突然ではあるが、日頃の鬱憤を晴らすいい機会ではある。
とはいえ、喧嘩腰で対峙するのがよろしくないことくらい五条も理解している。だからといって、愛想良くしてやるのも気が進まない。
――どうしたもんかな。
「……」
ちらりとウニ頭の方を窺えば、仮にも今をときめく芸能人と二人きりだというのに全く臆した様子がない。
――態度はともかく、顔は悪くないな。
改めて間近で見ると、細身だが程よく鍛えられた体はモデルをしていると言われても納得できる。目つきこそ多少悪いが、鼻筋は通っているし、深い緑色の瞳は思わず惹きつけられるような色をたたえている。
「それで話ってなんですか?」
「あー、それな……」
あれだけ問い質したいことがあったはずなのに、五条を見やる緑色の瞳に言葉が吸い込まれてしまったようだった。
「君、名前は?」
――何言ってんだ?
思春期真っ盛りの中学生のような言葉に眩暈がしそうだった。
「伏黒です」
対する伏黒は、あくまで淡々とした受け答えだ。
まるで自分だけ意識しているようで、心底腹立たしい。
――そもそも何で俺がこんな奴気にしなきゃなんねぇんだよ。
もしかしたらファンかもしれないと下手に出ていたが、相手がそういう態度なら五条にだって考えはある。
「伏黒君さ、昨日も来てくれてたよね」
スラックスのポケットに両手を突っ込んで下から顔を覗きこめば―ここに夏油がいたら「ガラ悪っ」と爆笑されていただろう―やはり物怖じすることなく伏黒が頷いた。
「それが何か?」
「いや、別に? ただ俺らのライブって人気あるからよく取れたなって」
「知り合いが協力してくれたんで」
「あっそう」
そこから話を広げるでもなく、伏黒は黙ってしまった。
――ったく、調子狂うな。
知り合いに頼んでまでチケットを取ろうとするくせに、まるで水が指の隙間からこぼれていくように掴み所がない。
「話ってそれだけですか? なら俺帰っても……」
「は? まだ終わってないっての」
とっさに腕を掴むと、伏黒は今までの無表情が嘘のように思いきり顔を歪めた。
――マジで何なんだよコイツ。
別に取って食おうというわけではなく、話がしたいだけなのに随分な反応だ。
「あのさぁ、君っていつもそうなわけ?」
「どういう意味ですか?」
体格差もあって抵抗こそしなかったが、伏黒は物言いたげな視線で五条を睨みつけた。
「お笑い見に来てんのにぶすーっとしちゃってさ。今もそうだけど、愛想の欠片もないんだな」
体格差もあって抵抗こそしなかったが、伏黒は物言いたげな視線で五条を睨みつけた。感情が全くないというわけではないらしい。
「悪かったですね。つまんないんだから仕方ないでしょう」
「はぁ? どこがつまんないって言うんだよ。そもそも、つまんねぇなら来なきゃいいだろ」
「……それはっ!」
明らかに動揺したのに気を良くして言葉を続けようとした五条だったが―。
「はーい、ストップ」
頭に鈍い痛みが走り、五条は思わずその場に屈み込んだ。
「傑! 何すんだよ!」
「いい年した大人が子供いじめて楽しんでんじゃないよ」
「いじめてねぇし! 俺は大人として社会の厳しさをだな……」
「社会ねぇ。伏黒君の愛想が悪かろうが君には関係ないだろ」
「聞いてたのかよ」
趣味悪ぃとぼやけば、「聞こえてきたんだよ」と頭に手刀が飛んできた。頭を抑える五条をよそに、夏油はいつもの優等生然とした笑み―五条に言わせれば、うさんくさいことこの上ない―を浮かべて伏黒の方へ向き直った。
「怖がらせてしまってすまないね。悟は見ての通り、子どもっぽいところがあって。いや、それも子どもに失礼か」
「おいっ!」
声を荒げる五条をまるきり無視して夏油は話を続けていく。
「あんな言い方してるけど、悟は君が大好きなんだ。今日も君のことを意識するあまり何個も台詞間違えてたしね。そんな君と会えたもんだからテンパっちゃったみたいで。許してやってくれないか」
勝手なこと言ってんなと口を挟みたかったが、夏油が笑顔で睨みを利かせてきたので五条は渋々黙ることにした。さりげない皮肉が混じっている辺り、見るに見かねて夏油が入ってきたのだろう。
「はぁ。別に怒ってないですし」
仮にも好きとか言われているのに、伏黒はまるで気にしていないようだった。
「それなら良かった。それで私からも一つ聞きたいんだけど、伏黒君はどうして私達のライブに来てくれるんだい? 自分で言うのもなんだけどチケット取るの大変だろ」
「あー、それは……」
伏黒はわずかに口ごもると、ちらりと五条の方を見やった。
――何だよ。
さっきまで別に五条に気を使っている様子がなかったのに、今になって五条を気遣うとは一体どういう了見か。
――まさかコイツ……傑推しか?
それなら五条に興味がない―自分で言うのもなんだが―のも納得できないことではない。自分より夏油を推している時点でセンスがないと言わざるをえないが。
「……声が、好きで」
表情こそ変わらなかったが、恥ずかしさゆえか小声で告げられた言葉は、伏黒の真意が込められているようだった。
――何だ、やっぱ俺のこと好きなんじゃん。
好意を告げられることなんて日常茶飯事で食傷気味だったが、不思議と悪くない気分だった。
「へぇ、良かったじゃないか。声は好きだってさ」
「声だけみたいな言い方すんなよ。ていうか、当たり前だろ」
正確には五条の声が、と伏黒が言ったわけではないが、あいにく五条の頭の中では完全に五条の声が褒められたことになっていた。
「何なんですか、これ。アンケートとか?」
怪訝な顔をする伏黒に、夏油はこれ幸いとばかりに手を叩くと、
「そうなんだ。書面より対面の方が色々聞けるからね」
一際良い笑みを浮かべる夏油に、伏黒はまるで疑うことなく納得しているようだった。
――うわ。
一部の女性からは紳士だなんだと褒めたたえられているようだが、夏油があぁいう笑みを浮かべる時は大抵良からぬことを考えている時だ。五条のためにこの場をセッティングしたようなことを言っていたが、それも本当か怪しいものだ。
「偶然聞こえてしまったんだけど、伏黒君は私達のネタはあまり好きじゃないらしいね」
「え、あ、それは……まぁ」
「ちなみにどこが苦手か聞いても?」
伏黒は言いづらそうに視線をさ迷わせると―先程から五条に対する時とまるで態度が違う―言いづらそうに口を開いた。
「鉄板ネタとはいえ、解散ネタって縁起でもないので笑えなくて。それに、お坊ちゃんネタも非現実的というか。さすがにそれくらい知ってるだろって気持ちが前に出ちゃって」
「なるほど。貴重な意見をありがとう、とても参考になったよ」
「いえ……」
どこか困惑した様子だったが、伏黒はほっと息を吐き出した。
「じゃあ俺……」
「あぁ、長いこと引き止めて申し訳なかったね。次で最後にするから、もう少しだけ付き合ってくれるかな」
そう言うや、夏油は伏黒の方に突き出すように五条の背中を押した。
「何度もお願いして本当に申し訳ないんだが、伏黒君さえ良かったら悟の付き人をしてくれないかい?」
「「はぁっ!?」」
思わず声が重なった五条達に、夏油は心底楽しそうに目を細めた。
「いやー、最近マンネリ気味だったから、率直に言ってくれる人材が欲しかったんだよね。それに、悟のおもりでそろそろマネージャーの胃に穴が空きそうで」
「いやいやいや、だからって何でコイツに頼むんだよ!」
何が悲しくて、こんな生意気な奴に面倒を見てもらわなきゃならないのか。収録中にコイツの仏頂面が視界にでも入ろうものならNGを連発しかねない。
――でも、こんな顔しておいて俺のファンなんだよな。
そう思ったら、まぁ近くに置くくらい許してやってもいいかなと思わなくもない。
「俺一般人ですし、お笑いとか詳しくないんで」
「付き人とは言ったけど、そんな難しく考えなくて大丈夫だから。悟の話し相手するくらいの気持ちでやってくれれば」
「それなら、やりたい人なんていくらでもいるんじゃ……」
「そうなんだけど、付き人をするなら悟の手綱を握れる人じゃないと困るんだよね。見ての通り調子に乗りやすいからさ。その点、伏黒君なら大丈夫そうかなって」
伏黒はまだ納得のいかない様子で何か口にしようとしたが、それを遮るように夏油は五条の方に向き直ると、
「伏黒君が笑わないって言ってたけど、付き人ならいくらでもそういう機会があるんじゃないか」
「んー、そうだな」
既に五条の心は決まりかけていたが、ここで素直に頷くのは夏油の思う壺になったようで釈然としない。ちらりと伏黒の方を見れば、断れと視線で強く訴えていた。
「うん、いいんじゃねぇの。コイツ笑わせられたら箔が付きそうだし」
「なっ、アンタさっきまで嫌がってだろ!」
感情が昂っていたのだろうが、五条をつかまえてアンタ呼びできる人間なんて滅多にいない。
――確かに逸材かもな。
生意気だが、ほんの少しだけ可愛い所もあるし、意外と面白い奴かもしれない。無愛想だと思っていた仏頂面も近くで見ると、意外と癖になるような気がしないでもない。
「まぁまぁ、伏黒君にとっても悪い話じゃないと思うんだ。付き人をしてくれるならライブは見放題だし、もちろんバイト代も弾むよ」
「いや、でも……」
未だに納得していない様子の伏黒に夏油は畳みかけるように言葉を繋いでいく。
「じゃあお試しでいいから一回だけ付き添ってみてくれないかい? 本当に人が足りないんだ。私の顔を立てると思って一回だけでも」
深々と頭を下げる夏油に、伏黒は助けを求めるように五条の方を見たが、五条は当然知らんふりをした。
「……本当に一回だけですよ」
しばらく逡巡しながらも、伏黒は観念した様子で頷いた。
夏油は大げさなくらい感謝してみせたが、こうなった時点で伏黒に選択肢は与えられていなかったようなものだ。一回きりという約束も間違いなく反故にされるだろうし、完全に夏油に騙されている青少年に五条は少しだけ同情を禁じえなかった。
* * *
「今日はずいぶん遅かったな。楽しめたか?」
なるべく音を立てないようにしたつもりだが、男は律儀に恵を出迎えてみせた。本を読んでいたのか、片手に本を持った男の姿に恵は眩暈がしそうだった。
――慣れないな。
「……別に。いつも通りだ」
いつも通りとは対極の事態が起きたが、わざわざ男に説明する必要性を感じなかった。恵自身、先程起きた出来事を未だに飲み込めないでいたというのもある。
「夕餉はどうする?」
「……食う」
既に深夜に近い時分だったが、かなり消耗したので栄養補給がしたかった。男は電子レンジに食材を入れ、手慣れた様子でお湯を沸かし始めた。
その様子を眺めながら、恵は改めて息を吐き出した。
呪いの王、両面宿儺――。
多大な犠牲を払いながら祓除したはずの呪いが目の前にいる。今目の前にいる両面宿儺は正しく人間だが、だとしても、かつてのことを考えればそんな人間と過ごしているなんて昔では考えられないことだ。
恵には、この世界とは違う記憶があった。
その記憶の中で未だに鮮明に思い出されるのは――。
十二月二十四日。新宿での決戦で五条悟が殺された瞬間だ。
※雑かつn番煎じネタかもですが、原作で五を亡くした伏(29)が呪力のない世界の伏(15)の体に転生したネタでした。
宿は原作軸の記憶がある想定で書いています。
もう少し考えてはいるんですが、オチとして原作軸の伏が幸せになる展望が見えないので、とりあえずここまで。
コ●トが始まるが大好きなので、そういう明るい感じで書くのもと思ったんですが、原作のことを考えたら、こういう話に書いてみたくて。
いつも注意書きだらけで人を選ぶ話ですが、お付き合い下さりありがとうございます🙏