【薫零】ジャズコンサート①著名ジャズピアニストと薫くんが顔なじみだった場合
「どうしたんじゃ?」
先に楽屋に戻っていた薫が頬杖をつきながらぴらぴらと紙を振っているのを見て、零は首を傾げた。
「んー父親の知り合いからコンサートのチケットもらったんだけどさー」
「都合が合わぬのかえ」
「それが珍しくオフの日なんだよね」
だったら何故悩むのか、興味が無いのなら悩むまでもなく行かなければいいのに、と。ますます不思議そうな顔をする零に目を向けて薫は苦笑した。
「昔、家に来てピアノ弾いてくれた楽しいおじさんだしこの人の事は好きなんだけどさ、親と繋がりあるから行くといろんな人に会っちゃう可能性があってちょっと面倒なんだよね」
「なるほどのう」
そういうことかと頷きながら近づき何気なくチケットを覗き込んで、零は息を呑んだ。
「こ、これは……」
「何?」
「この人、いやこの方は!ジャズピアノではレジェンドとも言われる方では無いか!!」
「え、そうなの?」
「何を言っておるのじゃ!!」
彼がどんな素晴らしい事を成し遂げたのかと滔々と語り出す零には言いづらいが、薫にとっては幼いころの想い出の一部でしか無い。母との優しい時間でもあったから、いい想い出であることは確かなのだけど。
「えーっと……じゃあ一緒に行く?」
「!?……よ、よいのかえ?」
「うん、チケット2枚あるし、俺がオフってことは零くんもオフだし」
「で、でも薫くんは面倒に思っていたのでは……」
まぁそれはそうだけど零くんが行きたいならいいよと優しく言おうとしたところで、
「もし薫くんが行きたくないのであれば誰か他の人を誘ってもよいかえ?」
素晴らしい音楽はたくさんの人に知ってもらいたいのじゃとキラキラの目をして、他の人を誘おうとするから。
「薫くん??」
「絶対俺が行く」
つい壁際に追いやって威嚇するように答えてしまった薫に、零は戸惑いの表情を浮かべた。
②著名ジャズピアニストと朔間先輩が顔なじみだった場合
「遅いな」
休憩中に楽屋に挨拶に行った零が帰ってこない。もう5分前のチャイムは鳴ったしトイレに立っていた周りの客たちも戻ってきている。荷物は置いて行ってるから会場を出たということも無いだろうにどうしたのだろうと心配している間に客電も落ちて行って。
「何してんのあの人」
ライトが点いた瞬間思わず呟いた。何故ならスポットライトの当たるセンターのドラム前に、零が座っていたから。
「いや、挨拶に行ったら何やら騒がしくての。どうしたのかと思ったらリズムの奏者が腕を怪我してしまったとかで」
終演後、零の荷物を持って楽屋入り口に回ってようやく再会しての帰り道。心配かけてすまなかったと謝罪する零に薫は呆れ顔を見せた。
「それで代役に?」
「うむ、流石に飛び入りで彼らとやるのは緊張したのう」
「ほんとに?」
年配の奏者が多い中で一人飛び抜けて若い零は若干浮いていたが、役割は難なくこなしているように見えた。ほんとなんでも出来ちゃうんだからと溜息つきながら、でも緊張したというのも本当なんだろうなと思う。いくら零でもプロの、それもトップレベルの人たちに混じって練習も無く合わせるのは至難の業だろう。しかも今はそれを本業にしているわけでもない、ドラムで、だ。
そんな風に零の人には見せたがらない心の機微を少しは感じ取れるようになったことに秘かに喜びつつ、でも結果はきっちり出しちゃうんだもんなぁと隣を見やった。
「楽しかった?」
「うん?」
「なんかいつもとちょっと違う顔してる」
「そうかの?」
咄嗟に両手を頬に当てる仕草がなんだか幼く見えて薫はくすりと笑う。
「俺もなんか楽器やろうかなー」
零のそんな表情を引き出せるならと思っての言葉だったのだけど。
「よいと思うぞ。薫くんなら何やってもすぐ上手くなるじゃろうし、演奏する姿も映えるじゃろうな」
それまで以上にキラキラした顔で見つめられ、薫は慌てて赤くなった顔を背けた。
③その後何回かゲスト出演した場合
『リズム!朔間零!!』
一人ずつ紹介されてほんの短い時間ソロを演奏する、アンコールの時間。
それまでのメンバーのように零がドラムを叩き始めた途端、それに合わせるように他の楽器が音を奏で始めた。どういうことかと内心では戸惑うがすぐにメロディに誘導されていく。
「これは…」
『Melody in the Dark』
リーダーがマイクを通してコールしたように、皆が演奏しているのはジャズアレンジされたMelody in the Dark。言わずとしれた、零のユニットの代名詞と言ってもいいような。
「いつの間に」
零がいない時を見計らってこっそり打ち合わせてくれたのだろう、客にはもちろんだが零にとってもとんだサプライズ。悪戯が成功した悪ガキのような顔をするリーダーに、そうだこの人は好々爺然としているがこういう人だったと零も笑みを浮かべて。
「この曲で負けるわけにはいかねーな」
フルスロットルでリズムを刻み始めた。