ルート1 第17話:抹消は物理で————アベンチュリンが公園に到着する十五分前。
「あんたたち、何してるの?」
先に公園に到着し、レンガ道をぶらぶらと一人歩いていた星。そわそわして心が落ち着かなかったため、気晴らしに散歩していた。
「やめてっ………」
その散歩の途中で見つけた犯行現場。一人の女子高校は屈強な男たちに囲まれ、その近くで一人の男子高校生が倒れていた。
犯罪の臭いしかしない状況。男子高校生が倒れている時点で通報は確定していた。
女の子が助けを求めているのに無視するほど酷い人間ではない。星は男たちに近づいた。
「その子を離してあげて。警察呼ぶよ」
「てめぇ、誰だ。部外者は入ってくるな……ああ、それともあれか? 俺たちと仲良くなりてぇのか?」
「別に。ねぇ、星穹組って名前を出せば分かる?」
「は? 知ってるが、それがどうしたよ?」
「ちょっと待ってください、兄貴。もしかしてこの女………」
子分らしい男がリーダーらしい腹が出た男に耳打ちする。しかし、いつまで経っても女の子を解放してくれない。
「ねぇ、女の子を連れていってどうするつもり? 身代金でも取るわけ? そんなに人質が欲しいのなら、私が変わる」
星穹組になら金はある。その認識は相手も同じだろう。女の子を連れ去るより自分を誘拐した方がメリットがあるはずだ………まぁ、その分組に狙われるというリスクもつくが。
スマホは持たせてもらえない。ならば、アベンチュリンに何かしらメッセージを残しておこう。星は男たちから見られないようにメモにメッセージを打った。
本当はLIMEでメッセージを送りたかったが、心配したアベンチュリンが電話を掛けてくる可能性だってある。男たちを刺激するようなことはしたくない。
兄貴と呼ばれていた男は星が何者なのかようやく理解したのか、にちゃぁと気持ちの悪い笑みを浮かべ、星に視線を向ける。
「はは、丁度いい。おい、こいつを捕えろ。スマホはそこらへんに捨てておけ」
「はい」
「ちょっと待って。先に女の子を解放して」
星はキィと男を睨みつけるが、ハッと笑うだけ。
「おっと動くなよ。お前が車に乗らない限りあの子は解放しないんだからな」
「……なら、車の窓から女の子を自由にしたってことを確認させて」
「いいだろう」
ここで女の子を解放しなければ、自分が人質となった意味がなくなってしまう。
車に乗せられたが、約束通り窓は開けてくれて、女子高校生が解放されていたのを確認できた。
彼女は男の子の肩を揺らし、半泣きで名前を呼んでいる。救急車を呼んであげればよかった。
車が動き出し、口に手を当てられ、薬品のようなものを吸い込ませられた。
「じゃあ、少し寝てもらうぜ————」
そこで星の記憶は飛んだ。
★★★★★★★★
目覚めると、星がいたのはとある倉庫。波の音が聞こえる辺り海近くの倉庫だろう。古びた不良たちが好みそうなところだった。
体は椅子に縛られ、身動きが取れない。椅子も木製ではなく重い鉄でできていたため容易には抜け出せなかった。
そんな星の正面にいたのは星を眠らせたあの汚い男。ガムを噛みながらいやらしい笑みを浮かべて星を
「お嬢ちゃん起きたか? おはようさん」
「………」
「いやぁ、あんたから来てくれたおかげで探す手間が省けた、簡単に仕事が済んだぜ。ありがとさん」
目覚めた直後にこれとはどんな仕打ちだろうか。星は男をきつく睨みつける。
星の傲慢な態度に腹を立てたのか、男はぺチンッと星の額を平手打ち。食いしばっていたおかげか口は噛んでいないが、頬がじんわりと赤くなり痛みが広がっていく。
灰色髪の間から覗く琥珀の瞳は、変らず男を鋭く睨みつけていた。
「元々私を誘拐するつもりだったんだ?」
「そりゃあな。あんたはあのアベンチュリン(ボンボン)の恋人っていうじゃないか。そいつについて尋ねてぇこと……いや、お願いがあってな。金じゃねぇよ」
なるほど。懸賞金が目当てではないのか。てっきり金目当てに自分を誘拐して、懸賞金を貰うつもりなのかと思っていた。
何を聞くつもりなのか知らないが、アベンチュリンのことをこんな男に話すつもりはない。秘密なら尚更だ。
大体アベンチュリンの秘密なんて知らないし、何か隠していることでもあるのだろうか。仕事のことなら、あるかもしれないが……星は一度も関わったことはない。『知らない』で終わってしまう。
しかし、男の口から出たお願いは星の予想とは大きく外れていた。
「あんた、あのボンボンと別れてくれねぇか?」
「は? なんで?」
「そりゃあ大人の事情ってもんだ」
「普通に嫌だよ」
「金を積んでもか?」
「当たり前じゃん」
「そうか」
その瞬間、刃音が響き、星の首筋に冷たい金属物が当てられ、ちくりと痛みが走る。刃が皮膚に当たり、つぅーと血が垂れた。
「俺らもあんたの家のことは知ってる。できれば、手荒な事はしたくねぇし、あの家に目をつけられるようなことはしたくねぇ。おっかねぇめに合うからな」
「なのに、私を誘拐してナイフを向けるんだ」
「ああ、金のためにな」
男は「結構な額を貰えるから、やらねぇって選択肢はねぇ」と豪快に笑いながら教えてくれる。
なるほど、懸賞金とはまた別件か……大量の金を積んででも、自分とアベンチュリンを別れさせたいらしい。
恐らく相手はアベンチュリンが過激な思いを抱いているのか、もしくは彼や彼の親の財産を狙っているのか、あるいは両方か。随分と厄介な人が依頼者のようだ。
「ナイフを向けてこようが、海に落とそうが、私はアベンチュリンとは別れない。絶対に」
彼と寄り添い合って生きていく誓った。
そこは何があっても譲れない。星は男を刃先のように鋭く睨む。
「へぇ……そうかい。ならば、こっちはどうやろな? あんたと彼氏さんの秘密を世界に大発表なんてこと」
「秘密? アベンチュリンの秘密なんて何も知らないでしょ?」
こんなチンピラがアベンチュリンの秘密なんて知るはずもないし、だいたい会ったことすらないだろう。星は自分を脅すために適当なことを話しているのだと判断していた。
すると、男はもぞもぞとポケットの中に手を突っ込む。スマホを取り出すと、星に画面を見せつけた。
「知っている、というか持ってるんだ。この動画をな」
再生された映像。夕方時の教室……否、生徒会室を映し出していた。
『ここがいいかな?♡ それともここかな?♡』
『待、って……そこだめ……ぁんっ、ひゃんっ……んうっ♡』
————————。
ドレスアップした星とアベンチュリンの甘い声がスマホから響く。画面に映る二人は密着し合い繋がっていた。
「これをネットに上げられたくなければ、さっさとあのガキと別れて————」
「あんた………」
ビリビリっ————星の身体を縛るロープが引きちぎられていく。
気づけば、ゴリラのごとく膂力でロープをちぎり、自力で拘束を解いた彼女は男を殴っていた。恥ずかしさで我を忘れ。
「な、な、なんで持ってるのぉーッ!?!?」
動揺、絶叫。男の手から滑りカタンと地面に落ちたスマホを踏みつぶす。画面はバッキバキに割られ無残な姿になっていた。
あんな動画を撮った覚えもないし、アベンチュリンが撮影したところも見たことがない。もし、彼がどうしても撮りたい場合には、理由を話した上で星に許可を求めに来るだろう。
それは今までになかった。ならば、第三者が撮ったもの。
映像から判断するに生徒会室でしてしまった時のもので間違いない。生徒会の物が多く映っていた。となると、撮影者は学校の人間か、学内に入ることが許されたもの。
すぐに頭に浮かんだのは花火だった。今までの行いから、彼女しかいないと判断。あとで花火に慰謝料と動画削除、そして動画がヤクザの元に行っている理由を問い詰めなければ。
「我ぇ!! アニキに何しとんじゃー!!!」
男がやられたことを察知したのか、手下たちが武器を構え星の元へ走ってくる。星は沸々と怒りが湧いてくる。無我夢中で殴った。
動画を見た男たちが、動画を撮った花火が許せなかった。
ありのままの姿のアベンチュリンを見ていいのは私だけだし、私の姿を見ていいのもアベンチュリンだけ。怒りのままにバッドを振るう。
「はぁ……はぁ……あれ?」
星の足元に倒れている男たち。彼らはピクリとも動かない。気づけば、星一人で倒してしまっていた。
「これ、しっかり壊しておかないと」
おりゃっとバッドを振りかざし、スマホを粉々に割る。跡形もなく壊してやった。これであの動画も再生できないだろう。
まだ敵の音が倉庫外聞こえる。きっと中の異常に気付いたのだろう。戦った相手の中にボスらしい人間もいなかった。まだ警戒を怠ってはいけない。
「アベンチュリンを待たせてる……急いで帰らなきゃ」
星は出口に向かって走り出した。