンさん、星の婚約者でしょ」
「うんうん、らぶらぶカップルなんだよね」
「えっ、婚約者?」
「配信で『お嫁さん宣言』を見たんだけど……違った?」
テレビに流れていたし、一時期星は注目の的だった。それが配信サイトにも流れていたとは……。
「星の弟さんか、よろしく」
すると、穹はアベンチュリンに対し「ノンノン」と人差し指を左右に振った。
「アベンチュリンさん、違うよ。星の方が妹で、俺が兄ちゃんだから」
「そうだったのか。申し訳ない。改めてよろしく、義兄さん」
「よーし、穹。表出よう。どちらが上か白黒つけようじゃない」
「ハッ、望むところだ。今日こそはどっちか上かはっきりさせよう」
袖をまくり始める星と穹。ヤクザの子どもだけあって、今にもケンカが始まりそうな勢いがあった。
「えっ、ちょっとストップ。君たち、どちらが上なのか分かっていないのかい?」
「「うん」」
「戸籍で分からないのかい?」
「「え、分からないよ?」」
組長は確実に知っているはずなのに何度聞いても漏らしてくれなかった。「どちらが上でもいいじゃないか」というだけ。
もちろん役所に行って、確認しに行こうとしたが、組員に止められ、調べることはできなかった。
なぜそんなにも頑なに教えてくれないのか、星たちには理解できなかったが、確認できない以上順位は自分で決めるしかない。
今、出生順位決定戦が始まる───。
「さぁ、歯を食いしばれ。弟よ」
「ほう、兄ちゃんの可愛い顔を傷つけようとする妹には罰が必要だな。泣いて喜べ、我が妹よ。お兄ちゃん直々にお尻ぺんぺんをしてやろう」
「誰が妹だ。あと、お尻ぺんぺんは嫌だ」
芝生の広がる中庭へ移動すると、どこから取り出してきたのか、バンっと将棋盤を地面に置く穹。星もバックから駒を取り出していた。
そうして、星と穹は戦うことになったのだが………。
「待って。それ外に出てする必要あった?」
「「ある!」」
アベンチュリンの質問に声を揃えて答える星と穹。
以前、本気でケンカをしたことがあった。家にあった武器を勝手に使い、攻撃していた2人はもちろんボロボロの傷だらけ。
組長に散々怒られ、次から2人でケンカをする時は将棋でしなさいと叱られたのだ。それ以降、2人は争いごとがあった時には将棋で勝負している。
しかし、ケンカが将棋勝負となって以降、星と穹の関係は決まっていない。つまり、今まで勝負がついたことがない。
地獄のエンドレス将棋の始まりである。
「先手はあんたに譲ってあげる」
「このお兄ちゃんをなめてるとは……ここはお兄ちゃんが譲ってあげるものだ。さぁ、先に指してくれ」
「いや、姉の私があんたに譲るって言ってるの」
「まぁまぁ、2人とも落ち着いて。ここは公平にじゃんけんで決めようじゃないか」
どうどうとアベンチュリンが入ると、2人は仕方なくじゃんけんで先手後手を決め、星が先手となった。
「お姉ちゃんが遊んであげる。全力でかかってきて」
「妹であろうと手加減はしないからな」
————そうして、勝負が始まり数時間後。
「むぅ……まだまだ………」
「私だって………」
すっかり日が暮れ、あたりは真っ暗。他の学生たちはすでに帰宅。ゼミで研究でもしていたのであろう、帰り途中に通り過ぎた4年生たちが奇妙なものを見るかのような瞳を向けてきた。
しかし、本人たちは気にしない。目の前の試合に全力集中。手元のスマホのライトで盤上を照らしていた。
「諦めろ……星………」
「そっちこそ………」
落ちそうになる瞼を何とか開く星と穹。地面に寝転がり、半眼で打つ姿はゾンビが将棋をしているかのよう。
周りにアベンチュリンとホタルがいなければ、警備員を驚かしていただろう。
「2人とも眠たいんでしょ? もう暗いしやめよう? ね?」
「そうだよ。体が冷えてしまうよ。ほら、星も震えてるじゃないか……」
「寒くない……少しも寒くない…わ……」
「それ……エ○ザ…」
「正解……さすが……我がおとうとぉ……」
「違うって…言ってるだろ……俺がおにいちゃんだ……」
アベンチュリンたちが止めに入るが、それでも2人は指す手を止めない。少し熟考して、うめき声を上げながらパチンと音を鳴らし打つ。
しかし、決まらない時は決まらない。ゾンビのように敵陣で復活し、こちらを襲ってくる。星と穹の能力は同等であり、いつまで経っても決着がつかなかったが………。
「あ、寝ちゃったね」
「おーい。星、穹起きてー」
アベンチュリンが2人の肩を揺らすも、むにゃむにゃと気持ちよさそうに眠る星と穹。きょうだいらしく、同じ寝顔だった。
アベンチュリンははぁとため息をつきつつ、星の頬をつつく。彼女のほっぺたは柔らかくぷにぷに。
「私がお姉ちゃんなの分かってよ……あはは……これで、王手だ……」と夢の中でも将棋を続けていた。穹も同じようにむにゃむにゃと寝言を呟いていた。
可愛い恋人の姿に、思わずアベンチュリンとホタルは笑みを漏らす。どちらが上であろうと彼らはきょうだいに間違いはなかった。
将棋盤や駒を片付け、2人は眠りに落ちた恋人を抱き上げる。2人とも軽々と横抱きしていた。
「君、力持ちだね」
「アベンチュリンさんこそ……と思ったけど、星って軽いよね。本当に食べてるのか心配になるぐらい。もっとたくさん食べてほしいけれど……」
「ああ………」
最近の星はよく食べてくれる。出会った頃はまともに食事している所は見たことがなかったが、アベンチュリンと付き合うようになってからは大きく変わった。
星自身で食事量を気にするようになったり、しっかりと3食食べてくれるようになったり……これも高校時代にアベンチュリンが昼食を用意するようになってから、習慣づいたことなのだろう。
最近では定食を食べた後にデザートとして、巨大なパフェをぺろりと食べてしまうことだってある。食欲があるのは嬉しい事だった。
それでも星は軽い。羽のように軽い。一体どこに栄養が行ってしまっているのか……吸収されているのか心配だ。たくさん美味しい料理を作ってあげなければ。
そうして、ホタル、穹と別れ、すやすやと眠る星をお姫様抱っこのように抱えて、帰路につく。ベッドに運び、パジャマに着替えさせ、布団をかけてあげた。
まだ将棋をしているつもりなのだろうか「むにゃむにゃ……私が上……お姉様だぞぉ………」と寝言を零す星。
「ふふっ、おやすみ、星」
そんな彼女にアベンチュリンは笑みを零すと、可愛い眠り姫にちゅっと額にキスを落とした。