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    nishikokko

    現在は對馬の仁ゆな小説書いてます。

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    nishikokko

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    7月に参加した、ゆなたか姉弟アンソロの没原稿を改編及び改題した作品です。
    実際の原稿とは内容は全く異なるため、掲載の許可は頂いております。

    久し振りにゲーム準拠の時間軸を書いたような……。
    あ、全年齢ですので。

    後に悔いるが衆生為り髷の乱れを気に病みはじめる頃、彼の者は来る。
    美味い酒を手土産に。

    だが、着くなり湯を沸かしては、体を清めろとやいやいと口煩く促し、頭から足先まで糠まみれにされるは常のこと。髷まで無遠慮に解かれ、要らぬ気遣いだと減らず口の一つも叩きたくなることも多い。
    が、近頃は待ち遠しい。
    湯にて汗や埃は流せるが、髷を結い直すには誰かの手が要る。血を浴びた際に解いて洗いたくとも、首尾よく手を貸す者は居ない。独り身は、斯様な時に不如意なものだ。
    とは言うものの。
    ざんばら髪をさらすは、些か気が引ける。気心の知れたとは言え、女子。母親の様な人ならば息子らと同じ扱い故、間違いが起こる事もないが。もしや、弟と変わらぬ扱いなのかと、悲喜交々としたものが心中に去来する。
    「ゆな」
    「何」
    「先程も申したが、其処に座られるのは」
    ゆなは背を丸めたまま、眼前に座る。それは、まぁいい。厄介なのは、彼奴の尻が置かれた処なのだ。
    「あたしもさっき言っただろ、仁」
    「む」
    「此処の方が、暖かいんだよ」
    悪態をつかれた。胡座をかいた股ぐらの間に座すなど構わぬ姿は、たまに迷い込んでくる山猫の如し。つい、溜息交じりの言葉を吐いた。
    「好きにしろ」
    酒を口にした。ひどい味だ。
    晴れた日に来ては日暮れる前に帰る者が、此度は闇より現れた。手には、先程の酒のみ。言を発する事無く何時もの支度を始める背に、声をかけた。
    「濡れ鼠ではないか」
    「途中から振られたんだ……」
    その後、交す言葉は少なかった。互いに身を清め、髪と装束が乾く迄と酒を酌み交わしているうち、寒いと言い出したせいで此の有様だ。小袖は勝手に羽織られ、俺は宍色のまま、傍若無人の振る舞いに耐えた。
    天からの恵みは地を潤し、あらゆるものを太鼓とした。朝から変わらずに。
    たかを、死なせた日も。
    「こんな夜、だったね」
    心を覗かれたような囁きと共に、頭が控えめに此方を向く。咄嗟に、是という合いの手を入れた。
    古傷が、疼く。
    小茂田の矢傷と、胸の奥。時同じく、命の抜けた体躯を肩に思い出す。
    火傷の跡が幾重にも刻まれた手は、冷たく空を掴んだまま固まっていた。其の無念を表わすかの如く。
    「寒い……」
    何時もと変わらぬ声色。だが顔は、手拭いと濡れ髪の作る御簾の先。
    それが、胸を冷やす。あの日、容赦なく降り注いだ雨の如く。もたらした者の息は白く四方に参じる。
    だがその手は、赤々と、明々と、囲炉裏の炎に照らされている。
    「たか、を……どうしたら良かったんだろう……」
    酷い雨音。其れに、彼奴の嘆きが重なる。そのまま、肩に小袖をかけたまま、ふらりと立ち上がった。まだ湿って居るのか、歩みに合わせて髪は重たげにゆらりと揺れる。それも十も歩まぬうちに、背を丸めた姿は棚の前で止まった。
    「この短刀、あの子が作ったんだ」
    言いながら、撫でるような仕草をした。此処に住み始めた頃に、ゆなから預かったもの。常にその棚へ置き、時には眺める事もある。錆びもせず、刃毀れする風情も無い。
    「大陸のものに似た形をしておる」
    「昔、海賊の船に忍び込んだ時、ひとつ盗んだんだ」
    「それを真似たのか」
    「軽くて、取り回しがよくてね」
    「……左様か」
    目を逸らし、薪を囲炉裏へ放り込む。瞬く間に煙玉の如き白いものが広がり、幾度か咳き込んだ。
    「むっ」
    迂闊であった。薪が雨で湿っていたのであろう、折角清めた髪や体に煙がまとわりつく。
    常ならば、今の慌てふためく様を彼奴は揶揄うであろう。が、炎と俺が落ち着きを取り戻しても尚、此方を一瞥することもない。
    「戦いを、教えても良かっ……」
    「火にあたれ……まだ冷えて居ろう」
    言を遮り、炎を見つめ続ける。
    雨が弱まったからであろうか、屋根を叩く音が静まっていく。忍んで訪れる者らの手を借りるなどしたこともあり、雨漏りはない。其れだけでも、世捨て人の身には有り難たかった。
    「やっぱり、寒いね」
    衣擦れの音が近付き、背後で止まる。
    「春過ぎたとは思えぬほどにな」
    「もうちょっと呑めば、温まるだろ」
    不意に右肩より腕をにゅっと突き出したかと思えば、手をひらひらとさせた。何かを手繰り寄せる所作に、其れが俺の持つ瓢箪だと気付くに、さほど時がかかることはなかった。
    口を噤んだまま手渡すと、耳元で喉が鳴る音が聞こえてくる。じわじわと傾く瓢箪を目端に、小枝を囲炉裏に放り込んだ。此度は乾いた音が幾らか弾けた後、炎はまた大きさを取り戻す。
    「でもあの子の手は、太刀を取る手じゃなかった」
    呟きの後、瓢箪は逆さになり、時を置かず俺の股座に放り捨てられた。それでもまだ、ゆなの腕は俺の肩に下がったままだ。
    「物を生み出して、人を喜ばせるものだった」
    あの後、鉤縄を渡された時の姿が浮かぶ。
    はにかみつつも、わずかに見せる、腕に覚えがあるという顔と語り。
    「働き者の、良い手であった……」
    言いながら、所在無く揺れる腕を掴んだ。
    目に飛び込むは、ひび割れた指先に掌の肉刺、甲の傷と欠けた爪。
    誰の庇護も無く、一日を生きる事が精一杯の中、弟を育てた証しが幾筋も刻まれた手。
    「お主も良い手をしておる」
    「……物珍しいんだろ、こんな傷だらけの手」
    「戯れを申すな。弟を護ってきた、立派な手だ」
    言の葉代わりに鼻を鳴らされ、軽く手を振り解かれた。かと思えば、すぐに此方が掴まれる。左からも腕が伸び、俺の右手はあっと言う間にゆなの両手に包まれた。
    「あんたの手、たかみたい……」
    「……」
    「肉刺が多くて……あったかくて……」
    血塗れの手を、暫く、触るにまかせた。
    耳にかかる吐息に、酔いと追憶とは異なるものが混じり始めた頃、ようやく手は止まる。
    「たかの為なら、傷付こうが……血塗れだろうが、どうでもよかった」
    「……そうか」
    「あの子が嫌がっても、あの子の為なら……盗みでも何でも、するって、決めてたんだ」
    腕が首に一層絡みつき、多少乾いた髪が肩にへばりつく。何処かは分からぬが、宍もより多く。
    「なのに……」
    らしくもない弱音と立てた爪が、胸を抉る。やがて、呻きと痛みを伴い、冷えた肌が首から背へと纏い付く。
    「あんたの、髪……たかの、と、同じ……」
    「……」
    「おんなじ……煙のにお、い……が、する……」
    雨粒が、肩に落ちる。
    熱熱とした心地は、何故だか暫く止むことは無かった。

     🍁 🍁 🍁

    頭の中は割れ鐘の如く、ぐわんぐわんと響く。
    気がつけば、黒雲は去り、温い風がねっとりと体躯にまとわりつく。髷を結い上げたばかりでなくば、頭より水をかぶりたくなる程にだ。誠に、昨日の寒さは何だったのであろうか。
    「悪いね」
    「独り身の不如意は、よう分かっておる」
    「確かにそうだ」
    油を付けたゆなの髪に櫛を通し、何時もの形に纏める。艶っぽい仲では無いが、此度はやむを得まい。
    「昨日の事、忘れて」
    「……何のことだ」
    「胸の……その……」
    ゆなにしては、歯切れの悪い。ふっと己の胸に目をやると、確かに気にする程のひっかき傷があった。
    背を冷や汗が伝う。
    ……いや、待て。目が覚めた時は、ゆなは俺の背にもたれて、俺は座ったままであったではないか。ついでに言えば、悪酔いの為にそれどころでは無い。
    「だから、覚えて居らぬ」
    「でも……」
    「俺が酒に弱いのは、知って居ろう」
    白を切った方が良い。いつの間にか酔い潰れてしまった故、嘘ではない。
    「……猫」
    不意の声に、其方を向いた。やや丸みを帯びた耳をした猫が、戸口の辺りにて此方を覗き込んで居る。荒ら家へ押し入る無礼者だ。
    「胸の傷はな……此奴の仕業だ」
    「……」
    「此の様によく来るのだ。それで、悠然と俺の股座に座り込むと、そのまま寝てしまう。どかそうとすると、たまに爪を立てられる」
    我ながら、拙い嘘だ。が、猫も見慣れぬ者の都合など構わず、股座に座り込み丸くなる。
    「ちょっと、そこに座られるとっ」
    「其処が具合が良いのであろう。お主と同じでな」
    「はぁ……好きにすれば」
    溜め息と共に出た言に、猫が軽く喉を鳴らす。
    己は俺に対して同じ振る舞いをしつつ、か弱い者にはそう出来ぬとは、何とも言えぬ心地がした。
    その内に、髪を俺の手に任せ、彼の者の手は傍らに転がった瓢箪を掴んだ。陽は既に、随分と高いところにある。
    もう……いやいや、まだ呑むのかと呆れながらも問うた。
    「……此度の酒、鑓川で呑んだものであろう」
    「そうさ。相変らず不味いだろ」
    「あぁ、ひどい味だ……だがな」
    一つ息を継ぎ、痛む頭に手をあてつつ、無理矢理に口端を引き上げた。
    「俺を酔い潰したい時には、善いやも知れぬぞ」
    「……そうだね」
    ようやくの笑い声は、常と何ら変わりなかった。

     🍁 🍁 🍁

    髷の乱れを気に病みはじめる頃、彼の者は来る。
    時折、不味い酒を手土産に。

    【終】

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