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    市民Aの和田

    @kotobuki8013

    @kotobuki8013
    お腐りあそばされているあぶねーやつ。
    大抵のジャンルが好きだぞ

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    市民Aの和田

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    お正月企画への応募ありがとうございました!

    地球色日出ずる国。
    はるかの昔、歴史の教科書でしか見たことのないこの表現は、その地に住む人にとっては常識だったのだろうと思う。
    太陽は東から上って昼に真南に届き、やがては西に沈みゆく。
    それが常に必ず毎日起きる、そういう場所での常識だ。
    いつかの昔といおうか、ファンタジー感さえある遠い世界の話と言おうか。
    それが私達人類の踏みしめてきた確かな過去だというのを疑いたくなるような、そういう未体験の史実だ。

    「いいじゃんみんなで行こうってぇ!付き合ってよぉー!」

    「しつこねぇお前も」

    とんがった鼻先にかかるバイザーを更にくいっと鼻にかけ、私の大親友及びその他たちは、視線の一瞥さえもくれぬまま私をすげなくあしらってくれていた。
    おいそこ!カップ麺食おうとしてんじゃないよバランスのいい食事をしろ!

    「 " 地球の出 " なんて誰も興味ないでしょそりゃ。
     毎日飽きるほど見てるもんをなんでわざわざ年末年始に見に行くのさ」

    親友の座を返還してほしいほどふてぶてしい態度で我が友が言う。
    それに続くその他のセリフも、やはり親友業廃業間近な彼女の態度に沿ったものばかりだった。

    「あれでしょ、昨日の授業の影響受けちゃったんでしょ。
     タタラちゃん自分のルーツとか気にするタイプだしぃ」

    「初日の出ねぇ?いや何が楽しいのよあれ」

    「昔の人は何でもかんでも神秘的に感じる文明水準だったのよ」

    「顔も知らない相手と恋愛してた人類はレベルが違いますわ〜」

    「そこの四つ子は黙ってて!」

    髪型以外見分けがつかないほどそっくりな4名の金髪は、大変年齢に即した俗物的な女学生の人生を謳歌している。
    授業の合間に小腹がすいたと言ってジャンクフードをついばみ、流行りのドリンクにクソでかいストローを刺して回し飲みしながら、中身が見えそうなほどギリギリのスカートやアイドルに寄せたカットの頭髪で机で駄弁る。

    ちなみに一人だけ男であるアイドルカットは親友の彼氏だ。
    美男美女カップル羨ましい100回爆発しろ。

    「あんたたちだって日本人の血が流れてるんだから少しくらい興味持ちなよ!」

    日の出ずる国・日本。
    つい先日憶えたばかりの人類のルーツの一つであるとある国は、自分たちの国を太陽が出てくる場所と謳っていた。
    まーるい天体なのだから太陽が登ってくる位置なんてのは存在しないというか、スタート地点なんてないわけなのだけど、そういう言い方をしていた時代は文明水準が低くて、地球が丸いってことも知らなかったらしい。
    そんな時代の特定の地域の範囲の中では東側が太陽の昇る方角だったので、そのエリアの一番東にあった日本は自らをそう呼んだのだという。

    現代に生きる私達にとってはなんとも小さく滑稽な表現だけれど、太陽を神様みたいに思って生きていた人たちにとって、自分たちの国からその太陽が登るのだという自負は確かにロマンがあったんじゃなかろうか。
    毎日毎晩毎朝と顔色を変える太陽を、時にはその形さえ変える空に浮かぶ謎の存在を、年のはじめにことさら特別だと見るための風習だって、きっとその時代の人間にとっては尊い行為だったに違いない。
    私だって、尊いは流石にちょっと言い方が大げさで恥ずかしいけれど、存在としてはそういうものが在り、そして年のはじめにその顔を見れるとなったらちょっと嬉しかったりするもん。
    好きな芸能人の新年の挨拶とかそうじゃん?

    「私らのルーツなんてもう何通りあるんだって話」

    「一応12種まではわかっているけど」

    「その12自体もそれぞれ混血ってんだから、最早わけわかんないじゃん」

    「自分のルーツ知ったら血統主義に目覚める人ってほんとにいるんだぁ」

    息ぴったりな四つ子は空になったジャンクのパッケージを雑にリサイクル機へ放り投げ、目測を外して転がったそれを誰が拾い直しに行くかでじゃんけんを始めた。
    そのじゃんけんだって日本式じゃん!

    「そもそもこいつだってライファなんだから別に純日本人じゃないでしょ」

    爪の手入れを終えた我が親友、真っ白な髪が校内男子の羨望を引き付ける美女ことカゼロカは、そんな釣れないことまで言い出す始末だ。
    すらっと角度をチェックする細長い指は小指の先まで悩ましい。
    超美人結婚して。性格はアレだけど顔面偏差値で全てが許せる気がするから。

    「そりゃそうだ。まぁ2~3種混じりならそのどれかに傾倒するってのは珍しくなさそうだけど」

    「人類なんて私らペオーツとライファだけでほとんど占めてんじゃん。
     混血のほうが当たり前なんだからこの時代に純血なんか拘るバカは本当のバカよ」

    「あたしは血統の話をしてるんじゃないの!ソウルの話よ!ソウル!魂!」

    「いやだからその意気込みの大元は「流れてる血」って話題なわけじゃん」

    ライファ種。この月に人類が移住して以降から生まれた混血種族のことだ。
    人類の半分以上は私と同じライファ種で、つまりはノーマルな、非常によくある血統類推で安定的に増えた人種になる。
    四つ子はペオール種と言って、更に進んだ複雑な混血をもつ新人類、って言われている。
    知能レベルでの大差はないものの、一番多いライファ種に比べて小柄で、その代わりのようにとっても頑丈で健康に優れる遺伝子に進化しているらしい。
    その優秀な健康ボディ度は、オリンピック出場選手の中で一番多い人種といえばわかりやすいと思う。

    「あたしはもっと……こう、未経験のことなのにワクワクしたりとか、そういう血が騒ぐような……。
     そんな感覚があるって意味で言いたいわけでね!?」

    「あたしそれ知ってる。中二病ってゆーんだよ」

    四つ子の長女・ハルは、じゃんけんで負けた腹いせのようにどかっと席に座り直しながらそう言った。
    ほらまた日本語だ!今この現代にまで引き継がれる代表的日本語!

    「タタラもついに発症してしまったかぁ」

    「遅い春でございましたわね」

    「ちーがーうーかーらー!」

    残るおどけた様子の姉妹二人もハルに追従して私をからかってくる。
    それぞれ名前はアキとフユ。
    あんたたちの名前だって日本語の季節からつけられてるくせに!って思う。

    「高校生で発症するならせめて高二病とかにしなさいよ」

    「カゼロカは高二病だよねぇ」

    「私はガキっぽすぎるのが嫌いなだけ」

    カゼロカの隣で彼女の手入れの終わった爪をにぎにぎしながらご満悦のこの男はナツ。
    四つ子の二番目で、唯一の男にして我が大親友カゼロカの第一彼氏である。
    第一というのは歴代最初のという意味だ。
    今後増えるのかは知らない。爆発しろ。

    「それで?あんた初 " 地球の出 " なんてどこ見に行くつもりよ」

    「え?」

    「わざわざ声かけてくるくらいなんだから自分ちで見ようって話じゃないんでしょ?」

    「一緒に来てくれるのオオオオ!?」

    「場所による。」

    前言撤回、爆発は保留してください大親友カゼロカ様!
    さっき爪先をふっと吹いてこちらに一瞥もくれなかったその顔面に対し、親友の頭から「親」の部分をもぎ取ってやろうかと思ったことはなかったことにしよう。

    「え。じゃあオレも行こっかな」

    「カゼロカがいくならいこっかなー」

    「私もー」

    「じゃああたしもー」

    「この四つ子どもめ……」

    その大親友様に比べてこの四つ子はどうであろう。
    4人一緒に居ないと死ぬのだろうか、あるいはカゼロカと居ないと死ぬのか。
    あたしが提案した時は興味のきの字もなさそうであったくせに、カゼロカが参加の素振りを見せればこれである。
    お前ら本当にあたしとも友達か?

    けれども、それでも、全員が手首くるくるドリルであろうとも。
    それでも一緒に来てくれるというのならお前ら全員友達だ!

    「え、えっとねえっとね!年末年始の観光ツアーがあってね!
     ほらこれ、もう抽選申し込んであってさ。今日結果発表なの」

    「 " ニューイヤーバーベキューツアー " ?」

    「あ~配信者の企画のやつだ。あれ、でもたしかこれ……」

    「電キで限定解禁エリアを走るんだよ!地球がすんごくおっきく見えるんだって!
     その後半日だけ地球にも行けるの!現地でバーベキュー!」

    「パ──── ス」

    「え~~~~!?」

    「あんたねぇ、このツアー会社はやめときなって。ニュース見てないの?」

    株式会社プレイズアース。
    ツアーを組んでいるこの会社は人気の配信者が立ち上げた新会社だ。
    仲間内でワイワイ盛り上げながらの地球観光を良く配信している彼らのファンである私は、年始企画でツアー募集が行われると知って秒で応募した。
    当選すれば彼らとともに初地球の出どころか地球観光に行けるのだ。

    日程は短いけど、普通の地球旅行には相当な費用がかかる。
    けれどこのツアーは企画参加者特典で必要な費用は代表者一人分。
    配信動画に顔以外が映り込む代わりに、代表者が当選すれば追加料金無しで5人までは友人知人を誘ってOKとなっている。

    「ニュースって?」

    「そこの人が今朝一人捕まったでしょ、ビザ偽造で」

    「え~~~~!?!?」

    カゼロカの表示したパネルにどどんと映し出される朝のニュースの一面は、我が日々の糧である「緑の探検チャンネル」のメンバー一人が逮捕された話題でびっしりと埋まり、私はまもなく休み時間が終わるという残り数分、彼らのチャンネルの謝罪動画を視聴して愕然とする事になった。
    他人名義のビザを使い続けてたってマジか~~~~!認証用の網膜の移植手術を違法にしてたってこと!?


    「でっでも!ほら!ツアーは予定通りするって……!」

    「だからぁ、そんなやばい人らとは危なくていけないでしょうが。
     絶対めんどいことに巻き込まれるにきまってる」

    現代における地球という星は、その全体が自然公園のようなもので、環境保護の法律でがんじがらめにされたとても厳しい規制の中にある。
    その場所への観光は一つの事業であると同時に、外部から余計なものを持ち込ませないための排他主義が横行していて、ツアーを組める認可が降りているツアー企業もほんの僅かしかない。

    そんな中、個人の旅行チャンネルから始まり、地球の環境を愛してやまない若者たちが集い、まるでレトロなアウトドア生活でもしているかのようなおもしろ挑戦をしながら地球の様子を見せてくれる「緑の探検チャンネル」は人気を博し、チャンネル登録者1000万人記念に満を持して発表されたツアー会社設立発表はあらゆるニュースの一面を飾る大騒ぎになったものだった。
    その会社が初となる視聴者参加型ツアー企画を発表したものだから、私は一も二もなく応募したってわけだけど……。

    「疑いとかじゃなくて逮捕よ逮捕。
     これから家宅捜索とかされて、他のメンバーとか会社自体に何か見つかったらツアーどころじゃないでしょ」

    「で……でもまだ……っ」

    「行くには行けても戻れなかったら、地球の出どころかマジの日の出を拝むことになるわよあんた」

    月と地球の行ったり来たりは時間もお金もかかる。
    よほどのお金持ちじゃなければしょっちゅう地球観光なんか行けないし、未成年ともなればなおのこと厳しい。
    だから初地球の出を友達全員で拝むにはこれしかないと思ってアカウントを100件作ってまで応募したのだ。
    抽選にさえ通れば、きっとあの青い星を外からも中からも見ることが叶うと、そう信じていたのに。

    「来年受験だし、こういうのでケチついたら全員が困る。
     他の方法考えないと」

    「…………。」

    「帰ってこれなくなったら冬休みいっぱいじゃ戻ってこれる保証もない。
     もし当選しても参加はダメ。せめて別のツアー会社とか……ちょっとタタラ!」

    「うわーんカゼロカ~~~~!」

    友に泣きつく5秒前、無常にも鳴り響く始業のメロディと完全カゼロカガードと化したナツにより、あたしのフレンズバストダイブは阻止されてしまうのだった。
    びえびえと諦め悪く授業にも身が入らないところを先生に当てられるわ、お昼の購買戦争に敗れて学食の日替わりランチも逃すという追い打ちまでオマケで突撃してくる午後、今度は愛車の電動キックボードの音声ロックまで故障し、職員室でロックカッターを借りに行かねばならない自体にまで見舞われる。

    昔の人のことわざで「泣きっ面に蜂」なんてものがあるよと、何の慰めなのか普段はカゲロカにベッタリなハル・アキ・フユにまでぬいぐるみのようにくっつかれてヨシヨシされた私は、げっそりといつもより遅い時間に帰路につくこととなったのだった。
    彼女らと手を振り合う最後の分かれ道のあと、心なしかいつもの軽快さを欠いている気のする愛車の浮遊感の上で、今の時間は半分白んで見える地球という惑星の夜に入る顔を遠目に眺める。

    そうして私の端末に届いた新着アラートは、ツアー中止の謝罪メールを報せるのであった。


    * * *


    「死んどる」

    「おは、よう……ゴザイマス……」

    「良くこれで事故らず学校来れたね。流石に今日はニュース見てきたか」

    エライエライ、と、同時に5人から頭を撫でられる早朝の教室。
    1限目は総合語学の小テストなのに、すでにそれの撃沈が確実であろうあたしは、昨晩届いたツアー中止のメール画面をみんなに見せ、同情の色濃い学友にお菓子をお供えされながら、なおのこと生気を失ったまま朝礼を終えた。

    カゼロカは『地球ツアーでなくとも初地球の出を見れさえすれば満足なら、星内ツアーで探してみればいい』とアドバイスをくれている。
    確かにあたしの目的は地球に降り立つことではないし、地球を眺めるという点においての絶景を謳う旅館なりホテルなり観光地なりは見つけられるかもしれない。
    私の大親友様はそういうあたしの「したいこと」をちゃんとわかってくれているところが、やはり大親友様なのであった。

    「あと2日で冬休みだねえ」

    「早く休みになれって思ってたけど、流石にこのタタラ見てたらあと10日くれって思うわ」

    「あう……全滅……」

    「ま~年末すぎるしなぁ」

    旅行計画というのは人気の季節に予約が殺到するものだ。
    あたしら女子高生が気軽にホイホイ行けるような料金設定の観光地なんか早々ないし、だからといって手の届く価格のビジネスホテルとかは流石に風情がなさすぎる。
    じゃあもういっそのこと近所のランドマークタワーにでも上ってと話し合った末、公式ページを見たら眺望の良い観覧エリアへの入場は「年末年始は予約制」で、その予約ももう締切済みという物悲しい赤文字ばかりが並んでいた。

    「定期的に季節の旅行計画立てれてる親を尊敬するかもしんない」

    「夏休みとかもっとやばそうだよねぇ。海水プールあるところとか」

    「大人の経済力と見通し力侮ってたわ。行楽時期の旅行費用ってこんな値上がるのかぁ」

    「うう……普段の値段でも正直手が出ないよぉ……」

    各々が真面目に自分たちの親を見直したりしつつ、学生身分の自分たちがお小遣いの範囲でできそうな小旅行やレジャーを考えるのがどれだけ厳しい戦いであるのかを身をもって知る。
    そもそも動き出したのが数ヶ月遅かったと今知ったのだ。
    経済の波は未成年にはあまりにも世知辛かった。

    「もうさ、誰かの家にお泊まり会でもいーじゃん。ライブ映像で一緒に見るとかさ」

    「やぁ~~~だぁ~~~~生で見たい~~~~」

    「これだよ……」

    「まぁまぁ、こういう情熱ってのはなかなか代替がないもんよ」

    友人たちのいつもよりちょびっとだけ優しめな気遣いは、なんだかんだでやはり友人なんだなぁと思えるものだった。
    あんなに興味がなさそうにしていたのに、あたしが消沈したとわかってすぐに、みんなが一丸となって代替案を探し、昼休みもフルにつかって端末片手にあたしと同じような唸りを上げてくれている。

    いい意味で手のひらを返してくれるこの子たちと、やっぱりあたしは初地球の出が見たい。
    その思いがますます強くなっていくのは、たぶんきっと人間というものの本能のひとつなのだ。
    お前ら大好き!!!

    「絶対、みんなで見に行こうね……あたし頑張るからっ!」

    本当はカゼロカと二人きりの年末年始が良いんだなんて、惚気のフリした照れ隠しをするナツ。
    ナツのみぞおちを小突いて(悶絶してたけど)今日明日だけは手伝うと言ってくれる、素直じゃない大親友カゼロカ。
    カゼロカが言うからと、やはり素直じゃないハルとアキとフユ。
    もうお前ら全員カゼロカに嫁にもらってもらえバカ!大好き!

    ────かくして、我々の2日間は実を結ぶことなく撃沈を重ねたのであった。ちーん。

    「……明日から冬休みだよ」

    「うん」

    「とりあえずあけおめメールはするから。あと明日のクリパは来なさいよ」

    「今は世界中のレジャー予約を席巻させるクリスマスが憎いィィイ」

    「特定宗教にヘイト募らせんな」

    見つからなかった。まじで見つからなかった。
    担任や隣のクラスの先生にまで相談したけど、だめだった。
    毎日どこからでも見れる地球のはずなのに、年末年始にその初の姿を見るためのツアーその他を探すと、もうどこもJKが手出しできるようなものは残っていなかったのだ。
    学割が使える夜行バスまでチェックしてみたけれど、全滅。

    人類年末年始にお出かけしすぎだぞ!
    うら若き女子高生のプチ旅行ができるくらいの隙間くらい残してくれたっていいじゃない!

    自分だって年末年始のお出かけプランを練る一人であったことも棚に上げ、私は心の底から何かをひがんだ。
    範囲が広すぎて自分でももはや誰の何をひがんでいるのかすらわからない。

    「来年は受験で無理かも知んないけど、来年も探してみればいいじゃん。
     その次も、一応探してみとくから」

    「うん……」

    「見つかったら相談してみんなの予定詰めてかなきゃだかんね」

    「……うん、」

    「…………うっざ。」

    ガシガシと毎朝セットに忙しい実は癖っ毛なあたしの頭をカゼロカはかき回した。
    口は悪いけれどこれでも気遣ってくれているのだ。我が大親友様は腐っても優しい大親友様なので。

    「またナツに校舎裏に呼び出されるぅ……」

    「今度やったらマジで別れるぞあのクソチビ」

    カゼロカは少し前までは男の子になるつもりだった女の子だ。
    彼女は思春期前後まで性別の決まらないちょっと変わった「シューシ種」という人種で、今は女性に性別確定済みとなっているけど、本人の元々の希望が男性化であったことは周知の事実である。
    というか本人が周囲にはそう言いまくっていたし、それにより多くの女子から男性化に期待を寄せられていた「イケメン(仮)」だったのだ。
    男になる気満々でいた " 彼 " は、ひょんなことでナツという男性を相手にときめいてしまい、それまでの彼の意気込み虚しく一晩で立派な女子になってしまったのである。

    「ナツの心配もわからんでもないけどさー。あんたどんどん美人になるもん。
     正直男だったら顔面には惚れるわ流石に」

    「よく言う〜」

    ナツは非常に嫉妬深いのだが、いかんせん小柄なのでなんだかその様相は小さい弟に駄々をこねられているかのようで、正直ギャンギャン言われてもあんまり嫌な気分にはならない。
    うんうん彼女を大事にするのは偉いぞ、なんてほんわかするくらいだ。

    ちなみにあたしはかつてそんなナツに校舎裏なんて鉄板の呼び出しを食らい、本当はカゼロカを男として好きだったんだろう!とか問い詰められたりしたんだけれど、とんでもねぇ誤解と妄想である。
    話を聞きつけたカゼロカがその後ナツをしこたま絞りに絞り、二度そこんなことはいたしませんと土下座で誓わせたのは記憶に新しい。

    「あんたがさつな男無理でしょ。結構オトメ思考なんだから」

    「ナツには負けるよ〜」

    「あー、そりゃ間違いないね」

    大親友様は今も昔も変わらず、性別がどう変わろうともやはり大親友なのである。
    髪も伸ばしてすっかり女の子っぽくなった彼女の、自称がさつな励ましはいつもあたしを助けてくれるのだ。

    「もうちょっとだけ頑張ってみる!もし見に行けたら映像送るから!」

    「そこはライブで見せなさいよ!」

    「えー、だって彼氏とイチャイチャしてる真っ最中かもしれないじゃぁん?
     お邪魔しちゃ悪いしぃ?」

    「あんたにそんな気の遣われ方すんのきっしょいのよ!」

    本日クリスマスイブ。明日はクリスマス、そして数日待てば年明けだ。
    私達は短い冬休みが明ければ一つ学年が上がってしまうから、次に会うのは新学年ということになる。
    そうなれば全員受験期。
    それまでにみんなで思い出を一つ増やしたかった儚い夢は散ろうとも、計画性という教訓を得る勉強代としては安く済んだと思うことにしよう。

    「んじゃ明日10時ね。寝坊すんじゃねーぞ」

    「カゼちゃん口調口調」

    「あーらいやですわ、遅刻すんじゃねぇでございますわよ」

    「あははは言い直し方ひどすぎー!」

    真っ白い髪が帰路の途中で離れていくとき、電動キックボードの上のあたしの足は軽やかで、顔もとても前向きなものになってた。
    ちくしょう。やっぱり女の子になっちゃう前に口説いてナツを泣かせてやればよかったぜ、なんてのは、明日のクリスマスカラオケでぶちかます冗談にどうだろうか?
    きっと真っ赤に怒った顔のナツと、ふざけて悪乗りしてくるカゼロカを見れるに違いない。

    「────あの、タタラさんですよね」

    そこからわずかに先の曲がり角、バス停を横切るいつもの帰路をあたしはゆうゆうと曲がって走る。
    けれど掛けられたセリフにびっくりして振り返れば、いつからそうしていたのか、あたしの隣を全く同速で走る一人の少年と目が合った。
    彼の足元にはキラリと新品の輝きを宿して音もなくビビットカラーを振りまく、とんでもなくかっこいい電子キックボードが空を切っていた。

    「初地球の出を見に行こうとしてるって聞いたんですけど」

    我が大親友さまとおんなじ真っ白な、そしてぜんぜん違う瞳と声の少年に出会ったのは、それが初めてのことだった。


    * * *


    僕と同じシューシ種のカゼロカさんは有名ですから。
    そう一言前置いて、面識がないはずのあたしの名前を言い当てた彼は、本来公道でやらかすとめちゃくちゃ危険な行為である「移動走行中の他人の衣服を掴む」をやらかしたのである。

    「うう……ごめんなさい、わざとじゃないんです……」

    「わざとだったら注意じゃ済んでないよ。
     下手したらどちらかが大怪我をするかもしれないんだ、次から気をつけるように!」

    公道を走行中にセンサーが通行者や走行者の違反行為を検知すると、その場ででっかい警戒アラートが鳴り響き、近くの待機ポリスが急行する。
    例えば私の愛車である電動キックボードであれば、未成年の二人乗りや積載量超過、スピード違反に信号無視、そして今回のような「移動走行中の他人の衣服を掴む」なんかがそうだ。

    「仲がいいのは良いけどね。交通ルールはきちんと守らなくちゃ」

    現在婦警さんが自腹で奢ってくれたジュースをしばくあたしとは対象的に、こんこんと強面のポリスにお説教をされている少年は始終腰も頭も低く謝り倒していた。
    まぁ仮にどっちかか転倒したりしていたら説教では済まない事態になるのだし、同じ電動キックボーダーとしては交通ルールを守らない危険運転手はこってりじっくり絞られて当然なのだけど、それにしても長いなぁとは思った。
    ルール違反はしたけどどっちも怪我はしていないのだから、そろそろ引き上げてくれたって良いと思うのに。

    (真っ白な髪……だからかなー)

    彼が染めているのでなければ、一点の曇りもない真っ白な頭髪はある特定人種特有の頭髪のはずだ。
    それは毎日のようにあたしも目にする大親友と同じ色。

    (かわいいもんなあ、構いたくなっちゃうってやつ?ご愁傷さまだけど……)

    我が親友もそうであるように、シューシはツラがいい。
    中性的で少年とも少女とも言える面立ちと、同じくどちらとも取れる曖昧な体系は、一部の人にとってはドストライクな何かの癖に刺さるという話は有名だ。

    しかも捕まってる当人は女のあたしよりも少し小柄で童顔な上、制服はパンツスタイルなのに妙に可愛らしい。
    色恋沙汰に疎いあたしですらシューシはどいつもこいつも顔がいいなと思うので、反論らしい反論をしない気弱そうな眼の前の美童に、お説教おじさんも熱が入ってしまうのかもしれない。
    説教好きなやつってそーいうとこあるよな。

    「それじゃあ気をつけて。次は学校に連絡するからね」

    更に話が長くなるかと思いきや、あたしにジュースを奢ってくれた婦警さんが説教おまわりの後頭部をどついて仕事に戻ってくれたため、それ以上のお説教タイムは免除されることとなった。
    目をつけられたのは自業自得とは言え、流石に同情し始めていたタイミングであったので一安心だ。

    「あんた抜けてんねぇ。あんなのは走って逃げちゃえばJKごときをそんなに追ってきたりもしないのに。
     バカ正直に立ち止まってヘコヘコなんかするからつけあがられるんだよ!」

    2ケツのガキみたいなのを捕まえたところで彼らの点数稼ぎには大した成果はないのだ。
    あたしだって良くスピード違反だとかで一瞬追われるけれど、被害者ゼロな危険運転と言うほどでもない若者のちょびっとイキった電キ走行なんて一声注意する程度のもの。
    それを鳴り響いたサイレンに驚いて即停止した上、駆けつけたおまわりさんの説教を真正面から受け止め続けるなんて、どこの良い子ちゃんだという話だ。

    まあ、見てくれはまんま良い子ちゃんっぽいんだけどね。

    「あはは……お巡りさんに捕まったのなんて初めてで……」

    「ゆーとーせーだなぁ。て言うか誰?まだ名前も聞いてないんだけど。
     なんであたしのこと知ってるの?」

    「ええっと……」

    ジャカ。彼は私にそう名乗った。
    呼称が彼で良いかも怪しい美少女っぽい顔をしているし、聞き覚えはも見覚えもないけれど。
    見てくれ通り同じ学校の生徒らしい彼は、聞けば同学年だと言うではないか。
    し、知らねー!こんな美少女みたいな子見たことないんですけど!

    「あの、その、なんて言えばいいんだろう……。
     もう入学はしているんだけど、まだ教室に入ってないっていうか」

    「ん?」

    「今日は校長先生への挨拶だけだったからどこの教室にも顔は出せて無くて……!」

    なんと、彼は冬休み明けの新学期から紹介されるはずの、同い年の転入生なのであった。
    そりゃ見たことがないわけだ!

    転入生とのフライング顔合わせにびっくりしたあたしは、その流れのままびっくりついでに色々突っ込んだことを訊いてしまった。
    気づけば彼がまだ性別決定前のシューシであることや、今まではホームスクーリングをメインに通信系の学校徒であったことなどをズバズバと聞き出していて、なんなら飼ってるペットの情報までご存知状態と相成ったのだ。
    いかん、ついママたちの井戸端会議みたいなノリでズケズケいってしまった。
    でもペットの火星クラゲは見てみたい。

    「それで一体どこであたしのことを」

    「それはえっと、先生たちがね」

    この数日の間、なんとか初地球の出を親を同伴させずに自分たちで見に行く算段がつかないかと、あたしや友人らは奔走したわけだけども、どうやらその話の一端は転入手続きに来ていた彼の耳にまで届いていたらしい。
    職員室で他の先生たちにもいい方法がないかと尋ねてくれていたらしい担任の、地味に嬉しい努力を又聞きで知ることになったのは後々感謝するとしてだ。
    この可愛らしい転入生くん?ちゃん?の耳に届いたあたしの話は、なんでかその興味を引いたようなのだった。

    だからあたしに用なのだと言われてもナンノコッチャではあるのだが。

    「そ、それで……っ」

    「うん?」

    「そ、その……っ」

    「う、うん」

    「あの、ええと……そのその……っ」

    「えーいさっさと言ってよ!」

    「ごっ、ごめんなさいー!」

    もじもじウジウジ悩みながら、なかなか用件を言わない美少年だか美少女だかに、あたしの短い堪忍袋は秒で限界を迎える。
    はっきりした物言いをする友人らとの付き合いが如何に軽快でストレスがないかをこんなところで再確認するとは、人間周囲に感謝しながら生きていくべきなのかもしれない。
    いややっぱ友人らが雑なだけかもしんないわ。

    「2年1組のタタラさん!」

    「学校の外でファミリーネームみたいに学年を言うな!
     さっきから何なのよ、言いたいことがあるならさっさと言っ……」

    「僕と!地球保安のステーションに行きませんか!は、初地球の出も見られるから……ッ!」

    意を決した彼の口から飛び出した、結構無理したんだなってくらいの少々でっかい声は上ずっていた。
    顔を真赤にして懸命に、ともすれば勇気を出してと言わんばかりのその台詞は、おまわりさんが去ったばかりで人通りもごく普通にある公道での大告白のようでもあって、しかし内容は無数のハテナを飛ばすようなものでもあり、あたしは一瞬あっけにとられたのだった。

    しかしきっとそれは彼にとっても突飛な行動で、だからこそ顔を真赤にもするし、しどろもどろにもなっていたんだろうとわかる。
    ましてあっちは昨日今日の転入生。
    まだ転入生とも認知されていない人間が、面識のない女子にぶちかますお誘い文句としてはあまりにもおかしい台詞と勢いだ。
    で、あるのだから、次にとるべきあたしの行動は怪訝な顔で返すことだったのかもしれない。

    だけれども。だけれどもよ。
    きっとこの可愛らしいお顔の少年だか少女だかなこの子本人もきっとびっくりしたであろう選択肢が、あたしの頭上では輝いたのだった。

    「すみません急にこんな、びっくりしましたよね……ちゃんと説明しますから……。
     ええとまずはどこからが……」

    「行こう。」

    「はい、旅費は僕が出すので、……って、え?」

    「行こう!初地球の出!!いつ出発?どこに集合すればいい?何が必要!?
     パスポートとかビザとか要る!?!?」

    「え、ええ~~~~!?」

    白くてふわふわな柔らかいその手を取り上げ、ギュッと握って前のめり。
    細かな前置きを何一つ聞かずに食い気味で肯定を返したこちらの反応には、相手の方が若干引いていたのだった。


    * * *


    「と、いうわけで。フライング転入生のジャカちゃんでぇ~す!」

    「でぇーすじゃねーんだよ、縮こまっちゃってんじゃないのアホタレ」

    拝啓お父さんお母さん、僕です。
    冬休み明けの新学期から転入予定の学校で、僕は一人の替わった女の子に出会いました。
    正しくは話に聞いたその子を追いかけて声を掛けたのは僕の方だったのですが、僕の突然の申し出に、彼女は驚くどころか二つ返事で返してくれた上、なぜだか今は彼女の友達に紹介されるという、良くわからない自体になっています。

    今日こちらはクリスマス。
    自宗教でもないこの行事を名前も知らない人たちと一緒に迎えて祝うのはなんだか変な感じではありますが、不思議と言うより不可思議なその女の子にぜひにと言われて、僕はこの場にやって来ています。
    でももう既に、緊張で座り込んでしまいそうです。

    「まだ性別決まってないシューシかぁ。
     この歳だと珍しい方なのかな?同い年なんだよね?」

    「う、は、はい……その、一応男、のつもりではあるんですが……。
     この歳になっても中々変化が来なくって……」

    「こら~、シューシの性別に口出すのはセクハラだぞ~」

    「だってぇ。カゼロカ以外のシューシとか見たことないんだもん。
     しかも超かわいいじゃん、また別のタイプだなぁって」

    僕たちシューシ種は思春期に入ればたいてい性別が決定して体も即した形になっていきます。
    でも今のところ僕にその兆候はびっくりするくらい無く、今でも僕の体は筋肉も脂肪も付きすぎるということがないまま、身長だって伸び悩んでいたりして、本当にどっちかわからないと言われることが増えました。
    僕としても自分がどっちかは正直わからないので、一応は昔からの感覚でやや男が良いなあと思っている程度です。

    ただまあ、性別決定前の僕らというのは女の子でもあり男でもありという感じなので、男らしさにも憧れるし、可愛いものも好きだしみたいな、何もかもが曖昧なのは自覚のある所。
    だから珍しがられてまじまじ見られてしまうというのも仕方がないことなのだと、わかってはいるのです。
    自分と母以外のシューシ種を見るのも人生で数えるほどしかなかったもので、目の前に性別決定済みの同種の同級生が居るというのもまたじわじわとした刺激ではありました。

    「まぁ少なくともカゼロカよりは女子ィ!って可愛さだよね」

    「鼻フックされたいのタタラ」

    「何よー!あんたは美女ォ!って感じだから別口でしょ!?
     昔は鼻垂れ小僧だったくせにどういう進化の仕方してんだってーの!!」

    「文句は発育の悪い自分のバストに言いなさいよ幼児体型」

    「はぁ~~?失礼なんですけどぉ~~~~??ちゃんと地道に育ってますぅー!」

    こ、これが女子トークというものですか。
    一人だけ男性もいますが、どうやら彼……ナツさん?は、僕と同じシューシのカゼロカさん……ちゃん?の彼氏さんなのだそう。
    まだ紹介されたばかりで名前を覚えきれていないので、しかも4つ子という顔の区別も難しい人たちを前にして、僕はちょっぴり心の売りだけ縮こまり気味でいます。
    おんなじ顔の女の子3人と、その三人と同じ顔の男の子、というのも、中々な光景ではありますね。

    「じゃれてないで本題よ。
     あたしらはナツ以外もうパパママの実家に一緒に行くことになっちゃってるけど」

    「本当に二人だけで行くの?いやタタラの心配じゃなくて」

    「タタラに振り回されるであろう転入生をオレらは心配してるんだよなぁ」

    「それなー」

    やっぱり、同じ顔の4名からそれぞれ似た声で次々言葉が出てくるのは混乱しますね。
    左端の方からお菓子を差し出され、代わりに僕の近くにあったマイクを渡し、次の曲の歌い出しが始まっても、僕から見た他5名のみなさんはときに真剣、時に無遠慮に、タタラさんの旅行計画のブラッシュアップを手伝っていました。
    たった一人熱唱を続ける方も、歌い終わって次の方に交代すると当然のようにその輪に加わり、また次の順番のひとも、という状態。
    なんだか目が回ってきました。遊んでいるのか会議をしているのか分からなくなりそうです。

    「ちゃんとライブ配信するね!初地球の出どんなかなあ、どれくらいで満ち欠けするのかなあ!」

    「次タタラのばーん。いつもの入れといた」

    「勝手に!?まあいっか、歌おー歌おー!あんたも!ほら!」

    「ええ!?あ、いえっ!ぼ、僕こういうの慣れていなくて……!」

    僕が初めて声を掛けた昨日、タタラは一も二もなく一緒に行くと言ってくれた。
    学校で偶然彼女の話を聞いた時、今どき地球の出なんかに興味を持つ同年代の女の子がいるなんてと驚いたものだ。
    勇気を出して声を掛けたのも、半分は無理だろうなという諦めを含んだ行動であったし、なのに肯定しか返ってこない食い気味の彼女にびっくりしたのは僕の方だったなんて、きっとお母さんたちに話したら笑われてしまうよね。

    タタラさん、と呼んでいる僕に気付いた彼女は呼び捨てにしてくれと笑うし、旅行計画のためにクリスマス会に参加しろとまで言い出した上、本当にお友達同士の集まりに僕を連れ立ち、今では何故か肩を組むようにして一緒に流行りのポックミュージックを歌わされていたりしています。
    いえ、まぁこの曲は僕も好きではあったんですけど。歌えないわけでもないんですけど。

    「ジャカもどんどん曲入れて!」

    「え、ええと、僕は日程計画の方を……」

    「7人もいるんだから大丈夫!このあとファミレス行くから、そっちでも確認しよっ!」

    一泊二日、僕とタタラと彼女の友達の7人で突き回した短い旅程計画表は、その日の夕方には全員の端末に保存されていくことになった。
    あんなに大騒ぎしながら入れ代わり立ち代わりであったのに、じっくり読んでもそこまでおかしな無計画表にはなっていない、中々しっかりとしたそれにはちょっぴり感動を覚えたりもしました。
    タタラはすごく適当なことを言っていた気がするし、一人は凄くシビアなことを言っていた気もするのに、他の人たちだって歌ったりおしゃべりしたりでメチャクチャなようにも見えたのに、完成したこれはどうだろう。

    『みんなで考えれば大丈夫!』

    そう笑って楽天的であった昨日のタタラの自信満々な笑顔がなんとなく納得できた気がした。
    彼女には凄くいい友達がこんなに沢山いるんだ。

    「今日楽しかった?」

    「えっ?あ、はい……同級生とカラオケなんて初めてだったけど」

    「マジ!?じゃあもっと一緒に行かなきゃねぇ!」

    「もっととは……?」

    髪を染めたいとか、新しい服が欲しいとか、すごく普通の女の子。
    かっこいい俳優やドラマの主演女優が大好きで、学校の友達も一杯で、門限前にお家に帰る普通の女子高生であるタタラという女の子は、僕が声を掛けても良かったのかと思うくらい友達にも愛されている人に見えた。

    彼女は僕の理由を聞く前に肯定を返したけれど、一応は順を折った説明もしたんだ。
    僕の両親は共に国際ステーション関連の職についていて、特に母は地球保安官という専門職の研究員とレンジャーを混ぜたようなものを仕事にしている。
    物心ついたときからそんな両親の間で育ち、長く会わない日も、一般的な全日学校に通わない日々も、僕にとっては普通のものとして過ごしてきたので寂しいとか冷たいとかを思ったりはしていない。
    来年受験シーズンに入る僕のために、人付き合いの訓練も兼ねた全日校の転入を勧めてくれたのも両親だったから、それにうんと返事をしたのも自分の意思だ。

    ただ、両親はこの時期になるとふたりとも揃って家を明けてしまう。
    新年の挨拶も朝になってのフェイスメッセージで交わすのが僕と両親の年末年始だった。

    「ジャカんちすごいねぇ。親が両方スペース事業って」

    「凄い、のかな。資格とかはいっぱい要るって聞いたことあるけど」

    「だってさ、色んな惑星の研究するわけでしょ!凄いでしょー!
     特に地球保安官!結構あこがれの職業だと思うよ?いいなぁ、ジャカも地球に行ったことあるの?」

    「うん、何度か。海がきれいだったかな。空も真っ青で」

    「海!!!」

    タタラ。彼女はとても素直な女の子。
    僕の両親の話を聞き、今まで家で両親からの連絡を待つだけだった僕が、今年は自分から両親に会いにってみたいのだという話をしたら、それをなんの疑いもなくすんなり信じてくれるなんて思わなかった。
    普通はそこで「どうして自分に声をかけるのだ」と不審に思ったりするものじゃないのかと、声を掛けておきながら僕は首をひねったものだ。

    僕はただ自分の決意に踏ん切りが付ききらず、一人が怖かっただけだ。
    だから両親には僕が会いに行くことなど話していないし、会いに行って新年の挨拶をして、それでどうしたいのだと言われるとなんにも思い浮かばない程度のものでしかない。
    それでもタタラはそんなところをチクチク刺すようなことは一言も言わないで「良いね、行こう行こう」と、僕がどこかで誰かにもらいたかった言葉を全て叩きつけてくれたのだった。

    「じゃあ30日の朝、駅でね!何かあったら連絡する~!」

    「うん。今日はありがとう」

    誰かと一緒に行くならば少しはこの名前の分からない不安や怖さが和らいだり、ともすれば直前になって会うのを辞めたくなったりしても言い訳が立つと思っていたことなど、タタラは話を聞いた上で一切どうでもいいと思っていたようだった。
    すごい人だ。本当に僕と同年代の女の子なんだろうか。
    それとも疑いを知らないだけの幸せな人生の主人公なのだろうか。

    (早く30日にならないかな……)

    僕の手には地球保安官が親族に渡すことのできる特殊パスポートがある。
    これがあれば、通常は一般人の入れないステーション専用区画へ入り、両親への面会が可能なのだ。
    だから僕と一緒に行けば、旅行会社なんかじゃ入れないエリアの、誰にも邪魔されないまっさらな地球を眺めることができる。
    専用エリアの敷地内は高い建物が一切ない。
    市街地内から遠くに見やる地球の姿とは比べ物にならないくらい明確に、あの青さを見ることができる。

    そう示した僕へキラキラと輝く瞳を向けた同い年の少女の素直すぎる真っ直ぐさは、羨ましいほどだった。
    僕が自分のために旅の共連れを探していたことも、地球の出を見たがっているという君に対して取引材料になるくらいにしかこのパスポートを見ていないことも、きっと君にとっては些細なことだったんだろう。

    ──── 誘ってくれてありがとう!

    僕にもその素直さの欠片でもあったなら、このほろ苦い罪悪感みたいなものももっと薄口だったのかもしれない。
    悪い言い方をするなら彼女は僕にとって都合のいい同行者であるはずなのだ。
    それを心苦しく思うくらいなら声なんか掛けず、掛けてしまったのならやっぱり一人で行くよといえば良い。

    (ありがとう、って……言われちゃったし)

    彼女も困っていた。僕も悩んでいた。
    だから都合よく足りないもの同士を提供し合えるのなら、それは運命に違いない。
    そんなことをあっけらかんと言い放ってしまうくらいのお気楽さ。
    彼女は、そういう意味ではとっても素敵な " 夢見る女の子 " だった。

    今日のカラオケに付き合えと言い出したのは理解に苦しんだけど。
    でも、楽しかったな。

    ジャカ。
    両親以外の幾人もからたった1日で山ほど放たれた僕の名は、なんだかとっても良い音な気がした。


    * * *


    充電よーし!予備電源よーし!充電ステーションマップよーし!
    念のための現金とスポーツドリンク、スポーツゼリー良し!
    おはよう月面都市!おはようあたし!今日は世界で一番いい朝なのだ!

    「雨だけどね。……あと、その格好は?」

    「計画降雨は想定の内!市街地抜けたら止まるからいーの!
     この格好はキモノだよ!本当はフリソデが欲しかったけど、危ないからダメだってさ」

    「下のそれは、スカート?キャロット?凄く長いけど……」

    「これはハカマっていうの!
     日本の民族衣装で、女性用のパンツみたいな感じ!」

    居住区である市街地は定期的に計画降雨が実施される。
    今日は12月30日だもの。大晦日に雨を降らせたら住民にどんな怒鳴り込みをされるかわかったものではないんだし、その1日前にやっちゃいましょうなんてのはお役人の仕事としては理解できなくはないもんね。
    愛車の電キも撥水加工バッチリだから多少の泥はねだってへっちゃらだ。

    あたしは見様見真似ながら用意した「お正月スタイル」に身を包み、今日という日を待ちわびて、気合を入れてきたのだった。

    「前見たときも思ったけど、ジャカの電キめっちゃいいやつよね。
     カスタムいくつ?もうレベル5くらいとってたりして?」

    「え、うん。僕レベル7のライセンスもってるよ」

    「まじでー!?」

    「お父さんがフルライセンスなんだけど、これプレゼントされたときに僕のライセンス不足で乗れなくて……」

    なるほど、よくある話だ。
    電動キックボードのカスタムライセンスは天井が12のフルライセンス。
    高めのライセンスを持っている親が張り切りすぎた結果、自分の子供に与えようとしたものが子供のライセンスじゃ乗れない内容になっちゃってたというやつ。
    どこの家でもあるんだなぁ、そういうのが。

    ましてフルライセンス持ちということは1から自分の愛車を作って良いというわけで、そりゃあ見たこともないツヤッツヤで角ばったイケてる珍しいモデルなわけだよ。
    このちょっと引っ込み気味な気性のジャカにはアンバランスささえ感じるド派手でビビットの効いたカラーリングだし、たぶん音的に中身のエンジンとかは既製品とは違うオーダー製のブランド品だ。

    「良い音がすると思ったんだよなぁ~!
     無音静音も小洒落てていいけど、ジャカのそれ曲がる時のヒュンって風切り音が超かっこよくてさー」

    馬力が違うんだろうな馬力が。
    なんてことを言っていたら、ジャカはぽかんと驚いたような顔をしてあたしを見ていた。

    「音だけでそんなことまでわかるの?」

    なんて聞いてくるもんだから、思わず駆動システムへの熱い思いまで口をついて出てしまった。
    ついでにタイヤも小型より11インチ以上の中~大型が好み。
    いくら浮遊走行ができるとは言え、やっぱりスタートダッシュがキックである以上は着地走行だってマシンの乗り心地を考えるべきだしね。

    タイヤはでっかいほうが振動少なめでガタつかないのだ。
    だからといってバイクのようなクソでかタイヤはダサいのである。バランスが大事。

    「え、え、じゃあこれは?これわかる?」

    「えー!カッ、カラカイトマイト製だあ!?」

    「わわ!すごい!わかるんだ!?」

    カラカイトマイト。
    一定の電磁を流し続けるとゴムやシリコンのような柔軟性を持つ、うっすら発光する鉱物である。
    形成した後に再び電気を流すと次第に中心部から外に向かって徐々に元の硬度に戻り、それを何度も研磨すると宝石のようにツルツルな見た目の装甲になる。
    この希少な鉱石は磨かれた表面だけが硬めのシリコンの様になリ、中は固くて頑丈という特性を活かし、高級ソファや軽量化と頑丈さを求められる機器のつなぎに使われたりするのだけど……。

    「グリップにカラカイトマイト!どんな贅沢~~~~!
     そりゃかっこよく見えるわけだよー!」

    ジャカの愛車はあたしの見立て以上に相当カスタムされたものであるようだ。
    流石はフルライセンス持ちの親父製作、こだわり方が変態的である。
    しかも私に対するこの反応を見るに、ジャカ自身も結構電動キックボードへの愛情を持っているタイプと見た。

    「えへへ……、でもタタラのそれも凄いね。
     お店で売ってるものみたいな色してる。僕は自分で塗装なんてしたことないよ」

    それにライトは付け替えてあるとか、チェアの踏み込み式昇降ギアが便利そうとか、ジャカも中々の目利きだ。
    やっぱり自分の愛車を褒められるというのは電キ乗りとしては嬉しいもので、単なる交通手段ではないこだわりの世界を知る者同士の空気があたしたちの間では立ち込めることとなった。

    ごく一般的な女子高生としては、わざわざ12段階もあるライセンスを都度都度更新取得しながら乗り回す電動キックーボードなんて、無免許で乗り回せるオートサイクルのほうがずっと手軽だし、可愛いし人気がある。
    電キ派のJKを探すとなると中々に人口は少ないものなんだけど、どうやら新しいこの友人はそういう点でも他の友人達とは違った友情をあたしにくれそうな予感がした。

    「愛車で友達と日跨ぎ年末旅行!青春だぁーッ!」

    「なんかおじさんたちのツーリングみたいだなぁ」

    「ちょっとぉ!出だしから青春カラーをロマンスグレーにしないでよ!」

    あたしたちの住む市街地からジャカのお母さんたちの職場である地球保安ステーションまでは、航空路でも数時間近くかかる距離。
    それを電動キックボードの高校生が陸路でとなるのだから、早くても半日以上は見込まなくちゃいけない。
    途中で休み休み、寝床はインターチェンジのカプセルホテル。

    なんだか時代物のドラマで見るような貧乏学生の旅行みたいでワクワクした。
    まあ未成年のあたしらにとっては、実際の貧乏学生以上に経済的な余裕はないのでそれ以下かもしれないけれど。

    「んじゃあ、出発と行きますか!」

    市街地を抜け、雨が終りを迎えると人口公道のドームへ入った。
    ドームの外は無酸素空間。あたしたちは電キの酸素計をしっかり見ながら、急ぎすぎず、遅すぎず、時々立ち寄るインターチェンジのグルメに舌鼓を打ちながら旅路を楽しむ。
    時間による空の変化も市街地の外にはないから常に夜みたいなもので、二人分の電キのライトが綺麗にカーブを曲がるときなんかは猛烈にかっこよく見えた。

    バイクでツーリングというのがおっちゃん世代に流行るのもちょっとわかる気がしないでもない。
    爆音を飛ばして風と振動を切り裂き、この闇の中をくり抜くようなライトで照らして駆け抜ける快感はきっと、スピードが出れば出るほど楽しいものなんだろうから。
    勿論あたしたち学生はそんな危ない暴走敢行などしないので、規定速度でお楽しみするにとどまるけどね。

    規定速度のあたしたちの隣を、よりスピードを出して良い乗り物がどんどん追い抜いても、逆にあたしたちよりゆっくり目に走る別の電キユーザーを追い抜くときも、みんなそれぞれ軽く片手を上げて気前よく挨拶をしていく。
    こういうドライバーの小さな交友もあたしが電キで走るのが好きな理由の一つだった。

    「もう予定の半分以上だ。結構順調だね」

    「うう~~~~近づいてる!あたしたちの地球が近づいてるよ~!
     まだまだ走れる気がするう!」

    「あはは。大興奮だね。でも今日はもう休んでおこうよ」

    時刻はまもなく21時。
    そろそろインターチェンジ内のカプセルホテルをとっておかないと埋まってしまうかもしれない。
    そうでなくでも未成年の22時以降の外出はNGだ。歩道でもされたらたまったものではない。
    というわけで、その日は逸る気持ちを抑えて慣れないカプセルホテルに隣り合って入り、友達みんなに報告チャットをして眠りにつく。
    通知音は切っていたけど、端末に浮かぶ沢山のメッセージ通知には目を通していたんだ。

    頑張れよとか、順調だねとか、ジャカに迷惑をかけていないかだとか、今日の夕飯の飯テロだとか。
    友人らも思い思いの年末を過ごしながら、その欠片をあたしにもわけあってくれている気がして嬉しかった。
    みんな一緒でも、一緒じゃなくても、楽しく過ごせる。
    きっと明日にはあたしもこのワクワクをもっと大きく、しっかりと、みんなに伝えてあげなくては。

    (おやすみ──── )

    眠って起きて、おはようを言う。
    それが家族やいつもの友達ではなく新しい友達でも、あたしはシャキッと笑顔でいられた。
    ジャカは慣れないベッドでちょっと眠りが浅かったと言ってカフェイン錠剤を買い、朝食を軽く済ませてから一緒に愛車のメンテに向かう。

    充電よし、予備充電も良し。
    昨日の泥はねもしっかりお掃除、タイヤも浮遊装置の調子も問題なしだ。
    簡単にグリスを差して小休憩。
    そうして起きてから2時間としない内にあたしたちは再びそれぞれの足で愛車とともに道路へ蹴り出した。

    「あ、あれ?あれじゃない?あの白い建物!」

    「そうだね!こうやって見るのどれくらいぶりだろう……!」

    前に来たのは2年くらい前だというジャカは、その表情に今朝の寝不足の色なんて残しておらず、あたしと同じ様にウズウズワクワクした顔をしているように見えた。
    ちょっと引っ込み気味の雰囲気はどこかに鳴りを潜め、電キの上で背伸びでもしそうな様子で体幹を伸ばし、遠くに見える小粒の施設をキラキラの眼差しで見つめている。

    事前に調べておいた通り、近くの小さい市街地にあるステーションで働く人たちの関係者が使える福利施設にチェックイン。
    こっちは予約済みなので、個室の空きを心配すること無くすんなりと部屋が決まった。

    「あっはっは、親御さんに内緒でニューイヤーサプライズか!いいねいいね!」

    ジャカの親族用パスポートと雑談がてらの事情から、フロントのおっちゃんとおばちゃんは大爆笑し、素泊まりで食事がつかないはずなのに、サービスで美味しいジャンクな夕食を用意してくれたりする。
    普段ならともかく、この年末年始は家族に会いに来る人もそこそこ居て、それでも子供だけで親に会いに来るなんてのは珍しいと感心してくれているようだった。

    いよいよだ。時刻は年越し1時間前。
    あたしと、パスポートを握りしめるような格好のジャカは施設直通のリニアの改札で息を大きく吸った。
    ここから先は地球保安ステーションの敷地内。
    一般の人は立ち入れない特別なエリア。そこにジャカの両親と、あたしの焦がれる地球がある。

    「お母さんとお父さん、忙しいかな」

    不安そうなジャカの背中をあたしはばしっと打って笑う。

    「忙しいからあんたが会いに来たんでしょ!きっとびっくりしてすっ飛んでくるんだから!」

    その後は感動の再開と感動のハグで栄華のようなフィナーレだ。
    あたしの言葉に吹き出すジャカはとても可愛らしいその顔をきりっとひきしめ、畳んだ自分の愛車とあたしの愛車を見比べる。
    あたしより低い背のくせに、その顔は中々締まってていい感じだった。

    両親に合って驚かせて、その後は一緒に地球の出を見よう。
    そうしたら友達みんなについにやってやったぞと自慢しよう。
    あたしたちの短い旅は、大団円を迎える最後の一歩を踏み出すのだ。

    「ああ。ええと、ご両親は1時間ほど前に、もう地球へ向かって発ってしまわれました」

    だから、その言葉を聞いた時のあたしたちのショックは、それはもう凄いものだった。


    * * *


    お父さんもお母さんもとっくにこの月にはいなかった。
    僕のいるこの月から飛び立ち、あの青い星へ彼らは飛んで行ってしまったのだ。
    次に帰ってくるのは一月後。
    それまで僕はシッターさんと一緒に二人の帰りを待って、そうして次に家族として過ごせるのは何日くらいだろうか。

    不思議だね。
    当たり前だからなんともなかったものが、なんでか今日は酷くつらいもののように思えてしまった。
    バカだなぁ。サプライズだなんて言わずに、会いに行くねと一言言っていたら違ったかもしれないのに。
    会いに来るのをやめるかもしれないなんて弱気でいたから?
    それとも、その弱気に付き合わせるために一人の女の子を巻き込んだことへの罰だろうか。

    「ジャカってば、おーい」

    「ごめ、んね。無駄足だった……みたい、で……。
     でも初地球の出は、見に……見に行く、から……」

    「いやうん、それは勿論いくけどさ。
     それよりほら。鳴ってるって、すげえけたたましい鳴りようだって、出なくていいの?」

    「え……?」

    僕の好きな古い映画のテーマソングが耳に入ったのは、タタラのその声掛けに気付いて以降のことだった。
    それはまるで今まで耳栓でもしていたかのような空気の移り変わりで、僕にとっては突如の音量となる。

    「あんた着信音の趣味渋いな」

    「なんでしたっけねぇ、これ。何か聞き覚えはあるんですけど」

    父母の不在を伝えてくれた職員と一緒に着信音についてを考えるタタラを知り目に、僕は震える腕で自分の端末をポケットから引き抜いた。
    カードサイズの薄いその端末の画面に流れる通知は、この中に唯一この着信音を登録している人物からのものだ。

    指先も震える。
    声が出ない。視界が霞んでしまいそう。
    そうだ、なんか海賊モノの映画だった気がする!昔そういうのレンタルするのにハマってた!とはしゃぐタタラの声も遠くなっていきそうなほど、僕の心臓は海練をあげていた。

    「…………お母さん?」

    受信画面の文字が消え、声紋に揺れるホログラムが僕の小さな声を拾って波を打つ。

    『ジャカ?もー、やっと出た!
     全然出ないから寝ちゃったのかと思ったじゃないの!』

    『まぁまぁ。今日は友だちと年越しだって言うじゃないか。
     きっと楽しく過ごしていたから気づかなかったんだよ。な?ジャカ~父さんだぞ~』

    『あら?ちょっと、ビデオモードにして!
     これじゃ普通の電話じゃないの!』

    お母さんの声と、お父さんの声だった。
    それは間違いなく僕の知る両親のいつもの調子のやり取りで、お母さんはこんな喋り方だけど顔はいつもちょっと笑っていて、お父さんはいつも小学生でも相手にしてるみたいにニコニコしている。

    そういう声だ。
    僕の知る両親の、僕へ話しかける僕への声だ。

    『映った?』

    『ちょっと待って、グループチャットにしよう。僕のもつなげるから』

    『ジャカ?そっちからは見えてる?』

    真っ白で短い髪。白い肌。
    ちょっと赤みがかった茶髪。浅黒い肌。
    僕の両親は、間違いなく僕の手の中の小さな3Dパネルの中にいた。

    『もうすぐ年が終わるわね~!
     お母さんたちちょっと早めの便に乗ってね、いつもみたいにステーションからじゃないのよ』

    『やっぱり年末年始も仕事はつらいよなぁ。来年は絶対に休みとってみせるぞ』

    『あなた毎年同じこと言ってるでしょ!大丈夫よ、ジャカだって小さい子供じゃないんだから』

    『家族に小さい大きいは関係ないじゃないか!僕は家で家族と居たいって言ってるんだよ』

    「────……お母さん、お父さん」

    毎年お決まりの休日計画の言い合いだ。
    二人はいつも、次こそはと言うけど殆どその通りになることはない。
    無いけれど、その分沢山の埋め合わせをしてくれる人たちだ。
    うっかり僕が乗れないような魔改造をしたフルカスタムの電動キックボードを作ったり、通学じゃなく家でフェイスチャットをしながらの勉強に付き合ってくれたり、誕生日にはリビングに置けないような大きなプレゼントまで買ってくる。
    ペットの火星クラゲのために倉庫みたいなサイズの水槽まで作ってくれたりもしたね。

    全部大げさだし、全部極端だけれど、だからこそ僕は二人をずっと好きで、だからきっと寂しくはなかったのだ。
    当たり前で麻痺したのではなくて、当たり前に貰うべきものを貰っていたから、当然のように平気だっただけ。
    受験に不安を募らせる僕に、すぐさま再び全日制の学校へ入れるよう奔走してくれたのも知っている。

    『ジャカ?ちゃんと映ってる?聞こえてるかしらこれ』

    『僕はちゃんと繋がってるように見えるよ。ジャカ?もう眠いかい?』

    「……ううん、聞こえてる。見えてるよ。
     今二人がどのへんにいるのかなあって二人の背景を見てただけ」

    二人の後ろは無機質で窓もない船内で、きっと少し家より窮屈だろう。
    そんな雰囲気もなにもないような場所の居心地は、時間間隔さえ曖昧になってしまいそうなほどなのではないだろうか。
    それこそ、年末だとか年始だとか、そんなことを感じ取れないくらいに。

    それでも二人は地球に行く。
    月に残した僕と繋がりながら、その名残を惜しみながら。
    真っ白な部屋で小さなモニターを取り合い、僕に何度も呼びかけて。

    「実はね、友達と一緒にステーションに会いに来たんだよ。
     すれ違いになっちゃったみたいだけどさ」

    『え!?』

    『ええ!?今!?』

    素っ頓狂な声は心からびっくりしている二人の様子を僕の胸にすんなり届けてくれる。
    こんな簡単なこと、どうして僕は怖がっていたのだろう。

    「へへ、びっくりした?お父さんの作ったやつでね、一緒にツーリングみたいにして来たんだ」

    『それを早く言わないかー!で!?新しいエンジンはどうだった!?!?』

    「フフ、めちゃくちゃイケてる。友達も羨ましがってた」

    便を早めたりしなければよかったと大仰に落胆する一方で、興奮気味に電動キックボードの調子を尋ねてくるお父さんの様子に笑ってしまう。
    僕が一向に乗り回さないので早く感想が聞きたかったに違いない。

    『ちょっと待って。新しいエンジン?あなたまたあの子のキックボードいじったの?』

    『友達の会社で作ってるのを融通してもらったんだよ!馬力が違うんだ馬力が!』

    『あなたねぇ!!!』

    「あはは……」

    お母さんはお父さんのカスタム趣味にいつもケチを付けるのだ。
    それが怖くてお父さんもこっそりするのだけど、辞めはしないのでやっぱり怒られる。
    ナチュラル派のお母さんは僕にもっと園芸とかを学んでほしいらしいけど、僕はどちらかと言えばお父さん派だったりするのだ。内緒だけどね。

    『もう!帰ったらお母さんにもちゃんと見せてね!
     危ない出力になってないか確認しなくちゃいけないわ』

    「大丈夫だよ。昨日今日走っても変な所全然なかったし」

    『ダーメ!良い?ちゃんと見せるのよ?
     それとお友達と一緒でもあんまり遅くまで騒いでちゃだめ、今日は特別だからね』

    「はーい」

    少し早いけどハッピーニューイヤー。
    会えなかったのは残念だけど二人が元気で良かった。
    そう笑う僕に、両親は最後、お友達を紹介してほしいと願った。

    「えー、えへへ……あの、はじめ、まして?」

    『あらまぁかわいいお嬢さん!』

    僕と一緒に映り込むタタラを見てほころぶ両親と、ちょっぴりいつも猫をかぶるタタラと、なんだかどちらの様子もいつもと少しずつ違う感じがしておかしくて笑ってしまいそうな僕と。
    もう友だちができるなんてと喜んでくれる二人を前に、僕も心から同意をするのだった。

    「いーい親だねぇ!うちなんかあんなお上品に喋ってくれないよ!」

    両親との通話を終えた僕の横でタタラははにかむ笑顔を見せた。
    親とのやり取りを人に見られるのは少し恥ずかしいけれど、この気恥ずかしさも今はなんだかちょっとだけ嬉しくて僕もつられて照れ笑いをする。

    タタラ。
    君は僕と両親のやり取りに自分から入ってくることはなく、画面にも映り込まないようにしてくれていたのを知っているよ。
    君の方こそ、とても優しくて気の利いた友達じゃないか。
    僕のわがままを叶えてくれると二つ返事をしたときも、こんな所まで来て僕が両親とおしゃべりをしている間も、君はなんら嫌な顔をしない。

    「ジャカの目的は達成で良いのかな?まぁ直接は会えなかったけどさ」

    「うん、そうだね」

    ステーションを目指した目標はその一つが達成された。
    ならば残るは、君の目標。

    「もうすぐ0時になりそう。地球の出って何時から見えるのかな?」

    ガシャリと折りたたみから開放されて素早く展開される、君の愛車。
    地球の出について簡単に説明しながら、ここで一番の「それ」を眺めるならばと、高く高い位置を指差す職員さん。
    その指先に注がれる僕と君の双眸は、瞬く星々よりも更に向こうへ向かって伸びていた。

    僕の電動キックボードも彼女に負けず劣らず手早く展開され、父さん自慢のエンジンに電気というエネルギーが巡る音を聞く。
    派手すぎると最初はショックさえ受けた、キラキラ輝くダイヤモンドダスト加工のパールホワイト。
    蛍石のようにふんわりほのかに光を放つカラカイトマイトのグリップ。

    「外通路はこの時間人が通りませんので、そのまま屋上まで走って行って大丈夫だと思いますよ」

    「ありがとうございます!やっぱここまで来たら見て帰んなきゃ!」

    「セキュリティの方にはお二人のことは連絡しておきますので、ごゆっくりどうぞ」

    きっとそれは僕等が子供であるからだろうし、そしてここがあくまで出入り口でしか無いからでもあるだろう。
    研究施設に見事な眺望なんて要らないので、施設の大半はここから更に奥に入った研究棟で行われる。
    だからその手前であるこの縦に長い部分を持つ建物は、眺望が必要な何かのために存在するのだ。

    ──── 展望室。刻一刻と変わる地球の姿を撮影する。それがこの塔の役割。

    「最高の眺望をお楽しみください」

    赤黒のコントラストが唸りを上げるタタラのキックボード。
    白一色の上を星屑のように瞬く輝きが流れる僕のキックボード。
    二人それぞれの愛車にそれぞれが自分の片足を乗せ、ヒビ一つ無いなめらかなアスファルトの上につま先を下ろす。

    僕らの顔は、きっととてもドキドキしていた。


    * * *


    登り坂は緩やかで、けれど何度も何度も往復のように渦を巻いて上に伸びている。
    辺り一面、施設の周りには高い建物は何一つ無く、木々や人工アンテナの類も存在しない。
    この場所はただこの塔唯一がそびえ立つ、「地球を見る」ためだけの場所なのだ。

    きっともっとゆっくりあたりを見れば、さっき乗ったリニアや、そこからつながる少し離れた場所の市街地の明かりもキラキラと綺麗だったに違いないし、頬を切る風は冷たくて心地よかったはずだった。
    けれどもあたしもジャカも、そんなものには全く何一つ、一瞥もくれてはやらない。

    「もうすぐ、ドームなしの……無酸素エリアだよ!重力も……!」

    「……おっけぇッ」

    月面に酸素はない。
    あたしたちが日常生活を送るにあたり、市街地や公道などは酸素の供給が可能な人工ドームに包まれているので、普段はそれほど「無酸素」という状態は意識しないで生活しているものなのだけど。
    でも、ひと度その安全な膜の中から外に出れば酸素はなくなり、その上重力も約6倍ほどの差があるのだ。

    何もせずに放り出されれば、体はふわふわとおぼつかずに、下手をしたら勢いそのままで宙に浮いてしまう。
    勿論酸素がないから呼吸なんて出来ない。
    だから、万が一のドーム破損などの事故に備えて月の住民は様々な安全対策をとっているのだ。

    「ボンベセットした!?」

    「した!磁位装置もちゃんと動いてる!」

    かつて私達の祖先住んでという地球はこの月の6倍ほどの重力があるらしい。
    この6という倍数の差は大きく、仮に月で生まれた人間がそのまま地球に降り立つと、その重力だけで内蔵がぺしゃんこになってしまうといえばいいだろうか。
    逆に地球から月に来た場合はそれほど動きに制限はなく、体が軽くなるような感じさえするという。

    なので、普段からあたしたちの生活する市街地エリアを始めとしたドーム内というのは、人工の重力で地球と同じような環境を作り出している。
    これに慣れて生活している限り、地球と月は行き来ができるし、旅行にだって行けるのだ。
    それができるようになったから人間は月に移住できたのだと、私達はかならず学校で習うわけ。

    「ドームを出たらスピードを落としてゆっくり、飛び出し厳禁だからね」

    「うう~もどかしいけど……!」

    「大丈夫、置いていったりしないから」

    万が一に備えて口元には酸素マスク。
    愛車の磁場スイッチはONにし、地面との接触を強固にする準備に入る。
    そしてそれぞれの電キの速度を落として徐々に災害対策モードの起動展開だ。

    市街地以上に人の手が入りづらい道路だけを覆うドームは、どんなに短いスパンでメンテナンスをしても突発的な破損が起きる可能性がある。
    なので公道を走れる車両類の全てには、自車を覆える程度のインスタントドームの生成機能……災害対策モードの搭載が義務付けられている。
    人が生身で歩ける人工ドームの外に出るには、これを使うというわけだ。

    内部の酸素供給的に、制限時間は大型車両で大体3時間位。
    あたしたちの電キではせいぜい30分もてば良い方なので、その半分の時間で滞在時間を終えたい。
    ドーム越しならいざしらず、「生で空を見る」のは、実はけっこう大変だったりするんだよね。
    酸素ボンベの装着も、このインスタントなドームの内部酸素が足りなかった時用だ。

    「レッドラインだ……そこからすぐ、無酸素だよ!」

    ずんと、最初に重力の変化を直で感じたのは肩だった。
    次に首、その次が指先。そして太腿。
    単純計算で6分の1になる自分たちの重さを、あたしとジャカの愛車が懸命に支えてくれる振動が伝わってくる。
    もしこのまま手を離したら電キの前に進む力に勝てず、体が浮き上がってしまうかもしれない。

    (酸素は……大丈夫!ちゃんと機能してる!)

    マスクのスイッチはまだOFFで大丈夫そうだ。
    インスタントドームの展開は充分に出来ているようで、あたしたちは再び緩やかに愛車の速度を上げていった。
    そしてようやく曲がることのない広々とした空間……屋上にたどり着く。

    ──── そこには、ただ青が待っていた。


    * * *

    『ー……!…、……』

    『???…、……。……~』

    あたしとジャカは、少しの間お互いの言葉が聞き取れないことに気づかなかった。
    そりゃそうだ。それぞれ別々のドームに包まれているんだから音だって遮断される。
    ドームとドームの間は無重力の真空なのだから当然である。

    ジャカが自分の端末を取り出し、そのなかのアイコンをスイスイと指さして、あたしと自分の電キの同じアイコンも指さした。
    そうだそうだ、こっちの通信機能で喋ればいいって言ってるんだね。
    それぞれ端末のペアリングを確認して電動キックボードの電源を使い、スピーカーをON。
    するとすぐにクリアな音声が耳の中にはっきりと届いた。

    「まにっ、間に合った!まにあった、よね!?」

    「0時も過ぎてるし、バッチリ……でしょ!?これはもうバッチリでしょ!?」

    薄っすらと、しかし確実に、鮮やかな縦型の三日月がそこにはあった。
    それは水の色。空の色であり大地の色だ。
    動画や写真、画像、絵画や夢の向こうで見つめたどんな青よりも色とりどりの、青い三日月。

    みんなが毎日見てるじゃないかと言うようなドーム越しですら無い確かな地球の色。
    それが、今あたしたちの目の前にある。

    「本物の、初地球の出だぁ……!!」

    数日前、普段は半分寝てしまうような歴史の授業で「私のルーツ」という話を聞いた。
    あたしはライファ種なので当然混血なのだけれど、このタタラという名前も、実際の血筋も「日本」という国から受け継がれた言葉と遺伝子だと、改めてそう思うきっかけになった話だった。
    その国の名は既にこの世にはなく、はるか昔、古代に近い古い国の名前だけれど、たしかにあの青い星の中に在ったというのだから、これは凄いことなのではないかと思うのだ。

    生まれた国どことか惑星そのものからも離れた場所で、その国の子孫が生きている。
    その国の言葉が残り、当たり前のように使われている。
    沢山の血が混じっても、気の遠くなるような時間が経ち過ぎてしまっても、在ったという事実と在るという事実がここに繋がっているなんて。
    目に見える結び目はなくても、宝箱に隠した鍵のように私の中に埋もれるその国は、この違う星の上を2本の足をつけて歩いてる。

    その国が日の出と呼んだ、「太陽」を仰いだ気持ちが今なら心からわかる。
    真っ暗な空の向こうで徐々に徐々に青さを増すその輝きに、胸が一杯になりそうだもの。

    「全部見えるようになるまで……どれくらいかな?」

    「まだまだかかる。流石に酸素が持たないよ」

    「うう、全部見たいよぉ……!」

    「ここ展望台だから残りは中で見よう。
     その前に掘ら、みんなにさ、「本物」を早く見せてあげなくちゃ」

    「ううう~~~~うん、うん~~~~!」

    あの青い星は太陽の様に自ら光を放つことはないし、他の星に熱を届けるようなエネルギーの発散もない。
    ただこうして見えるのは太陽の光を受けて、光の屈折で目視に至るという、たったそれだけの理由なのだ。
    だけれど、なのに、その青々しさは誰がどう見たって──── !

    『めっちゃキレ~~~~!!!』

    『すげー!輝いてるって感じ!』

    『ハァ!?今これドームの外なの!?大丈夫!??』

    『そーりゃ全然違って見えるわけだわ……』

    『写真とってきてよ写真!いややっぱ動画!まんまるになるところまで見たい!』

    三者三様と言うか、五者五様と言うべきか。
    我が大親友とその彼氏、四つ子の残り三人、そしてついでにあたしの親のまだ起きてた方に、短いながらこの感動の光景をライブ配信することが出来たのが、きっと今年位置の快挙に違いないとあたしは思う。
    そしてやはり、写真や映像ですら無い最後の最後の記憶の色。

    インスタントドームの解除とともに口元だけを覆ったマスクと、愛車を握りしめて踏ん張る手足。
    レッドラインの安全なドームの中に入っていくまでの、その本当に短い時間のあの一時の、その色。
    青と雲間の流れる白に、闇に陰る砂地の色と、不揃いなのに小気味よく交じる緑のそれ。

    その色の本当の名前は「地球色」だと。
    あたしは単純なので、そうとしか思えなかった。

    「ジャカ、連れて来てくれてありがとぉ~~~~」

    「僕も……その、ありがとう、着いてきてくれて」


    ニューイヤーに湧く世界が思い思いの乾杯をあげるだろうその時間の地球色は、冬休みの色。
    それはあたしのルーツの色であり、誰かにとってもそうであり、更に誰かにとっては故郷の色だ。
    ジャカと交わしたありがとうの色も、友達とはしゃいだライブ配信の色も、その色だ。

    毎日見てるよ。
    だけど、この日だけははじめましてだったんだ。

    「今まんまるになってるからね、地球側から僕たちのことは見えていない。
     見えてくる分同じくらい見えなくなっていく。でもお互いは存在しあっていることを知っているんだ」

    ジャカの教えてくれる切ない月と地球の関係も、なんだか少し可愛げが在る。
    月と地球と太陽と、あたしとジャカと友達と。
    愛車と酸素と重力と。


    ──── 全部全部、あたしの中の色になれ。
















    Fin???









    * * * * 
    オ マ ケ
    * * * * 

    もうすぐ1月が終わります。
    地球からの帰還も差し迫るころですね。
    僕のお母さん、お父さん。お元気でしょうか。

    二人には、帰ってきたらとても大切な話があるのです。
    でもいきなりのサプライズはタイミングや心臓に悪いのだということを知ったので、先にこのメールで予告をしておこうと思います。

    お母さんもお父さんも、僕が未だ性別未定の状態だというのは気にしていましたよね。
    そうです。大切なお話とは、僕のそれに関すること。
    だからできるだけ速く帰ってきて、二人に一緒に喜んでもらいたいなと思って、このメッセージを綴っています。

    年末に僕とともにステーションへ来ていた女の子を憶えていますか?
    改めて彼女を紹介します。
    彼女の名前はタタラ。地球にあった日本という国の、製鉄関係の言葉が由来の名前なのだそうです。
    タタラは彼女が普段友人たちへそうするように、僕にも気軽に抱きついたり手を握ったりしてくるんです。
    彼女にとってそれは何の変哲もないコミュニケーションで、深い意味が在るものではないのを僕も良く知っています。

    ところで、新しい友達……タタラを通じてできた他の友達の中には、僕以外にもシューシがいます。
    その子は既に女性として性別が確定した人で、タタラと彼女は幼馴染の大親友なのだときいています。
    なので、タタラはその子の性別が決まったきっかけなどをちゃんと知っているし、それを理由にその子に恋人ができたことも理解していると言っていました。
    性別決定のきっかけとなった自覚があるので、そのことに対しての「責任を取る」と、お相手の男性は言ったと、そういう話をみんなが教えてくれたんですよ。
    僕はそれを聞いてとても責任感が在るし、ロマンティックだと思いました。

    タタラが僕を友人だと思ってくれるように、僕もタタラのことを充分友人だと思えるようになっています。
    それは二人に彼女を紹介した時にはもう既に、ほとんどそうだったと断言できるのです。
    ただ、あの地球を見に行った日の、その帰り道での自分は、行きの頃の自分とは何かが明らかに違っていました。

    規制線のない道なき道を電動キックボードで並んで走る彼女は、それまでにないほど僕の目には溌剌と燦めいて見えたんです。
    僕は彼女に負けないよう、並んで走れるよう、お父さんの作ってくれたキックボードを懸命に走らせ、とても楽しい時間を過ごしながら家に帰ることが出来ました。
    タタラの少し末広なキモノという衣服の袖が僕の手と触れ合い、声が弾むと、僕の胸も何度も弾みました。

    青くもない。白くもない。
    けれど真っ赤なこれは赤鉄の玉鋼でした。熱して熱して形を変えていく。
    タタラの名前の通り、彼女が僕の形を変えました。
    自分の手先も心臓も、新しい形へ替わっていく気がしたんです。
    別れ際に差し掛かる離れがたいこの気持ちを彼女に告げたら、彼女はとっても素っ頓狂な声を上げて狼狽していたんですけど、冗談だと思われたようです。

    それでも、タタラは僕の吹き上げる赤い色よりも更に真っ赤になっていました。
    それが可愛くて、つい、昔お母さんに教わった意地悪な一言が僕の口をついて出てしまったんです。

    ──── 「責任取ってね」と。

    今度こちらに帰ってきたらなるべく早く家に来て、僕と彼女に会ってください。
    そしてできれば可能な限り、全てを許し、全てを受け入れてほしいのです。



    二人の息子、ジャカより。






    Fin.








    ************************************************
    ここから先はオマケの資料です(プロットやキャラクター設定等)
    ************************************************
    ※視点主の関係で文章に出していないだけの設定などもございます※
    ↓↓
    ↓↓
    ─────────
    人物の基本的な動き
    ─────────
    ■タタラ:夢見がちなライファ種の女子高生。ジャカと共に青い地球の出を見に出かける
    ■ジャカ:地球保安官の母を持つ性別決定前のシューシ種。男女両得を信条にしている
    ■カゼロカ:タタラの親友。性別決定済みのシューシ種。14歳までは男になる気満々だった
    ■ハル:10種以上の人種血統を引くペオーツ種。四つ子の長女(第一子)
    ■ナツ:四つ子の長男で第二子。カゼロカと交際中。彼女の性別を女性に傾けてしまった責任を取っているらしい
    ■アキ:四つ子の次女。カゼロカが好きだったのだがナツのせいで恋に敗れた。でも家族になれば同じじゃね?
    ■フユ:四つ子の三女。アキ共々カゼロカが好きだったが敗れる。でも家族になれば同じじゃね?

    ─────────
    本編プロット
    ─────────
    ①ともだち
    登場キャラ6名解説
    主人公・タタラは年末年始の思い出づくりに友人5名を誘っての初地球の出を見に行きたいと騒ぐ。
    しかし頼みの綱であった旅行ツアーは意図せず中止になってしまう

    ②出会い
    冬休みまでの僅かな時間、友人たちと賢明に代替案を練るも撃沈したタタラ。
    親友に励まされながらの帰り道で、一人のシューシ種に出会う

    ③星へ向かう人(なんかちょっと違う和装スタイル女子)
    両親への新年の挨拶へ、待つだけでなく自ら出向こうと計画していたジャカ。
    タタラという少女が地球の出を求めていると風の噂で知ったジャカは、彼女を旅の友としたいと申し出たのだった。
    ジャカの手には地球保安官の職に就く者の親族用パスポートがある。
    これがあれば地球へ渡ることは無理でもステーションの敷地内へ入る許可は貰える。
    そこならば、こんな都心で眺めるよりもうんといい地球の眺めを楽しめるはずだ

    ④夢路を征く
    年末、紆余曲折。電動キックボードを乗り回し、ついに両親の居るステーションへたどり着くジャカとタタラ。
    しかしジャカの両親は既に地球へと旅立ったあとだった。次に帰還するのは一月後という。

    ⑤君は青い
    一瞬消沈するジャカだったが、なんと両親はジャカの端末に地球への移動の真っ最中を報せるライブ配信を行い始める。
    お互いがお互いの行動にびっくりする中、残念さと一緒に、それでも来てよかったと嬉しそうに両親に話すジャカ。。
    やがてジャカと共に帰路につくタタラはまもなく午前0時を迎えることに気づく。
    ステーションで最も高い位置へ駆け上がっていくタタラとジャカ。
    暗闇の向こう。二人が見た「初地球の出」は青々とした輝きを放つ。

    「今、あちらから僕たちのことは見えていない。見えてくる分同じくらい見えなくなっていく。
     でもお互いは存在しあっていることを知っているんだ」

    ジャカ。それはシューシ人の言葉で「月」を意味する名前。
    タタラ。それは旧国・日本の言葉で炎を吹き上げ鉄を鍛える製鉄を示す名である。
    遮るものの何一つない美しい青い星を背に二人で友人たちに繋げたライブ映像は、新年一番のサプライズになる


    (⑥オマケ タタラ)
    ジャカはまだ性別決定前のシューシ種だったはずなのだが、むず痒い思いを抱いた。
    タタラは彼女が普段友人たちへそうするように気軽に抱きついたり手を握ったりしてくる。
    自分も彼女を充分友人だと思えるようになっている。
    ただ、帰り道での自分は行きの自分とは何かが明らかに違っていた。
    規制線のない道なき道を電動キックボードで並んで走る彼女はキラキラと輝いて見える。
    タタラの少し末広なキモノという衣服の袖が僕の手と触れ合い、声が弾むと、僕の胸も何度も弾んだ。

    青くもない。白くもない。
    けれど真っ赤なこれは赤鉄の玉鋼だった。熱して熱して形を変えていく。
    自分の手先も心臓も、新しい形へ。
    別れ際に差し掛かる離れがたいこの気持ちを君に告げたら、君はとっても素っ頓狂な声を上げて狼狽するだろうか。

    そう思ったのに、実際の君は僕の吹き上げる赤い色よりも更に真っ赤になっていた。
    「責任取ってね」と、昔母に教わった意地悪な一言が僕の口をついて出たから。


    ─────────
    人種解説
    ─────────
    ●ライファ種
    2種以上の人種血統をルーツに持つ一般的な人類。
    可もなく不可もなくもなく、美醜も極端な突出はなく、学力も凡夫から天才まで幅広く、遺伝的疾患も殆どないが明確に優位な点も特にない、バランスの良い人種。
    人口ベースの6割前後はライファ種がしめ、完全1血統のブルノイや5種血統以上が交じるペオーツ、どの血統と混じっても母父いずれかの血統に遺伝子が傾くシューシより相当な多数派になる。

    ●シューシ種
    生まれた時点では性別が定まっていない不定形型人種。多くは思春期に性別が決定する。
    稀に生涯未決定のまま過ごすシューシ人もいるが、性別が決まるまで生殖能力を有さず、また決定が遅れた分だけ性成熟も遅れるため、妊娠・出産に大きく影響することがわかっている。
    このことから大抵の子を持つシューシ人の親は子供の性別決定が早く済むよう、あの手この手で親の望む男女教育を行い、それぞれ性別的な自覚をもたせるため努力する。
    しかし親の心子知らずか、突然それまでの教育と真逆の性に目覚める子供も現れる。
    寿命は一般的なライファ種よりやや長い程度。
    他種族との血統的交わりがほぼ起きない人種として有名で、シューシ人の子供はたとえ父母のどちらかが別の人種であっても、シューシ人かそうでないかの2択で生まれてくる

    ●ペオーツ種
    10種類以上の複雑な人種が掛け合わさった遺伝子を持つ人種。
    頑強で健康に優れる強靭な肉体を持つとされるが、非常に小柄。
    ライファ種に次いで多い人種で、繁殖力に優れる特徴から今後ライファ種に替わってメジャーになっていく新人類ともいわれている。
    月移住が始まって以降に増えたものとされており、多くの人種が入り交じる発展途上の月開拓時代に激増した他種族混血児が祖先。
    混血内容に関わらず総称として呼ばれているにすぎず、厳密に特定種族を指した呼称ではない。
    多くの血統遺伝を持つためか多産な女性が多く、こうした混血児は強い母体として昔から知名であり、月の環境でうまく出産ができない種族からの需要でかつては非合法な代理母として生計を立てる者が多かった人種でもある。
    月の開拓がまだ未熟な時期のこうした生業は倫理的な問題が大きく、現在は厳正な審査を通過した公職婦人以外ではこうした生業が許可されていない。
    寿命はライファ種と同等程度であるが、若々しい時期が長く、性的成熟も早いため、幼く見えても相当なマセガキであったり、若く見えても中年であったりすることも。
    極稀にライファ種なみの体格のものが現れると相当モテる

    ●ブルノイ種
    この人種には第一種純血血統種に拘る種のみが分類される。
    第一種純血血統は月に人類が移住して以降より現在に至るまで一切異種族との混血が起きていない人種をさす。
    数え切れないほどの人種がある中で、あくまで純血に拘る姿勢は保守的かつ差別的であり、遺伝的な疾患も多く抱えているため極めて狭い界隈でのみでしか歓迎されない。
    しかしかつて地球に根ざした人類種の研究など、月移住前後の様々な種の遺伝子研究など学術的にはとても重宝される貴重な血筋でもあるため、国家的に保護される種でもある。
    それぞれの一族の価値観として、遺伝的疾患の原因である近親婚を避けられ、かつ交わっても混血児の生まれにくいシューシ種を婚姻相手として好んで求める傾向があり、一方でシューシ人からは気味悪がられやすく、ブルノイ種とシューシ種のカップルはかなり珍しいようだ。
    遺伝的な理由で美醜や知能の境目が非常にくっきりと二分していることで、ブルノイ種同士でも社会的地位などには明暗が別れている。



     
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