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    itono_pi1ka1

    @itono_pi1ka1
    だいたい🕊️師弟の話。ここは捏造CP二次創作(リバテバリバ)も含むので閲覧注意。

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    itono_pi1ka1

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    やくもく神獣奪還からハイラル平原戦突入までの決戦準備の頃、自棄酒リーバルがテバを酔い潰す話。
     ※名もなき酔っ払いのリト戦士たちがよく喋る。
     ※捏造幻覚120%
     ※リーバルの出自に関する捏造設定(孤児)があります。

    一献傾倒ちどりあし 聞いてほしがりの寂しん坊。
    「──酔っぱらってなきゃ、こんなこと言えねえよ!」
     僕の大事な家族たちは皆して意地っ張りで、素直じゃないお喋りで、いつまでも世話が焼ける。

     やくもく神獣奪還からハイラル平原戦突入までの決戦準備の頃、自棄酒リーバルがテバを酔い潰す話。
     ※名もなき酔っ払いのリト戦士たちがよく喋る。
     ※捏造幻覚120%
     ※リーバルの出自に関する捏造設定(孤児)があります。

    末っ子誰だとへブラの空墓の話のあいだくらいの話。
    文章内に関連を示唆する表現はありません。モブリト戦士のノリやリーバルとの関係といった捏造設定が共通しているので、上二つの話が気に入った方には向いています。




    「──くそっ、また・・だ!」
     
     夕茜の差し込むリトの村に、若き戦士の胸に抑えられないで飛び出した針の声音が響いた。
     風の通りが良いリリトト湖上にそびえる村落では、よほど上手く箱の中に声を閉じ込めない限り、大きな声や悪態は風に乗ってあちこちに聞こえてしまう。そんなことは声の主の青年も承知だろうが、それでも発さずにはいられないほど強い悔しさがあるのだろう。
     リトたちもそんな日だけは、あの若くしてヘブラの大将に立つ青年のことをからかう嘴を控えることにしている。

    「まぁたリーバルが叫んでら。おおかた、連合軍の模擬戦で負けてきたんだろうよ」
    「あの子が負けるなんて、めっずらしいねえ」
    「“ヘブラで”じゃ珍しくたって、“ハイラルの連合軍で”じゃそうでもないだろうよ。なんせ伝説の姫巫女様に退魔の剣の勇者様、あっちこっちの族長まで立ち並ぶ傑物ぞろいだ。“リト最強”はほしいままにするリーバルだって、“ハイラル最強”はまだまだ横並びで手が届かんさ」
    「ハハ!あの鼻っ柱のつええ自信家には、伝説くらいの大層な相手が丁度いいんだろうかねえ」

     大衆酒場で仕事上がりの飯と酒をかっ食らっていたリト達がそんな会話をしているところに、ばたん!と入り口のスイングドアが開いた。
     衝撃で壁付けのベルがりりんと鳴り、時の人リーバルの来店である。
     気取ったすまし顔はいつもの通りだが、少し眉根が寄っているし足音も強い。
     ずんずんと店を横切るリーバルに、壮年のリトが手の代わりに麦酒のジョッキを掲げながら声をかける。

    「おーう、リーバル。今日のは負けたのか?」
    「……ああ」

     そっけないリーバルの返事の後、戦った相手の名前が出ない。ということは負けた相手は、“退魔の剣の騎士”か。リト達はそれぞれ近くの仲間と目くばせをした。小さく肩をすくめる者、追加の酒をがぶりとやる者、財布の中身を確かめる者。
     一瞬と酒場の喧騒が弱まったことに、リーバルが訝る。

    「なんだよ?」
    「いんや、そっか。ま、お疲れさん」「怪我してねえか診てもらったかい?」「明日に響かねえよう、しっかり休んどけよ~」
    「……べつに、訓練なんだから、ちゃんと真面目にやってれば怪我なんてしないさ」
     
     ふん、と鼻を鳴らして一直線にカウンターを目指すリーバルを、酒場の主人が迎えて声をかける。

    「おかえり。メシは?」
    「今から。いつもの頼むよ」

     そう言っておきながら、取って返すようにリーバルは再び、ばたばたと酒場を出て行こうとする。酒場の主人は承知したように厨房に引っ込んだが、他の客のリトたちは意がつかめずにいた。もう日の入りも近い時刻でわざわざ村まで戻ってきたリーバルに限って、仕事が詰めているということもあるまい。首をかしげた周囲のリトが慌ただしい青年を呼び止める。
     
    「何だよ出てくのか?飯にすんじゃねえの?」
    「いや、ちょっと人を呼ぶ用があって……大したことじゃない、料理ができるまでには戻るから」

     そう言って急ぎ足にリーバルは出て行く。リトの伝統建築に違わず風の吹き抜ける開放的なつくりをしたリトの酒場からは、彼がずんずんと村の階段を上って上階の広場の方へと進んでいくのが見えた。
     
    「テバ!居るんだろ!ちょっと……」

     苛々した声をぐっと飲みこんで、あちこち見渡して人探しをするリーバルの様子に、ぴくりと何人かの勘のいいリトたちが立ち上がり、勘定を済ませて席を外した。
     リーバルの背後にふっと影が差す。
     
    「どうされたんです、リーバル様」

     ひょいと螺旋づくりの村の下の階層からテバが羽ばたいて欄干の上に着地する。リーバルは声のした方を振り向いて少し身を反らした。
     
    「やあ、そっちか」
    「すみません、ちょいと子供らの相手を頼まれてたもので」

     話しながらテバは欄干を降り、「さっきまで一緒に居た子らに貰ったんですよ」とぴかぴかによく磨かれた泥団子を懐から取り出して見せてくる。泥団子とは言っても、リーバルの知っている土色をした球体とは違い、テバの白黒翼の上にコロンと現れた泥団子は鮮やかなターコイズブルーの墨流し模様をしていた。泥団子と聞かなければ、大理石の宝珠のようだ。
     
    「ぴかぴかに磨いてから、絵具で色を着けたんだそうです。これでなかなか見映えがする」とテバは言う。

     大厄災の激動の夜を越え、封印の力に目覚めた姫巫女の指揮するハイラル連合軍は着々と各地を復興し、決戦準備を整えていた。一時は前線への武器や食材木材の供給で怒号に車輪に金槌の音にと煩い鉄火場となっていたリトの村も、連合軍がアッカレ砦を奪還しハイラル王とも合流し戦線が安定してからは一息をついて、日常の賑わいが戻ってきた。
     
    「少し前の頃はできたそばから武器を輸出しなくちゃならん都合、職人たちも飾りや色付けなんざしてられなかったそうで。顔料や釉薬が中途半端に余っていたのを、勿体ないから、子供らにでもくれてやろうって話が持ち上がったらしいですよ」

     そんな折に手入れや修繕の依頼も一通りこなして暇を見つけた職人たちが、余った顔料やざいを子供らに分けてやって、ちょっとした工作教室を開いていたらしい。
     いつも自分の周りを跳ね回る元気な子供らのことを思い浮かべたのか、リーバルの眉間の険も少し和らいだ。

    「へえ……こういうのなら、しばらく部屋に飾ってもいいんじゃないの。ちょうど、ゾーラたちから銀細工の土産を持たされたんだ。ゾーラの作るは飾りに夜光石を使ってるらしいけど。この青い珠を合わせるのも良さそうだ」
    「リーバル様は今日はラネールの方の任務でしたか。おつかれさまです。ご夕食は?」
    「今からだ、君も来るかい?」
    「いえ、俺は既に食べてしまっていて……」
     
     話しながらリーバルとテバが階段を降りてくる。足音は落ち着いて軽く、丁寧な手つきで青い泥団子を取ったり返したり軽口を叩いたり。歳の離れやテバの態度の恭しさを置いても彼らの友人同士のような光景は、厄災復活の夜以後からリトの村落や拠点ではよく見慣れたものだ。
     
    「それで、何か俺に用でしたか?急ぎの任務でも?」
    「いや別に……そういうんじゃないけど」
    「けど?」

     戻ってきた酒場の入り口前でリーバルは少しくちごもった。言葉と一緒に立ち止まってしまった青年の顔を覗き込むようにテバが視線を向ける。酒場のスイングドアの向こうから客のリトたちもリーバルの様子を気にして長い首を伸ばしている。
     あー、と言い淀むリーバルの手が宙でゆるく指を開いては閉じ、そしてもう一度、ジョッキの取っ手を握るような形に収まる。
     
    「ほら……そろそろ、君もそろそろ仕事上がりで頃じゃないかと思ってさ。どうだい?」
    「と、言いますと……“酒”ですか?」
     
     テバがそう嘴にした途端、がったん!と大きな物音がドア越しに酒場に相次ぐ。
    「マスター!勘定!!」「オレもだ、皿は明日返す!!」「こっちもなるはやで頼む!」
     次には、辺りにはさっき店を飛び出していったリーバルのように、慌てて荷をまとめて退散準備をし始めるリトの男たちの姿があった。ゴシキスズメもかくやと言わんばかりの瞬発力と警戒心の逃走っぷりである。
     食べかけの料理をテイクアウト用の包みに入れてもらい、パンを咥えて出て行くすがらのリトの一人が、恨みがましい目でリーバル達を見る。

    「おまっ、わざわざ引っ張って来てんなら、最初からそう言っとけ! ──オレはもう酔っ払いの終わんねえ憧憬語りに付き合うのはゴメンだ!!」
     


     「酒は飲んでも飲まれるな」。古今東西、酔いに浮かれて前後不覚な酒飲みたちを白い目で見る素面の者たちが口酸っぱくして言い聞かせる言葉である。
     それはヘブラのリト族達の間でもやはり同じようで「酔いに回るなちどりあし、捕らえて千鳥、酒樽忘れ」とは、宴会の席で酒飲みたちが何をか自慢気に歌っているものだ。酔える者がルールを決める、酔わない者は呆れて帰るがリトの酒宴の暗黙の了解である。
     さてさてそんな酒飲み達の目くばせに、この度、未来からの援軍を迎えた厄災復活の夜からもう一つ、新しい不文律が加わった。
     
     それは──『テバに・・・酒を飲ませるな』というものだ。

     テバというのは、何と今から100年後の未来のハイラルから過去の時代を助けに飛んできたという異例も異例のリトの戦士である。白毛金眼、上等な矢羽根のような黒の縞が渋くきまったリトの男で、年恰好は壮年より少し若いかどうかというところ。空中戦の利を誇るリトの名弓ハヤブサを扱いこなし、戦場の喧騒をものともせず風と躍りかかっていく荒々しくも小技の利いた飛行技術は、あの腕自慢を始めたら羽根が抜け替わるまで止めないと言われたリーバルさえも認めるところの強者つわものである。
     そして何よりこのテバと言う男が目を引くのは“リト最強の戦士”への明け透けな憧憬と挑戦心だ。
     
     ──『あの“伝説の英傑リーバル様”と戦場を共にできるとは。戦士としてこの上ない名誉です!』
     
     ヘブラのリト達の度肝を抜いたテバの挨拶が、これである。聞いてしばらく、あんぐり嘴を開けたリト達は互い顔を見合わせて、
    『あのの?』『リーバル?』『戦士として!』
     とひそひそやった。そして皆の心が一致した。
     
     ──おもッしれえじゃねえの!!
     
     嘴の端をにいっとつりあげて、酒臭い息を巻いて、リトの戦士達は面白がりの大張り切りになった。
     酒に酔っても、肝心要の正直心は嘴に出せぬが意地っ張り共の巣窟こそ、リトの戦士の集う酒場である。戦士を褒めるはいざや良しでも、普段から戦士達が胸内に潜める憧憬羨望をまっさらにさらけ出すその心意気はものめずらかに映ったのだ。
     
     ──素面しらふで、大真面目に、『うちの大将リーバルに憧れている』なァんて言うテバのくちを酒で湿らせたら、どんながするする出て来るだろうかい?
     
     リトの戦士たちは度胸試しが好きだ。怖いもの見たさで冒険することが好きなのだ。
     そして噛み合わせの良いことに、リト達は、も好きなのだ。
     噂の救援者殿が、嘴つつけば何でもかんでもハッキリ物を言う男だと知れたら、そりゃあもう目を輝かせてとするのが必定だ。
     自分達に言えないことを言うやつが好きなのだ。己も数えて意地っ張りだらけでカチコチに見得を切る奴らを、すぱっと一閃ふり切る正直さが、面白いのだ。おまけにその嘴が語る内容が、幼年から皆で面倒を見てきた若きへブラの大将のことともなれば。
     
     ──世にも珍しい“素直なリトの戦士”の噂を肴に、任務上がりの連合軍ベースキャンプの酒場はどこも連日大盛況
     
     しかし、それは“最初だけ”だったというのが、この酒飲み話の肝心な部分だ。
     始めこそ、戦士テバに酒を飲ましては無尽蔵の“憧れの英傑様”トークが繰り広げられる様をからかい半分・うちの子かわいさ半分で面白がっていたリトの仲間達だったが、そのうちにが発覚した。
     
     ──『テバのやつ、酔うとマジでリーバルの話しかしねえぞコイツ……!』──である。
     
     酒を飲んだテバはとにかく永遠にリーバルの話を続ける。
     リーバルの武勇を褒め、リーバルの戦果を称えて、『どこそこの戦闘ではこんな動きが素晴らしかった』だの『あの時の作戦の立て方が見事だった』だの言うことは序の口だ。
     『俺の時代ではこんな言い伝えがある』『他所の戦士達がリーバル様の美技をこんな風に褒めていた』『先日リーバル様がこうこうこういう戦自慢をしておられたんだ』
     果てにはどうやって調べたのやら『飛行大会の記録を見たが、この記録時間の推移を見るにリーバル様の技術は挑戦が四度を超えた頃には既に確立の兆しが見えていたのではないかと思うんだが。実際に見ていたおまえたちの意見を聞きたい』とまで。
     永遠に一人で喋っているだけならば、やかましい酔っ払いだと壊れた蓄音機でも供えて放置していればいい。
     しかし酔ったテバの厄介な所以は、リーバルの話を求めるところである。
    『リーバル様は今までにどのような武功を立てられたんだ?』『この間おまえたちが思い出話をしていたリーバル様の幼少の頃の才覚のすばらしさについて詳しく知りたい』『なに?前にも話した?気にするな、俺は何度でも聞きたい。リーバル様のすばらしい武勇を聞いて飽きるということは無いからな』
    『リーバルさまが』『リーバルさまの』『リーバルさま!』
     子供のような爛々とした目つきで自分の知らないリーバルの武勇伝をせがみ、嬉々とした顔でリーバルの戦闘技術の分析についての意見交換を求め、最終的には「やはりリーバル様はすごいお方だよなあ!」という賛意を募る。

     『──いくらうちの大将が自慢の大将でも、がはっきりくちにできるもんなら、あっしらはお前テバを面白がってねェよ!』

     これについては、祝勝の宴の度に大いにあのリト最強の青年の未熟な頃をからかっては思い出話をしていた、ひねくれものの戦士達にも責があるのだが。
     とにかくも酔ったテバは押しても引いてもリーバルの話が無限ループ。いくらリトの仲間達がヘブラの大将リーバルをかわいがっていたとしても、皆あまりの熱心さに勘弁してくれと裸足で逃げ出すようになった。
     そうして段々と誰もが酒の相手を断るどころか──“戦士テバに酒を飲ますな”という暗黙の了解ができるまでになったのである。
     
     ただし、それには例外的なつづき・・・の文言がある。
     
    「なんだよ。皆、君が来てからずいぶんと減酒ブームが続いてるみたいだな」
    「ブーム……なんでしょうかね。たしかに最近は酒を伴う宴会に呼ばれることが減ったような気はしますが」

     白いとさかと酒器が並ぶ様を見てリト達が一斉に逃げ出したのを他所に、そのテバを呼びつけてきた唯一例外が、ここにある。
     リーバルだ。自慢話を始めさせたら嘴を閉じさせるのは赤子を泣き止ませるよりも苦労すると評される戦士・リーバルである。 
     
    「ま、静かな分には丁度いいさ。ちょっと一杯付き合いなよ、テバ。奢ってあげるから」
    「そいつは光栄なお誘いで。ご馳走になりますよ、リーバル様」
     
     自らを称賛されることを好み、自慢話の種は尽きない英傑リーバル本人だけは、酔ったテバの呪文のごとき賞賛にも飽きずに付き合っては、その評価に満足げにしているようなのだ。
     
     『そりゃあ僕もちょおっとうるさく言いすぎたかもだけど……、戦況を整理して勝因と反省点を洗い出して、防衛力を高めるなかで、僕の実力を正確に広めるのは大事なことだ、そうだろう?』
     『もちろんです、リーバル様はリトの男すべてが目標とする誇り高き実力者ですから!その経験に裏打ちされた言葉には学ばせてもらうことが数多くあります!』
     『そうだろうそうだろう!僕はなんたって、リトいちの戦士にして風の神獣メドーを操るただ一人の英傑、リーバルなんだからね!』
     『そのとおり!英傑様はハイラルの大空にあまねく名を轟かす、素晴らしい戦士です!』 

      ──芝居小屋のサクラ・・・だって、ここまで露骨なおべっかは言わない。
     だが信じがたいことに両者とも、演技どころか酒で嘴が大きくなめらかになっているだけの本心のオンパレードなのである。リーバルに至っては、むしろ嬉々としてあの憧憬語りを期待しているようにさえ見える。
     
     『──これも一種の“れ鍋にじ蓋”ってやつかねえ』

     とは、いつぞやヘブラの合戦の援護にやって来て勝利の酒宴に招待されたゲルド女王ウルボザの言である。
     砂漠の女王は優雅にカクテルを揺らして『今度うちの親衛隊連中とテバあれと、どっちが長くを喋り続けられるか、競わせてみようかね?』と闊達に笑い飛ばし、リトの男たちを恐れおののかせたという。そんな宴はいくら酒があっても夜が明けぬ。眠らぬ鳥は昼空さえまともに羽ばたけぬ。居眠り墜落、射落ちてつる禿の鷹だ。
     リトの戦士達はとうとう認めざるを得なかった。
     ──戦士テバは、自分達がからかい遊んでやるには手の負えぬ、大したである、と。
     これは満場一致の戦略的撤退である。そしてできたのが先の“暗黙の了解”だ。

    『テバに酒を飲ませるな。飲んだならリーバルにおっつけろ』
     
     ここまでが新しくリトの間にできた不文律の全文である。
     なお、大抵はおっつける暇もなく、リーバルが傍の席にテバを招くか、白い冠羽がゆらりとするだけで皆が逃げ出して、いつも自然とリーバルとテバが二人酒を呑むことになっている。

    「そら、できたぞリーバル、野菜オムレツにポカポカチキンミートパイ、キノコと魚のクリームスープ。それから蒸し鳥の余りがある、食ってけよ」
    「ありがとう。後で酒も貰うから、勘定はこれでよろしく」

     そう言って財布から金ルピー二つを取り出した。二人分とはいえ、ずいぶん飲む気らしい。
     店主が先んじて代金を預かり引っ込むと、卓上には出来立ての料理が並んだ。
     刻んだ野菜の色とりどりがふわふわタマゴの黄身向こうにうっすら透ける野菜オムレツに、タバンタ小麦の香ばしいパイ生地で上チキンをハーブや野菜と煮込んだフィリングを包み、リト伝統の編み模様がかけられたミートパイ。ごろりとしたサーモンの朱い身が映えるクリームスープ。そして、蒸し鳥のサラダには、すりつぶしたポカポカ草の実と秘伝のタレを混ぜてヒンヤリハーブで風味をつけた何にでも合うピリ辛ソースが添えられた。
     立ち上るあたたかな湯気、食欲をくすぐる匂いに、リーバルも顔をほころばせた。
     
    「じゃ、いただきます!」

     人気ひとけのなくなった酒場のカウンターテーブルで、ほかほかの料理と酒瓶を前にリトの青いのと白いのが並んで席に着いた。綺麗な所作で淀みなく料理を嘴に運ぶリーバルに、テバが冷やを飲みつつ今日の任務のこと子守りの間のことやらの続きを聞かせている。
     それを横目に、仕事では逃げるに逃げられぬ店のリトたちがひそひそと愚痴を交わす。
     
    「あいつら二人、割れた鍋に綴じ継いだ蓋ってよりは、吹きっ溢れ鍋に押し蓋って感じだがなァ……」
    「火に油だぜ」「水を得た魚」「秋鮭にバター」「最後のは違くない?」
    「なんだ、おまえらも夕飯の相談か?」
    「うおっと、……テバ!」
     
     いつの間にやら、リーバルと共に座っていたはずのテバが近くに来ていた。「呼んでも返事がなかったから、どうしたかと思ったぞ」と笑うテバに、ひそひそやっていたリトたちは嘴を押さえたり、愛想笑いを浮かべたりして目を泳がせている。

    「俺も、ちょいとつまめるものを貰おうかと思ってな……まだ、取込み中だったか?」
    「あ、ああ、すまん、今持ってくよ……ナッツ炒めと、燻しサーモンでもどうだ?」
    「それで頼む」

     あいよ、とバーテンダーの一人が準備にかかった。それを見送り、店内を見渡すと、すでに客はまばらというよりも、人っ子一人残らず逃げ出してしまったようだ。
     「今日はもう客は見込めなさそうだな」と店主が苦笑する。
     
    「ちっと早いが、お前たちが二人ばかしで飲むんなら店仕舞いにしちまうか。なあテバ、後始末・・・は頼めるか?」

     店の始末を客に頼むなど無用心も良いところだが、ここは少数民族リトの同胞のなかでも、生粋の戦士たちが集う酒場だ。客も店の人間も誰もが顔どころか所属部隊から家の位置・家族の構成まで見知っている。誰かの悪態や噂話以外にも、悪さをすればもちろん筒抜けというのが、リトの集落の風通しの良さである。
     テバもまったく心得た、という顔をして頷いた。

    「ああ。英傑様には適当に出しておくし、勘定はきちんとつけておく。大丈夫だ」
    「よっしゃ。んじゃ頼むぜ!」

     「おうい、皆、店仕舞いにかかっていいぞ!」という店主の号令で、わっと従業員たちが沸く。そうしてするするとあちこちの片付けが進み、一つ二つと灯りと足音が消えていく。

    「そんじゃ、戦士たちよ、酔眼すぎて霞に千鳥を見ぬように、宵張りもほどほどにな」

     こうして最後の一人も残らず、ようようと怖ろしいほめちぎりの酔っぱらいが潜む空間から抜け出したのである。 



     鳥目のリトの店は夜の営業時間が短いのが常とはいえ、日も沈みきらぬうちから店仕舞いをするのは、珍しいことだ。
     客たちも他所の店の娘たちの歌声に袖引かれて飲み直しに出ていき、がらんとした酒場の主人が閉店を宣言した。配膳の女たちも早く片付いた仕事に足取り軽く去り、厨房の始末をつけたコックが去り、最後に主人がバーカウンターの上にするりと鍵を滑らせて、受け取った特別な居残りのお客二人に後を任せて去った。

     それからとっくりと時間が過ぎ、お日様も山の向こうに帰ってしまった頃。
     ペンダントライトが一つだけ点いた薄暗いカウンターで呑みかわすリトが二人。テーブルの上に開けた酒ビンが何本かと並び、リトの手に合わせた大きなジョッキに絶えずなみなみと酒が注がれては、ごくりごくりと長い喉に消えていく。
     ぷはっという酒気交じりの息と共に、こん!と鋭く振り下ろされた空きジョッキの底が机の天板を鳴らした。そして深く息を吸った酔っぱらいの青年の、棘ついた声が響き渡る。

    「そりゃあ僕は負けたよ。負けて、悔しくって悪態をついて、不機嫌なのだって丸分かりだったろうけどさ。だからって、みんなに八つ当たりなんかしないよ。僕だって、負けたことはいい。条件は色々あるにしろ、あの場で、僕の力が足りなかったのは事実なんだから。……それよりも僕が腹立たしいのはね、“リトの皆が僕の話をきかないこと”さ!」

     酔って興奮して、青年の嘴は少し話のつながりが飛躍している。しかし止める者はいない。テバはうんうんと頷いて酒と共にリーバルの愚痴を流し込んでいる。
     
    「たとえばさ、この翡翠の髪留めなんかもさ!」

     勢い込んで言ったリーバルが、自分の後ろ髪を飾る翡翠の髪留めを一つ抜き取って見せる。どこにも接合の痕や切れ目の入っていない、大きな石から削り出されたのだろうとわかる見事な翡翠の髪留めだ。「これは、僕が戦士になったばかりの頃、鎧を新調するのに合わせて注文したんだ。翡翠の石を使いたいから、良い取引があったら僕の分もとっておいて、って、服屋や防具屋に」とリーバルは髪留めを机に置く。そしてその翡翠と視線を合わせるように机に突っ伏して顔を横に向ける。

    「僕は、『髪留めに足飾りと揃いの石を飾りたいから、一つ良さそうなのを見繕ってよ』って伝えたのに、なんでか皆『僕が翡翠を欲しがってる』ってそこの部分だけを広めて良いように解釈して、たくさん石を買い付けて来ちゃって!あれもこれも断るのに苦労したんだ……僕は、一つばかり、良い石が貰えれば、それを皆みたいに左右の横髪を収める留め具に少し飾り付けて、満足だったのに」

     翡翠の髪留めを指先でつつきながら止めどなく喋り倒すリーバルに、「最初から四つの翡翠をつけるつもりじゃなかったんですよね」と知った風にテバが相づちを打つ。

    「一つでよかったんだよ、一つ手頃な石をもらってそれを砕いて留め具や髪紐の先に付けて飾ろうって、それだけで……まだ戦士になったばかりで蓄えもそんなに無いっていうのに、大きな宝石を机一杯に並べられて『どれにする?』なんて聞かれた僕の気持ちがわかるかい?──どれを選んだら贔屓の店の面子を潰さず、僕の財布がヘブラのの氷に凍てつかずに済むか!石のきれいさを見ている余裕なんてなかったよ!!」
    「だが、皆が揃えてきた石は良い石ばかりだったでしょうから、どれを選んでもきっと損はありませんでしたよ……ですよね?」
    「それは……そうだけど」

     もご、とリーバルの勢いが一旦萎む。ごまかすようにジョッキを傾けて酒を煽る。しかしテバが「はは……このお話を聞くのも五回目ですね。リーバル様はよほどその翡翠の髪留めに深く思うところがおありで」と続けると、また火がついたようにがばりと身を起こす。

    「そうだよ、四つもある翡翠の石なんて、これをベースにしなきゃ見た目が整わない!この髪留めと後ろ髪を合わせて美しくまとめるためにどうしたら一番見映えが良くなるか、沢山考え込んで決めたんだ!石に負けないように髪紐と髪の見た目のバランスを考えて編んで、服の色味も選び直して……」
    「苦労の結晶というわけですね……」
    「そうだ、苦労だよ!しなくてもよかったはずの苦労!そのために一週間も訓練を減らして、湖とにらめっこして考えることになったんだ!一週間も!僕のプライドにかけて、中途半端な格好なんか見られたくないから、毎朝誰にも見られない時間にたくさん手持ちの服と髪装飾を持って急いで駆けていってさ、曇りだと湖面がよく見えないし、すれ違う人に荷物を抱えてるのを見られたら嫌だし、すごく気を張って……本当に……大変だったんだ……おまけに、」
    「“おまけに『なんでもない』と言っても皆、興味津々で朝から何をしているのかと聞いてくる”……でしたか?」

     五回にも重なり及ぶ愚痴を聞いてきたテバが、とうとう語りの先を引き取って言う。リーバルはぴくり、と片眉をはねあげさせて、「……そうだ」と低い声で頷き、それきり喉が塞き止められたように沈黙した。テバは空いたリーバルのジョッキに酒を注いだ。それに手をつけることもなくリーバルは黙ってうつむいていたかと思えば、するりと手を机から下ろし、ぐっと背筋を伸ばして腿の上に握った両の手を置いた。

    「リトの皆は、僕が“何もない”と言えば、何かあると聞いてくるし、僕が“話すことがある”と言えば、きちんと聞いてはくれないよ」

     静かな声だった。先ほどまでの酔いが管を巻いている声音とは違っていた。テバはぐいと手元のジョッキに残っていた酒を喉に流して、隣の青年の方を見据えた。

    「みんな──みんな話をきかないんだ、僕の言うことをきいてくれない。強くなったのに、皆を守るために言っているのに、いつまでも僕を末の子どものように追いやってさ……」

     いつまでも子供のようにからかい、ちょっと穿ったものを言えば宥めるように反対してくる、それくらいはまあいい。リーバルにもいかにリトと言えど皆のことが全部わかるわけではない、視点が違えば重んじるものだって変わるからこそ、意見の交換は必要だ。
     だが、リトたちは、リーバルの肝心要の意見を受け入れない。やめろと言った無茶をする。最強の戦士の力量差を信じず、効率を考えてこうしろと言った命令を無視してリーバルを“若い戦士だから”と守ろうとする。あまつさえ、命令も、作戦行動も他の仕事だって、全体を擦り合わせずに好き勝手にやってしまう。
     
    「僕はみんなのことを考えてる、みんなの飛び方はバラバラだ、巧い奴もヘタクソな奴も皆と揃える奴も独特にこだわる奴も──そんな奴らがそのまま一緒に飛んでも、風がケンカして疲れるばかりだ」

     悔しげに青年は言う。渡り鳥の群れだって、一緒に飛べないやつは逸れて死んでいく。だが気高きリトは野の獣鳥とは違う、同胞を誰一人見捨てることはない。飛べぬ仲間にも風を貸し、大地を共に生きていく。わかりきった困難の道をそれでもと選ぶ。群れの先頭を征く鳥はいつも、向かい風と対峙して道を切り開く苦難にさらされる。わかりきっている困難を背負って乗り越えるために、リトの手は羽ばたくだけでなく弓を引くのだ。
     
    「でも、一番強くて空の飛び方を分かっている僕が群れの先頭を飛べば、それだけ後に続く皆の風の負担は減って、皆はもっと一緒に、もっと高く遠く飛んでいける。……それが一番、強いリトの在り方のはずだ。合理的で、無駄がなくて、誰も取りこぼさない、誰もが納得する強さのはずだ」

     おとぎ話、兵法書、戦士の伝統、研鑽してきた飛行技術への理解。そういったものを通して、リーバルが見つけ出した戦術は、たしかに厄災に侵攻されるリトの窮地を救ってきた。
     
    「みんな納得してくれたから、僕をリーダーにして、このヘブラを護ってきた……」
     
     決を預けた。命をあずけた。最士に懸けてくれたんだ。じらじらと燃え立つ自負心だ。夜の闇の中も、己の在り処を示さんと燃え続ける篝火のように。プライドを焚べて、凍てつく氷雪も溶かす勢いで、ごうごうと風に揺られて影に躍りかかるように青年の強烈な自負の念は高々と育った。よく見える篝火は人を迷わせず導く──間違いなく、吹雪に敗北を塗り込められかけていたヘブラを導いたのは、この青い火だった。
     
     「それなのに!」青年の激昂が響く。
     
    「皆はどうして? みんなは悔しくないの?“僕が負けた”っていうのに! 」

     なじるような言葉だったが、しかし彼に親しい者やリトの者たちが聞けば、青年の怒りの矛先が青年自身の不甲斐なさに向いているのは明らかだった。 
     同じように悔しがって、オレたちに勝ったオマエが情けない面すんなって、そう言えばいい。
     吐き捨てるようなその言葉は、青年こそがそう言ってほしいのだと求めているのは、明らかだった。
     背負いたがりの傲慢な翼が、ぐっと風も掴めぬ握り拳に変わる。

    「僕は、リト最強の戦士なんだ!皆の上に立った、敗者の誇りを預けられて背負ってるからには、僕は、負けちゃいけないのに、」

      ──『そっか』『怪我はないのか?』『疲れてるだろ、しっかり休めよ』
     負けて帰ってきたときの青年を迎える仲間たちの声は、いつも穏やかだ。聞き飽きるくらい変わらない。静かすぎて寂しいなんて勘違いしそうなほどに。
     勝った日はお祭り騒ぎで賭けた張ったのからかいのくち、日頃の失敗や幼い時分の思い出は大いにあげつらって悪戯小僧のように笑う性根のひねくれた奴らのくせに。どうして。
     だん、と青い拳が机の天板を叩いた。
     
    「偉ぶってるヤツがカンタンに負けるなよ、って責められる方がマシだ……!」

     どうして。どうしていつもみたいに笑い飛ばしてくれないんだ。
     どうして、皆は、いつも僕のいうことを聞いてくれない?
     どうして──……。
      
    「だからそれは、皆があなたの言っていることをきっかり丸ごと、受け止めているからですよ……たぶん」

     それまでじっと黙って青年の隣で麦酒の入ったジョッキを傾けていた白いリトが、歯切れの悪い嘴で言った。長い話を聞いている間、黙々と飲んでいたのか、結構な数の空ボトルが机の上に並んでいる。
     
    「だったら、どうして僕の真っ当に理の通った主張が無いもののようにされるんだい? 僕の言葉は、リトの命運をかけるに足るもののはずだろう?」 
    「それは……もちろんですが……はベツモノですよ」

     憧れも心配も一緒くたにしたぎらぎらの眼差しを人一倍にリーバルに吹っ掛けてきている男が、何か言っている。違うからなんだと言うのか。違っているからこそ、心配するリスクを憧れるくらいの強さと合理性で以て退けてやれるものじゃないのか。
     リーバルは、無意識に、融通のきかない子供のように嘴に出した。

    「どうして?」
     
     返事がない。

    「……テバ?」
     
     振り返った白い同胞の姿はいつのまにか、うーん、と唸りをあげて机に溶け伏している。寝てしまったのか、返事をしているつもりなのか。リーバルはそうっと翼の腕を枕にしている白い首を持ちあげて、その顔を覗き込んでみた。
     
    「なあ、おい聞いてるのか──って……もうじゃないか?」

     閉じかけの目蓋から覗く黄玉の目は茫洋と視線が定まらず、いつもはぴんといきり立って風を切っている額のもくったりと寝てしまっていて、まったく覇気がない。
     こりゃダメだ。リーバルはすぐさま見切りをつけてテバの首を落っことし、辺りを見渡し人のいそうな方向に声を張った。

    「おーい、誰かァ! 誰かいるかァい?」
    「はいよ、どうした……ってェ、かよ、リーバル?」

     酔いに間延びした声に呼ばれてやってきた巡回役のリトは、空き瓶だらけのテーブルと、そこに突っ伏すテバの姿を見て顔をしかめた。いつものことだ。多くが鳥目のリト族たちのなかで夜番・・のできる兵士は限られていて、そうすると酒宴のあとに巡回して酔っ払いたちの始末をつける仕事も、度々に同じ顔を突っつき合わせることになる。この度に巡回でやってきた煤竹色の羽根をしたリトは、よくリーバルと顔を合わせることでは馴染みの戦士だ。
     慣れた様子で酔っ払いの手からグラスを取り上げながら、煤竹色の羽根をした夜番のリトはリーバルに向かってため息をつく。
     
    「お前……毎ッ回毎回、テバを酔い潰れるまで付き合わせるのもいい加減にしろって……」
    らァって、いつもテバが『良い』って言うんだ。なら、い~だろ?」
    「良かねえよ!合意の範疇を越えてんだっつうの。せめて意識くらい残るように止めてやれよ」
    「そんなこひょ言われてもさァ……僕よりもずっと早いペースで飲むのは、テバがやってることだから。それに、酔ってくちが滑ったこと、覚えててもらっちゃァ、困るからねえ?」
    「つまり、わざと・・・なんだな」

     返事はせず、にっこりと目を細めて悪びれない青年に、やれやれと夜番のリトは肩を落として呆れた。
     この素直じゃない青年リーバルは、誰か他者を酒の席に誘う時には絶対に相手が酔い潰れるまで飲ましてしまう。相手が前後不覚に酔っぱらうところを見取ってから、信のおける人物に世話を頼んで、自分は席を立つのだ。
     それはひとえに、酔いを理由にしても己の弱さ醜態を他人に見られたくはないという、リーバルの意地からなるだろう。
     だからといって、リーバルも誰でも酒の席に誘うわけではない。酒場の喧騒よりも、一人きりの訓練場の静けさを好む男だ。リーバルが酒を嘴にすること自体が寧ろ滅多にないことだ。
     
    「お前の酒癖っての、ひどくなってねえか?前はこんなじゃなかったろ」
    「べつに、皆が付き合ってくれなくなっただけじゃないの。僕は酒を味わうなら一人がいいし、誰かと飲むなら話がしたいってだけ、シンプルだろ」
     
     だがテバは、一度もその誘いを断った様子が無い。そして、酔いつぶされることを気にする素振りも見せない。変わり者だ、そうと知っていて誘い続けるリーバルも変わり者には違いないが。

    「勘定は済ませてるし、戸じまりの鍵はそこ。あとは水と……くらくなって風がでてきたし、何かものがいるかなァ」
    「へいへい上掛けでも何でも取ってきてやるから、おまえは水差しでも準備してろ。割るなよ、そんでおまえも飲んどけ」

     言って、夜番のリトは宿屋に上掛けを借りにぱたぱたと出ていく。リーバルが素直に言われた通りに水の瓶を用意して、ぐいと一杯飲み干したところで、夜番のリトも緑と橙の模様が入ったタオルケットを小脇に戻ってきた。

    「はあ。あとの世話はやっといてやっから、お前も酒が足まで回りきらねえ内にさっさと帰んな。調子にのってすんじゃねえぞ」
    「わァかってるよ。この大きい図体を運んで飛ぶのは無理だけどさァ、僕だって自分の限界はちゃあんとわかって飲んでるんだぜ!」
    「自慢げに言うことかよ……」
     
     青年は自信満々の笑顔で、ひっく、としゃっくりをする。まったく様になっていない。どうやら相手に飲ませるだけでなく、この青年自身もいつになく羽目を外して、たらふく酒を飲んだらしい。珍しいことだ。よほど模擬戦の負けが悔しかったのか、この頃の戦線の安定ぶりに気が緩んだのか。

    「まあ、愚痴ぐち陰気に悪酔いしてるよか、パーッと景気よく飲んでる酔っ払いのうるさい方がマシか……」
    「そうだそうだ、いつも酔い潰れて床に転がってる奴らときたら、僕の飲み方を見習ってほしいくらいだよ」
    「普段のおまえさんならな!今日のおまえはお前でタガを外しすぎだ!いつまでも文句を垂れてないで、とっとと帰った帰った!」

     しっしっと追い払うように手を振ると、酔っ払い青年は不満そうにブワリと羽を膨らませた。もこもこと膨れた頬でもう一戦、口論が飛ぶかと巡回のリトは身構えたが、青年の長い嘴が開いて出てきたのはフワアと間の抜けた大あくびだった。
     そのくせに「じゃあ、いつものようによろしく」と言って帰る足取りは妙に所作が落ち着いていて、背筋だけはぴんと伸びて平時と変わらないくらいのカッコつけぶりだ。酔いの程度は分かっているというのは本当なのだろう。なおさら付き合わせた相手がまで、故意に待っている様が玉に瑕をつけたような悪癖だ。

    「その限界に、付き合わせた相手の世話も含めてやれってんだよな、まったく。ちィっと甘やかしすぎたかねえ……」

     ゆらゆら翡翠の石が揺れる背中にぶつぶつと文句を言って、夜番のリトはその翡翠と群青色の羽毛が夜闇の紺色にすっかり紛れてしまうまでをじっと見送った。しん、と薄暗い酒場を静寂が満たす。

    「……行ったかな」

     呟いて、周囲の音に耳を澄まして確かめてみた夜番巡回のリトの兵士は、机に突っ伏している白い肩を揺する。

    「おいテバ、テバ……起きろって。リーバルは帰ったぞ。もう大丈夫だ、“そらり”はやめなって」
    「ん……ああ、……ふわあ」

     すると先ほどまで唸り声しか出せぬほどの泥酔ぶりを見せていた筈のテバは、あっさりと返事をして起き上がり、リトの兵士の目も気にせずにくわりとあくびをした。大きく伸びをして首を回している仕草に淀みはなく、嘴の赤みも引いている。まるで先ほどまでの酔いが急にさっぱりと消えてしまったかのようだ。
     その一変ぶりにも夜番のリトの兵士は慣れたもので、薄明りに目を慣らすように瞬かせているテバに対して申し訳なさそうに声をかける。

    「いつも、わりいな~。あいつは滅多にオレったちの前でガキぶった真似はしたがらないし、オレったちへの愚痴を分かって貰える、喋る先ってのも無いし……こうでもしないとリーバルも負けの区切りがつかないみたいでよ」
    「いや、気にするな。こういう役回りも嫌いじゃ無いんでな」
    「ほんッとにお前は数寄すきモンだな……憧れのリトの英傑様のためってだけで、こうも一芝居打っちまうまで手慣れてるとはさ」
    「フッ、俺だって憧れだけで歳食ってるわけじゃないさ。俺はリーバル様ほど潔癖にやってきちゃいないからな……こういうじゃ、アンタたちにだって負け知らずかもだぜ?」
    「まァたまた。お前はオレよりも三つは下だろうが。悪ガキがそんくらいで年寄りぶってんじゃねえぞ!」
     
     テバは、一度もその誘いを断ったことが無い。そして、酔いつぶされることを気にする素振りも見せない。
     ──戦士テバはそもそものだ。単に空気を読んで酔い潰れたフリをしているだけである。
     『リーバルのやつ、酒を飲むと輪をかけて話が長いだろ?テバおまえ、よく聞いていられるなあ』
     『ちょいとばかし“酒を飲むのに考え込みすぎちまう奴”との付き合いは長くってな。その親友ダチは自分が酔いつぶれるまで飲んでからじゃなきゃ大人しくならないんだが……リーバル様は、まあ、言いたいことを言い終えたらすっぱりと酒を楽しんでいるからな、行儀のいい飲み方だ。あんたたちを反面教師にでもしたかな?』
     『けっ、言うねえ。だがまあ確かに、あいつが気取った振舞い方をするようになったのは、オレったちが散々と雑に構い過ぎたせいもあるかもなあ……』
     『だから、あんたたちに取っ捕まって家族のこと未来のことを根掘り葉掘り訊かれて喋らされるよりかは、大した苦労じゃないさ』
      
     そんな風にからから笑って、テバはぐいと追加のジンを煽っていた。あれだけ流し込むように飲んでおいてまだ飲むのかと、周囲のリトたちも驚きを通り越して呆れていた。それからだ。テバが酒を飲むことにちょっかいをかける戦士達が減ったのは。どれだけ飲ませても潰れないこの御仁は、“嘴を滑らせる”ということが無い。それどころか、こちらがリーバルについて戦士の技についてと質問攻めに遭う始末。
     
     ──とはいえ、まるっきり喋ってくれねえワケでもないんだよなァ。

     本当にテバが酒気に酔っている時は、“英傑様”の話ではなく、未来に残してきた家族の話をするのだという所を、こうして遅くまで酒場を見てまわる夜番のリトは何度か見たことがある。
     好みの味の酒だったり、飯もリーバルの話もたらふく食ったりで、とことん上機嫌な時のテバは、戦場で戦果を自慢する時のようにするりと自分の話をする。宝物を自慢するガキの顔だ。そこに夫やら父親やらの眼差しが乗っている、妙ちきりんな塩梅の顔。
     その大抵は今日のようにリーバルの自棄に付き合った後だ。最初のときもそうだった。
     夜の闇が空を覆う頃、誰も彼もリトは眼を閉じて夢の方に羽ばたいてしまった後のような、ひっそりとした真夜中に、テバと酒を飲み比べていられる奇特な酔っ払いだけが知ることだ。
     それからだ、こうして度々深酒の相手になっている。別嬪な奥さんに可愛い息子、それを惚気る戦士の顔と言ったら。多少の秘密を呑んで、酒の一本二本奢ってやっても、面白がれる。
     
    「さて、任された分はきちんと片付けて戸締りしちまわないと」
    「空きビンを片すくらいは手伝うぜ」
    「ほう、助かる」
     
     つまりは、いつも介抱役に呼ばれるこの夜番の兵士だけが知っている。
     大抵がこんな風にリーバルが景気よく飲み尽くして帰った後で、空寝入りの秘密を共有する口止めの取り分だと言うように、二人静かに一献交わしている。

     ──オレってば、随分この時間が気に入っちまってんだよ。
     
    「まあ、素人仕事ならこんなもんだろう。……っと、」

     散々と飲み散らかした片付けを終えて、カウンターの席に腰かけ一息をつく。その際に机に手を置いたテバが一瞬、何かに驚いたようにその手を上に避ける動きをした。

    「どうした、まさかネズミでもいたか?」

     軽い気持ちで尋ねたのに、テバは妙にぱちくり瞬いて、さっき手を置きかけた机の端の方に視線を走らせた。おや、この御仁がはっきり返事をしないとは珍しい、と興味にひかれて顔を覗き込む。しかしその違和感はすぐにどこかに消えたのか見当たらず、どっかりと座り直したテバがニヤッと笑った。

    「いや、悪い。何か動いたかと見えたんだが……勘違いだった。風で木の葉でも迷い込んだかな。それよりあんただ、今日はいやにる|が早かったじゃないか?誰か待ち合わせてるヤツがいるかと思ってな」
    「そりゃおまえのことだろ。なんだよ、水臭いこと言うなィ。一緒にひとッ仕事したんだから、一杯くらい報酬を頂いてもいいもんだろ?」
    「一杯くらいって、そう言って前回あんたが一瓶空けた高いボトル、翌朝に俺のところに請求が来たんだが」
    「わかったわかった、悪かったって。ちゃんと話付けとくよ。今回はオレっちが奢ってやるから」
    「ようし!そうこなくっちゃな」
      
     そう言ってテバは機嫌よさそうに勢いよく椅子を飛び降り、カウンターの奥から好みの酒を取り出し始めた。その姿を眺めながら、先ほどテバが気にしていた机の端を見やる。小さな髪留めが転がっていた。

     ──なんだ、ただの忘れ物だ。誰か、酔っ払いが羽目を外してったんだな。

     酒場の客も店の人間も、もちろん夜番の戦士の顔見知りだ。持ち主には心当たりがある。そいつがどこに住んでいて、どんな性格で、忘れ物をしたと気がつく時どんな風に動くのかも、よく知っている。
     
     ──ちょいと声をかけるのが早すぎたかね?

     きっとこの忘れ物の持ち主は、夜遅くでも自分の忘れ物に気が付いたら、慌てて取りに戻ってきてしまうだろう。

     ──いや、きっとこうなることが“タイミングが良かった”んだろうなあ。

     夜番のリトは、机の端の忘れ物を見なかったことにした。選んだ酒瓶を持ってテバが戻ってくる。
      
    「おまえの分はどうする?」
    「オレも同じでいーよ。足りなかったらその辺の中身が残ってる瓶からテキトーに飲むし」
    「じゃ、コイツから開けるか」
     
     テバが席に戻り、瓶を開けた。新しくテーブル上に並べられた数本の酒瓶とグラス、テバの身体とで遮られ、机の端の様子は分からなくなった。これでいい。夜番のリトはふっと笑った。

    「なあ、テバ。あんたも、今日はいつにもましてまだまだ飲むみたいじゃねえか? なら、ちょっとオレっちの愚痴にも付き合っていってくんねえ?」
     



     ──いつもと様子が違うな。

     テバはグラスを傾けて琥珀色の液体を喉に流し込みながら、ちらりと隣の煤竹色の羽をした壮年のリトの戦士を見やった。暗い羽色は夜闇に区別なく溶けてしまいそうなのに反して鳥目のリトのなかでも夜目が利く方だという煤竹色のリトは、もっぱら日の沈んだ村々の巡回を勤める夜番として真面目に働いているが、時折こうして、こっそりと酒を飲み羽目をはずすことがある。

    『どうせ重要な谷や雪原からの道には夜目が利くハイリアやシーカー、ゲルドの兵が詰めているんだから、ふつうのリトよりちょっくらマシ程度のオレっちの仕事は、鳥目の宵っ張りどもを追いたてるくらいでさァ』

     と言ってからから笑って、眠りかけながら鎚を振っている職人や千鳥足でふらふらの酔っ払いの世話を焼くついでに、酒の一杯も貰っていく、という具合だ。
     特に、同じように多少の夜目が利くテバが来てからは、巡回のついでによく話すようになった。
     今日も“空寝入り”の一仕事を終えて、もはや馴染みの飲み相手となった夜番の彼とああだこうだと話し飲んでいたところだ。

     ──だが、今日はどうも飲みぶりがおかしいな。

     先程から、隣のリトは水を飲むように酒器をあけ続けている。リーバルの愚痴酒に付き合いさらに深酒をしているテバが言えたことではないが、いくらなんでも、巡回の仕事の間にちょいと飲むにしては量が行きすぎている。
     
    「なんだ、あんた、今日は酔いたい気分なのか?」
    「おう、まあ、そんなところさァ」
     
     心配するテバに、夜番のリトは「あんたに話したいことがあるからサ」と言って、また瓶から並々と中身を注いだコップをぐいと傾けた。彼の方に並ぶ瓶をまじまじと見たが、酒の銘柄を示すラベルもなく、あまり見覚えがない瓶だった。

    「話したいこと?」 
    「オレァよ、ずっとあの“ちび”が英雄だの何だのとでかくなっていく様を見てきた方のリトでね、“酔いでもしなきゃこんな事”、意地張って意地張ってとても言えねえから」

    「こればっかりはリーバルの奴のことを笑えねえや」と軽口を叩きながら、またぐいとやった。「いい加減にしておいたらどうだ」と、テバがとうとうグラスを取り上げ瓶を遠ざけると、「ん、そうさな。もうそろそろいいや」ふっと夜番の戦士は真剣な顔つきになった。

    「なあ、テバ殿、──オレらァ皆、あんたに感謝してるんです」

     取り上げたグラスを置こうとした手が揺らぐ。夜番の戦士が言った言葉が、一戦士として、日頃の任務の戦働きへの礼ではないことは、テバにも感じ取れた。真剣に向き合い直す。

    「どうした。突然だな」
    「なんでだろうなあ、言いたくなったんだ。あのが酒なんかかっ食らって陽気に過ごしてる姿は、おれッたちゃ久しぶりにみたんだよ」
    「ひさしぶり?」

     この村の戦士たちが言う“ちび”とは、若き英傑リーバルのことであろう。この100年前の時代のリトたちは、テバたちが伝説の英傑リーバルへの敬慕を固く抱いている部分と入れ代わるように、昔から面倒を見続けてきた末の子供をからかうような親しさを持っている。そしてテバが知る限りでは、リーバルという戦士は、派手な酒宴を喜ぶ質ではないにしろ、何度となく嗜好として酒を楽しんでいるタイプだったはずだ。

    「久しぶりってのは……黒いの敵勢がわんさとヘブラに押し寄せるようになってから、だな。お前は知らんだろうが、リーバルは……あいつはいつも酒を飲むのは一番最後の奴なんだよ」
    「迷いを忘れてすがるための酒ではなく、祝いのため、戦いが終わった暁に、ということか」
    「そうだ。戦況が悪くなりゃ、戦士は酒を飲む。怖気づいて戦場に出れないより、ちょっと千鳥足ちどりあしでも戦う方がマシだからな。だがリーバルは違う。みんなが武者震いだ景気づけだってんで焦燥感を紛らすのに酒を頼ったって、リーバルは一滴たりとも戦士の責務から逃げ出そうとはしなかった」

     止まない吹雪に、無尽蔵にも思える魔物の敵勢。どれだけ先の見えない戦いであっても、ひたすらに被害状況を見定め、敵の進路の傾向を読み、でき得る対策を講じて試す、その地道な繰り返し。ハイラル連合軍に合流するまで、このヘブラで人々が厄災に飲まれず済んだのは、戦い続けることができたのは、群れの先頭でまっすぐに立ち続ける誰かが居たからだ。

    「アイツだけはいっつも素面で戦場を見つめてた……そうさ、“本当に”諦めてなかったのはアイツだけだ。アイツがいたから、おれたち戦士はなんとなあく、アイツの堂々しさに倣って、からだを動かし続けていただけなんだ」
    「……リーバル様らしい潔癖さだな」

     だろう、と夜番の兵士はどこか誇らしげに言った。そして一拍黙り込み、思い詰めたような顔を浮かべて、意を決したように震える嘴を開く。

    「──オレたちはアイツが生きててホントに嬉しかった」

     テバはぴたりと動きを止めた。手元のグラスに入っていた酒がちゃぷんと揺れる。
     
    「オレたちだってな、薄々わかっちゃいるんだよ。──あのとき、あの晩、もしもお前がいなかったら、きっとオレたちは……んだろうってのはよう」

     大厄災の夜。厄災の復活した時。ガーディアンが怨念に乗っ取られて厄災ガノンの尖兵と化し、英傑たちを乗せた神獣もが陥落しかけていた紅い夜。
     英傑リーバルは愛機たる神獣ヴァ・メドーを取り戻さんと、厄災の差し向ける怨念カース化身ガノンと救援の望めぬ死地で一人、戦い続けていた。
     テバはその続きの物語を二つ知っている。英傑リーバルが神獣ヴァ・メドーもろともにその身をくらませて悲劇の伝説が語られた世界はなしと、白き守護者のガーディアンによって神獣ヴァ・メドーに介入した“救援者”によって英傑リーバルと神獣メドーがへブラに帰還し今なお目の前で戦い続けているこの世界はなしだ。
     前者の話を、テバは誰かに語り聞かせたことはない。これは、未来から呼ばれた“救援者”だとかいう四人だけが、知っていることだ。テバと、未来の小さきゲルドの女王ルージュ、ゴロンの若き戦士ユン坊、ゾーラの王子シド。リトの外、へブラの外で他の三人がこの世界とは違う進み方をした未来の話についてしゃべったかどうかまではわからない。
     だがテバは、リトたちの輪のうちで一度として“もしかしたら”の先にある自分のよく知っている悲劇の世界はなしを明言したことはなかった。
     テバは慎重に言葉を選んで、嘴を開く。

    「そうとも、限らん。あの小さなガーディアンやリンク……ゼルダ姫たちが駆けつけていたんだ、彼らの道を素早く切り開いたあんたたちの協力があってこそ、英傑様の救援が間に合ったとも言えるじゃないか」
    「世辞はいいよ。オレたち自身が一番よく分かってる。オレたちは弱い。立派に嘴と蹴爪をそろえて武器まで持ってもさ、あいつと比べたら、そこらのスズメとシマオタカくらい違う……大事なものについて行けずに呆然としているしかないくらい、弱くってさ……」

     自嘲する声は細く、しかし眼差しは決して逸らされることはなかった。

    「だから、さ。いっぺんちゃんと言っておきたかったんだ。よ。テバ……いや、テバ殿。」

     いつになく厳かな声で恭しく名を呼ばれる。テバは姿勢を正して先達たるリトの戦士と向き合った。金と金、真剣な眼差しがかち合う。

    「貴殿が我らがリーバルを救ってくれたこと……我らリトは身命尽きようとも子へ孫へとこの御恩を忘れは致しませぬ」

     手を腿に置き座りながらではあるが、戦士は深く頭を下げた。

    「……は、似合わんな」

     テバはすぐに、面をあげてくれとそう言ったが、リトの戦士は頑なだった。しばし考えて、テバは自分の左手を軽く握って胸に当て、敬礼する。
     
    「──我が翼を、貴殿らリトの一翼いちよくかぞふるほまれに勝る喜びは他にありはしまい。誇り高き同胞よ、どうか頭を上げてくれまいか。我らは道を同じくする鵬輩ともがらであるのだから」

     こちらも普段どこに隠していたのか、厳かな声を出して言葉だけは恭しくそろえた。二人の戦士の間にしばらく重々しい沈黙が落ちる。そして次第に煤竹色の肩がぶるぶる震え出して、ぷっと吹き出すように夜番のリトが笑い、とうとう顔を上げる。
     
    「へっへへ!かっちこちで似合わねえなあ!それも“浮いた”お前に言われちゃ世話ないぜ!」
     
     ちがいない、と合わせてテバもくつくつと笑った。

    「意地の張り方では誰もがリーバル様に引けを取らねえあんたたちが、こんな素直にお喋りするなんて、本当に珍しいこったな」
    「はは、まあなあ、オレっちもおまえさんの惚気にあてられちまったのかもなあ」
    「あん?あれくらい……惚気ってほどじゃねえだろ」
    「いンや惚気だぜ、あんた、こうして酒かっ食らってちびちび家族の話してた時の自分の顔見たことあるかィ?かわいくて仕方がないってもうでれでれに頬がユルんでるぞ?」
    「おい……」
     
     むっとしたテバが眉をひそめて振り返る。しかし夜番のリトの戦士はお茶らけた口調とは裏腹にひどく真剣な顔をしていて、テバは言葉に詰まった。行き場を失った音を嘴の中にころがしている間に、戦士はふうっとため息をつくように苦笑して、ぽつぽつとまた語り始めた。

    「……オレたちもさァ、あいつがかわいくて仕方がねえんだ。かっこ良くて仕方がねえのもホントだぜ。でも、やっぱりあいつは……リーバルは、いつまでもオレったちの子どもだから」
    「あんたたちの子?」
    「そうだ。あいつはずうっとリトの皆の子供だった。リトの皆があいつの親で、兄姉で、弟妹だ。だからあいつは、いっつもリトの村ぜんぶを護ろうとする。ぜんぶが家族だから」

     リーバルは物心つく前から親がいなかったのだという。リリトト湖に近いリトの居住区から少し外れた場所で、ある日、火災があった。消火に駆けつけた戦士が辺りを確認してみると何かを庇うように倒れ込んだ女性のリトの遺体と、その身体のしたに籠に入れられて眠る小さなリトの赤子が居た──それが、リーバルだったという。父親は知れない、どこかで武を競いに村を出て行った戦士の何某かだという声もあったが、真実は火の中だ。母親の顔も知っている者はいなかったし、身元を確認できそうな物はすべて焼け落ちていた。ただ、赤子の名前は、その頃から足につけていた立派な翡翠の足環に彫りつけられていた。
     誰の子とも知れぬリトの赤子を、へブラのリトの民は受け入れることに決めた。名も知らぬとはいえ同胞の一人が命かけても助けた子供だ、どうにか立派に育ててやりたいと、誰彼の家の区別なく“皆の子供”として幼いリーバルを迎えることにしたのだ。
     
    「だからさ、オレたちが寄って集まって、割って入ってなんとかなる物事なら良い。あいつの家族は大勢だからな。このへブラに収まるくらいのことは、大抵がなんとかなる」
    「大勢か。」
    「おうよ。このヘブラで生まれたリトの仲間は皆が家族なもんだがな、どこの店、どこの家に行っても『いらっしゃい』より先に『おかえり』と言われるようなガキは、あいつだけさね」

     しみじみと思い出を語るように夜番の戦士は言った。宿屋の隣の家の婆さんなんか今でも『リーバルちゃんが来たときにお菓子がないと』なんて言って弱った足腰で買い物に行くんだぜ、工房の職人たちだってリーバルが村に戻ってる時はどいつもこいつも急いで仕事を片して暇そうなフリなんかしてやがってさ……と挙げ出せばキリがない。
     怒涛の喋りは、まるで、“話題をそらしている”かのようだ。
     フム、とテバは考え込むと、つぎに夜番の戦士がグラスを置くのを見計らって、するりと自分が選んで持ってきた瓶の酒を注いでやった。

    「お?何だよ急に。」
    「いやなに、舌の滑りを良くするには、まだ酒が足りないかと思ってな」

     暗に、まだ言いたいことがあるんだろうとテバは促している。夜番の戦士がきょとんと目を瞬かせ、ふっと破顔する。

    「……ふっ、アッハッハ!あの褒め語りを抜きにしても、リーバルがお前を酒に付き合わせるのも分かるなァ」
    「ふむ。まあ未来向こうの村でも一番酒に強いのは俺なんでな、そのせいで酔っ払いの世話を焼くのは身に沁みついているのかもしれん」
    「なるほどねえ」
     
     酒器をぐいとやる。はあーっと酒臭い息を吐いて、煤竹色の夜番のリトの戦士は観念したように大嘴を開けた。

    「なァ、今から言うのは、本当にここだけの話にしてくれよ。ほんとのほんとに、頼むぜ? あのな──……あのな、オレたちはよう、なったんだよ──……」
    「羨ましい?……俺の話、か?」
    「そう。あんた、道の形が一緒なんだ」
    「道?」
    「戦士としての道だ。テバ殿、あんたはあいつにとって初めての、リトの戦士だ。それは、オレたちにはどうやっても立てない場所だ」
    「親の無い代わりに、一族全てがあの人の家族……なんだったか」
    「そうだよ。でも、それってのはさ、つまりあいつにとって“身内じゃない同族がいねえ”ってことだ」

     故郷、家族、そのように数える身内のリトは、リーバルという戦士にとってはすべて“護るべきもの”だ。へブラの生きとし生ける者すべてを数えるに足らず、きっと新しくこの翼の民に名を連ねたあのからくりの鳥・古代兵器神獣ヴァ・メドーさえも近くそこに数えられているだろう。男女も老若も戦うも戦わぬも区別なく、このリトの一族を構成する全てを護らんとして彼のプライドは立ち、そしてそれが為されぬとあれば傷つくのだ。

    「そんな中で、あいつの護るものじゃないからやってきたお前はさ、やっぱりなんだ。お前は、オレったち翼の民の中で一番、リーバルと“同じ”場所に立ってる」

     テバは微かに息を詰めた。そうしないと不躾で、無神経で、無思慮な“否定”が、嘴をついて出てしまっていただろうから。それを判じるのは、俺ではない。どれほどテバが生きてきた世界が、今隣り合って生きているリトの戦士たちと遠く離れた未来なのかを知っているのは、テバだけだ。

    「同じ道の上飛んでいやがるから、お前たち自分じゃ分からんのかもしれんが、お前たち二人そっくりだぜ。意地の張り方、誇りの貫き方、命の背負い方。弓の引き方と飛び方は全然違うのに、お前たち、だ。オレたちのを見てる、を探してる」

     それを憧れと言うのは簡単だ。だが、悲劇の英雄を知る自分と、いままさに希望を導き背負っている英雄を知る彼らとで、同じものが見えているとは言えないことは、テバにもわかった。

    「そうさな。お前に言いたいことってのは……ありがとうってだけじゃない。ありがとうとさァ。オレたちは、できなかった。羨ましいね」

     恨み言、と言いながらも夜番の戦士の声音はつるりと平淡だった。うずまく感情を言葉にしたら、無味乾燥としていたような。テバはただ、ようやく自分が肯定できる非難を受けて、微かに息をついた。
     
    「リーバルの実力がハイラル王家に見込まれてさ、ハイラル全土に渡る戦場が宛てられて、英傑なんていう面白くて強い仲間ができてさ、アイツの世界が広がったのは本当に良いことだった。 小せえ頃から誰と競っても余裕で勝ち越しちまって、一人で訓練場を貰ってやっと、やっとあいつは翼の枷が外れた。自分自身っていう競争相手を見つけるのは早かったよ。それに、さ。あの退魔の剣の騎士殿。あの騎士殿と会ってからのリーバルは、退屈する暇もなく生き生きしてやがる」
    「それは、分かるな。リーバル様にとって心から競いあえる強者はやはり、英傑の方々ほどの並外れて優れた戦士なんだろう。俺はまだ、その域までは至れていない」
    「お前もそんな風に思ってるのかィ? オレらからみれば十分リーバルと張り合えそうなお前がそう気後れするんじゃ、ますますオレたちの立つ瀬がねえや」

     夜番の戦士はおどけたように肩を竦める。

    「あいつさあ。オレたちじゃもう相手にならなくって、軍隊訓練以外じゃ一人で訓練するしかない時に比べて、本当に良い感じに変わってるんだ」

     「ちょっとは悔しい気持ちもあるけどな」と言う顔は変わらず冗談めかすように笑んでいたが、テバは、その眼の奥に熱く焦げ付いた跡を見た。それも、老獪な戦士の強い理性で、一瞬で隠されてしまったが。

    「でさァ。あの剣士様ほど優れた競う相手になれぬのなら、天翔る喜びを共有できる翼の民として理解者でありたいと思ったが……なんのことはない、誰よりも戦士らしいリトの戦士であるあいつの道は、ずうっと遠い。憧れて追うばかりじゃ届かねえんだ。──目指したことはある。というか、今でも目指してるよ。でもなあ、オレたちの目標ってのは、、で止まってるんだよなァ」

     言いながら壮年のリトは、指先を揃えた手を胸元から首へとすっと動かした。まるでそこに見えない錠がかかっていて、彼の呼吸を奪い自由な意志が羽ばたくのを妨げているかのようだった。

    「あいつは常に進み続けているのに、オレたちは“どこかいつかのあいつと同じ”ってえラインで止まる。あいつのいない、なんて……想像もつかねえんだ。“越えてみてえ”とは思う。でも、本当に“越えちまおう”、なんて。あいつより先へ行こう、なんて、そんな大それた事。オレらァ考えたこともなくってさ」

     笑っているのか、泣いているのか。震えた声音だった。
     テバはその言葉に託された強い悔恨に、自分の生きる未来のリト達の姿を思い出した。
     歌い継がれる伝承。古来から製法の変わらない大弓に、唯一付け加えられた青い飾り布。一度も埃をかぶったことのない訓練場。欠けたままの的、柱に刻みつけられた印、古びた青い布切れ。
     何年も、何十年も、百年経っても、そしてきっと何百年先も……ずっと遠い誰かを追いかけて、けれど追い付けなかった人々の祈りのすがた痕跡だ。その祈りがつくる幻は、誰もかれも、口惜しさに顔をゆがめている。いや、歪めていた。
      
    「ああ、……よく、知っている」

     テバは、誰よりもその幻を見てきた。口惜しさに共感した。その強さと美しさに憧れた。──だからここにいる。
     
    「やっぱりかい? 100年経っても、変われねえんだな、おれたち。無茶無謀の一言で、あいつを星に挙げて満足しちまったのか」
    「そう悲観するものでもない。変わらなかったことは、あの人を愛し憧れ続けた思いもまた同じなんだからな」

     まっすぐとした眼差しに、リトの戦士はぽつりと感慨を嘴に転がした。
     
    「そっか。100年後にも、あいつの名は残っているのか」
    「勿論だ。俺は、あなたたちの憧れが綺麗だったから、その煌めきが語り草となって遺されていたからこそ、今も誇りを持ってあの人を追いかけていられるんだ」

     テバは即答した。まごうこと無き真実だ。心から思い続けて、もしも誰かに伝えられるのならば、と淡く期待し続けてきた切望だ。
     
    「オレったち皆までもが尊敬の対象かぃ?参ったねえこりゃ」

     アッハッハと大袈裟に大笑した戦士は、はーぁとため息をも大きくついて、嘴をもごつかせた。

    「……あーァ、やっぱあんた、憎ッたらしいくらいい~ィ男だなァ」

     ごろついた呟きにテバは応えず、ちょいと眉を持ち上げた。

    「これ以上聞いてたら、あんたのこと嫌いになっちまいそうでンなるぜ」
    「俺だって日頃あんたたちの思出話が羨ましくってたまらねえんだ、相子あいこだぜ」
    「えェ~?あんだけ目ェキラッキラさせて聞いてたくせにィ~?」
    「知りたいのと羨ましいのは両立するだろ。俺はあんたたちよりも“意地っ張り”なもんでな」
    「ハハ!生意気言いやがるぜ、まったくよ」

     肩をすくめてみせるテバに、夜番のリトはひとしきり笑った後、おもむろに飲み差しの瓶を手に取り立ち上がった。

    「戻るのか?」

     テバは少し声を張って尋ねた。夜風がざわりと強く感じて、外の木々や茂みをがさがさと揺らしているような音が聞こえた。

    「ああ、ちっと喋りすぎた。そろそろ交代の時間だしなあ、寝るとするぜ」
    「ずいぶん飲んでいたが、大丈夫か?」
    「心配ご無用。いい、いい。オレの寝床は村の中だからな、歩いて戻るくらい平気だ。お前らとおんなじ、酒って理由で意地張りを誤魔化したいだけってね。酔って酔わせて千鳥足でふらふらするガキとは違うんだよ!」

     けらけら笑うリトの戦士がその手にちゃぷりと揺らした飲みかけの酒瓶から、するりと雪の匂いがした。テバはようやく思い至った──これは、酒を割って飲むときの雪融け清水のボトルだ。テバは、このリトが自分と変わらぬ大酒飲みだと知っている。ちっとも酔えないからと味ばかり気に入ったものを何本でも水を開けるように飲んでしまうから、いつも周囲が先に音をあげているくらいだ。だから、酔っぱらって瓶を間違えるなんてことはしないはずなのだ。
     テバは「おい、」と急いで引き止めたが、夜番のリトは「気にするな、分かってるなら尚更、してくれるなよ」とニヤッと笑った。

    「……あんたが満足できたのなら、引き止めやしないが。俺はちゃんと酒代に見合う肴を出してやれたかわからん」
    「ん。心配あんがとさん。大丈夫だよ。お前はちゃあんと始末をつけてくれたさ。店主にも言っとくよ。なあ。」
     
     すっと身を屈めて、まるで誰かの聞き耳を憚るようにテバの耳元にささやいた。
     ──お前にゃ負けたよ。
     そして、すうっとその視線がすうっとカウンターテーブルの上に置かれたままのテバの右手を一瞥した。まるでその手の中身を見透かしたように。
     しかし煤竹色の壮年の戦士は何も言わず、テバもまた敢えて語ることはしなかった。

    「後はァ、頼まあ!」

     威勢の良い別れの挨拶を最後に。意地っ張りの言葉だけの威勢だったのか、ふらり、ふらふらりと絵に描いたようなちどりあしが遠ざかっていった。 


     煤竹色の羽根の夜番のリトが揚々と席を後にして、酒場はすっかり静かになった。残ったのはたっぷりと酒を飲んでも金の瞳の濁らぬ酒豪の白いリト。
     
    「──さて」
     
     テバは先ほどまでずっと机に置いていた掌をどかす。その下に隠していた“あるもの”を拾いあげて、店の天井から釣り下がるペンダントライト薄い明かりに透かして見た。きらりと店内の床に緑の線が走る。
     
     ──翡翠の髪留めだ。

     森の木漏れ日透ける煌めきをそのまま切り取ったかのような見事な透明度の緑翡翠だ。テバはこの髪留めの持ち主を知っている。何も気づかないふりをして置いて行ってもいいが、テバは何となくこの忘れものを届けてやろうという気になった──すぐそこまで、持ち主が来ていることを知っていたから。

    「聞いておられたんでしょう? ……リーバル様」

     首だけ後方に向けて問いかけると、がさりと茂みの揺れるような音がした。それから少しの間をおいて、髪留めと同じ美しい翡翠の目をしたばつの悪そうな顔が入り口の柱の陰から出てきた。

    「……いつから気付いてたんだい」
    「うーん、最初から、ですかね」
    「あ、あのなあ……別に、盗み聞こうとしてたわけじゃない」
    「はい。承知してます。誰もそんなこと気にしやしませんよ」

     テバは振り返りながら至って平静の様子で頷く。立ち聞きを叱られも咎められもしなかった青年は、居心地悪そうに目を合わせず黙ったままだ。テバはとんとんと指先でカウンターテーブルの天板を叩いて、青年を促す。
     
    「そんなところにいないで、座ったら如何です?」 
    「君、酔いつぶれてたんじゃないのか。いやにしゃっきり喋るじゃないか」
    「それはリーバル様だって同じことでしょう。おあいこですよ」
    「誤魔化すなよ」
    「はは。あれほど真摯な感謝を向けられてはね、いくら百鳥ももどり千鳥ちどりの酔いの足だっても、目が冴えます」
    「どうだか……」

     呆れ顔でため息をついて、それからようやくリーバルは店内に足を踏み入れた。そのままテバの隣の席に座る。夕食のあとに酒を飲み交わしていた時とは、ちょうど逆の並びになった。
     隣に来てもやはり尾羽の坐りが悪そうに黙っているリーバルに、テバは言った。
     
    「言ってもいいですよ」
    「……何を?」
    「何でも。」

     リーバルは少し目を逸らした。テバは切り口は与えたとばかりに、それきりでテーブルの上でゆるく指先を組んで待った。二分ほど経ったか、やがて青年の長い嘴がうすく開き、細く息を吸う。
     
    「……僕が見ていないときには、君も、彼も……皆、意地っ張りを止めるみたいだね」
     
     あの夜番のリトの戦士が言った“真摯な感謝”らしい言葉たちが、何も彼一人だけが思っていることではないことくらい、リーバルにも分かっている。わかってしまう。ここはリーバルの故郷で、彼らはリーバルの同胞だ。
      
    「ね。だから俺も言ったでしょう?リーバル様のお気持ちはリトの皆もようく承知だって」
    「ああ、うん……本当だったね。それは」
    「俺はこんな嘘は吐きませんって」
    「わかったってば。でもさ、あんなこと……僕に隠れて、コソコソ言うこと無いじゃないか」
    「隠れていたのはリーバル様の方では?」
    「別に隠れてはいないったら!」

     ムキになって言うリーバルにもまるで堪えていない様子でテバはくつくつと笑っている。

    「こんな酔っぱらってなきゃ、戦士は愛なんて語れませんよ。俺たちは戦いに生きている限り、判断するべきに非情になりきれない奴から死んでいく」
    「それは……」
    「戦ってる最中に行方の知れなくなった大事な奴、味方の死体に気を取られて爆風を避けられない奴……雪に呑まれた、風に突き飛ばされた、谷底に呼ばれちまって落っこちた、勘と運の無い奴ら……」

     言いながら、テバは“忘れ物”の翡翠の髪留めをくるりと指先で弄んだ。顔の前に持ちあげたそれに目を眇めてみれば、大きな緑の石が丸くくりぬかれた輪っかの向こうで、未だ青々しい理想を抱いてもがくリトの青年が黄色の立派な眉をきつく寄せて、言葉に詰まっている。
     
    「そういう奴らを切り捨てきれずに一緒に死んでしまった情のある奴も……そんな戦士を、俺は、何人も知っていますよ」

     戦士の命を散らすものは何も厄災の魔物だけではない。氷雪、渓谷、嵐と飢饉……いまは厄災から人々を護る要塞となっているこの大自然が人々に恵をもたらす一方で、ヘブラの御山が食らう人々の命の数もまた、多いものである。
     同じ戦士が戦場で死を看取れるのなら上々。村で待つ家族の元へと躯を連れて帰ってやれるのなら万々歳。
     
    「俺がリーバル様くらい若かった頃にゃ……ぼさっとしてた俺をかばって、雪崩に巻き込まれて死んだ奴だっていました。──あれは怖ろしい。あんとき俺は命を背負う戦士の業に初めて触れたんです。怖ろしくて、後悔で一杯になって……それでも、その重しを背負って羽ばたく戦士達の強さに憧れました。俺もそうなりたいと思った」

    「だから、君は危なっかしい無茶をするのか?」冷え冷えとした声でリーバルが尋ねると、テバは苦笑した。

    「俺としちゃあ無茶をしているつもりじゃないんですがね。あの時に憧れた戦士の在り様に近づこうとして、為すべきを為そうとしたら、どうも周りからはそう見えちまうみたいで……」
    「そりゃそうだよ。君は何でもかんでも、正面からぶつかればいいとばっかり思ってるんだから……」
    「ハハ!流石にリーバル様はお厳しい……」

     こんなので厳しいうちに入るもんかと、リーバルは言い返したが、その声に普段の彼ほどの力は満ちていなかった。テバは石を机に置き、片腕の翼を椅子の背方に広げてみせる。
      
    「まあ、ね。この両翼りょうて分を死ぬ気で背負ってるだけの俺だって、あなたも、誰もが一目で“危うい”って言うんです。たったこれっぽっちで。そんなら、なら、もっと心配ですよ。どこを向いても情が切れずに死んでしまいそうだから。リトたちはあなたを心配するし、あなたの仕事を取りたがるんです。リーバル様」

     テバは答えた。愚痴酒に酔い潰して別れる前にリーバルの言った「どうして?」という、子供の癇癪のような、そんなくだらない話を、この男はちゃんと聞いていた。いや、この男だけじゃない、リトの皆が知っているだろう。
     リーバルは、自分の嘴の端がぐっと下がるのを感じた。
     
    「……無鉄砲でカッとなりやすい君に言われたって、説得力がないよ」
    「うーん、そいつはしまったなァ!」

     返す言葉がない、とテバは困ったように眉を下げて微笑んだ。しかしリーバルの嘴から出た言葉も、それきりだった。聡い青年は、自分の言葉が子供の屁理屈のようなそれしか出てこないことを理解していた。
     
    「そうだ、これ。忘れていましたよ。だからお戻りになったんですよね?」テバが翡翠の髪留めを差し出す。
    「……ああ」リーバルは頷いて、青い掌をテバの手の下に出した。
     そのまま掌に髪留めが置かれるかと思えば、テバはくるりくるりと指先で翡翠を弄んで、机に置いてしまった。
     
    「見事な翡翠だ。きっと皆があなたの無事を願って、つよく靭やかな石をとっておきに誂えてきたんでしょう。この美しさを見れば、どんなに無傷で彫刻細工や研磨に技を凝らした宝石よりもこの翠の石には価値おもいがあるのだと、誰もがわかる」
    「そんなこと、君にわかるのかい」
    「わかりますよ。リトの髪は、その者の心と生き方が映るものです。祖先の伝統を誇り、敬慕する心が」

     自分の身ごとのように、愛し、大切にする翡翠の証。祖々おやおやから貰い受けた身体から、抜け替わる羽根に代わり傷をつけぬように長く伸ばし続ける髪。
     野の鳥には無い、飛翔の妨げになりかねない髪をリトたちが長く伸ばし、飾るのは、祖先から血を受け継ぎここにある自分の命を象る一部として深く尊重する故だ。
     
    「この翠の石を、その群青の髪と共に靡かせるあなたを見るリト達の胸は、いつも誇らしさでいっぱいでしょうね」
      
     まるで、見てきたように言う。いや、実際に見ているのかもしれない、群れの先頭を行くリーバルを追って隣翔る戦士たちの姿を。
     故郷。家族。伝統という言葉に隠して押し込めているそれを、意地っ張りの戦士たちはよく承知している。それは、未来から来たというこの男とてリトの戦士である以上変わらないのだ。
     でも。僕の帰る場所。僕の護りたい場所。
     その理由が、厄災との戦いが続く中で一つ、二つと増えて広がり続けていることを、この男は知っているのだろうか。
      
    「僕は、……僕がいる限り、この村には厄災なんて一歩も踏み入らせない。この村が守れたら、そのつぎはタバンタの渓谷だって、ヘブラの峰や雪原だって、僕の翼が届く領分はずっと広がるだろう。僕はそうして、僕を飛ばせてくれた風を生んだすべてを翼下に収めるだけ。」
    「それは……とても、リーバル様らしい。あなたならきっと、そうやって全部を背負って羽ばたくこともできちまいそうだ」
    「できるとも。僕は、僕がそうでなくっちゃいけないと決めたんだ」

     ──いつか君が帰るまで、僕はこの故郷を護り続けるだろう。君の世界で君が出会ったような伝統、魂、伝説、憧憬と呼ばれる僕が、いつまでも君を迎えられるように。
     嘴から出なかった言葉がある。それは、今の僕には言えない。確実ではない。僕の誇る自信を傾けられない。“未来”の話は、この男の前では殊更やりにくい。決めつけたくないからだ。
     
    「フッ……くく……ふはっ……ハッハッハ!! 」

     テバは、いきなり声高々に大笑する。

    「なんだい急に……もう夜だよ、皆を起こしてしまうじゃないか」
    「ああいえ、すいません。しかし……しかしですよ、ねえ、リーバル様。やはりリトの英傑リーバル様はリトの民に愛されておられる!」
    「……何を、」

     当たり前のことを。とリーバルは嘴にできなかった。テバの金の目が酒精によって潤んでいたからだ。今まで何度酒宴に付き合わせたって見たこともなかった、その酔に曇ったその茫洋としたまなざしの中に、語りきれぬ喪失と慈しみを見たからだった。年嵩の同胞たちが自分を見る目に似ている、戦場で自分の後に続く戦士たちを振り返った時に感じる、苦くも青く滾る眼光。
     両の黒い指先が、肩をつかんだ。

    「皆があなたの背を追って戦場を翔る。皆があなたの風を追って空を羽ばたく。女神も勇者もいるでしょう、だが、だ。俺たちを導くのは、誰です? 俺たちを空へ駆り立て、誇りを抱かせるのは? 他でもない、あなただ、リーバル様。俺たちは、リトの民はみな、あなたにこそハイラルの未来を見てるんだ!」

     低くのびやかで、浮足立つような声だった。まるでおとぎ話のお節介焼きな妖精に虹いろの花びらで魂を撫でられたみたいに、気分がよさそうに、不安なんてこれっぽっちもないと言うように。
     
     ──僕も、今日は飲みすぎたんだ。

     こんなの酔っ払いの視野狭窄な言い分だ、憧れに浸かった戦士の視点でしかない、大した偏見だ。そう切って、呆れて諭し返せるはずだった、普段のリーバルなら。
     肩をつかむ力が強い。はあーと酒気が濃いため息をつきながらテバは顔を伏せた。急変するテバの様子を見ようと、リーバルがおそるおそる白い翼に手をかけた時。
     ぱっとテバが身を起こす。爛々とした黄金の目、それが三日月のように細くなる。

    「フッ……ふふふ……ハハッ!フッハハハ!!」

     込み上がる笑みを抑えられないようにテバはまた笑った。戦場の獰猛な戦士の挑発の笑みとも違う、憧れの英雄を語る高揚の笑みとも違う、村の子供達や時折自分を見る時にも浮かべる朗らかそうな笑みでもない。くしゃくしゃの、目の前のことが面白おかしくってたまらないと腹を抱えるだと、リーバルは思った。

    「ああ、ああ! 俺の英雄はこんなにも格好いい!」

     びりびりと低い声が夜の静寂に響き渡った。あっけにとられたリーバルを置いて、テバはばしばしと肩やら背中やらを確かめるように叩いてくる。何度目かの背中への衝撃に揺られて思わずカウンターテーブルに手をつき、ようやくリーバルはハッと正気を取り戻す。

    「ッちょっと、君! やっぱり酔ってるのか? ああもう、読めない奴だな……! そんな面倒くさいところばっかりあいつに似ているのは未来から来る人間の特徴なのか? 」
    「ハハハッ!そうかもしれません!! 」
    「だから、声が大きいったら! 」

     嘴を塞ぐようにぼすりと近くの椅子のクッションを顔に叩きつけると、テバはあっさり机に伏して大人しくなった。のろのろと身体を起こそうにも頭が重いのか、身体が動かないのか、首がこっくり船をこぎ、嘴をつつき立てん勢いで机に逆戻りしようとするので、リーバルは慌てて落としたクッションを拾って机に敷いてやる。

    「ふっ、くくく……!! 」
    「テバ、おい、テバ!」

     間一髪で机との衝突を避け、クッションに顔を埋めたテバはやはり機嫌良く、くつくつと笑い声を洩らすばかりで、リーバルに礼を言うどころか自分の不注意にすら気がついていない。今度は本当に酔っぱらってしまっているようだった。

    「ホントは笑い上戸なのかい? まったくもう……」
    「俺は、俺だってリーバル様が生きていてうれしいんです」

     ぴたり、とリーバルは動きを止めて、聞き入った。

    「俺があの人をお救いできたのなら。ああ、嬉しいや。俺のしてきたことが、俺の英雄の力になったのなら、これほど嬉しいことは無い……」

     ぎゅうと心の臓を鷲掴まれたような心地が一瞬。英雄という二文字が己のなかに浮かんで、冷たい血が身体中を回るような、そんな錯覚をさせる。

    「俺の夢みた、あの人の物語が、つづいていくんだ……」

     テバはうつ伏せたまま笑って、それきり黙ってしまった。揺すってもつついても、吐息の合間に不明瞭な間延びした生返事がかえってくるばかり。けれど、目を閉じている顔はいつまでも笑みを形作って穏やかだ。
     テバは眠ってしまったようだった。よほど良い夢でも見ているのか。

     ──この男にとっては、いつまでもこの世界のことは、酔い浸る夢のようにしか見えないのかもしれない。
     
     一人残されたリーバルは、先ほどまで聞いていた夜番のリトの話のこと、いつもテバが本当に酔っぱらってはいなかったこと、今の酔っぱらいの言葉の真意など、山ほど聞きたいことがあったのを、すべて飲み込んだ。
     一緒に吸った息をしばらくじっと留める。戦士が、夜の帳にこぼした言葉だ、覚えていてはいけない。霞に千鳥を見ることのように、覚えていたって栓無いこと、無粋なことだ。
     だから。
     ふうっと息をついて、リーバルは辺りを見渡した。視界の端で、緑と橙の模様が入った布地を見つける。
     あの夜番のリトにテバの介抱を頼んだ時、持ってくるよう言いつけた上掛けだ。カウンターの隅に追いやられて畳んでおいてあるそれを、手に取ってみる。
     ばさりと拡げて酔い潰れた背中にかけてやると、少しだけ翼の端が上掛けからはみでた。サイズが合っていなかったらしい。夜番の彼がたまたま間違えたのか、それとも、は使う予定が無いから、サイズの確認などしていなかったのだろうか。
     リーバルは替えの毛布を取りに行こうか迷って、テーブルの上の、先ほど受け取り損ねた翡翠の髪留めが目についた。

    「忘れ物……」 

     ──忘れ物を取りに来た。そのはずだった。夜のくらがりのなか、微かな飴色の灯りの下で精一杯とつやつや輝く翡翠の石は、まるでステージの上に立つ主役のようだ。手に取ると、馴染んだ重さに少しだけ異質なぬくもりが残っている。誰かの羽根布団の下に長く置かれていたせいだ。

    「僕は……返してもらってない」
     
     リーバルは、翡翠の髪留めを机に戻した。カウンターテーブルの小さな舞台に翠緑の影が再び現れる。
     奥の棚からもう二瓶、酒を取り出して、片方だけ栓を開けた。グラスも二つ用意した。氷を用意するには灯りを点けないことには難しいから諦めて、冷えた夜風を手繰り寄せた。
     テーブルを背にして、テバのとなりに座る。かけた毛布を少しだけ自分と反対の方に片寄せて、はみでた方の翼をすくいあげて、手で包んだ。
     酒の入った身体は普段の体温以上にぬくい。自由な方の手で時折グラスに酒を注いで飲みながら、その高い体温が自分のものなのか、テバのものなのか、わからなくなるまでじっと手を手で覆い続けた。
     いくらリトの羽毛が耐寒に優れていると言っても、生きているリトが翼で覆ってやったからといって布団の代わりにはならない。
     テバだって酔って寝入ったといえど、そのうち目が覚めるだろう。
     それまでの間で、身体が冷えてしまわなければ、それで良い。目覚めたときに、身体が熱いから酔っているのだと錯覚してもらわなくてはいけない。
     酔っぱらいが聞かせた戯れ言に返すのは、酔っぱらいの戯れ言でなくては。 
     真摯な感謝で酔いが覚めたという言い訳に騙されてやる代わりには、もう一度、そうやって酔っぱらったところから覚めるのを確かめさせてもらう。

    「──僕だって嬉しかったさ。来てくれたのが君のような戦士で」

     紅い月夜を裂いて、僕の元に来てくれた君。
     ただひたむきな憧憬それだけで見ず知らずの同胞リーバルを助けに悪夢の戦場に飛び込んだ、向こう見ずの戦士。
     家族でもない、子孫でもない。憧れたという嘴は英雄を語るのに、村で育ってきた僕の事情なんてろくに知らない、珍かでおかしな同胞。それでも、僕の愛して追い求めた伝統、リトの気高き戦士の魂が変わることなくそこにあることには間違いない。見紛うものか。生きる君の言う“憧れ”のなかに“それ”を知った僕が、どんなに誇らしかったのか。きっと君にはわからないだろう──勿論、素直に言ってなんかやらないけども。
     だってそれは呪いだ。だってそれは未練だ。

     ──それはいつか未来ふるさとに帰る君の翼に、重しをつけてしまうだろうから。

     だから。月がない夜の闇にでもくれてやるのがいい。

    「眠るといい。今、共にあるこの時が、悪夢のような戦場か、夢想を叶える奇跡か。君にとってどちらなのか知らないけれど……」
     
     戯れ言だ。誰にも見せない。誰にも聞かせない。夜の闇に遊ばせておくのが一番、瑕が少なく済む。
     
    「そうだよ、呑気に眠ってしまえばいい。ここは僕のうち、僕の誇る故郷ふるさと。このハイラルにただ一つ、魔物にも厄災にも恐れる必要の無い、翼の民の帰る安住の地さ。ここは必ず護ってみせる。皆が護ってくれる僕が、護るもの……」

     リトの村の夜が更けていく。月がない夜は、リトの誰も夜を起きていようとは思わない。翼も視界も奪っていく夜に、起きていても無力さが襲うだけ。けれど眠ってしまえば夢を見られる。夢の中ではどんな飛び方だって共に羽ばたいていけるのだ。
     
    「──おやすみ。僕のヒーロー。どうか僕が、君にとっても良き夢であらんことを」

     傾けるグラスの中身がなくなるまで。自分も酔いがまわってしまったと言い訳できるまで。
     そうして素直じゃないくちが鳴りをひそめてしまうまでは、どうか起きないでほしいと願って、一足分遠くある黒い指先をやわく握り込んだ。


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