「流川さんのお父さんって怖い人?」
「お父さん? お父さんが怖いってことはないと思うけど」
隣の席の仙道君からの質問に私は思わず聞き返してしまった。
父をはじめ家族のことなんて仙道くんはもちろんこの学校の誰にも自分から家族について話したことはない。
どうして父のことを尋ねて授業もそっちのけで仙道くんに聞いてみると事のあらましはこうだった。
夜、私の家に電話をかけると男の人が出て、私の名前を出すと「いない」という不機嫌な一言とともに電話を切られてしまう。それが一度のみならず二度三度と続いている。
不可解な出来事に私は首を傾げるしか出来なかった。
なぜなら私の父はほとんど家にいることがない。平日は仕事のために私より早く家を出て、私が布団に入るかどうかの遅い時間に帰ってくる。仕事のない土日も接待のゴルフや麻雀だの何かしらの用事があってでかけている。同じ家で暮らしていながら顔を見るのは一週間で片手で足りるぐらいだ。そんな調子なので私の友達付き合いについて何か言われたこともない。きっと私の友達の名前を一人でも覚えていることもないだろう。だから仙道君が言うように、父が家にかかってきた電話を切る理由もないし出来るはずもないのだ。しかし、起きていることの原因に思い当たるものはなにもなかった。それならやることは一つしかない。私は先生にバレないように仙道君の方に椅子をずらして、彼にだけ聞こえるように声をひそめた。
「仙道くん、お願いがあるんだけど」
***
学校を終えて家に帰った私は夕食も風呂も済ませると自室のベッドに転がって目覚まし時計の秒針が進むのを眺めていた。
仙道君にお願いしたのは実に簡単なことで、午後九時に仙道君の家から私の家に電話をかけてもらうだけだった。
家には当然父はいない。もし私が電話に出られなくても他の家族はいるから仙道君からの電話を取り忘れるということも起きないはずだ。
時刻は午後八時五七分。いつ電話がかかってきてもおかしくない。私はその時が来るのをただ静かに待った。
けれども十五分経ってもベルの音が私の耳に入ることはなかった。心配になってこちらから仙道君の家に電話をかけてみると、三コールもしないうちに仙道君に繋がった。
仙道君は私が電話をしてくれたのかを訊ねると教室ではほとんど聞く事のないひらけた明るい笑い声をあげてから答えてくれた。
「流川さん家に九時ちょうどに電話したら、すぐ繋がったよ」
「繋がったってことは、誰が出たの?」
「この前と同じ人だったよ。あの人、お父さんじゃなくって弟だったんだね」
オトウト?
私は受話器を強く押し当てながら後ろの方向、電話の親機から五歩も離れていないリビングのソファを見た。ソファには十六になっても自分の部屋にいないでまるではじめからそこにある置物のように寝そべっているデカいのがいるだけだった。
アレが仙道君の言うように、私宛にかかってくる電話を切ってしまっているとはとても信じられなかった。アレすなわち楓は家にいる時の多くをソファで過ごしているが電話をとっているところを私は見たことがない。
「……楓、起きてる?」
試しに呼びかけてみたが楓の返事はない。つけっぱなしのテレビの音が邪魔をして寝息こそこちらに聞こえないがソファに収まりきらない足がぴくりとも動いていない。電話を置いて確認するまでもなく楓は寝ているし、ニュースステーションを見るのに邪魔だと母に小言を言われるまでは起きるつもりもないのだろう。
なぜだか知らないが楓は与えられた自室
仙道君の言うことをまだ信じることができない私は受話器を持ち直して声を潜めて訊ねた。
「どうして電話に出たのが弟ってわかったの? 私、仙道君に弟がいるって話したことないよね」
「はっきり言ってたからね。姉はいないってさ」
※
仙道君と電話をした翌日の夜。夕飯を済ませた私は普段なら自分の部屋に引っ込むところをリビングのソファに座ってテレビを観るフリをして電話を見張っていた。昨日仙道君が言っていたことが本当かどうか確かめるためだ。
仙道君には今日の夜にまたこの家に電話をかけるようにお願いをしている。時間は昨日と違って決めてはいないがそろそろかかってくるはずだ。
私がソファに座っているせいで楓がいつものようにソファに寝転がることができないと文句を言ってくるかと思ったが、楓は私に一瞥をくれただけで何も言わずソファの私から離れたところに胡座をかいて座って退屈そうにテレビを眺めはじめた。
「楓、このドラマ見てる?」
「見ない」
「あ、そう」