紅千(紅視点) 黒縁眼鏡と毛さきが跳ねた鳶色の髪。青いネクタイはまだなんとなく見慣れない。
歩きながら守沢が遠慮ぎみな視線を寄越してくる。
下校中、駅へいく道でのことだった。
「駄々をこねてすまん」
「かまわねぇがよ。いっしょに帰りたいなんてどうしたんだ」
学年があがってクラスは離れた。タメで唯一気兼ねなくやりとりできる奴だけど、仲よしこよしのあいだ柄じゃない。わざわざ教室へ迎えにきて誘われたため、こっ恥ずかしくもあった。
「じつはな、鬼龍く……鬼龍」
言いなおした守沢は照れたふうに頬をゆるめている。男にしちゃかわいいツラだと、こういう瞬間に思ったりする。
一年生の夏、俺がひどい態度をとっちまったにもかかわらず、しゃべるときの守沢はいつも笑顔だ。今までの知り合いにはいないタイプっつぅか、そもそも声をかけてくる同級生なんざいねぇし。
守沢ははにかんでつづけた。
「これ」
ポケットからとりだした片手を突きつけられる。
「ん?」
しっかり眺めると、玩具のカードをにぎっているらしかった。光を放って虹色に輝き、あかい覆面スーツの戦隊ヒーローが印刷されている。
ちいさいガキのころ集めてたような? まさか高校生にもなって拝むとは。
首をかしげる俺に守沢は熱っぽく説いた。
「レアな一枚なんだ! なかなか引けないし、譲渡や交換にも出まわらず――俺は運よく当てたんだが、とても貴重で特別なホログラム加工が――」
「……ふぅん」
オタクなのは今さらだけども、いきなり語られたって困惑しちまう。こちらの特撮知識は妹の魔法少女アニメのついでに観てるぐらいのモンだ。自慢したくて俺をつかまえたのかよ、とすこしあきれる。
でも、うれしそうなのはいいこった。『流星隊』の隊長が去って以来、素行がまた悪くなってきたと落ちこみがちだったから。
アイドルになる目標すら曖昧な俺にはどうもしてやれなかった。うわべばかりのダチっぽい振る舞いをかさねてるだけなんじゃねぇかと、不安も消えない。
「よかったな」
「うむ。ゆえにだ」
切りのよさそうなところで相槌を打った俺へ、守沢はカードを差しだした。
「鬼龍に受けとってほしくて」
「あ?」
きき間違いかと、たずね返してしまった。
おそらく俺の鋭い目つきは、普段以上にかっぴらいているだろう。
「入手しづらいって話だったんじゃねぇのか」
「もちろんお宝だぞ!」
「俺ぁその価値がわかんねぇよ」
「えっ、じゃぁもう一度」
「いや」
また説明しはじめる守沢をさえぎって、俺はカードを指差した。
「てめぇの大事なモンを、なんで他人に渡しちまうんだ」
眼鏡越し、でけぇ瞳がきょとんとする。
こっちこそびっくりしてんだよ。うれしげな表情で見せびらかしやがってたくせにさ。「いらねぇのか」と冗談でも皮肉れない。
守沢は、はっと息をのんで答えた。
「言葉たらずだったな? 呼び捨てを許してもらえたし、友情の記念に!」
あたりまえな笑みでカードを押しつけてくる。
納得しがてぇ。
たいせつにしているものほど俺にゃもったいない。乱暴者でまともにひとづきあいができなくて、おまえを傷つけたことだってあるんだぜ。
けど断ったら、守沢はがっかりするのかもしれなかった。
「……ま、戻せっつぅならいつでも受けつけるわ」
「心配無用。鬼龍はやさしいなぁ」
手首をつかまれ、力強く渡される。
俺の喧嘩っぱやいてのひらの中、キラキラと宝石みてぇにカードが光っていた。