Recent Search
    You can send more Emoji when you create an account.
    Sign Up, Sign In

    weedspine

    気ままな落書き集積所。

    ☆quiet follow Yell with Emoji 🐾 🍷 ⚔ 🌸
    POIPOI 555

    weedspine

    ☆quiet follow

    正式に「警部」となったジーナちゃんと、バンジークスのお話。本編から十数年後?

    その熱は冷めず ノックの返事も聞かずに扉を開け、進み入る先はこの執務室の主の前。
    執務卓の書類やファイルの山の向こうから大きなため息がひとつ。

    「何用だ、レストレード“警部”」

    「さすが、耳が早いね」

    「これ見よがしに辞令を机に置いていった者がいるからな」

    親切な人もいるもんだね、ととぼけながらジーナ・レストレードは机の端に腰かける。
    彼の言う通り、今日から警部となった。
    学のない路地裏育ちの女が警部となるには、相応の時間がかかった。
    読み書きの基本から根気よく教えてくれたアイリス、
    遠い異国の地から活躍を応援してくれた成歩堂やスサト、
    何かと気にかけ、どうやら見えないところでフォローしてくれたらしいホームズ、
    そして、目の前にいるこのバンジークスにもずいぶん世話になった。
    彼の担当する事件では、捜査現場から追い出されなかった(小言は沢山くらった)
    刑事としての経験を積む上で、それはどれだけ大きな助けとなっただろう。

    「女性では初の警部だ。ヤードとしても、大きな一歩になるだろう」

    顔を上げ、まっすぐに見つめられる。
    かつては震え上がったその眼差しに、もう怯えることはない。

    せいぜい通りすがりに小銭を投げたり、甘言を弄して悪事に利用する大人ばかりだった
    生活の中、己の人生も投じて成長を望んでくれた人がいた。
    ともに過ごした時間は短かったけれど、拓いてくれた道はまだはるか先まで続いていて
    一歩ずつでも足を動かせば確かに進んでいる実感が、ジーナの背を押している。

    「そう、頑張ったんだよ、アタシ」

    腕組みをして、胸を張る。

    「だからお祝いに、フィッシュアンドチップス一緒に食べて」

    予想していたのか、バンジークスはあきれる様子もなく分かったと言って席を立ち
    出かける身支度を始めた。
    流れるような動きに、むしろジーナがあっけに取られて出遅れるくらいだ。

     屋台までの道すがら、お互いの近況を話し合う。もっぱら話していたのはジーナだが。
    バンジークスは役職に就くことを拒み、今でも検事のままだ。
    亜双義が日本に帰って以降、直接誰かを師事することはないが
    その知見を求めて彼を頼る者は多い。
    ホームズから、もう弟子は取らないのかと聞かれた際には
    無意識にでも比べてしまっては悪いだろう、と返したらしい。
    ジーナはこの答えを亜双義に教えてやるつもりはない。
    彼のことは嫌いではないが、調子づくところを想像するとなんだか癪に障るのだ。
    その亜双義も、今や日本の検事局で部下を従える立場になったらしい。
    教える側の苦労を思い知ったことだろう、とバンジークスはこぼしていた。

    成歩堂は事務所をもっと広いところへ引っ越したらしい。
    相変わらず妙な事件に巻き込まれてはどうにか勝利をもぎ取っているそうだ。
    女性も法廷に入れるようになったので、スサトと二人、今日も並んで
    目を泳がせているのかもしれない。

    アイリスはいろんな分野で論文を発表しては、各界を震撼させている。
    作家業も好調だが、名探偵ホームズシリーズの新刊はしばらく出ていない。
    名探偵が活躍するような難事件が起きていないのはよいことだが
    すこし寂しくもある。

    自称ではなく、本当に警部になったことで、活躍する彼らにやっと近づけた気がする。
    いつもはアイリスに頼んでいるけれど、今度初めて自分から手紙を出してみようかとジーナは思った。


    「フィッシュアンドチップス、ふたつ」

    屋台の前に立つには似つかわしくない貴族の男を押しのけて、驚いてかたまる店主に注文をする。
    ジーナが包みを受け取っている間に、バンジークスがふたつ分の金額ぴったりを
    コイントレーに乗せていた。普段小銭で買い食いなどしないだろうから、やはり予想していたらしい。

    立ち食いはさすがに、と呟きながらバンジークスはあたりを見渡してベンチへ向かい、腰かけた。
    二人掛けのベンチの片方を空けてくれている。
    ジーナも並んで座ると少しだけ目線が近くなる。
    出会ってから結構経つが、こうして隣りに並んだのは初めてだった。

    「油と塩の取りすぎは身体によくないってアイリスに言われるから
     たまにしか食べてないんだよね」

    控えたところで、殺されたら意味ないけど。
    さすがにそんな言葉は飲み込んで、まだ熱いポテトをつまんで口に放り込む。
    この塩辛さと油っこさは、ボスの何を紛らわし、奮い立たせていたのか。
    想像しようにも、ジーナはあまりにも彼のことを知らな過ぎる。
    それがどうしようもなく、寂しい。

    黙ったままの隣の様子を伺えば、バンジークスは手に包みを持ったまま
    どこか遠くを見ている。
    グレグソンとの関係は、彼の方がよほど深く長いものなのだ。
    思うことは数えきれないほどにあるだろう。

    「早く食べないと、冷めて不味くなるよ」

    声をかけられて、弾かれたようにジーナを見る。

    「レストレード警部」

    「何?」

    「貴女は、何にもとらわれてくれるな」

    祈るかのような、真剣な様子にジーナは一瞬たじろぐ。
    自分たち兄弟と近しかったせいで、死神に巻き込まれる結果となったのではないか。
    その疑念はもはや誰にも、本人にも否定できない。
    だからバンジークスの胸に悔いとして残り続けている。
    もう、誰にも同じ轍を踏んで欲しくはない。

    「心配はいらないよ」

    フィッシュアンドチップスを握りしめ、高く掲げる。

    「アタシのボスは一人だけ。他の誰にも、アタシはとめられないんだから!」

    「それはそれで、困るのだが……」

    明るく元気にあふれた声に、バンジースはほんの少し、表情をやわらげた。
    その顔は以前見せてもらった、昔の写真に似ていて。
    ボスはかつて、彼のこんな顔を見ていたのかもしれない。

    ジーナの手に持った包みが、ふたたび熱を持った気がした。
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    Let's send reactions!
    Replies from the creator