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    itono_pi1ka1

    @itono_pi1ka1
    だいたい🕊️師弟の話。ここは捏造CP二次創作(リバテバリバ)も含むので閲覧注意。

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    itono_pi1ka1

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    Twitterで投げてたSSのまとめ。
    だいたいやくもくリト師弟のはなし。
    最後のひとつだけ『リトの戦士は生意気である』の亡霊とテバの話。

    ##リト師弟

    リトSSまとめ3◇戦士の黄金
     
      黄金色の眼をした戦士が、白い冠羽をぷうわり麦穂のように長く揺らしている。目蓋は瞳の熱に焦げっちまったみたいに玄い鋼色、びんと張った帯みたいにカタチ凛々しい眉も同じ熱に当てられたのか煤竹の色。
     ぎらぎらしたその目は、日差しも月明かり星明かりも関係なく、いつだって黄金色を映してる。黄金に輝く“何か”が、焼き付いた目だ。
     くわり、悠々と気取った曲がりの嘴が開く。

    「この大地から天空まで永遠に、常春の国の歴史に響く最高のお伽噺を、風と弓に翼を掛けたあなたの名で刻んでやるのは、この俺だ。そんな傲慢な語り手に腹を立てたアンタが殴り込んで来てくれりゃ、儲けもん」

     ひゅうひゅうと風が吹く。青い中天の影も、赤い月の夜も、幾星霜と星が陽を追って飛び越した朝にも、ひゅうひゅうと風は止まず。へブラの息吹は死なずの風の鼓動。理想に飛び果てた戦士のたどり着く楽園の声を運ぶ。

     歴々と翼を重ねて戦士の魂ささやくは風に乗り。
     次は。今は。明日は。その先は。未来は。希望は。
     ──あなた、あなただ、と耳羽をくすぐり、風車を回し、湖面を踊って草木をはねていくその透明な姿に追いつこうと真剣に翼をもたげた者たちが声を重ねていった。
     そんな風のとりこがここにも一人。

    「口も無くして涙を浚うばかりの風を相手には決して叶わぬ世紀の大一番も“挑む”くらいはできるってこと、見せつけてやろう」

     墨で一筆引いたよな白黒翼をひらりと浮かせて、諦めの悪い戦士は運命を奪い取った。

     ──英雄の黄金期、とはその栄光が最も輝き、神にあらぬその命が為せる限界を越えた先にあるものだ。
     ならば、今、ここに。
     風が吹き、頁をめくったあの幼き日から宿あなたの“黄金”を、現世いまに写し起こしてみせよう。

    「それでやっと俺は、夢のスタートラインに立てる。あなたに挑んで、越えた先を見られるんだ」

     リーバル様、と彼が呼ぶ。は、と息をするのを思い出す。その声はまるでいつもと変わらないのに、溺れそうな憧憬の熱弁を聞いてるこっちばかり、金の陽炎を追いかけさせられてるみたいだ。

    「僕は、今に名を轟かすに収まらず、100年後の君の影にも褪せず映し出せてしまうような英雄かい?」

     止せばいいのに、訊いてしまった。ああ、眼差しが、金の炎がぶわりと膨らむ。
     戦士テバの知っていた英傑リーバルは、紙とインクの文字でできていて、風をまとうと鮮烈な音楽の形になる、それを聞くとまるで夜の真っ暗闇の中にめざましい星の見えるようだった。

    「──なんて言ったら、儚いようにも聞こえてくるでしょう。だけどもこの地にあなたの影が消えた日は一度さえありませんでしたよ」

     身体は紙で、血潮はインクで、羽ばたくと風の代わりに音楽が流れるおとぎの英雄その名はリーバル。人が紙を刷り、その血潮で憧憬を綴り続ける限りそのカタチは永遠だ。
     未だ胸に鼓動を鳴らして生きている僕が、どうしてそんな未来の永遠を知っているかって、そんなの目の前のこのぎらぎらした黄金の目で僕を見つめる戦士の男が、いつでもうるさく語っているからだ。彼の金色の目は、沈黙だって雄弁なのだ。

     ──自分の血をインクにして夢を語って、英雄あなたの御伽噺の一部に自分もなれたら良い、なんて。

    「あなたのいる戦場に立ったとき、聞こえる風の音に震えましたよ。だって、ずっと夢に聞いていた旋律とそっくりだったもんだから。もう驚いておどろいて。浮き足だつあまりに、自分に詩作の才が無いのも忘れて勝手に歌い出しそうでした」

     はにかむ男に、僕の翡翠の目はせいぜいだらしなく緩みきらないように怜悧でニヒルな弧を描いた。「ぜひとも聞いてやりたかったねえ!」と炎の移ったよな赤い目蓋をやわくまるめて笑い飛ばした。
     彼の生きた足跡のすべては、彼の血をインクに描かれる英雄の物語スクロール。彼の信じた御伽噺の続き。
     その黄金に映るのは──あなた、あなただと風はいつもひゅうひゅう吹いている。
     僕も、いつしか君をきみだと呼ぶ風の一つくらいには、なっても良いかもしれない。
     そんなことは絶対に嘴に出しては言ってやらないけど──自由な風が吹き通る道すがら、花を纏って降りこぼしていくくらいは、きっとこのへブラの春にはよくあることだろうさ!
     

    ◇ささめくともしび

     「僕の自伝に君のことを書いていい?」と記憶のなかに尋ねると、あの白いとさか頭は驚いたような顔して『そいつは光栄です!』なんて嬉しそうに言う。
     テーブルの上のランプの影が踊る。こんこんとペン先で影を叩き、風を繰れば、火と影が飛ぶ鳥のように散っては揺らぐ。
     紙面の上に戻ってペンがくるりと回れば、記憶がまた返事をする。『できれば格好よく書いてくださいね』なんてニヤッと悪戯っぽい笑みをつけて。
     『俺のオススメはやはりあの東の荒野での戦いで……』
     『ええっ“仲間の窮地に居ても立ってもいられず命令違反をして一人で救援に飛び込んだ時のを書く”? そ、それはちょっと……』
     『ホタルと一緒に居る様子の挿し絵をつける? はあ、まあ、いいんですが……もっと戦士らしい、戦場の晴れ姿の方が良くないですか? 』
     僕の提案に一喜一憂注文をつけてくる様が、簡単に想像できる。僕が一筆進める度に、まるでそこに彼が居るみたいに間断無く返事がくる。
    「命の恩人って書くよ」『畏れ多い話です』「戦友ともね」『無論、俺にとってもです』「でも手のかかる後輩だって」『気恥ずかしいですね……』「相棒……は、メドーと被るから、一番頼りにできる同胞、にしとこうか」『むう……喜びたいのに悔しさが勝りますね……』
     百面相だ。声も、顔も、まだずっと思い出せる。思い浮かぶ。
     苦しい戦いのなかで転機が訪れたあの日から、短い間。僕は楽しかった。あの未来から来た戦士との日々を輝かしく覚えている。戦場では背中を預けあって、暮らしの面倒を見てやって、でも他人で、故郷を同じくする仲間で、歳は親子ほど遠くもなく兄弟ほど近くもなく、理想は誰より似ていたかもしれない。
     戦いの絶えない毎日ながらも、短い間隙を僕らは笑いあって過ごしていて。
    「……友達」
     ペンが止まる。呟いて、記憶のなかから答えが返ってくる──『光栄です』だって。
     耳慣れた言葉、きっとあの男はこう言うのだ。確信は自分を騙せない。ペン先にインクが溜まる。染みができてしまう。書き損じた。ぐしゃぐしゃと書きかけの紙を丸めてくずかごへ放る。やっぱり、代筆屋を呼んで口述筆記を頼もう。
     はあ、と大きいため息で椅子が軋む。
     友達。友人。戦友なんてカッコつけては言えるのに。

     ──僕は、君の嘴がほんとの友達みたいにひらいて、『わざわざ恥ずかしいことを言うな』って笑い飛ばしてほしかったんだぞ。

     『光栄です』なんて畏まった喜びの言葉で胸が踊るのは、本当の君が嘴にする時だけだ。記憶のなかの君が言ったって、僕の夢には褪せて見える。
     それでも、僕の律儀な想像力は友達の君を描いてはくれないから。
     目蓋が降りる。燭台の火を風がさらう。夜の闇に、ヘブラの月明かりは遠い。
     

    ◇星瞰飛行

     ──俺に、あなたのことが分かるのは。
     あなたが、俺にとって遥か彼方を輝く星と同じだから。
     遠く遠く、引き離されて追い付けないほど速く疾くソラの果てる夜を征く星は、最早動いているのかさえも人の目には分からないほど。遠くにまたたく星だ。
     双眼鏡で覗き込んだとて輪郭さえも見えずに、ただ、輝く星。
     その遠さに畏れ、光熱を届ける鮮烈さに、憧れた。
     リトの言の葉。鳥目の我らが唯一覗ける伽話の夜空。そこに燦然と在り続けるあなたに惹かれて俺は飛んできた。ああ、でも。

     ──見上げるだけじゃ、足らなくなったんだ。

     首がつかれた。視力の限界があった。倒れ込んで、地に着く足と背に生ぬるい安堵を思いぼうっと眠るように手を伸ばすのを諦めても良かった。多くのリトはそうして夢の中に星を見た。
     だが。夢では足らないごうつくばりもいるんだ。翼がはやって仕方のない、羽が生えたよな魂だ。
     自ら輝き瞬くリトの星とその輝きを反射して静かに光る、惑う星。永劫燃え続ける魂の光に惹かれて周りをぐるぐると回り続ける。
     光があると示すにはその光を浴びて影を映すモノが必要だ。
     
     ──あなたという星のまたたきを証明するために、我ら戦士はその身を宙へ翔り、星々に連なったのだ。

    ◇血潮は銀に閃いて

     ──『村を護る代償に、君の命を差し出せ』。
     そう告げられたリトの戦士たちは、皆が嘴の端を吊り上げて勇ましく翼を拡げた。それを見て、二度とこんな愚策を言うもんかと心に決めた。一度でも嘴から飛んでった言葉の後悔は、プライドでねじ伏せた。
     
     村一番に強く若いリトの戦士が、一族郎党の存続をかけて戦士を率いる頭目として立った、最初の戦いの時のことだった。
     
     ◇
     
     ヘブラの北風が、嘴を白く染める。
     十の戦を越えた。十の戦士を撤退させるために三つの橋が落とされ、二つの井戸が捨てられ、十の家屋が潰されて、代わりに村の居住区に新たな寄り合い所が建てられた。潰された家屋に対して、新しい寄り合い所は穂がすかすかになったススキのようにみすぼらしい。家屋は籠のような吹き抜け造りが当たり前のリトの感覚であってなお、あまりに簡素で最低限の生活空間しか確保できないあばら家だ。
     それでも上々。リト達は大いにヘブラの大将を称え労った。他の誰も、それより少ない犠牲で仲間を護る方策を打ち立てられないからだ。他の誰もが皆、この物言わぬ犠牲を減らせた場合の面白くもない結末を想像できるからだ。
     間違いないのは、吹雪に山岳と大地すら人々に味方しないこのヘブラの戦場で奇跡的に、愛しい隣人たち全員と本拠地の村落が護られたということだ。
     
     ──『僕がいる限り、リトの村には一歩も踏み入らせない』
     
     皆が知っている、ヘブラの戦士を率いる将──リーバルの言葉に嘘は無い。
     皆が知っている、最も強い戦士リーバルの指揮する戦士達こそは、大地さえ牙剥くこのヘブラで唯一縋れる最も強固な軍団である。
     皆が知っていた、だから誰もリーバルを疑わなかった。吹雪の日も、橋が落ちた日も、あの戦士を引き合わせた赤い夜にも。

     ──だから。僕は目を閉じちゃいられない。

     リーバルは、先の戦場でヘブラの静謐に命を差し出しかけた男を見下ろした。意志の強い琥珀色の瞳が見上げ返してくる。戦場の喊声がまだ遠く聞こえてくるような急造のベースキャンプで、ただ屋根と壁があるだけの救護室で、簡素なつくりのベッドで尾羽の据わりが悪そうに横たわっている、あちこち怪我をしたリトの戦士だ。
     
    「ハイラル王家に呼ばれて神獣の繰り手になる前……まだ正体不明の魔物の軍勢に僕らリトだけで立ち向かっていた頃さ。考えていたんだよ。僕の指先一つ、頷きの一つで、不確かな希望を見て戦士も、町人も、みんなが死んでいくんだろうか、ってね」
     
     だから、間違えてはいけない。誰も自分を責めてくれる者はいないから。
     無茶をして、大怪我をして、にぶい墨色の羽毛も包帯でぐるぐる巻きになったら白い鳥。平和を羽ばたくハトのようだ。戦士が血を流した分だけへブラの白い静謐があがなえる。最後にはみんな銀灰色の吹雪に溶けて消える。残るは鮮烈な輝きだけ。
     過ぎない吹雪と終わらない魔物の侵攻にじりじりと理性を白く塗られて、リト達は疲弊していた。彼らの指揮を執るリーバル自身も例外では無かった。戦士たちに気休めの檄を飛ばす内心で、若く傲慢な青年は『僕のために死ねと言ったらこの中の何割が信じてそうするだろうな』などとと考えた。もちろん、くだらないと一笑に付しておしまいだ。
     考え続けていたら、きっとそれが全く現実から離れていない予測になってしまうだろうから。

    「それなのに。テバ──君は、その何割かに成り下がるつもりかい」
     
     自分を庇ってした大怪我でぐるぐる巻きの包帯で黒い部分が無くなった真白の戦士にそう言ってやったら、戦士はゆっくりと瞬いて、
     
    「俺はあなたのためには死ねません。俺の命は、俺と、俺が護るべきリトの戦士の誇りのためにあります」と答えた。
     
     そのよどみない声音に少し期待した。だから顔を背けて「その末に“僕”が死んでもそうするのか」と聞いてやった。
     戦士はことりと首をかしげて、「あなたは自分の命運について、翼ある限りは他人を頼りにするガラじゃないでしょう。俺だって同じです」ゆっくりとまばたいた。

    「俺は俺の責任で俺の命の使い方を決めます。あなたに渡すのは、俺の領分を越えるから駄目だ。たとえそれが結果的に“あなたのためにも”なっていたとしても、俺が俺のために決めたことを無視されるのは──些か、トサカ・・・に来ます」

     ちょいちょいと額の先のゆらりと長い冠羽を指して、テバは窘めるように言う。

    「俺たち翼の民は、自由の民。一人ひとりが自由に翼をかける理由を選ぶものだ。戦士なら尚更そうでしょう。彼らの意志を軽んじて、その誰もがあなたの翼に頼りきっていると言いきるのは……傲りと言う他ありません」
    「……わかってるよ、そんなこと」
    「じゃ、俺があなたの問いかけに“うん”と言ってやれない理由もお分かりでしょうね?」
    「君が僕よりも皆に近い……もののわかった先輩・・だってことだろ」
    「フ、ハズレだ」
    「え、」
    「ハハ。あなたの弓と違って、あなたの推量は必中ではないらしい」

     ああ助かった、格好がついたな、とリーバルよりも少し年嵩の白い戦士は皮肉げに笑って、ほう、と息をついた。
     ヘブラの北風は嘴を白く染める。
     傲りをひきずりだされた若者は嘴の先に息がかかるのも厭うて、簡潔に、迅速に食い下がる。

    「……答えは?」

     低い声が出た。緊張で喉が張った。対する戦士は俄に真剣な面持ちをして、微かに嘴許だけをゆるめた。

    「単に俺が死にたくないから」

     未来からやってきて、何でも先のことを知っている風に余裕をみせていた男は、その余裕のまま「俺は、死にたくありません。誇りを汚しても、無謀と言われても、先が無い・・・選択はしませんよ」とリトの未来を語ってみせた。
     彼の目には、窓の外の吹雪も戦場の血風も映っておらず、ただそこには一人の戦士が向かい合っていた。

     ──たとえ汚名が積もろうと、雪辱をそそげるほど頑丈な翼を鍛えるのみです。

     遠く、戦場の喊声に溶けゆくように、低い声は響いた。
     
    「だってあなたが生きてるのに、俺が死んでたら意味がないじゃありませんか。俺は、降ってわいた幸運を他の誰かにくれてやるほど心の豊かな人間でもなければ、無欲な人間でもありません。俺は、あなたがいる戦場で死んだりはしませんよ。そんな勿体無いこと、死ぬよりも悔しい」

     そこまできりりと顔を引き締めて言って、戦士は笑った。戦場での獰猛な笑みではない、若い大将をからかうリトの大人どもの意地の悪そうな笑みでもない。目だけがきゅうっと細められ憧憬がひた滲む穏やかな笑みだ。
     咄嗟に戦士の顔に両手を添えて、無理やり窓の方を向かせた。
     窓は吹雪で白くけぶっている。戦士は黙ってされるがままだ。視線を落とすと、白い首筋からさらに包帯で白く塗られた背中が続く。見慣れない。
     
     「真白い背中は頼りなく見える」とだけ言ってやると、抵抗するように手の中の顔がざわざわ身じろぎするのを感じた。
     
     しかし頬を固める手を頑として動かさずにいると、振り向くのは諦めたのか、首をそらしてぎろりと金の目だけが此方を見上げてきた。あわれに思って首を伸ばして迎え覗き込んでやると、もごもご嘴を動かして、何を言うかと思えば、

     「……背中は無事です。全部、向かい傷だ」と口答えする。なんてやつだ。

    「君の嘴は、意地しか張れないのか?」
    「ハッタリと啖呵と皮肉だって張れます」
    「全部同じじゃないか」
    「手本が“そう”なんだから、仕方ないでしょう」
    「生意気」
     この男の手本あこがれなんて、たった一人しかいない。
    「プライドの無い間抜けより上等です」
    「屁理屈」
     自分がそうではない、と誇って自負している戦士は、嘴まで回る。
    「あんたは手応えの無い案山子よりも、叩きのめしがいのあるうつけ者がお好きでしょう」
    「……生意気!」
     
     ぎゅうと両の指を曲げて、白い顔に目隠しをする。彼の目の周りの黒い模様がリーバルの白い指先で隠れて、この男の頭の中そのままのように真白の鳥になってしまった。 

    「今回は俺の勝ちですね」
     
     戦士の頬にぴったりつけた手のひらに、ふくふくとした振動が伝う。つられて自分の頬が弛む。

    「だが、初めての勝ち星がコレじゃあ自慢はできねえや」
     
     ほんとに生意気。だけど、それくらいじゃなきゃつまらない。
     
    「僕は、うつけを待ってやるほど馬鹿じゃないぞ」
    「承知してます」
    「なら、いい」
     
     ぱっと両の手を離した。じわじわとした他人のぬくもりが消えていく。命を取るくらい呆気ない。戦士はぶるりと首を震わしてから此方を見た。

    「あ、いい顔になりましたね」
    「僕はいつも男前だろ」
    「そりゃもうへブラいち」

     見え透いたおべっかだ。本音だという事が見え透いた。馬鹿を考えてる悪童みたいにニヤッと笑う顔に、フンと鼻を鳴らして──やっぱり笑いが漏れた。こいつの笑う顔はせっかく整った顔が崩れて、少し間が抜けていて、笑いを誘うのだ。だから、顔を見ると気が楽になる──それが、僕は少しだけ、嬉しい。

     ヘブラの静謐を破るのは青い嵐、翠の風、弓弦の高鳴り、戦士の喊声──誰がおまえのためなんかに飛ぶかよう!と意地の悪そに笑う戦士たちの羽ばたきが稲妻のように空を突き裂き進んでいく。


    ◇サギまがいの白

     ハイラル中が大厄災に対抗するべく奔走するとある日、連合軍キャンプ・へブラベース、リトの英傑リーバルの執務テントにて。

    「はァ?“お金の使い方がわからない”、だって?」

     テバから相談を受けたリーバルはすっとんきょうな声を上げて盛大に眉をひそめた。リーバルの胡乱なものを見る目つきに晒されてなお、テバは居心地悪そうに「連合軍から戦役分の給金を貰っても、俺には使い途が無いもので……困っているんです」と宣う。

    「お金がありすぎて困るなんて、まったく贅沢な悩みだねえ……」

     返す言葉もありませんと縮こまるテバを執務テーブル越しに見ながら、リーバルは椅子の背もたれにうんともたれかかって嘆息した。
     現在のハイラルはどこもかしこも大厄災の被害に追われて赤字だらけだ。
     リーバルたちが属する連合軍も、方々の貴族や地主たちに金銭や資材を借り入れている。元から王家に仕える兵士たちへの給与は後払いになるとしても、その時々の手当てや途中途中で雇い入れた各種族の戦士たちに、テバたち未来からの使者・・・・・・・たちには都度、戦闘報酬金が支払われている。
     先の言葉を、ヘソクリに金ルピーいち枚しかお金が残っていないとかいうどこかの健啖家 ゆうしゃ が聞いたら、きっと腰を抜かすに違いない。

    「まあ大きすぎるお金を使いこなすのが難しいっていうのは、僕も分からないでもないけどさ……」

     言ってリーバルはちらりと座席の後ろを見やる。視線の先には執務テントの最奥にしっかりと鎖で備え付けられている金子箱がある。その縁を白い指先でなぞった。この箱には、へブラ戦線を支えるために分けられた連合軍の金が収められている。王家が徴収した税金だったりリトの戦士たちが有事のためにと共同で確保している金だったり、その財源は様々だ。大厄災の夜の打撃は深く、財務を仕分けて整理するほどの人員が足りていないので、この金子たちを管理しているのは実質リーバルだと言ってもいい。
     英傑としてそれなりに連合軍の金の動きを見てきたリーバルは、テバの戦士としての働きにどの程度の報酬が支払われているのかは大体検討がつく。つくから、テバの相談を馬鹿なことを言うなと一蹴もできない。

    「……いっそ連合軍の義援金募集箱に投げ込んできたら?」

     リーバルの提案にテバは肩を落として首を横に振る。

    「最初はそうしてたんですが、一度、視察中のハイラル王の目に留まって『ハイラルたっての大恩人に礼を尽くすことが出来なんだら、儂らは祖先に顔向けが出来ぬ。気持ちばかりの品々ではあるが、どうか受け取ってはくれぬか』と追加の報酬を積まれて釘を刺されてからというもの、行きにくくなってしまって……」
    「ハイラル王の目の前で? もうちょっと隠れてやろうって気はなかったのかい」
    「これでもこっそりやってたんですよ!だが、まさか避難民に混じって薪割りをしているぼろ布を纏った木こりがハイラル王ご本人だとは露とも思わず……」
    「ああ……あれね……」

     当代ハイラル王ローム・ボスフォレームス・ハイラルは、時おり何故か貧しい木こりの姿に身を窶して市井を歩いていることがある。王装束と冠を脱ぎ捨てた彼が古びたローブを被り斧を担いで焼きリンゴを齧っていると、普段の王気がたちまち隠れて民の中に埋もれてしまうのだ。ウワサによると、シーカー族の隠密でもごく限られた者しか木こりのハイラル王を追うことができないとも聞く。時には戦場でさえも、名手と聞こえ名高い大剣の他にどこに隠していたのか大斧を振り回しているとか。

    「ハイラル王の“御忍び”は、僕でも見分けられなかったからな……それはまあ仕方ないね」

     リーバルは木こりに扮して戦場をゆくハイラル王のホッホーイ!という軽快な笑い声を思い出して低く唸った。
     テバも神妙な顔で頷く。

    「とにかく、連合軍の義援金に使う道が封じられてからというもの、金の還元先に困ってしまったんですよ」
    「うーん確かに、君はあちこちの任務で戦果上げてるから、その報酬金を使いきろうってなると、なかなか大金だよなあ……」
    「そうなんです。衣食住はリーバル様のお陰もあってリトの皆に便宜をはかってもらえていますし、武器や防具は連合軍から経費が落ちますから……本当に、使い途がなくって」
    「かといって金貸しを始められるような程の額じゃないだろうしね」

     やはり義援金や寄付金として放り込むくらいしか使途が無いのである。
     はあ、とため息がそろった。贅沢な悩みは解決方法も贅沢に要求が多いらしい。

    俺たち・・・は、そもそも此方の世界で財産を為しても意味がありませんから、何とか連合軍かそれに連なるものに金が回るようにしたいだけなんですが……」

     途方に暮れたようにテバがぼやく。テバたち未来からの使者は、この大厄災が収まればいつかは元の未来の世界に帰ってしまうはずだから、此方の世界に未練や影響が残らないように色々と気を使っているのだろう。

    「そりゃあ僕らとしても、連合軍の予算が増えれば有り難いけど……」

     英傑としてへブラ一帯の防衛戦線を預かるリーバルからすれば、余るほど金があるならば、訓練場の改築に仮拠点の農耕地を整備する農具にと幾らでも追加予算が欲しいところだ。金は天下の回り物と言うのに必要なところにまで回ってこないらしい。
     はあ、とまた二人ため息がそろった。堂々巡りである。
     テバはずっしりと重たげなルピー袋を抱えて、普段の凛々しさはどこへやら長い眉をハの字にして背中を丸めている。戦場が花道のリトの戦士が、戦の外の金勘定に足を引っ張られて落ち込んでいるなんて、なんとも情けない。
     リーバルは何だか真面目に考えるのが馬鹿らしくなってきた。何かないかとテント内を見回して、ぱっと目についたものがあった。──連合軍からの予算金を収めた金子箱だ。
     これだ。リーバルの脳裏に閃くものがあった。

    「ええい、もう。わかったぞ。君に必要なのは、ずばり投資・・だ!」
    投資?・・
    「つまり君が将来性を見込んでいるもの……たとえば、戦士としての僕とかね。その僕の活動に対して、君が金銭的にバックアップをする!そういうのさ」

     テバは丸い目をさらに丸くしてぱちくり瞬かせている。リーバルはそのまなこの丸っこさに少しの罪悪感を覚えた。未来ではあまり戦士に商いの教育はしなくなったのだろうか。ええいもうどうにでもなれ。

    「ええと、さ。君個人が以前からいたく憧れを示している僕に対して、先を見込んで弓矢の整備代金を出したり、訓練戦闘の相手を務めたり……君にできること・君の持っているお金っていう“資産”を投じるのは、どこに向けても後ろめたいことのないお金の使い方だろう?」
    「それはまあ、たしかに」

     テバは目を丸くしたまま頷いた。まずい。何だか押したらイケてしまいそうな雰囲気になってきた。いいのかな、これ。リーバルは一抹の不安を覚えながらひとまず演説を続ける。

    「あ~……ね、使い途がない金ならさ、とりあえず僕に預けておくのはどうだい? ほら、リトの未来を導く投資先としては先見性抜群、申し分無いと自負しているよ?」

     ここで懐からサイフを取り出し口紐を緩めて机に置く。握り拳を作り相手の目をよく見て、さらに畳み掛ける。話している内容はともかくとして、我ながら話術には日頃磨きをかけている成果が出てしまうものだとリーバルは妙に冷静に俯瞰した。

    「僕に資産を預けてくれたら、リトの戦士たちの指導はもちろんへブラの復興にだって尽力するし、預かった資金の使途は僕のプライドにかけて透明クリーンさを第一にする、さすれば連合軍全体の戦力増強だってきっと繋がると約束しよう!」

     ──なあんてね。力説してみせたリーバルだったが、掲げた手を下ろしてみれば、呆れて乾いた笑みしか浮かばなかった。新人のセールスだってここまで杜撰な文句は言わない。自棄っぱちの案にしても、流石に馬鹿げている。相手がテバだからといって、少しふざけすぎた。
     リーバルが冗談だ、もう少し考えてみようと嘴にしようとした時だった。

    「なるほど。それもそうですね」
    「は?」

     ──今なんて?リーバルが不意を突かれた一瞬の間に、言うが早いかテバは持っていた重たげなルピー袋からリーバルのサイフへとルピーを開け放った。
     驚いて顔をあげたリーバルの目には、ざらーっと滝のように金銀赤紫の色取り取りな高額ルピーがかけ流されていく様が映るばかり。

    「な、な、な………」

     ぽっかり開いた嘴が塞がらないリーバルに対して、テバは空っぽのぺしゃんこになったルピー袋をぱたぱた叩いて、取り込んだ洗濯物をそうするように畳んで片づけてしまった。一仕事終えたというようにスッキリした顔つきにさえ見える。

    「やはり、リーバル様に相談してよかったです。俺一人じゃいつまでも片が付かなかった。ありがとうございます」

     いけしゃあしゃあとお礼まで言ってきやがった。
     リーバルは何とか開いた嘴を閉じて、大きく息を吸って、吐いた。──僕はまだ、冷静だ。

    「ねえ……君さ、そのうち詐欺に遭うんじゃないの」
    「リーバル様が戦士から詐欺師に転向するおつもりが無ければ一生安泰ですよ。分の良い賭けです」
    「ちょっと!僕の責任が重い!」
    「だが、お好きでしょう、責任あこがれ

     ニッと此方を挑発するような悪童の笑顔。リーバルは絶句した。

     ──いったいどこからどこまで見込んだ芝居だったのか?

     ──それともすべて素面でこう・・なのか?

     どちらがより恐ろしいのか。テバの真っ白い冠羽が彼が笑うのに合わせてぷわぷわ揺れるのを見て、リーバルはとうとう考えるのを止めた。

    「……クーリングオフは効かないぞ」
    「賭けたのはとっくの昔ですから、とうに切れてますよ。ご心配なく」
    「……今後は報酬金ぜんぶ天引きするからな……」

     悔し紛れに言ってみても腹の底まで真っ白さを此方へ預け寄越している男はからから笑っているばかりだ。
     ただより高いものはない。ただの憧れほど重いものもない。
     ──けれど確かに、僕はその重さが気に入ってしまっているらしい。

    ◇我が名にかけて

     戦士テバが大事な約束をする時には、必ず「俺の誇りにかけて」と言う。
     それを戦士仲間たちは「他に気取った言い方も知らない、武骨な古めかしい戦士なこって」と呆れながらも親しみを持って信頼する。実直さだ。心を真っ直ぐ射貫く在りようが現れているからだ。それはひたむきな誠実さと取られる。
     だが、そうとは思わない者もいる。実直さ?誠実?あの男が「誇り」をかけるのが?そんなの全然まったく的外れだ、と気付くのも僕だけだろうよ、とリーバルはおかしさで目蓋を閉じられない。ぎらぎらした金の目に、自由を奪われたように目が離せないからだ。
     “それ”は挑みかかる意地の燃える瞳だ。
     言葉が見つからないのじゃない、気取った言い方を知らないのじゃない。あの男にとって、約束を違えないために誓いかけられるもの、そんな風に信じ明かせるほど確かな寄る辺にするものが、たった一つ“それ”しかないだけのことだ。
     ──憧憬、そしてその影を追い越えると豪語する傲慢な戦士を生かしてきた魂の奥底の情熱だけが。
     翼を絶えず羽ばたかせんと血を燃やす意地の炎を、外向きにわかりやすく伝えるカタチとして、あの男は「誇り」という言葉を選んだ。そう。ただ一つ、夢見た果ての先を往く“僕”だけが、あの男にとって誓い信ずるに値するものなんだ。
     なんて頑なな。なんて信じたくなる魅力的な約束だろう。
     だって僕が今まで、この僕のことを疑ってきたことなんてありやしないんだから。この僕リーバルのことを信じられないリトなんてヘブラにはいないんだから。
     きっと、僕が一番この男の言葉の価値を知っている。僕だけが、その正しい重みを汲み取ることができる。
     
     ──ほら、ね。目が離せないだろう?

     それは、僕によって作られたもの。僕のためだけにかけられた時間。僕だけが知り得る魂の叫びで、僕と君だけがわかり合える言葉だ。
     傾倒した情熱に惹かれるものがある。視界の端に捉えた途端に中心を持っていかれる。
     わかっていても見収めてしまう自分の鳥瞰の高さに少し後悔する。少しだけ。
     そうやって見抜いてしまうからこそ、相手の炎に引っ張り込まれるのだ。ああ、もちろん悔しいさ。けれども、あの紅い夜にかき消されるよりも、同じ風の魂を持つこのねつに焦がれていく運命の方がずっと好ましい。

     テバの何でもない生粋の戦士らしい言い振る舞い、それを聞いた時にどうやってこの男の中に形作られていった言葉なのかが手に取るようにわかってしまうのは、憧憬の先にいる唯一人だけ。

     ──君と僕で為せる永遠だ。

     自分だけに聞こえるその魂の重なった言葉と声に、音楽に耳を澄ますような心地よさで裡が満たされる僕が、彼の英傑リーバルではないなんて、誰が言えるだろう?

     ──僕は君に応えよう。空と、翼と、風に誓ったこのリーバルの名前で以て。

     君の道がここに始まり、僕の元へたどり着き、そしていつかその先へと終わりなき魂を紡ぐことを、他のどんな伝承が語り得ないとしても、僕が認めてやる。
     空の支配者の翼は言葉より雄弁なり。君が血の曳く永遠の物語に、我が名が消えず御伽の詩草と刻まれ続ける限り、その傍らには同じ誇りを名に抱いた戦士が描かれるだろう!

    ◇くびる色々

     黒、灰色、薄灰の重ねた羽毛に縁取られ、紺青のアイライン、瞳の黄色、嘴の山吹色、茶色い眉、白い羽毛。

    「君の顔はよく見ると意外といろんな色があるね」

     膝上に抱え込んだテバの首をしげしげ覗き込むリーバルはそう言った。抱え込まれた首の方は、そうですか、と疲れきった顔で目を閉じてしまった。
     実はリーバルがこうしてテバの首を抱える姿勢に落ち着くまでには、少しの悶着があったのだ。まずふとこの白い顔をじっくり見下ろしたいと思い付いて実行に移したら、抵抗された。だから話し合った。

    『顔が見たいんだ』
    『正面から向き合っても見えるでしょう』
    『見下ろしたい』
    『じゃあ俺が座って上を向きますから』
    『それじゃ君の首が疲れるだろ』
    『……具体的に、どういう形で見たいんです?』
    『寝転ぶ君の頭を僕の膝に乗せて、覗き込む』

     そう言った瞬間にテバが逃げ出そうと背を向けたので、リーバルは機を逃さずに白い首ねっこをそのまま引っ張り倒して、テバの首を抱え込むことに成功した。お互い戦士だ、じゃれあいで筋を痛めるようなヘマはしてない。犠牲は白い枝毛が何本かとテバのいやそうな顔。抜けた部分はちゃんと撫でてあげたから問題ない。テバは変な顔をしたけど。
     しばらく絞め落とすように抱えていたら大人しくなったので、今、ようやくリーバルは〝見下ろしたテバの顔〟をじっくり見分できるのだ。

    「目も見せてよ」

     注文をつけると、諦めた様子でテバがゆっくりと目を開ける。目と目を合わせて覗き込むとお互いの顔しか見えない。
     リーバルはもう一度言った。

    「君の顔は、よく見ると意外といろんな色があるんだね?」
    「さっきも仰っていたじゃないですか」
    「君が返事をしなかったのだろ」

     リーバルが満足そうに笑うと、テバは眉を潜めて、

    「あなたの方が色鮮やかで美しいでしょう。俺なんかより、ずっと見ていて飽きませんよ」

     と言った。ため息までついて。
     ──何だい、照れもしないのか。と少し面白くなかったので、そうっと彼の頬の上、目の下にある薄灰の三角あたりを指先で撫ぜながら、

    「僕は地のいろかずが多いからね。合わせられる色っていうのも限られてくるんだ……そこで言うと、君の持つ色は、全部がこの僕の美しい鮮やかさを損なわずに〝合う〟色だよ──良かったね?」

     とささやいてやる。白い首がきゅっと息を飲んでみじろぐ気配が伝わる。
     テバは少しのあいだ黙り込んで、

    「そいつは……安心ですね。俺は懸念なくあなたの傍にいられるんなら……嬉しいですよ」

     と、もごもご言った。素直な物言いだ。それ自体はこの男には珍しくない。
     だが、敬語を取り繕う余裕もないぎこちない・・・・・言葉選びは、珍しい。
     今のしっかり聞いたぞと、じいっと目を合わせてやる。
     すると揺れる視線と微かに開いては閉じる嘴が、狙いどおりの動揺を伝えてくる。分かりやすい男だ。
     ──ああ、新しい色が増えたな。血色が濃くなりおうの瞳が黄金に変わる。山吹色の嘴にじわりと朱が昇る。きっと触れたら熱いだろう。確かめるのも一興かとリーバルが嘴を寄せようとすると、ぱっとその朱のにじんだ嘴はそっぽを向いてしまった。

    「ちがう、あーいや、違わないんですが……くそ、間違えて……」

     白黒翼の手が覆いまでつけてしまった。これでは温度は確かめられない。
     けれども明け渡しすぎた心を撤回もできずにしどろもどろになる様は、愉快だ。
     まごつく姿に溜飲を下げて、

    「僕は気に入ったな。今度、白いマフラーの代わりに〝君〟を連れて行こうかい?」

     と、からかってやると、指の隙間から未だ黄金の色をした瞳が不服そうにこちらを睨んで、

    「……どこへでもお供しますよ、あなたのお望みであれば。俺は、あなたのためにここに来たことには違いありませんから」 

     なんて言うのだから、ますます気に入って、次の休暇には本当に連れて歩いてやろうと決めた。

    ※『リトの戦士は生意気である』の二人。




     風を手に携え空を翔ける翼の民リトにとって普通、〝霧〟は然したる障害ではない。毒や瘴気を含み息をするだけで害を受けるようであれば話は別だが、そうでないならば自慢の翼で吹き払ってしまえば良いだけのこと。
     ──リトの民を迷わせるのは霧霞よりもいっそ夜のともには頼りない月明かりのかそけさである。

     ◇

     その日リトの戦士テバが目覚めて最初に見たものは、リトの村を覆い隠すように間近に迫った、白い霧であった。
     季節は太陽がヘブラの雪山に隠れるのが早くなった冬の頃、夜も更けたというのにいつになくぬるい空気がタバンタの渓谷を満たして、霧が湧いた。霧は天から垂れ落ち長く尾を引く龍のように伸び広がって、朝方には既に、寒気で乾いている筈の空気が纏わり付くように重くリリトト湖の上を覆っていた。
     空の異常、山の異変、空気の差異。自らの全身を覆う羽根たちが逆立って警戒を促すに従い、戦士はヘブラの空を翔けてその原因を探ることにした。
     山頂を見下ろし、谷の底をさらい、湖の水面を切り。どこを見渡しても悪鬼や魑魅魍魎の影なぞ無く、ただただ真白い霧が覆っているだけだ。息を吐いてもその白さが分からないほど白く、しかしリトの羽ばたきで一つ一つと空路みちは開けていく不自然さ。まるで誘われているかのようだった。
     最後に戦士は、一際と霧の濃い場所へと降り立った。
     羽ばたく風が示した終点──リノス峠は北のリトの飛行訓練場だ。
     戦士が飛行訓練場のバルコニーの欄干へと足をつけると、一帯を白く塗り込めた霧の中から出で居たように、〝それ〟はゆらり現れた。
     音はなく、風もなく、充満する霧そのものと同じかのように〝それ〟は立っていて、どこからと出所の掴めない声で戦士を詰問した。

    「君──昨日、どうして来なかった」

     尋ねられた内容に心当たりが無く、戦士が訝しんでいると、声は険を増して問いを繰り返した。

    「どうして、此処・・に来なかったんだ」

     霧の中から繰り返される声が言う〝此処〟とは間違いようもなくリトの飛行訓練場のことであろう。戦士にとって訓練は身体に染み付かせた日課であるから、欠かすというのは確かに誉められたことではない。
     だがしかし戦士には霧の向こうの相手がそれほど非難の気を込めて問い詰めてくる理由が、やはり分からなかった。

    「何故そんなことを訊く?」
    「何故?何故だって?」

     苛立ったように声が尖る。戦士は霧の中に目を凝らしたが、見慣れた声の主の姿を見分けることは出来なかった。戦士の沈黙が本当に困惑を表していると悟ったのか、声の主は舌打ちをして、声の圧を弱めた。

    「……ヒトが居なければ、此処には〝魔〟が巣食ってしまうからだよ」
    「この訓練場が、魔物が近寄らない場所を選んで建てられたことを一番よく知ってるのはおまえだろう」

     納得いかない様子の戦士が言うと、静かに否定が寄越された。

    。魔物のように曲がりなりにも生きているものなら、君にも僕にもどうとでもできる。ところが、この世の魔というのはそう・・じゃない・・から、姫巫女と勇者って奴が居るのさ」

     勇者と姫巫女、という言葉に、戦士は声の主が言う話の行く末が、自分の想定よりもはるかに遠い場所を目指していることをようやく理解した。しかし自分がそれに関わる理由を分からないまま、ひとまず理由を尋ね返すことを止めた。

    「つまり、俺は何をしなくちゃいけなかったんだ?」
    「君がいつも背負っていることと同じさ。雪を払い、火を熾し、風避けの天幕を張って。ここを人の居着く場所にする」
    「それだけか?」
    「そうだ。当たり前のような“それだけ”のことが、いかに此処を安息地として仕立てる“儀式”なのか、君は自覚するべきだ──いいかい、次にひと以上この場所を空けるなら、火を焚いていくんだ。必ずだよ。此処には風と水がある。炎を灯してかなめにすれば、まだ・・つ筈だ」

     風に炎に水、戦士は古の伝承にあった神殿の話を思い出した。闇を打ち払うために戦い続ける女神とその騎士たる勇者に与えられる超常の力の源泉。ハイラルに散開した三柱の精霊を祀る神殿に祈りを捧げることで、女神の血族である姫巫女と勇者は退魔の力を手に入れるという御伽話。

    「ハイリア人の真似事でもさせる気なのか?」
    ああ・・そうだよ・・・・

     肯定を返され、戦士は驚いた。戦士の知る限り、この霧の向こうの男はハイリア人に対し否定的な見方をする人物だった。翼の民として、地の民に引けを取ってはならないというプライドだけのことではない。彼の冷静さから普段はそうと見せなくとも、他と比して棘のある物言い、期待の低さといったものは、彼の中にあるハイリア人への遺恨を感じさせるものだった。だからこそ、その不信の網から外れたごくわずかな高潔勇敢なる人々への親しみに拍車をかけていた。
     それが、まるでいつもと逆に“ハイリア人を真似まねぶこと”を示唆しているのだ。

    「風の叡知、清水なる愛、烈火の勇猛。僕はあんまり不信心だったけど……あの姫が信じるような神様なら、最低限、きっと“この世界に生きとし生けるもの”を守ってくれる筈だ」
    「守るって、いったい何から」

     戦士がそう言い返すと、霧の男は一層に声を鋭くして、嗤った。

    「災厄からだ」

     ──災厄。この世界ハイラルの災厄と呼ばれたものが指すのはただ一つだけ。100年前にこの世界を呑み込んだ赤い夜と荒廃、ハイラルに生きとし生けるものを呪い続ける不朽の怨念、厄災ガノンだ。

     ──だが、そいつは倒された筈だろう。

     戦士の知る翼無き青い目の友人の手によって。あるいは、今この目の前に居る筈の、古き英雄の魂──英傑が繰る神獣なる兵器によって。
     霧の向こうから語りかけて来る声が、耐え忍ぶこと100年の末の戦いの結末を苦々しくも誇らしげに語ってみせた夜は、未だ記憶に新しい。
     戦士にとって、声の主は憧れた英雄の御霊みたまに他ならない──厄災とは対極にある存在に、恐れる理由など無い筈だった。
     しかし、霧の中にその姿を隠してしまった男は、まるで別人のような声音で否定を断じた。

    「今、君の目の前に在るモノが一体“何”だと思っているんだい?」

     咄嗟に嘴を挟むことができないほど、その声は鋭かった。

    「君がまるで歳の離れた友のように思ってくれているモノは──息をせず、翼を失くし、血も魂も使い尽くした、“残り滓・・・”だ。いいかい、この世界で〝ヒトでないもの〟は大した恐怖じゃない。魔物は撃ち抜けばいい。神も妖精も祀りさえしておけば大人しい。最も恐れるべきは〝かつてヒトであったもの〟だよ」
    かつて・・・?」
    「そう。〝かつてヒトであったもの〟は、なべて等しくヒトを害するものだ」
    「ヒトが、ヒトでなくなったら何になる」
    「それ、本当に言わなくっちゃ分からないのかい」

     諭すような声に戦士は押し黙った。思い出されるのは、平原の廃城を呑んだ紅い渦。怨念の黒蛇。雪山に管巻き嵐を降らした呪いの龍。そして──翡翠の目。

    「わかったかい?」

     こちらの内心を見透かすようなタイミングの声に、戦士は皮肉っぽくにやりと笑う姿を見た。霧は一向に視界を塞いで指先すらも見分けられぬにもかかわらず、それは戦士の見知った半透明で口賢しい英雄の魂のものとは“違う”ということだけが、脳裏に刃を突き立てられるように感じられた。

    「僕が君を〝捕まえた〟理由を履き違えないでくれよ。りきれるまで彷徨えば消えるなら、とっくにそうした。思い残したことなど幽閉の歳月の内にとっくに忘れたよ。けれども長く残れば、それだけ執着が強くなる。それでは〝振り払える者〟がいなくなる」
    あなた・・・が、俺に望むものがあると?」
    望み・・!そんなものただ一つだよ……僕は〝アレ〟と同じになるワケにはいかないんだ。あいつだって・・・・・・そうはならなかったんだから、僕だけがまた負けるのは絶対に許しちゃいけない──……」

     戦士は、以前にも一度この言葉を聞いたことを思い出した。同じ霧の向こうの男から、怨念の生んだ嵐を切り抜ける為の一つの頼まれごとを約束した時のことだ。

    「……『悲劇を悲劇のままで終わらせないために英雄あなたが在り、あなたの遺志を受けた俺が在る』──……」

     その時の戦士はそう応えた。その時の英雄はシニカルに頷いた。しかし同じはずの霧の男は、今、そうと肯定してなお続ける言葉を持っていた。

    「──英雄とは災厄を打ち倒すモノだ。だが、英雄が打ち倒すべきモノはもう一つあるんだよ」
    「……それは?」
    「同じ“英雄”さ!」

     再びにやり、と笑ったような声色の霧の男は、ぼんやりと霧のなかに輪郭を隠してしていて、戦士には影の塊がうごめくのと翡翠の石がからころと微かにぶつかる音だけが感じ取れた。濃霧に感覚を奪われた今では、それすらもまやかしなのかもしれなかった。

    「平穏な世に英雄は要らない。英雄は争いの中に在って意味があるものだ。古い英雄が死なないならば、それは打ち倒すべき災厄となる。争いの火種でしかないもの」
    「……だが!」

     反射的に音を震わせた戦士の喉は、しかしそれ以上の言葉を紡げなかった。

    「リトの民は僕を英雄と呼んだ。君は僕を史上を覇する英雄にするとのたまった」

     息がこぼれたような微かな笑い声が落ちる。

    「さあ。“リトの英雄”。新しい戦士の碑となる者よ。空の理をに収め地を睥睨したこの支配者に弓引く覚悟は、当然、あるんだろうね?」

     ざわり、と風が凍てついた。空気の流れは変わっていないのに、戦士の身体をすり抜ける風の全てが、彼を突き刺すように鋭さを向けている。霧の声はすぐ傍まで迫っていた。

    「君の……いや。“君が否定した悲劇の英雄”を、“君が殺す”のさ!」

     霧は、谷から吹き上がる気流さえ飲み込んで、視界を白く埋め尽くした。もう翼の先も足元も見えず、戦士は知らずのうちに背負っていた弓に手を伸ばした。
     喉を下る空気が妙に冷たい。固まったように動かない脚に血の通る感覚だけが熱かった。
     戦士が見開いた目を瞬くことが出来ないでいる間に、二度ほど鳶の声が遠く聞こえた。それから霧の向こうで吹き出すような──ようやく、今まで戦士が親しんだ一人の青年らしい笑い声が響く。

    「脅かしすぎたかな──ま、そんなに警戒しなくてもいいよ。まだ君は“足りない”し、僕はまだ“足りている”んだから」
    「“まだ”?」

     問いへの答えの代わりに、ふっと霧の中に光る二つ星が現れる。

    「でも、必ず来る終わりだ。僕はあのとき借りを返した。永遠を唾棄して、敗北を掴み、勝利の嚆矢を射ったんだ」

     霧中の影がだんだんとはっきり定まって、二つ星は瞬く翡翠の目になった。霧が薄くなっている。晴れゆく霧に反して、戦士の息は浅くなり、纏わり憑く空気は重さを増しているようだった。

    「リトの戦士は自分が穿った矢を見失っちゃならない。同族以外に射落とされることは、決して有ってはならない。なぜなら……」

     星の瞬きが放つ畏れに惹き操られるように、戦士は言葉を引き取った。

    「“空に生まれ、空に生き、空に死んでこそ、空の支配者である”……」
    「分かってるじゃないか。そう。リトの民は空に還らなくっちゃいけないのさ。君も──僕もね」

     とうとう翡翠の双眸と正面からぶつかる。今。引いても進んでも、薄氷を踏み抜いて底無しの沼へ落ちてしまうような緊張感だけが確かだった。戦士は身動ぎもできず沈黙を見つめる。

    「そのいつか。英雄リーバルの名を呼び、それを背に空を追うと言ったのなら。君には──勝つこと以外、許さないぜ」

     その言葉は呪いか祝福か。握りしめた己が翼の中に答えが委ねられたのだと戦士が知るまで、霧は深く深く彼を白い闇に包んでいた。
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