シュレディンガーの黒猫 非番の朝、木場は本来ならば午まで寝ているところを早々に起き出し、電車で銀座へ向かった。デパートの舶来の雑貨を扱う店に用があったからだ。
昨年、師走の声を聴いた頃、最上階のレストランでオムライスが食べたいと言い出した榎木津に付き合って訪ねた際、冷やかしたその店は用途の解らない、けれど、心躍る華やかさとどこか隠微な美しさに満ちていた。そんななか、榎木津が熱心に見つめていたものが一つあった。
青い瞳の黒猫だ。
もちろん生きた猫ではない。骨董品なのだろう、少し草臥れていて毛艶も美しいというほどではなかった。しかし硝子玉で出来ているらしい瞳には吸い込まれそうな魅力があった。可愛らしいというよりは凛とした気品、いや、凄みがある猫のぬいぐるみだ。
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