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    singsongrain

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    勝手に落語シリーズ。時そば改変。
    関くんと京極、榎木場。

    #百鬼夜行シリーズ
    theHyakkiYakkoSeries

     出来心時そば 一昨日辺りから蝉が鳴き始めた。そろそろ梅雨も明けるのだろう。
    「京極堂、今日はこれをもらうよ。雪絵が読みたいと言っていた本だ」
     近頃文壇を賑わわせている女性作家の本を死神もかくやと顰めっ面で和綴じの本を読んでいるこの古書店の主に見せると一瞥し、眼鏡に適ったのか読み止した本を置いて手を差しだした。
    「いくらだい?」
    「三十五円」
     関口は草臥れた洋袴のポケットから紙幣と小銭を掻き出して掌に広げる。
    「ひいふう、ああ、百円っきゃない。おつりをくれよ」
     百円札を一枚、京極堂の本より重い物は持ったこともなさそうな薄っぺらな掌に乗せた。
    「六十五円のおつりだがこちちらも生憎五十円札を切らしている。細かくても構わないね?」
    「構うと言ってもそれしかないんだろう? いいさ、少しポケットが膨らむくらい。チャリチャリ五月蠅くはなるだろうけど」
     今度は関口が汗で湿った掌を差し出せば京極堂はまず五円玉を一枚乗せ、次いで数えながら十円玉を一枚ずつ乗せていった。
    「一枚二枚三、四、五と、ああそろそろ店仕舞いだな、今何時だい?」
     問われて京極堂の頭の上で振り子を振っている時計に目をやるあと一、二分で五時を指そうとしていた。
    「五時だね」
    「そうか、五枚六枚とさあ、店仕舞いだ。関口君も暗くなる前に帰りたまえ」
    「え、あ、ああ。ありがとう、じゃあ今日はお暇するよ」
     ちゃりんと無造作に釣り銭をポケットへ落とし込んで何かに引っかかりを覚えながらも関口は求めたばかりの本を小脇に抱え、踵を返した。
    「坂道で転ぶなよ」
     心配というよりは憎まれ口に近いお節介を告げられまだ明るい外へと歩き出しながら軽く振り返る。
    「大丈夫さ、じゃ、また」
     蝉時雨を浴び、ちゃりちゃりと小銭の重なり合う音を鳴らして関口は坂を下る。だがやはり何かが引っかかっていた、それが何か解らず坂の中程までさしかかったところで首を傾げると微かな目眩に襲われ、思わず傍らの油土塀に手をついた。



     そんなことがあったのがきのうのことだ。
    「なんでぇ、それじゃあまるで時そばじゃねぇか」
    「え? あの、落語のかい?」
    「お前さん、十円儲けてるんじゃないのか、気づかなかったのか?」
     すぐに来いと呼び出されて神保町の探偵事務所に顔を出して見れば探偵机に長い足を乗せて寝ている榎木津を後目に木場が豪奢なソファでまだ明るいうちからひとり飲んでいた。今日は非番らしい。
    「そう、かな? でも、あの京極堂がそんな失敗をするとは思えないよ」
    「確かにな。だが、奴さん、相当疲れてるようだったとか、何か考え事でもあって気も漫ろだったとかそういうことじゃないのか?」
     まあ、飲めとコップに酒を注がれて差し出された。
    「そんな様子はなかったよ、いつも通り石地蔵のようにじっと本を読んでいた」
     そもそも京極堂がそんなことで釣り銭を間違うようなミスをするだろうか。全くもって似合わない。
    「サル君! 君は今、金欠だな?!」
     寝ていると思っていた榎木津がいつの間にかクワッとその大きな瞳を見開いて関口を見ていた。
    「僕が直々に京極を試してやろう!」
    「試すって、榎さん、どういう……」
     すっくと立ち上がった榎木津が颯爽と歩き出すのを目で追っていたが、放っては置けないと腰を上げた木場に行くぞと促されて関口は今ついたばかりの探偵事務所を後にした。



    「なんですか、ぞろぞろと店先に。そろそろ店仕舞いですから用なら母屋に回って下さい」
    「用はここにある! 本を買いに来た!!」
     榎木津を先頭に木場とともに京極堂へと足を踏み入れれば主は眉間に皺をよせ、こめかみには青筋を立てた。何か企んでいると見抜いているのだろう。
    「あんたに売る本はない。迷惑だ、さっさと座敷へ行ってください」
    「僕には売りたくないだと? それならサル君に売って貰おう! サル! 君は本を読めるサルだから好きな本を選びなさい!!」
     そもそも今日関口は本を買いにくる予定などなかった。欲しかった本はきのう手に入れていたし、榎木津に呼び出されて探偵事務所へいってみればなぜかまた京極堂へ来る羽目に陥っている。ああ、うう、と要領を得ない呻きを上げてまるでのし掛かってくるような書架を見上げた。
    「そ、それなら、これ、かな。ちょうど読みのがしていた雑誌があった」
     推理小説を主に掲載しているそれを手にとり、ぱらりと捲って目次に大横溝の名を確かめると周章ててそれを榎木津に手渡した。
    「いくらだ?」
     榎木津は京極堂の目の前にずいと雑誌をかざしてみせる。
    「百五十円。本当は売り切れで相場はもう少し上だが、関口君には定価に負けてあげよう」
     ポケットへ手を入れ札を引っ張り出そうとすればそれより早く榎木津が千円札をバシッと勘定台に叩きつけた。
    「釣りは百円札にするんだ! 五百円札はいらない!」
     京極堂はちらりと榎木津を上目遣いに睨み、すぐにまずは五十円札を一枚出し、次いで昨日のように百円札の数を数えながら差しだしている榎木津の掌に紙幣を置いていった。
    「二枚、三枚、ああ、関口君、今の時間は?」
     昨日とほぼ同じように問われ関口は微かに狼狽えながら振り子時計を見上げた。
    「五時だ」
     上手く口が利けないでいる関口に代わり木場が先んじて応じる。
    「五時か、店仕舞いだ。看板を仕舞ってくれるかな、旦那。五枚、六枚、七、八と、さあ、用があるなら座敷で聴きますよ」
     立ち上がった京極堂はさっと踵を返す。
    「やい、京極! ドウして関君には十円おまけしてやって僕からは百円もふんだくるんダっ?!」
    「あ、え? え、榎さん?」
    「確かに中々流暢な時そばだな」
    「え、今、え?」
     一人狼狽えていれば振り返った京極堂が盛大にため息を溢した。
    「僕は関口君にはおまけして定価で良いと言ったんだ。榎さん、あんたが払ったんだから相場の二百五十円で貰っただけですよ。ふんだくるなんて言いがかりはよしてください。そろいも揃って態々、こんなことをさせるために来なくてもいいでしょうに、蕎麦屋なら隣ですよ」
     どうやら本当に昨日の釣り銭にも手心が加わっていたようだ。
    「なに、別に関口君が万年金欠に喘いでいるから十円ばかり恵んでやろうなんてつもりはないさ、こないだ君がうちに来たときに十円玉を座敷へ落としていったようだったから戻しておいただけだよ。時そばの手法を真似たのは出来心だったがね」
     あっさりと種明かしをされ、関口は呆けて京極堂を見上げる。
    「だとよ、関口。ポケットに雑に小銭を入れているからそんなことになるんだ、財布くらい持ち歩け」
     木場に肩を叩かれて僅かに前へつんのめった。
    「いや、そんなこと言われても」
     情けなく眉を下げて関口は額の汗を拭う。
    「どうします、上がるなら隣から蕎麦でも取りますか」
    「今日は千鶴ちゃんはいないのか?」
    「生憎、親類に呼び出されて留守ですよ。関口君、笊を四つ隣に頼んできてくれ。お代はさっきのお釣りから貰うといい」
     未だ榎木津が掌に握り締めたままの紙幣にちらりと視線をやって京極堂が告げる。
    「やっぱりふんだくってるじゃナイか!」
    「僕を試そうなんてするからですよ、榎さん、ご馳走様です」
     死神本屋はどこまでもお見通しらしい。少し悔しそうな榎木津から百円札を一枚受け取って関口は隣へと足を向けた。
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