君と過ごす最後の七日間.
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「類。オレを類の部屋に一週間、泊めてくれないか」
真夏のとある日曜の朝、目を開けると君は僕の上に乗っていて、そんなことを言っていたね。どこから入ってきたのか少し考えたが、そういえば前にうちの合鍵を渡したんだった。
「勿論いいよ」
夏休み期間だし、ショーの練習も、よく考えれば入れてなかったから、何も問題はない。むしろ僕は、愛しの君と一週間離れず過ごせて、嬉しいぐらいだ。
「ありがとうな。一週間……一週間でいいから」
「一週間でも二週間でも、好きなだけ泊まっていったらいいよ」
僕の胸に顔を埋めた君の表情は見れなかったけれど、きっといつものように照れているだろう。
一日目
最近練っている新しい演出のことを君と話したね。夏休みでなかなかに会えなかったから、結構な量が溜まっていたんだ。
「暑い日はやはり水だね。観客にも涼しくなってもらおうと、舞台袖にスプリンクラーを置いて……」
「スプリンクラー?類にしてはやけに大人しい選択だな」
「フフフ、それで、司くんにはこの噴水ポップアップで華麗に登場してもらうんだ」
「結局そうなるのか!?」
「これぐらいの刺激がないと物足りないだろう?」
「ぐ……誰のせいだと……」
「フフフフ、僕のせいだね?」
認めたように無言で目を逸らした君が可愛くて口に出してしまいそうだったけれど、怒られるから黙っておいたよ。
二日目
僕がラムネを朝ごはん代わりにしようとしたらすぐに君に止められてしまったね。
「オレがいなくなってもちゃんとした食事を取れるよう、今から簡単なレシピを教えてやろう」
「そんなことしなくても、司くんが一生僕の傍にいてくれれば済むことじゃないか」
「わがまま言うな、手を動かせ。ほらそこの卵を……」
駄々をこねても通用しなかったので仕方なく覚えた、君が教えてくれたオムライス、自分で作ってもちゃんと美味しくて、少し悔しかったな。
三日目
「今日は部屋の掃除をするぞ」
「えぇええ……」
「明らかに嫌な顔をするんじゃない」
「いつも司くんがしてくれれば……」
「オレは神代家の家事代行を引き受けた覚えはないが」
君の指示にしぶしぶ従い、要らないものをゴミ袋に入れていく。
「これからオレがいなくても定期的に部屋を綺麗にするんだぞ」
「またそれかい?まるで司くんがもうじき居なくなるみたいじゃないか」
「どうだろうな」
「何をしようとしているのか知らないが、させないからね」
「もう、決めたことだから」
「誰が」
「オレが」
話の通じない君にムキになって、その饒舌な口を奪い、そのまま中途半端に片付けた部屋で君を抱いた。本当は居なくなりたくないみたいな、悲しそうな顔をしていたけれど、それならずっと居ればいいのにと思ったんだ。簡単なことじゃないか。
四日目
何やら馬鹿なことを企んでる君に手錠をかけた。鎖で繋いでおけば君はどこにも行けないだろう。
「類、これじゃあショーができないだろう。オレはここを離れてもショーは続けたいんだ」
「僕から離れてショーをしようとするのかい?僕のことをワンダーランズxショウタイムに縛っておいて君は、自分だけ自由になって、」
「オレが居なくなったら、類もワンダーランズxショウタイムに囚われずに、ショーをやりたい所でやっていいんだ。類ならどこででも……」
「僕は君とだけショーをやりたいんだ!!!ねぇ、どこかへ行こうとしているのなら、僕も連れて……!!」
分からず屋な君の肩を今までにない力で強く掴んだから、きっと痛かったんだろう。でも君が、君が悪かったんだ。あんなことを言うんだから。
「……えむと、寧々を独りにしたくないんだ」
「……」
そんなの知らない、や、君に言われたくない、が言えなかった僕は、最初から負けていたのかもしれない。
「類、これは座長命令じゃない、お願いだ。ワンダーランズxショウタイムを離れてもいいが、二人を独りにしないでくれ」
「……僕の、ことは独りになってもいいって、いうのかい」
「類だって独りじゃないさ、二人といれば。 ……何より、離れ離れになっても、オレはずっと傍にいるから」
「……言ってること、が滅茶苦茶、だよ」
「ははっ、そうかもな」
子供のように嗚咽が止まらなくなった僕を君は抱きしめてくれて、床に触れる鎖がじゃらじゃら音を立てた。
五日目は、ひたすら君の体を貪った。
君が何をしようとしているのか今だに見当もつかないが、君が居なくなることだけは分かっていて、それが僕にとってとても恐ろしく、胸にぽっかり空いた穴を埋めたくて、君で埋めたくて、止まらず君を求めた。
君は僕をちっとも止めなかった。僕が君の中に悲しさを吐き出す度に、君は宥めるように僕の背中をさすり、許してくれた。それがまた、寂しかった。
六日目
疲れ切った体は少しも動かず、でも君を離したら今にでもどこかへ消えてしまいそうで、君を抱きしめている腕に全ての力を集中させた。
「司くん、明日にはここを出てしまうのかい」
「ああ、そうだ」
「僕も、司くんの行こうとしている所へ、一緒に…」
「駄目だ」
「……断られると分かっていたよ」
もじもじと僕から少し距離をあけて顔をあげた君は、両手でぴとっと僕の頬に触れた。また泣きたくなったけれど、もう出るものがないや。
「……類に申し訳ないことをしたのは、分かっている」
「……いや、君は……司くんは、悪くないんだ」
それを僕は分かっている。分かっていた。ただ、認めたくなくて、全部君のせいにして、罪悪感を覚えさせて、それが君を繋ぎ止める鎖になればいいと、ずるいことをした。
もう出ないはずだった涙がまた溢れてきて、君の指を通っていった。
七日目
どこに隠していたのか、朝起きたら君は見慣れた衣装に着替えていた。
「類、最後にオレと、二人だけでショーをしてくれないか」
「ああ、勿論さ」
手錠と鎖は、いつの間にか外されていた。
僕も色の派手な衣装に着替え、君に合わせて次々へと演技をした。ステージの大掛かりな装置はなく、移動できる範囲も限られているが、そんな些細なことは僕達のショーへの愛で簡単にカバーできた。
朝から真夜中まで、様々な世界を巡りに巡った後、一つ辞儀をして見えない幕を下ろした君は、やりきった顔をしていた。
「……一週間ありがとう、類。時間だ」
「まだ一つ、演目が残っているんじゃないのかい」
「?」
『ロミオ、その名を捨てて、私をとって頂戴』
いつしか学校の空き教室で合わせたポーズで、君に手を差し出した。
「……っ、それは、悲劇だから」
「悲劇でもなんでもいいさ、僕は君と、ショーができれば」
「……、っ、」
『ジュリエット……!』
カチッと時計の針が12を過ぎる音が小さく響き、君はロミオというよりシンデレラみたいに、僕の目の前から消えた。
さようなら、僕のロミオ。
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「類」
後ろから寧々の声がして、振り向いてみると、隣にはえむくんもいた。
「類くん……やっと、来てくれたんだね」
「……うん、やっと、来れたんだ」
天馬司、と綺麗に、力強く花崗岩に彫刻されている、まるで君の存在そのものの三文字を見ると、また喉の奥が震え出しそうになる。それをぐっと堪え、持ってきた紫の桔梗を、君の前に置いた。