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    weedspine

    気ままな落書き集積所。

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    weedspine

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    知ってほしいのに知られたくない、弟子のわがまま。

    特別な人「バンジークス卿、少しよろしいですか?」

     とある事件の審理を終え、亜双義を連れて執務室に戻る途中
    バンジークスは若い検事から声をかけられた。
    過去に扱った事件について聞きたいと言われ身構えたが、
    自分の担当する事件に似ているので参考にしたいということであった。
    なぜこの罪状で訴えたのか、弁護士側の言い分はどこまで
    想定通りであったか、それにどう対応したのか…
    法廷記録だけでは分からないことを次々と質問する彼の目には
    死神への恐れや好奇心ではなく、優秀な先達への尊敬のまなざしがあった。

    バンジークスがその事件を扱ったのは、法廷から一時去った時よりも前、
    少なくとも6年以上は前だが淀むことなく質問に答えていく。
    どの事件も正面から向き合い、真実のために戦ってきた証だろう。
    亜双義は一歩下がったところから、二人の師事を眺めていた。
    質問を終え、深々と礼をして去っていく若き検事の後ろ姿を
    バンジークスはどこか満足げな顔で見送った。

    「死神でなくなった貴公は、いずれ多くの者から囲まれるのだろうな」

     執務室に入るなり、亜双義が呟いた。
    死神の噂と、厳つい容姿のせいで怖がられることが多いがその実、
    不当に声を荒げるような人ではない。
    ボトルやグラスを投げたり、踵を振り落とすのだって法廷に限る。
    あれはあくまでパフォーマンスだ。
    先ほどの質問に対しても、ことさら分かりやすく話すわけではないが
    理路整然と、根拠と推察を分けながらどうやって結論を出したか
    説明していた。これは向学の念を抱く若者にとって、ありがたい存在だ。
    今は亜双義が独占している状況だが、すぐにこの人の師としての
    有能さに気づいて教えを請う者が増えるだろう。
    バンジークスにとって喜ばしいことであるはずだが、亜双義は手放しで
    喜べない己の心の狭さを感じていた。

    「貴公にとって俺が特別なのは、玄真の息子だからだろう?」

    だから、渋りながらも弟子として傍においてくれたのだ。
    もしそれがなかったら、せいぜい後進の一人として質問に答えてもらえる
    程度の関係だったかもしれない。

    亜双義が横に並ぶ師の顔を覗き見ると、彼は目を閉じ、眉間のヒビを
    深くしていた。もしもの話の空しさなど、思い知っているのに
    困らせてしまってなんだかばつが悪い。


    「……あの時、私に倫敦に留まり検事を続けるよう進言したのが
     玄真の息子である貴君でなければ、私は従っていなかっただろう」

    ああ、やはり。亜双義は下を向き、唇をかみしめる。
    自分なればこそ、というものをまだ示せてはいないのか。

    「だが……」

    亜双義の手の甲にバンジークスは己の手の甲をすり寄せ、小指を絡ませた。

    「このような関係を結ぶに至っては、“それ”は大きな障壁であった」

    その意味を亜双義が理解する間に指はほどかれ、バンジークスは
    部屋の奥の自席へ向かい歩き出した。
    亜双義は逃すものかと慌てて近寄り腕を伸ばし、後ろから思い切り抱きしめる。
    それを予想していたのか、バンジークスはよろめくこともなく立ち止まった。

    「壁を越えさせるくらい、亜双義一真は特別なんだな」

    「ここで話すことではない」

    冷たく突き放すような言葉だが、声に戸惑いが隠しきれていない。
    今さら、余計な事を言ったと後悔しているのだろう。
    でも放った言葉は取り消せるものではない。
    亜双義は身体を離しながらも、彼の耳元に口を寄せてささやいた。

    「今夜、じっくり聞かせていただこう」

    -完-
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